第19話 ■ The Hanged Man,Upright ■ ―Brownie―


 ――プラムがいなくなってから、7ヶ月。


 とくに大きな進展はない。毎日アドルフさんと二人で頭をひねってるだけ。

 ただし、荒野から魔石は結構見つかって、むしろ買わなくてよくなった。

 逆に商売できそうなくらい見つかった。


「うーん……ヒース領を復興させて、社会的に無視できない力つけるしかねえかな」

 ものすごくやりたくなさそうな顔でアドルフさんがぼそっと言った。

 多分、ヒース領にかなりの思い入れがあって、新しい街を作りたくないんだろう。


 今復興してもそれはもう彼のヒースじゃない。前もそんな感じのこと言ってたしな。


「なあ、ブラウニー。お前本気で貴族する気ある?」

「正直やりたくない」

「だよなあ、オレもそうなんだよ。今のきままな冒険者暮らしが好きなんだよな……」

「そんなに自由が無くなんの?」


「領地経営に、他の領地との交流だろ……頻繁におこなわれる舞踏会やティーパーティへの参加……」

「なしで」


 そう言うと、アドルフさんは少しホッとした顔をした。

 本人隠してるつもりだろうけども、わかるんだよ。まったくプラムといい、アドルフさんといいポーカーフェイスが下手くそだ。


 オレ達のことで、彼は自分を削りすぎていると思う。

 本人が良しとしていても、彼のヒースへの思いをオレは大切にしたい。


「単純に錬金術によるアイテム作成の会社経営とかは? 財力では抜きん出る自信あるんでしょ?」

「やっぱ妥協してもそこだよな……。オレ単独で仕事が向いてるタチだから、人雇ってとりまとめとかできる気しないんだよな。白髪生えそう」


「オレにもとから白髪だろって言わせたいんだね、父さん」

「銀髪だ!!! あと父さん禁止!!」


「オレ、やってもいいよ。経営学とか学べばいいの?」

「まじか、素晴らしいな息子。でもそうなると学校行ったほうがいいかもな」

「どうして?」

「オレの苦手分野で教えられる自信がない。昔は親に勉強させられたが、どうにも向いてない。ヒースが滅びてなければ、今頃必死でやってただろうけどな。跡取りだし。

それとな、他人との交流を増やして、沢山他人を知ったほうがいいんじゃないかと。同年代の人脈もつかめる可能性あるしな」

「また時間がかかりそうな……本買ってきて詰め込み式で勉強してぶっつけ本番開業じゃ駄目?」

「人の上に立つなら経験は重要だぞ。本だけじゃ駄目だ。あとはこの土地に来てくれる奴がいるかどうか……」


 オレ的には、アドルフさんさえその気になれば、雇用人はすぐ集まりそうな気がする。

人に好かれやすい、という意味で。プラムとは違う意味で好かれやすいと思う。ホッとするんだよな、この人の傍は。


 レインツリーでも理由つけてアドルフさんと仕事しようとした冒険者仲間が結構多かったし、彼に片思いしてそうな女性を何人か見かけた。

 でも本人はどうも何人もつるむのが好きではなさそうだったし、彼女が欲しいといいつつ、その気がなさそうな雰囲気を感じる。


「王都との境界線付近に会社を設立すれば?」

「お、なるほど。それなら来るかもな。良く考えたらこの屋敷周辺が賑やかにならなくていいかもな」

 やっぱ静かな場所が好きなんだな。


「移住者を考えて街も作らなくていいし。なにげに良い立地じゃん、ヒース」

「ブラウニーお前……天才か。そういや昔は王都から通いでよく働き手がきてたんだよなぁ。ヒースの街にも」

 懐かしそうな瞳をした。


 ……と話してたところ、リーンリーンとベルの音がした。

 実に七ヶ月ぶり。あのエルフが来た時以来のベルだ。

 アドルフさんはあれ以来、ちょっと玄関に細工して、誰が来たかわかるように魔法を施した鏡を設置した。

 玄関の鏡に映った姿が、各部屋にある鏡で確認できるようにしてある。せっかく設置したのに7ヶ月間作動することはなかったっていう。


