第18話■ Release me ■
――攫われてから数ヶ月が経った。
今は8月だから半年以上経ってしまったのか。
9月からは、宣言どおり、ココリーネ嬢と一緒に学院に通わされるらしい。
そこでのポジションは、ココリーネ嬢がいつか王妃になる時に一緒に王宮にあがる侍女予定の子らしい。
まあ、理由はなんであれこじつけて、私と皇太子殿下を引き合わせたいんでしょ。
王妃教育と侍女教育と二つのわらじを履かされて忙しい。
てか、王妃教育つらい。興味ないから余計につらい。私には無理だって……。
そして自動回復も封じられてるから、疲労が半端ない。今まであって当たり前だったから、ありがたみがわからなかったよ……。自動回復だけでも返してー……。
10月には12歳になる……こんな事にならなければ、ブラウニーと籍を入れられるはずだったのに。
あれから、私が監禁されてる部屋は徐々に豪華さを増していった。
天蓋付きのベッドはさることながら、ドレッサーに数々の化粧品。
攫われてきた次の日に、体中痛いのに採寸させられて、その日から毎日ドレスが運ばれてきては、クローゼットを肥やして行った。
毎日それ着せられるし。宝石いっぱいついててくっそ重たいし。
同じく山程与えられた靴は窮屈なヒールばっかり。
ブラウニーのくれた髪留め返してほしい。アドルフさんが買ってくれた服返してほしい。
お風呂は侍女に洗われて身体触られるし。最悪。
ああ、ひょっとして学園いったら私がココリーネの身体あらうの? 死にたい。
あああ、無理やり伸ばす事を強要されてる髪が鬱陶しい。切りたい。
ココリーネは好感度あげだーとか言いながらたまに私の部屋にくる。
「……お前、この数ヶ月で随分磨きがかかったじゃねーか。いいねいいね」
髪に触る。手に触る。見た目的には女の子同士のスキンシップに見えなくもないが実態はセクハラでーす。
「あー……俺が女の身体じゃなきゃすぐにでも……」
キモい。ホントに好感度とやらをあげるつもりあるのか。それ。
あなたが女体なのがホント私には救いです。
……耐えろ、耐えろ私。
それでもとりあえず、大人しくココリーネの言う事に従っていた。
信用されたら少しは自由が増えるかと思ったからだ。
それは功を奏して、散歩の時間がもらえたり、公爵家の図書室への出入りの許可をもらった。
前は本なんてほとんど読まなかったのに、今ではすっかり本の虫だ。
ストレス解消が散歩と読書だもの。おかげで多少は知識が広がった。
そしてアドルフさんのやってる錬金術師の技術って、特に王都では生活に密着している事を知った。
ヒース男爵系は便利なものを開発して、人々の生活を楽にする事を仕事にしていた家系だったようだ。
例えば、キッチンなら直ぐに火をつけられる、もしくは魔石があれば火がなくても調理できる熱をもつ調理器具とか。
自分でゴシゴシしなくても服を洗ってくれる箱とか。洗濯機っていうらしいけど。
一般市民でもお金さえあれば買えるらしい。
水脈がないところに井戸を作る技術だったり。
それが書いてあった本を読んでから、私はものすごくど田舎に住んでたんだなって思った。
アドルフさんの家系、すごくない?
そんな家に養子に迎えられたって、アドルフさんはかなり優秀な子供だったのでは?
