第16話 ■ Adversity ■


「プラム様、プラム様。起きてくださいまし」

「ん……」

 誰かに揺さぶられて、意識がぼんやり覚醒する。


 ――うっすら目を開ける。

「まあ! お目覚めになられましたのね!!」

 ――可愛らしい、満面の笑みの女の子が私を覗き込む。


「……」

「!!!」

 私は飛び起きた……が。


「……う!?」

 なにこれ、体中が痛い!? こんなの初めて……。


「うふふ、半月ぶりくらいでしょうか? お久しゅうございます。プラム様」

 私が寝かされているベッドに、頬杖をつく――ココリーネ嬢!

 傍にはギンコと呼ばれた――私を攫ったエルフが立っている。


 私は逃げる場所もないベッドの上で、後退した。

 ベッドは天蓋がついていて、見たこともない豪華さだった。


「まあまあ、そんなに怯えないでくださいまし? わたくし、あなたと仲良くしたいんですの、ヒロイン様。 手荒な真似を致しましたね? でもこうしないと来てはくださらないでしょう?」


 ……仲良くなりたい人を拉致って連れてくるんですか?!


「無理、だよ。ヒースに……家に帰して」

 エルフが、ギンコが私を睨むように見ている。その目はココリーネ嬢に逆らうな、と私を脅迫している。 怖い、震えが止まらない。


 ふと自分の両腕が目に入った。

「……なにこれ!?」


 私の両腕には、昨日魔法研究所で施した封印と似たようなマークが無数に入れ墨のように浮かび上がっている。


「魔法をお使いになられると困りますので、全面的に魔法を封じさせて頂きましたの……わたくしとしてもこんな……ヒロインの身体にこんな無数の入れ墨のようなものを入れたくはありませんでしたけれど……こちらで過ごして頂くためにはしかたありませんの。てへ☆」


 ……魔法を、封じた!?

 私は愕然とした。


 ……え、それってどうなるの?なんでそんな事するの!?


「……今まではちょっとでも怪我してもすぐ治っていたでしょう? でもこれからはそうはなりません。怪我したら普通の人と同じですのよ……くれぐれも、逃げ出す、なんて無茶なことをなさらないよう……」

 ココリーネ嬢がベッドに乗り出して顔を近づけて囁くように言う。


「なん、のためにこんな事……」

「ふふ。そうですねぇ……。ギンコ。ライラック殿下。しばらくプラム様と二人にしてくれませんか?」


 ライラック殿下……?

 ココリーネ嬢の目線を追うと、窓際で本を読んでいる少年がいた。

 薄紫の髪の…メガネ第二王子!!


「ん……構わないけれど。ココリーネ、僕もプラムに挨拶しちゃだめかい? 僕ががんばって封印施したんだし…? その子の全封印大変だったんだよ……?」

「ふふ、殿下。感謝申し上げております。ですが、プラム様はまだ身体がお辛いかと思いますし……また後日ではいけませんか?」


「そうだね……わかったよ。後日二人きりで君がお茶をしてくれるなら……ね」

 ライラック殿下はココリーネ嬢におねだりするように、優しく微笑んだ。


「……まあ、殿下。そんなのいつでも承りますのよ……? ただ、今は……」

 ココリーネが私をチラ、と見る。

「わかったよ。しょうがない子だね、ココリーネ」


 ココリーネの頬にちゅっとキスをしてライラック殿下が部屋を出ていった。

 ギンコがわずかに眉間に皺を寄せる。

 微妙な男女関係を感じる……あ、ハーレムでしたっけね……。


「ココリーネ、私には教えてくれないのか。君の願いだからこんな事をしたが……。この娘はお前の存在を脅かすと言っていただろう。私としては……懸念がある者はどこか遠くへやるか消すか……」

 ギンコが冷酷な瞳で私を見下ろす。


 消す……。


「まあ! なんてこと仰りますの? すっかりプラム様が怯えていらっしゃるではないですか。それは最後の手段と言いましたの! さ、私とプラム様にお時間をくださいませ」


 最後の手段、ということは少なくとも私を殺すつもりがあるってことですか……。


「……仕方ないな。いいか何かされそうになったらすぐに呼ぶんだ。私を。ココリーネ」

なにかされそう、って今の私に何ができるっていうんだ……。


「ええ。ありがとう、ギンコ」

 ギンコは愛おしそうにココリーネ嬢を見つめたあと、ため息をついた。


 最後にギンコは私をもう一度睨みつけて出ていった。


 しーん……。

 部屋が異常に静かに感じる。


「あのココリーネ嬢。……こんな事しなくても、私はここへ話し合いに来るのを提案するつもりでしたよ。ねえ? ちゃんと話し合って折り合いをつけて、私をヒースに帰してください」