「……誰だ? こいつ……ん? どっかで見たな」

「リンデンだ。どうしてここに……」

「知り合いか?」

「プラムに良く絡んでた奴。妹にならないかってしつこかった……訳あってその後はオレに絡んでくるうざい奴だよ」

「あ! 思い出した。オレも見たことあるわ。レインツリーにいたお坊ちゃんな。たしかリーブス公爵家の令息だよな」


「は? 公爵家? 殺しましょう」

公爵家と聞いてオレは、気分を害した。


「怖いよ!! いきなりなんなの?! お前。リーブス公爵家だから! ブルボンス公爵家とはまた違うから!!」

「はあ」

 オレはフッと大きくため息ついた。


「ため息つくと幸せにげるぞ!! ああもう、お前、この部屋で待ってなさいね? お父さん、話聞いてくるから!」

「幸せはいま行方不明なんで。プラムに絡んでたしつこいやつですし、ココリーネに夢中でプラムを突き飛ばした奴だし。殺しても良いと思うんだけど」

 ……何か悪い?


「お前……どうしちゃったの? その思考やめなさい!? いい? 大人しくしてるのよ!? お母さん行ってくるからね!?」

「たまにお母さん化するのは何? ……行くなら早く行ってきてよ」


 母親なんてどんなもんか実際は知らないけど。アドルフさんは泣きそうな顔して出てった。


 チビの頃、最初のインターンで出会った時は眼帯してるし、物静かで怖そうな人なイメージだったんだけどな。よく見ると優しい瞳してるし実際優しいし、気がついたら心開いちゃったんだけど。人たらしめ。最近はいじると面白い。


 さて……どうせ、応接室に通す事になるだろ。

 応接室で待ってるか。


※※※※※


「……。ブラウニー。おまえ、別室で待ってなさいっていったでしょ!?」

 応接室にリンデンを連れてきたアドルフさんが、まだお母さん口調でうざかったからスルーする。


「よぉ、リンデン」

「スルー!? 聞いちゃいねえ!」

 おかあさん(父)、うるさい。スルー。


「反抗期だ……」

 なんかブツブツ言ってる。


「うわ、師匠! 相変わらず顔が怖いね! いやあ、久しぶりだね! 会いたかった!!」

「開口一番、人の身体的特徴をなじるのが貴族のやり方か」

「ブラウニー! お前も一応もう貴族の子だからね!?」

「表情が怖いのは身体的特徴になるの!? てか顔が怖くなってるの認めるの!?」


「……ツッコミがうまくなったじゃねえか」

 めんどくさい。なんとなく知ってる言葉で適当に褒めよう。

 ちなみにツッコミが何なのかはオレは知らない。


「ありがとうございます!!!」

「なんなの君ら!? 実は仲良しなの!?」

「はい! とっても!」

「絶対違う」


「……ところで何の用だ。前も散々言ったがオレはお笑いなんて教えてないからな」

「あはは。またまた。その人とコンビ組んでるんでしょ☆見てて楽しい!」

「……」

「あ! ブラウニー、やめなさい、ホント」

後ろ手でダガーを抜こうとしたところ、アドルフさんに本気で止められた。


「えっと、コーヒーしかないんだが、いいですかい、坊っちゃん」

 アドルフさんが敬語混じりにリンデンに聞いた。


「ほんと? 僕、コーヒー大好き。でもいいの? ヒースは水が貴重なんじゃない?」

「大丈夫ですよ。錬金アイテムで作ってますから」


「あ、そうか。そういえばヒース家がそういうの作って王都は水で苦労しなくなったんだよね……優秀な錬金術師達が失われたのは……あ、ごめん」

 リンデンは口を抑えた。


 アドルフさんは穏やかな表情で首を横に振る。

「もう10年以上も前のことですよ」


「で、何しに来たんだ。プラムならいないぞ」

「うん、知ってる。僕、こないだブルボンス公爵家で会ったからね」

 がちゃ、とアドルフさんがコーヒーを煎れてたカップを倒しそうになった。


「な……」

 プラムに、会っただと……?