さらに読みすすめると、魔法自体、一般人でも魔石と知識があれば魔法が使えることがあることも知った。
それも開発元をたどるとヒース男爵家。
……めちゃくちゃ歴史あるな。吹けば飛ぶとかアドルフさんは言ってたのに。
ただ、それは魔力保持者と比べるとやはり超えられない壁があるらしい……まあ、それはそうよね。
それにしても……お洗濯。お洗濯か……。
たった一晩しかいれなかった、私のヒースの我が家……。
あの夜あれだけ教会を恋しがったくせに、げんきんだな……ヒースが恋しい。
ヒースに帰って家事がしたい……。ブラウニーのお嫁さんしたい。ブラウニーとアドルフさんと家族団らんしたい……。
「歩みが止まってるぞ」
散歩のエスコート、もとい監視役のギンコが小姑のように言ってきた。
少しでも立ち止まると言ってくる。
だが、初めて会ったときよりは、これでも態度が軟化したほうだよね。
「……てんとう虫がいたので、可愛いなと思って見てました」
それは本当だ。
可愛いよね、てんとう虫。
「……部屋に連れて帰りたいか?」
「いいえ」
そんな閉じ込める真似できない。監禁される苦しみは今のわたしがよく知ってる。
モチがペロッと食べちゃうかもしれないし。
「意外ですね」
「何がだ」
「……あなたが自然の生き物を連れ帰って飼うか? なんて言うと思わなかった」
「そこまで意固地ではない」
へー。
……あー暑いけど天気いいな。日傘をくるくるした。
まだ部屋戻りたくない。
「はしたないぞ」
「年季のはいった平民出身なので、なかなか優雅さは身につきませんよ」
「そこ少し座って良いですか?」手近なベンチを指さした。
「……時間内だ、許可する」
私は日傘を閉じて、ベンチに腰掛けた。
「日に焼けるぞ」
うっるさ……。
「持つの、ちょっと疲れまして」
「しかたのない」
ギンコが日傘を差して私の方に傾けた。私の事良く思ってないくせに、紳士力は保ってるわけですか。
逆に鬱陶しい。
「ご親切にありがとうございます」
「お前が不穏分子だとしても、ココリーネが何故かお前を大事にしているからな」
見事にココリーネ嬢に心酔している。
ギンコは、魔力のないココリーネの精霊魔法の教師として何年か前に公爵家へ来たらしい。
精霊魔法は、魔石と精霊との契約があれば魔力のない人間でも扱えるらしい。
ココリーネは、どうやら攻略対象達に自分には少し夢見の能力があり、私が将来ココリーネにとって脅威になりうる、と信じ込ませているようだった。
あれ、そういえばエセ神父がこないだ来てから、『特別な夢』を見ないな……。
この世には火水風土光闇プラスその他、様々な精霊がいるらしい。
ギンコになんとなく聞いてみたら、わりとすんなり教えてくれて、アドルフさんは少なくとも土の精霊と植物の精霊と契約していたらしい。
なお、契約していてもどこでも使えるわけではなく、例えば水の精霊を呼びたして使役するなら水のあるところじゃないと使えないらしい。
ヒースでは、風の精霊の力が非常に強く、大地が死んでいるし森は人工森で、さらに魔力が魔石頼りのアドルフさんにはたいそう不利な条件の戦いだった、とギンコは言った。
それに加えて、土の精霊にとって風の精霊は戦うならば天敵らしい。
「あの男は、ドライアドとノームの精霊を錬金術で混ぜ合わせて自分なりの魔法を組んでいた。邪道だ。
精霊をマテリアルとして混ぜ合わせるなど、生命への、自然へのの冒涜だ」
マロやモチの事を考えると、その考えにはイエスとは言えないが、言いたいことはまあ、わかる。
でもマロ達に関しては、アドルフさんは細胞をとって混ぜ合わせたって言ってた。確か。
なにも生命そのものを器具にぶっ込んでコンゴトモヨロシク(謎)したわけじゃないと思う。
そもそも飛竜ってかなり大きいからそんなものはいる器具は多分ないと思うし~って、
……それでも許せないものなんだろうけど。
「だが、シルフが飛び交っていたあの土地であそこまで追ってくるとは大したものだった。あの知恵と機転と培った努力は称賛に値する」
……最終的に褒めてるじゃん。
アドルフさんって人たらしなのかもしれない。なんで彼女できなry
「あの少年も……なんといったか。ブラウニーか」
「……」
ブラウニー、という禁じられた単語を数カ月ぶりに他人の口から聞いた。
