第17話 ■ The Hanged Man,Reverse ■ ―Brownie―

 

――プラムを奪われた。


 目の前で連れていかれた。

 オレは2Fのバルコニーで、アドルフさんに殴られた頬を氷嚢で冷やしながら床に座り込み、沈められない怒りに顔を歪めていた。


 エルフを追おうとしたら、アドルフさんに殴られた。多分、本気で殴られた。


「ブラウニー、オレ達の負けだ! 一旦落ち着け!無駄だ!あのスピードには追いつけやしない!!」

「うるさい! 今追わなきゃ、プラムに何されるかわからない!!」


「だとしてもだ! お前がここで無茶したら、後で助けられるものも助けられなくなるぞ!」

「プラムが知らない男に抱えられてるだけでも身の毛がよだつ! あいつ許さねぇ!!」


「独占欲すご!? とにかく一旦落ち着けって! オレたちもう何もできないから今は!! おら!」

 アドルフさんはまだ発動している蔦でオレの足をからめとり、宙吊りにした。


「……っ」

 オレはそれを短剣で切り裂いて、マロを呼ぼうとした

「マロ……!」

「あーーー!もう!!歯折れても、知らねえぞ!!!」


 バキッ!!!!


 ふっとんで、どっかにぶつかって、失神した。

 幸い歯は折れなかった。


 オレはバルコニーの床に、ごろっと転がって空を見た。

 空と風が嫌いになりそうだ。


「とりあえず、飯ができた。食え……って顔が腫れて食えないか?」

 黒いエプロンしたアドルフさんがオレを覗き込んだ。


「……頂きます」

「よし、偉いぞ」


 サンドイッチと絞ったオレンジジュースをアドルフさんは、バルコニーのテーブルに並べた。

「……っ」

 食べようとしたら殴られた所に響いた。


「食い終わったら鎮痛剤のめ。ここ置いとくぞ。……ったく、せっかくプラムが治してくれたのに、俺たちで傷つけ合って馬鹿みたいだな」

「オレはあなたに攻撃してませんけどね」

「いや、ごめんな。ああでもしないと止まらないと思ったからな」

「……すみません」


 今でも正直追いかけたい気持ちは溢れている。

 だが、それにブレーキをかけれるくらいには落ち着いた。

 アドルフさんの言う通り追いかけても無意味だからだ。


「…それにしても聖属性がパーティにいるって強ぇな。というかプラムが規格外すぎる。

オレ、たしかに肋(あばら)逝ったのに、プラムが一瞬で治したぞ。あんなの聖女でも時間かかるぞ」


「そうですね。多分オレとアドルフさん、知らないうちにプラムの祝福もかかってると思いますよ。だから、何回か酷い怪我したけど、あの程度で済んだと思います」


 オレがそういうとアドルフさんは思い当たるなって顔をした。


「やばいなぁ。あいつ魅了とか封じても引く手数多になるぞ。おまえ、これから苦労しそうだな~」

「あなたもでしょ。娘なんだから」

「違いない」


 アドルフさんは笑ったが、目は笑ってなかった。

 口には出さないが怒ってるな。


「とりあえずアドルフさん、なんか魔法教えてください」

「お。いいぞ。実はそろそろ教えようかな~と思ってたとこだった。でもとりあえず本読むとこからな。

オレがガキの頃に使ってた勉強部屋に魔術書があるから。オレの部屋にあるやつは全部読め」

「わかりました」


「……アドルフさんは、どうして精霊魔法なんですか。たしか魔力保持者ができる事も魔石があればできるって話ですが」

「精霊魔法はマロたちと同じでオーダー形式だからな。便利なんだよ。契約さえすればだけどな。これやってくれ! はいOK! みたいな。

魔法保持者のほう……属性魔法の方は……自分で術式の組み立てやらなんやらややこしいんだな。あれは一般人が一般的につかうにはちょっとな。光属性ならランタンに術式を組み込んで、家の明かりにしたりとか、スクロールに魔法こめてみたりとかな。