「とても、帰りたがってる。師匠のところに。今日はその話をしにきたんだ。聞く気になった?(にっこり)」

 オレは力が抜けた。


「……聞かせて、くれ……」

「うん、その為にきたからね」


 アドルフさんがコーヒーを運んできた。

 彼も、信じられない、といった顔をしている。


「……まず何から話そうかな(コーヒーずず)」


※※※


「殺す」

「ブラウニー落ち着け……」

 さっきまでお母さん化してたくせに、アドルフさんも今は殺気を放っている。


「彼女、一目でもう死にそうな顔してるから、放っておけなくてね。ちなみに君らを襲ったエルフはギンコって名前なんだけど……彼も今は彼女をこっちへ返すのは賛成派だ」

「は……? あいつが?」

「ココリーネのやり方に疑問を覚えたみたい」

 最初から犯罪だ、気づけよ……クソエルフ。


「しかし、それでその話を伝えにきてくれただけか? 何か預かったりしてないのか? 手紙とか」

 アドルフさんが聞いた。敬語消えてる。


「ああ、うん、プラムからブラウニー宛てに手紙は預かってるよ。話の最後に渡すね。で、僕からの提案なんだけど落ち着いて聞いてくれる? 一応君たちの状況は調査してから来たから状況は知ってるつもり。それで、前提としてプラムをリーブス家の養子にすること、容認できる?」


「は? そんなの、できるわけ」

「……いいのか?!」

 オレはえ、って顔でアドルフさんを見た。

 アドルフさんは、オレの肩に手をのせた。


「ブラウニー。多分こういう事だ。プラムをリーブス公爵家の令嬢にすれば、プラムとココリーネの立場はほぼ同等になる。簡単に引き取れるはずだ。他の公爵家の令嬢を監禁するわけにはいかないからな。で、プラムがうちに嫁いでくれば元通りってわけだ」


「……そんな事ができるのか」

「うん。その通り。父上からも了承もらってるよ。父上もブルボンスの弱みを一個握るわけだから、メリットないわけじゃないしね。アドルフさんがうちに養子にだしますって書類を交わしてくれれば、それで終わりだよ。うちの子だから連れて帰るねー、であっさり解決。ココリーネがやってる事は犯罪だから公にはできないしうちの家に喧嘩は売れない、むしろあっちが不利だね。何も文句言えないと思うよ」


「なんでそんな事してくれるんだよ」

「さっきも言ったじゃない。プラムが酷く辛そうだからだよ。プラムはね、僕の死んだ妹に似ててね。それもあって……ちょっとしつこくしてた。それとレインツリーで突き飛ばしちゃったお詫び……かな。むしろプラムのためだね」


「そう、か……。……ありがとう」

 オレは顔を覆って下を向いた。


「うん。ただね、我が家にもルールはあって、少なくとも15歳までは結婚させてあげられないんだけど、それは良い?」

「は?」

 なん……だと……。


「すぐに解放してあげたいのは山々なんだけど、役所通して書類交わす以上、プラムはうちの子になるからね。うちは、結婚は少なくとも15歳未満ではさせないんだよ。ちゃんと学校いかせて勉強させて一人前の大人になってからリリース。あ、婚約はしていいよ。じゃないと心配でしょ?」


「……お、おう。……プラムはお前の家に住まなきゃいけないのか」

 またプラムが遠くなる気がした。


「まあ、そうなるよね。でも、いつでも会いに来ていいよ。会いに行かせてもいいし」

「はは、まあいいじゃないか。おじさんはとりあえずお前達が泣かないですむ選択肢になるならそれでOKだ。オレ達じゃなにもできなかったし。な? ブラウニー」

「……そうっすね」


 これは……仕方ないな。


「わー、楽しみだな。師匠とプラムの婚約式。兄として」

「あに」

「うん、兄」

「………おまえが」

「うん、君の将来の義兄、そしてプラムのお兄ちゃんになります!! え、何その死にそうな顔、怖いよ、師匠」


「よろしくおねがいします……」

 オレは声をしぼりだした。


「ブラウニー。顔が全然よろしくしてないぞ……」

 父親がうるさい。


「どうしたの、急にしおらしくなって。やだな、師匠らしくない! 今まで通り話してよ!」

 リンデン、もうオレはお前に頭が上がらない。


「あと、アドルフさん。申し訳ないんだけど、父の方から一つ条件があって」

「ん? なんだ」

「錬金アイテムの権利を一つ譲ってくれる?、って。その代わりプラムは全力で守ってくれるって。ごめんね」

「あー……なるほど。でも確かにこのままじゃヒースが好条件すぎるからな。

わかった。一つとか言わないでくれ。譲れるものを幾つかピックアップしてくるわ。オレもその方が納得できるし、安心だ。その中から大公閣下に好きなの選んもらってくれ。その代わり、プラムをしっかりと頼む」