心の中ではずっと彼の名を叫んでいるのに、人の口から聞くとなんて懐かしい響きに感じるんだろう。
嫌だ、懐かしい、なんて……。
「年端もいかない少年があそこまで食い下がるとは私も思わなかった。……お前を奪われまいと必死だった姿は好感が持てた」
おまいう。
でもまあしょうがないわね、ブラウニーはかっこいいから好感持たれて当たり前だし。
「……彼は私の命です」
声が震えた。
何ヶ月もたったのに、あの日の最後のブラウニーの私を呼ぶ声が頭のなかではっきりと思い出せる。
彼の名前を聞いてしまったら、私の目からは簡単に涙が落ちた。
この人が、ココリーネが私の幸せを奪った、そう思ったらついキッと、ギンコを涙目で睨みつけて――ああ、やらかした、と思った。
「……」
「……そうか」
「……ごめんなさい。今のは……ココリーネ様に報告しないでくれると……」
ココリーネには、ブラウニーを忘れるためといって、ブラウニーの話しは私からはしてはいけないことになってる。
ギンコは、特に怒ることはなかったけど、少し困惑した表情を少しみせた後、
「いいだろう。だが……そろそろ部屋にもどるか?」
と部屋にもどることを促してきた。
「はい」
私も散歩する気分ではなくなったし、一人になりたくなった。
その時。
「あれ!! ……プラム?!」
私の名前を呼ぶ人がいた。
「?」
私が振り返ると、そこには……金髪碧眼の知ってる顔の少年が立っていた。
「プラムじゃないかー!! その髪色は間違えないね! おお、でも見違えたよ!!! いや、前から可愛かったけど、どこのレディかと思った」
「リンデン……」
「え? どうしたんだい? 泣いたのかい? ほら、このハンカチ使いなよ」(頭なでなで)
あんなにめんどくさいと思っていた相手にすごく親しみを感じてしまう。
……自分勝手だな、と心の片隅で思う。
ん……? あれ、リンデン。私に対して態度が昔と変わってなくない? 好意的だ。
彼もたしか攻略対象だったはず。……最後にレインツリーで突き飛ばされた時よりも雰囲気も柔らかい。
「いやー、見違えた! やっぱり今からでも僕の妹にならないかい? ……あ! ひょっとしてブラウニー師匠も近くにいるのかい? 会いたいな!」
「いえ、ブラウニーは……その」
すこしピン、と来た。
……リンデンは屈託なく笑ってる…レインツリーに居た時も、天然ボケまっしぐらな感じだった。
私への負の感情を隠した演技とは思えない。
……ひょっとしたら味方になってもらえたりするかな?
せめてブラウニーに手紙を届けてくれる……とか。
でも、いまはギンコがいる。余計なことは言えないな。
「この娘は、ヒース男爵家の令嬢だ。その師匠とやらはヒース領に行けば会えるだろう。リンデン殿」
私はびっくりして思わず背後のギンコを振り返った。
ギンコは私を見ていない。
「ええ!? 一体どういうことだい!? あれ、でもヒースってあの呪われた大地の?」
「新年に領主が戻ったとか。ブラウニーは養子として迎えられた」
「な、なんだってー!! それはぜひ訪問しなくては!!! あれ?プラムはなんでここに?」
「ココリーネ様の侍女になるための研修中だ。知り合いならばたまに会いに来られるとよかろう。
東棟の最上階に部屋がある。貴殿ならココリーネも面会を許すだろう」
私のいる部屋、東棟っていうんだ。てかそんな詳しく言っていいのか、ギンコ。
「へえ! そっか!プラム、良い就職先がみつかったね!!! おめでとう!東棟だね! おっけ、また会いに行く! ……あ、いけない。レインツリーから帰ってきたってココリーネに言いに来たんだった! ギンコ、プラム、また!」
「う、うん、またねリンデン」
「様をつけろ、娘。……リーブス公爵家の嗣子かつ現国王弟の令息だ」
「……様。失礼いたしました」
え、それって王位継承権とかある人ってこと。
リンデン、あなたそんな高貴な血筋だったの。
「いいんだよ、いいんだよ! 気にしないで! またね!」
リンデンは走って言ってしまった。
「ギンコさん……なんでリンデン……様に色々私のことを話したの?」
「リンデン殿は深くものを考えないから問題ないと思った。それに訪問客の質問に答えないわけにもいかないだろう」
……。
今、リンデンのこと、要は馬鹿って言いましたよね!?