そういう使い方のほうが向いてるとオレは思ってる。ただし、魔法保持者本人が使う場合は話は別だけどな」

 ふむ、成程な。

 ややこしいのはオレも好きじゃないな。


「なるほど……じゃあオレも精霊魔法にしてみます」

「おう、頑張ろうな」


 アドルフさんは最後のサンドイッチを口にいれ、ジュースで流し込んだ。

「よし、オレはちょっと出かけてくる」


「街ですか?」

「ああ。あんなに魔石バカスカ使ったの、久しぶりだったからな。在庫がやばいから買いに行ってくる。

お前が精霊魔法覚えるってんなら、もっと魔石いるしな」

 ……この人結構、際限なく金使うな。


「アドルフさん。そんな金どこから。冒険者家業だけだと、そんなにポコポコ魔石買えないでしょう。

まさか借金とかしてないでしょうね」

「お~貴族馬鹿にするなよ~。底辺男爵家だけどな。うちは歴史ある男爵家なんだよ。ブラウニー坊ちゃま」

「その言い方やめてください」


「そうだな。簡単に言えば、過去に錬金術で開発したアイテムや技術のマージンが入るんだよ。オレが死んだらお前とプラムに権利が移る。その時お前らが籍を抜けず、男爵家を継いでればだけどな。……まあ、詳しいことは本で読んでくれ。ヒース男爵家の歴史、みたいな本が勉強部屋にあるから。それ読めばお前ならだいたい察するだろ」


 成程、そういう稼ぎ方があるのか。しかし、アドルフさんが死んだら、という言葉は頂けない。


「アドルフさん、死なないで…オレはあなたのこと好きなんで死なれたら困ります……」

「まるで死ぬ間際の愛の告白みたいな言い方やめて!?」


 ……オレは至って真面目なんだが。

 でもアドルフさんは笑った。今度はちゃんと目も笑ってる。…良かった。


 しかし、そんな資産持ってるなら、嫁の一人や二人、もしくは彼女なんて簡単にできそうなもんなのにな。

 なんでこの人彼女できなry


 アドルフさんは出かけた。

 一人になると、プラムの事で頭がいっぱいになる。公爵家に連れて行かれて、今頃絶対泣いてる。

 助ける手段がないのが辛い。……でも絶対迎えに行く。


 教えてもらったアドルフさんの勉強部屋に入る。

 崩れた城の中でもここは無事なままだったようだ。


 だが、机やら壁やら、色々数式が落書きされている。……ガキの頃一生懸命勉強してたんだな、あの人。


 精霊魔法書を手に取り、淡々と読む。

「…精霊と契約は瞑想することにより精霊界に接続し………」


 瞑想。

 ん、そういえば、レインツリーにいる頃に、瞑想を何回かやらされたな。

 そんな所にほんとにつながるのか?