「勿論だよ。いや、嬉しいな。ヒースの技術はピカイチだからね」


 アドルフさん、またオレ達のために、そんな切り売りを……。

 どうしたら恩返しできるかわからないな……。


「じゃあ、アドルフさん、サインをいくつかちょうだい。あ、ここは割印で……うん、これを役所に提出したらプラムはうちの子だよ」

「ありがとうございます、リンデン坊っちゃん」

 二人が書類をまとめていく。


 オレはそれを横目で見ながら、リンデンが届けてくれたプラムからの手紙を開いた。

 オレがプラムを助けたわけではない、というのが歯がゆい。


 手紙は短かった。


   『ブラウニーへ』

   『きっともうすぐ会えるよね』

   『大好き、愛してる』


 ――プラムの字だ。


「あ……」


 愛してる、そうだ……愛してるって言ったことがなかった。


 だめだ、涙がでそうだ。

 オレも愛してる、プラム。


「さてと、そろそろ帰ろう。役所に書類提出に行きたいしね。迎えに行く日が決まったら連絡するよ。一緒に迎えに行こうね!」

「……本当にありがとう、リンデン」

 アドルフさんが肩をぽん、と叩いて抱いてくれた。


 リンデンはオレの礼にニッコリ微笑むと帰っていった。

 あんなにうざいと思っていた相手に助けられ、早く戻ってきてほしいと思うなんて。

 ……反省する気持ちが出てきた。

 そして、ずっと殺伐としてた事に気がついた。オレは……一体。


「良かったな、ブラウニー」

「うん。でも結局オレは何もできなかったけど。アドルフさんに権利払わせて、損をさせたし」


「……いいんだよ。前も言ったろ。利用できるものは利用しろって。全部自分でやろうと思うなって。

人に助けを求められるのも大事な事だ。

損をさせたなんて、そんな風に考えるなよ。オレだって自分の娘のためにオレが支払ったんだから」


「それに、お前はなにもしなかったわけじゃない。……耐えただろ。何かできることを考えようと頑張っていただろう。普通ならこんな状況、プラムのことあきらめるぞ? 相手は公爵家でこっちはほぼ平民みたいなもんだからな」


「……」

「なあ、これもお前の持ってる力の一つなんだよ。リンデンという知り合いがいて、オレという保護者を持ってる。オレがいう利用できるものは利用しろっていうのはこういう事も言ってるんだよ。

もし、リンデンやオレと縁がなかったらこうはならなかっただろ? ……そして耐えて状況が好転した。チャンスが向こうからやってきた。幸いプラムもなんとか無事なようだ」


 頭をわしわし撫でられた。

 少し涙がにじんだ。


「さて……と!」

 アドルフさんはちょっとウキウキした感じで手をパン! と叩いた。


「プラムの位置情報教えてもらったし、おじさんちょっと、プラムの様子見に行ってくるわ。安心させたやりたい。リンデンがエルフに言ってくれてて、オレが行っても見逃してくれるってよ。マロ借りるわ」


「……は?位置情報!? いつのまに!? 行くならオレも一緒だろ。むしろあなたよりオレが行くべきだろ?! なんでだよ!?」


 アドルフさんはジト目になり。

「おまえ、何するかわからないからな……さっき何回殺すって言葉発したよ」

 呆れた顔でオレを見てきた。


「ぐう……!?」の音(ね)。


「……お前が行ったらさぁ、そのままプラムを連れて帰ろうとしたり、下手したらブルボンス公爵家でひと悶着おこしそうだから駄目。リンデン坊っちゃんも、オレなら行って良いって条件で教えてくれたしな」

「……!」

 アドルフさんどころか、今ちょろっと会っただけのリンデンにそこまで読まれたのか?

 あのふわっとしたリンデンにそんな洞察力があった事にも驚きだが……二人の思っている通り、ここ数ヶ月の自分の荒れっぷりを思い返すとオレは何も言えなかった。


「だからお前はもう少し我慢しなさいね。ブラウニー。マロ、来い」

「み」

 ぺっ!、とオレの頭を蹴ってマロはアドルフさんの肩に飛び乗る。


 畜生……。あ、いや。そうだ。

「あ、ちょっと待って。手紙ならいいだろ」

「お、それはグッドアイディア。書いてこい、絶対喜ぶぞ」


 オレはアドルフさんに手早く手紙を書いて渡した。

「じゃあ、留守番頼む」

「おねがいします」




 …………行ってらっしゃい。



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