「……っ」
私はくすっと笑いそうになって口元を抑えた。
そんな事言うタイプだと思わなかったギャップが笑いのツボに入ってしまった。
「……喋りすぎたな、部屋へ戻るぞ」
そういうとギンコは私をエスコートして部屋へ戻らせた。
ギンコが少し微笑んだ気がした。
※※※
「やあ! プラム!!! 早速会いに来たよ!!!」
リンデンが私の部屋を訪ねてきた。
また来る、とは言ったけど、まさか翌日くるとはおもわなかった。
ちなみに、ギンコが連れてきた。
私が戸惑いがちにギンコを見ると
「リンデン殿に頼まれてお前のスケジュールが空いてる時間を確認した。責任上、私も同席する」
と言われた。
好きで連れてきたわけじゃないってことね。
私がカーテシーをしてリンデン様、と呼ぼうとしたら
「いいのいいの! リンデンで! 様いらないいらない! プラム平民出身なんだから。めんどくさいでしょ? あ、でももし舞踏会とか公式の場で会うことあったら、その時だけは様はつけてね!!」
ようは公式の場でなければ無礼講でよろしいと。
「は、はい」
「いいのいいの、前みたいに喋って」
「……うん」
ちょっと心が温かくなった。
怒られないかなって離れた場所で座ってるギンコを見たけど、頷いた。良いって事ね。
……あ、なんか嬉しい。
嬉しいって気持ち、しばらく忘れてたな……。
「あ、そうだ前に突き飛ばした事、ごめんね。……どうもココリーネの事になるとおかしくなるんだよ」
「? ……ううん、もう気にしてないよ。頭下げないで」
こっちこそ邪険にしててごめんね。
ああ……久しぶりに普通に喋れる。
呼吸が楽になった気がする。……あれ、私、呼吸がしんどかったのかな。
それにしても、おかしくなるほど好きなのかぁ。
まあ私もブラウニーのことは気がおかしく成程好きだと言っても過言ではないしね。
むしろこれ以上に好きのレベルを上げるにはどうしたらいいのかと考えているくらい……あ、なるほど、頭おかしいわ。
でもブラウニーに関してはそれでいいの。
「僕、実は身体が弱いところがあって、レインツリーで養生してたんだ。
その他にも、ちょっと立ち直れないことがあって、王都から逃げてたっていうか……」
え、全然そんな風に見えなかった。
「二年くらい前に大好きな妹が死んじゃって……」
リンデンはそこで紅茶を一口飲んだ。
「え……」
「そこで君に会ったんだ、髪色で最初はびっくりしたんだけど、顔を良く見たら、顔つきとか……とくに目の形と色が妹にそっくりでさ」
……ああ、だから妹にならない?って言ってたんだ。
私に妹を重ねてたんだね。
「君を戸籍上引き取ったところで、妹が帰ってきた事になるわけでもないのにね」
リンデンは苦笑した。
「君を身代わりにしようとしてたんだね、僕。ごめんね」
誠意ある真摯な瞳で謝った。
「ううん、いいの。私も話し聞こうとしなかったし。あなたは別に悪いことしてないよ」
なんだか意外なイメージだ。……人ってよく話ししてみないとわからないものなんだね。
リンデンの心象がかなり変わった。
「ココリーネは、去年の冬、僕の屋敷に泊めてくれないかって、やってきたんだよね。
そしたらココリーネがね。水辺のほとりで、僕に言ってくれたんだよね。
あなたの気持ちはわかるわ。……辛かったわよねって。
僕それで何故かほだされちゃったんだよね。たった一言なのにね。自分でも変だと思うんだけど。
ココリーネとは幼馴染で……ちょこちょこ昔から遊んではいたけど……正直あんな気持ちになる相手とは思ってなかったんだ。今でも好きなんだけど、なんか違和感があるんだよね。……なんで好きなんだろうってね」
そういえばココリーネが言ってた気がする。