 まあ、ものは試し。


 オレは、座り込んで、久しぶりに瞑想を始めてみた。

 プラムの顔が浮かんで、なかなか無になれない。


「………」


 額に意識を集中し……呼吸を整え……


 眼裏に何かが浮かんだ。

 ――円形の光。その向こうには暗い宇宙(そら)と星が浮かんでいる。


 これは…『精霊界』じゃない……知ってる、これは『絶対圏』だ。

 プラムと教会で暴れた時に、頭の片隅に浮かんでたイメージ……


「!?」

 オレは目を開けた。

 どうしてだ。

 プラムがいないのにどうして『絶対圏』が。


「み?」

 マロが鳴いた。

 部屋にある鏡が目に入った。


「やべ」

 髪色があの時のように銀色に一部染まっている。

 オレは頭を思わず振って雑念を思い浮かべた。

 髪色はスッともとに戻った。

 ……今の観測されなかっただろうな。


「みっ」

 マロが頭から肩に落ちてきた。

「あ、マロ。ごめんな」


 ……瞑想は一旦中止だな。

 アドルフさんが帰ってきたら相談するか。

 下手に『絶対圏』へ繋がって発動したら、余計な用事がまた増えそうだ。


 でも、もし使えたらプラムは助けにいけるだろう……。けど、使わないっていうプラムとの約束もあるしな。


 悶々としながらも、部屋にある本を読み漁る。

 そういえばアドルフさん、土と植物と……さっき光の精霊も使用してたよな。契約っていくつもできんのか。

 あのエルフも闇と風を使役していた。


 風、風か……。

 できたら風と契約がしたい。


 おそらくシルフと契約したとしても、アイツみたいな奴をまた相手にするなら魔力や精霊に好かれる数によって力負けするだろうが……契約しないよりはしたほうがいいだろう。

 アイツは許せないが、プラムを取り返せればオレはいい。


 アドルフさんと連携を取るなら、彼と違う精霊がいいかもしれないし。

 マロにも、良い風を呼んでやれるかもしれないしな。


 ふと外を見ると夕焼けだ。

 ……そろそろアドルフさんが帰ってくるかもしれない。


 オレは買い物の荷物運びを手伝おうと、トロッコのところへ行った。

 案の定、ちょうどアドルフさんが、帰ってきたが、見た所、荷物が思ったより少ない


「おかえりなさい、アドルフさん。荷物手伝おうかと思ったんですが、さほど買い物しなかったんですね」

「……ただいま」

 アドルフさんが珍しく不機嫌な顔で、口を開いた。


「……やべーぞ、ブラウニー」

「何かあったんですか?」


「――魔石の供給を止められた」

「は?」



※※※※




 とりあえず、屋敷に入り、オレはコーヒーを煎れた。


「魔石は採掘場があり、そこからショップに運ばれる。

そのショップは王宮が管理していて、そこへブルボンス公爵家から、ヒース男爵家への供給を止めるように働きかけたみたいだ。多分な。

公になったらえらいこっちゃだから、当然ながら店員は口止めされてる。オレの想像だが正解だろう」


 アドルフさんが、コーヒーを飲みながら、買ってきたナッツをバリバリ食べている。

 相当機嫌が悪そうだ。


「情報屋もだ、公爵家の敷地内の間取りの情報を手に入れるか、と情報屋と連絡とったら、知り合いの情報屋が全部ブルボンス公爵家に買収されてた」

「……は」

 オレは眉間に皺が寄った。


 プラムを徹底して囲むつもりだ。

 一体プラムをどうするつもりなんだ!!


「お前、顔怖」

「……お互い様でしょう」


「冒険者ギルドに行って、昔の知り合いに魔石は少し譲ってもらえはしたんだが。

仕事するにもプラム救出するにも心もとない量しか手にはいらん……。

まさかライフラインまで切ってくるとは……」


「手も足も出ないってことですか」

「YES!!!!」


 オレとアドルフさんは、しばらく夕焼けを見ながら、コーヒーをすすった。

 二人共しかめっ面で。


「……しょうがない。法律違反だがやるか…」

「……何やるんですか」


「採掘」

「……嘘でしょ。二人で? どこを?」


「そこに広がってる大地」

 アドルフさんは荒野を指さした。

 オレはコーヒーを吹いた。


「もう、汚いな。お前何歳になったのよ、しっかりしなさいよ」

「11歳ですよ。まだ幼い子供です。……てか嘘でしょ? どんだけ時間かかると思ってるんですか。それに死んだ大地なんでしょう」

「お前は幼くない……(ぼそ)