 私から切り出した。


「先程申し上げましたの。おうちには帰しませんの」

「どうして……」


「……ふう」

 ココリーネ嬢はベッドに腰掛け、振り返るようにして私を見た。


「わたくしの事情は覚えていらっしゃいます? ……わたくしが、『転生者』であるとは申し上げましたね?」

 私は頷いた。


「そして王妃にはなりたくない、ハーレムはあなたに差し出すと」

「そんな……話しだったような。ハーレムなんて、いりませんけど……」

 私はブラウニーしかいらない。


「でも、それ以外にも別の本音がありましたの。それは実際あなたに会ってみてから決めようと思っていたのですけれど……わたくし、あなたに会って決めましたの!」

「別の本音? ……それは、一体」

 ココリーネ嬢が私の頬を手で包んできた。


「このゲーム、百合エンド、というルートがございますの」


 ゆり? なにそれ。


「フフ、言ってもわかりませんよね? ……それは女性同士でエンディングを迎えるというルートですの。なんとこの悪役令嬢とヒロインの恋愛エンディングがあるんですのよ! うふふっ☆ つまりは貴女にとってわたくしは、攻略対象の一人というわけですの☆」


 は??


 ――そしてココリーネ嬢が、そこから私に抱きついて低い声で言った。更にとんでもない事を。


「……俺、前世、男なんだよ……」


????????????


「だーーーれが王妃なんて……男の嫁になんてなるかよ! ハーレムだって周り男だらけで反吐がでんだよ。なんで乙女ゲーなんだよ! なんで男に生まれなかったんだよお!!!」


 こ、こっこここっこココリーネ嬢!?


「お前に俺の気持ちわかる? ある日突然前世を思い出したら、男だったって気がついた俺の気持ち……!!」

 わ、わからない……!!ご愁傷さまとしか……!!


「くっそ、くっそ。しかも姉貴がやってたゲームじゃねえかこれって。散々話つきあわされて、代理プレイさせられて……うしろのソファでのうのうと菓子食ってたクソ姉貴があああああああ! 姉貴が転生すりゃいいだろうがよ! なんで俺!!」


 ベッドに置いてあった枕をばあーん! と床に叩きつけるココリーネ嬢。


「……(絶句)」

 もはや小動物系のかわいらしいイメージは吹っ飛んだ。


「はあはあ……」

「お、落ち着いて……ください」


 肩で息をしていた、と思ったらいきなりこっちをくるっと向いて肩をがしっと掴まれた。


「ひぃ!?」


 怖い!!!


「ああああああ、それにしても、ほんっと可愛いな、お前。この世界、容姿が良い女多いけど、やっぱヒロインにはおよばねーわ。しっかも良い匂いすんな~~肌も綺麗だし、二次元さいっこうじゃねーか」

 ……なんか匂い嗅がれてる!! ブラウニー! 助けてー!!!


「あっ、あの、はなれてください!!!」

 私は身を固くした。……う、身体がズキズキする。

 自動回復ないってこんなにつらいんだ。


「いいじゃありませんの……女同士ではありませんの☆ ……なんつってな~」


 ココリーネ嬢は、頬にちゅっと口づけてから私からはなれた。ぞわっ……鳥肌。

 怖い。今までに感じたことのないタイプの恐怖を感じる。


「てかさぁ……おまえがちゃんとヒロインルート乗らないから、こちとら困ってんだよ? 責任とれよ。

なんで学院来ねえんかと思ったら、なに? ブラウニー? ふざけんなよ。あんなんモブじゃねえか。

お前がモブなんて選ぶから攻略対象が悪役令嬢に群がってこようとしてんじゃねえのか? お前もレインツリーでそんな事いってたじゃん。 俺にハーレムなすりつけんなよ!!! 可愛い令嬢の演技するのもとっくに限界なんだよ、こっちは!! なんでネカマみたいな真似しなきゃならないんだよ!!!」