攻略対象は好感度上げるイベントを模倣したらホイホイ落とせるって。
私にも皇太子殿下に関するその情報を最近レクチャーしにくる。
ココリーネは攻略対象寄って来ちゃう~うざーとかいいつつ、自分も彼らを落とそうと行動をしている。
『ある程度好感度上げとかねーと、殺されるんだよ!』
……とかなんとか。
それで結局ハーレムが出来上がってるなら、それってやっぱ私のせいじゃないよね……。
「ねえ、プラム。ギンコに聞いたんだけど……君、ココリーネに無理矢理ここに連れて来られたって本当?」
「え」
私はまたギンコの方を見た。
ギンコはこっちに興味ないかのように窓の外を見ている。
「う……うん」
「……将来的に身代わりでルーカス……えっと第一王子殿下の婚約者になるように教育されてるって本当?」
リンデンがじっと私の目をみてくる。
私は動揺した。
「どうして、それを…」
「僕は聞いてなかったんだけど、ギンコは聞かされたらしい。君が王妃になればココリーネの命が安泰だって。逆にこのまま君を放置したら私を追い詰め殺しにくるかもしれないって……夢で見たらしいんだけどね。彼女の夢見は昔からよく当たるんだ」
ココリーネは前世の記憶とやらを夢見として語ってるだけなんですけどね……。
「……そうらしいね」
「そっか! ……ねえ、ここを出たい?」
「……っ」
私は言いあぐねる。
どうして? 二人共ココリーネ至上主義じゃないの?
リンデンだってレインツリーで、見境なく私の事突き飛ばしてたのに。
ギンコに至っては言わずもがなだ。
それとも私を試してる? チャンスがあったら逃げ出そうとしないか……とか。
でもそれにしては……リンデンの瞳は優しい。
リンデンがそういう嘘をつくような人間には感じない……。
「疑っちゃうよね? でも大丈夫、約束するよ。ココリーネには言わないから、言ってごらん」
「で、でも……」
ギンコが聞いてるし……。
「少し席を外す」
ギンコがいきなり席をたち、部屋を出ていった。
何その気の利かせよう……。どうしちゃったの!?
「……どうして」
「プラム、ギンコもね。なんか違和感を感じてるみたい」
「プラム……それでどうしたい?」
「……私」
「私……! …ヒース領に帰りたい! もう、こんな所、一秒だっていたくない!」
「……助けて!!」
私は膝の上で拳をぎゅっと握って、叫ぶように言った。
ずっと言いたかった言葉を。
「そっか! 良く言えたね! そうだと思ったんだ。プラム。いい子だ!」
リンデンはニコッと笑って私の頭を撫でた。
「……いくら夢見でみたからといって、本人の意思に反してこんなやり方をするのは間違ってると僕は思う。 ……こんなのは犯罪だ。大丈夫、僕は君の味方になってあげる」
「リンデン……」
「あまり口にしたくないんだけど、貴族がたまに気に入った平民を力任せに囲っちゃうことって、ないわけじゃないんだよね……でも貴族の家で暮らすと生活レベルが上がっちゃうじゃない?
公爵家の生活なんてまさにトップランクの水準だしね。
中には開放されるチャンスがあっても帰らないっていう一般人もいるわけ。
……だから一応聞いたんだ。一応ね!」
……そっか。そういう人もいるんだ。
確かにご飯もお茶菓子も味は美味しいと思う。材料は同じものは手に入らなくても、レシピ知りたいとは思ってた。ブラウニーに作ってあげたいとか思ってた。帰るアテもないのに。
「でもね。昨日から思ってたんだ。君、死にそうな顔してる」
「……」
「……ね、思いきり泣いても大丈夫だよ。実はギンコが風の魔法を使って、外に音がもれないようにしてくれてるから」
え?! ギンコが!?
嘘でしょう!?どうして!?