 ……作物は育てられんな。けど何かしら鉱脈はあるかもしれん。オレはノームと明日から探す」


「でも見つかったとして、どうやって掘るんですか。スコップとピッケルですか? 無茶でしょ……」

「それもするが、ノームにトンネルほってもらうわ。あ~魔石が足りない……」


 魔石を掘るための魔石が足りない……。

 魔石が欲しいから魔石を掘るが、それで魔石を消費する……。本末転倒だな。


 アドルフさんが言うなら、ほんとにとりあえずやれることがそれしかないんだろうな。


「明日から領地内を歩き回る生活か……あ、そうだブラウニー、マロを貸してくれ。流石にあの広さだ、徒歩はきつい」

「え? いいですけど。そういえばモチは?」


「一応プラムにつけておいた。つけておいてモチに何かできることがあるわけじゃないんだけどな。

プラムもモチの使い方わからないだろうしな。でも……心の支えにはなるだろ。……あのエルフとかに見つかってなきゃ良いんだが」


「……アドルフさん。そうか、プラムの側にいるのか。モチ」

「ああ、だからプラムは一人きりってわけでもない。気休めだけどな」

「……羨ましい。今すぐモチになりたい」

「そこでそういう思考に至るのなんで!?」


 そう言われても、プラムが好きだから、としか言えない。

 あ、そうだ。


「さっき、精霊界にアクセスしてみようと思って、瞑想やってみたんですが」

「ほう」

「『絶対圏』に繋がっちゃったんで、精霊界のほうへはどうやったらアクセスできるかコツとかあったら教えて下さい」


 ブーーーーーーツ!

 アドルフさんはコーヒーを吹き出した。


「ちょっと、汚いですよ。何歳ですかあなた」

「今年でおそらく27だ!! 人生折返し地点過ぎてるよ!! 悪かったな!」

「そんな事まで聞いてません。人生50年ですよ、悪いとも言ってません」

 前から思ってたけど、この人いじるの結構楽しいな……。


「あー……そうだな。とりあえず、何の精霊と契約したい?」

「風ですかね」


「なら明日外にでて、風が良く吹いてるポイント探してやってみろ。『絶対圏』はよくわからんな。あれはプラムの力だろ……?」

「そうなんですけどね。繋がってしまったものはしょうがないですよね」


「そんな淡々と!? ……使うなよ?」

「使いません。多分。使えるかもわかりません、ちらっと視えた瞬間に切りましたから」


「あー。そうだな……とりあえず瞑想前にはプラム以外のこと考えるようにしろ。多分それが原因な気がする」

「プラムのこと考えないとか……そんな無理言わないで下さい」

「瞑想に入る前だけだよ!? どんだけ!?」


  ……?


「……オレ、プラムのこと考えてない時、何考えてたっけ……」

 オレは顎に手をあてて考えた。


「こいつ……壊れてやがる!! しっかりしろ!!!」


「大丈夫ですよ。それより、公爵家の見取り図どうすんですか。どうせ敷地ばかでかいから必要でしょ」


「広いなんてもんじゃないだろうなぁ。建築されたのもかなり昔だし、情報屋動かせねえなら、建築事務所に潜入してさぐるとかそういう地道な作業になるよな……」

「うわ……めんどくさい。もう直に公爵家に潜入しましょうよ。使用人かなんかに化けて」


「それにしたって、いつ見つけれるかわからねーぞ。短期戦ならやってもいいが、今回のはどう考えても長期戦だから、とりあえず今はやめておこう。公爵家だしセキュリティレベルぱねえと思うしな。魔力使おうものならあっという間に感知されるだろうしな。うーん……社会的地位のある味方でもいればな」


「ちっ」

「舌打ちしない!! ……はぁ、もうお父さん疲れたよ……、お風呂はいってくりゅ……」

「お疲れ様です。飯作ってますね」


 ……プラムを助けに行きたい、そんな思いを抱えても、足がかりすらなく日々は過ぎていった。


 アドルフさんは数ヶ月かかって魔石の鉱脈を見つけ出した。

 オレは風の精霊と契約できたが、結局プラムを助け出すには社会的な力が必要だと思い知らされた。


 階級と経済力が敵なので、そこにはオレ個人の力が高まろうと意味はなかった。

 公爵家が男爵家の娘を攫ったと噂を流してダメージを与えるのはどうかと言ったが、家門の強さ的にどうせもみ消される、とアドルフさんは答えた。


 たまに助けに行きたい衝動が抑えれなくなり、夜中に公爵家へ出発しようとしたら、アドルフさんがドライアドに命令してオレを引き止めた。


 かかしのような姿を保ったドライアドはオレのベッドのわきに鎮座し、首らしきところに看板を下げていた。

 そこにはアドルフさんの字でこう書いてあった。


『抜け出そうとしたら、朝まで簀巻き』


 畜生、たまに抜けてそうな性格のくせに、抜かりがない! あと魔石もったいねえ!

 何に使ってるんだよ!!!


 くそ……行きたい、会いたい、連れ戻したい。

 いまどうしてるんだプラム。


 ――会いたいプラム。


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