「ブラウニーの事悪くいわないで!!!」

「俺、みっちり5行くらい文句言ったのに、反応するとこそこだけかよ!?」

 だって他はどうでもいいし。ところで5行って何。


「それ、ホントに私のせいなんです? ……だって、この世界がゲームの世界だってあなたの思い込みかもしれないじゃないですか!」

 私は必死で言い返す。


「うっせぇ、黙れ。おまえヒロインの自覚たりねーんだよ」

 駄目だ、話が通じない。


「俺を選べよ。俺だって公式ルートだよ。お前が俺を選べば、今ならまだ流れを変えられる可能性はあるだろ多分。まだゲームスタート前の段階なんだから」


「まあ? 俺がどおーしても、いやなら?……第一王子落としてくれね? あいつの婚約者から外れさえすれば、公爵家とんずらできる算段はつけてるし。下手な婚約解消になると、公爵家の立場がやばいからな。育ててくれた公爵家は俺も無下にしたくないんだよな~。それに第一王子ルートはベストエンドだぞ。王道だ王道」


「私はブラウニーしかいらない! ブラウニーじゃなきゃ嫌なんです!!!」

 私はとにかく主張した。


「だーかーら! モブ選ぶくらいなら俺を選べって。俺は今さあ、性転換できる魔法を使えるやつを探してんだよ。……どんなに金を積んでも男になってやる。なあ、だからプラム。そしたら」


「めでたく夫婦になろうぜ」

「……無理! ヒースへ帰して下さい……!お願いしますから!」

 私はボロボロに泣いて懇願した。


「……チッ」

 ココリーネは可愛い顔を歪めて舌打ちした。


「……ふふっ。プラム様ったら☆ ……まあ、今日来たばっかりだもんな。そりゃ無理だよなぁ。

安心しろよ、紳士的に接してやるよ。お前の好感度上げたいからな。これ系のゲームつったら好感度上げてなんぼだもんな~」

 顔は可愛いのにすごく気持ち悪い。


「おまえ、体調戻ったら、忙しくなるからな。俺の代わりに王妃になるルートも確保するからこっそり王妃教育受けてもらうかんな。9月からは、俺の侍女にしてやるから、同じ学院にも通えよ。いいな、もう一度言っとくけど、俺の要求は、第一王子……皇太子殿下を選ぶか俺を選ぶかだ」


 どかどかと、私の都合などお構いなしの要求をする。


「そういや『絶対圏』、こないだ使っただろ?モブに使ってやったんだろ?」

「……だったらなんですか」

「俺を『鍵』に選び直して、俺に使ってみてくれよ。それで魔王倒しに行こうぜ! いいね、ヒーローやってみたかったんだよな」


「鍵……?」

「あー、知らないよな。ヒロインは決めた相手がいないと『絶対圏』に接続できねーんだよ。だから、その相手が攻略対象=鍵ってわけだ。しっかし、モブだと存分に扱えなかったんじゃね?」


 だからあのエセ神父、攻略対象なら一撃ってブラウニーのこと煽ってたのか……。でも、存分には扱ってたもん!!! ブラウニーかっこよかったもん!!!


「それにしても、お前の髪、はやく伸びねーかな。やっぱ髪ながくねーとドレス映えねぇからなー。なんでショートヘアーなんだよったく。ゲーム開始時はわりと長かったぞ。早く伸ばせよ、俺はやっぱ髪の長い女が好きだし」

 ……そう言われてハッとした。

 ブラウニーがくれたクローバーの髪留めがない。


「私の髪留め…」

「ん? お前の来てた服やらなんやらは侍女に始末させたわ」

「……そんな!」


「おまえ、これからこの公爵家で暮らすのに、あんなゴミや粗末な服、身につけてられるわけないっしょ。アキラメロン。あんなもんより、価値のあるものをこれからいっぱい与えてやるんだし。あ? どうせブラウニーがくれたやつ~~~とか言うんだろ? はい、パターン、パターン。アレがあったら忘れられないだろ。捨てとけ捨てとけ」