「………」
「あ……」
パタパタと涙があふれる。
「大丈夫」
魔力が全て封じられた私にエセ神父が悪戯して何か幸福な夢を見せてから突き落とすつもりなんじゃないだろうか。
やっぱりリンデンやギンコが私をハメようとしてるんじゃないだろうか。
そんな捨てきれない疑いを突き破るように、湧き上がってくる気持ちがあった。
「――――――ブラウニーに会いたいよおおおおおおおおおお!!!!」
私はずっと叫びたかった名前を叫んで泣いた。
「うん、うん。わかったよ。僕がヒース領に行って、会ってきてあげるよ。だからもう少し頑張ろうね」
リンデンは、私が落ち着くまで頭をなでてくれていた。
――まるで妹をあやすように。
※※※
リンデンが訪ねてきた次の日。
散歩の時間。
今日も夏まっさかりで、青空が広がっている。
ギンコが今日は違うコースに連れてってやろう、と言った。
ついていくと、庭園というより、野原だった。
一面にシロツメ草とクローバーが広がっている。
「こんな場所があったんですね」
「単なる空き地だがな」
私はギンコにお礼を言う事にし、またどうして私に助け船を出すつもりになったのか聞くことにした。
「……庭園もいいけど、故郷の景色を思い出して落ち着きますね。ありがとうございます、連れてきて頂いて……あと、昨日はありがとうございました。どうしてあんな事を?」
「私はココリーネの夢見より、自分の勘を信じたくなっただけだ。無論、ココリーネの事は信じていたい。……だが、私には、普段か様々な精霊たちが見える……お前を連れてきた日から、お前の周りから生命の精霊や精神の精霊が消えていくのが私には視えていた」
精霊。なんかこの間、図書室で本で読んだな。
「精霊……あなたがヒースで最初に魔法を振るった時、チラっと視えたの、あれシルフだったんですね」
「……シルフが視えたのか?人間が、訓練もなしに?」
「一瞬でしたけど」
「ほう。それは大したものだ」
褒められるような事だったのか。
ギンコのこと嫌いだし苦手だったけど、この人もココリーネに騙されてる被害者なのよね……。
ココリーネの本音を教えたらどう転ぶかわからないから怖くて言えないけど。
「……このままでは、ココリーネの言う学園生活や卒業パーティでのイベントやらまでに、お前が壊れるか死ぬかすると思えた。……そんな無気力な人間がココリーネをどうやって殺す算段をたてる?、と。
……私はただの無害な少女を攫ってきただけではないのかと、迷いができた」
その通り無害ですよ!!! しっかりしてください!!! 犯罪ですよ!!!
「ご心配頂いたようでありがとうございます。……でも、元気になったら何か計画して殺すのかもしれませんよ? そもそも私がこのまま死んでしまえば、ココリーネ様は安泰ですしそれならこれはこれで正解と言えません?」
「それもそうだ」
ギンコがフ…、と小さく笑った。この人も笑うんだね。
「それにしても、大丈夫なんですか? ココリーネ様に嫌われません?」
「人のことを心配する余裕あるのか? 私はそれだけのことをお前にしている。私もリスクを負うべきだ」
「うわ、生真面目………」
「良く言われる」
また少し笑った。
この人、ココリーネの真実は知らなくても、もう本当に色々わかっちゃってるんだな。彼女が何かがおかしいって。
ひょっとしたらココリーネに変な精霊とかついてて視えてるのかもしんない。
ココリーネ、攻略対象を馬鹿にしてる節があるけど、この人たち、優秀だよ?
「そうだ、手を出せ」
「なんです?」
ギンコは私の手を取って、そこに――
「あ…!!!」
ブラウニーがくれた髪留め!!!
「ど、どうして……」
「……捨てられるのを見たが、思わず拾ってしまった。大切にされている物にも精霊が宿る。私にはそれに宿っている精霊を見捨てることができなかった」
「あ、ありがとう!! ギンコさん、ありがとう!!!」
私は髪留めを手で包み込んで胸に抱いた。
嘘みたい……。嬉しい……!!
二度と返ってくるなんて思ってなかった。
「……別にお前のためではない。精霊を助けたかっただけだ」
ギンコはそういうとツンとそっぽを向いた。
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