 私はもう何も言えなかった。涙が溢れて、喋れなかった。

 なんでこんな酷いことばかり……。

 まだエセ神父と喋る方がマシって思うくらい、この子との会話は吐き気がする。


「あー。そうだな。これ以上ブラウニーの話ししたら、あいつのとこに暗殺者送るからな」

「!?」

 私は目を見開いた。


「だから忘れろ。――ヒロインは天然設定だったっけか。まあこれからは賢く生きるこったな」

 なにか言いたい、口をパクパクした。声が出ない。


 ココリーネ嬢はすう、と息を吸い込んで、表情を変えた。

「では、プラム様。わたくしそろそろ用事がございますので、これで失礼しますの。今日の所はごゆっくりおやすみくださいですの☆」


 ココリーネ嬢はカーテシーをすると、出ていった。

 そして広い部屋に一人きりになった。


「う……わああああああああ!!!!!」

 私はシーツをかぶって号泣した。

「ぶらうに、ぶらうにー…!!!!」


 魔法も使えないなら、逃げ出すなんて、私には絶対無理だ。

 私は絶望した。

 ……ココリーネ嬢やエセ神父は、私がブラウニーを選んだことをまるで悪いことのように言ってくる。普通に考えて何が悪いっていうの?

 私何も悪くないよね……!!


 ……ブラウニーは今どうしているだろう。

 とっさの癒やしだったけど怪我はちゃんと治っただろうか。

 会いたい。


 まだ出会って間もないのに、娘だと叫んで必死に追ってくれたアドルフさん。

 肋(あばら)はもう大丈夫そうだったけど、ちゃんと確認したかった。

 会いたい。


 どうやったら帰れるんだろう。


 ――『運命のほうが君が必要で追いかけてくるんだ。それを回避するには強くないと。

逆に言うと、いつかささやかな夢を捨てて大きな運命を受け入れる時がくるかもしれない。その時にも必要。なんにせよ君は強くならないといけない。』


 ……どうしてこんな時に思い出すのがあのエセ神父の言葉なんだろう。

 強くなるまえに心折れちゃったし、唯一の取り柄だった魔力も失ったに等しいよ!

 どうしたらいいの! 教えてよ!


「…みっ」

 ぽてっと、頭に何か落ちてきた。

「……」

「み?」

「も、モチ…」


 モチが、いる…!

 私に付いて来てたの!?


「モチ、よく見つからなかったね…。ありがとう付いてきてくれてて…」

 私はモチを手で包みこんだ。

「み」

 モチが私の涙を舐めた。


 そうか…アドルフさんが、モチを呼び戻してなかったのは、私につけてくれてたんだ。


「……そうだね、元気ださないと」

 思えば、ブラウニーだって魔力保持者じゃないのに、あのエルフと剣で拮抗できるほどの実力を持ってた。

 ブラウニーはもともと優秀な子だからってのもあるけれど、それでも影ではきっと努力は血がにじむほどしたに違いない。

 アドルフさんもそうだ。…知恵と経験、その実力で立ち回ってた。

 彼らに比べたら、私はそういう経験のスタート地点にもたってないというか……まあ、スタートしようと思う前に連れた来られたんだけども。


「魔法が使えないくらいで……諦めちゃだめだよね」

 私はぐっと歯を噛み締めた。


「モチ、これからは基本的に隠れててね。モチになにかあったら私……」

「み」

「……モチのおかげで元気でた。ありがとう」

 私はモチに頬ずりした。

「みっみっ」(手ぱたぱた)


 段々と頭が冷えて、冷静に考えられるようになってきた。


 モチの飛行方法教えてもらっとくんだったな……。

 そしたら飛んで帰れる可能性もあったのに。


 ん、でも。あのエルフが追ってきたら、戦闘ど素人の私には何も対応できないか……。

 悔しいけれど今のところはホントに打つ手が思いつかない。


 ブラウニーとアドルフさんは私を助けにこようと今頃相談してるかもしれない。

 ……それに単純に逃げただけでは、ヒース領には今後も住めないだろう。ここに連れ戻されるだけだ。

 最悪、全員殺される。

 大きな力を使えば、今度は観測所に見つかるし……。ため息がでる。

 私がこんな事考えられるくらいだから、それは二人も当然考えてるだろう。


 あの二人のことだから、きっとヒースで暮らせる解決方法を考えて、その上できっと来てくれる。


 き、来てくれるよね…?

 だからたぶん、……しばらく助けはこない。


 私の今できることは、耐える事だ、そして何かしらのチャンスを得ることだ。

 ……絶対に諦めない。




 ※※※


 ――夢の中。


 目の前で良くわからない黒い機械がリーンリーンって鳴ってる。

 私はなんとなく、それを止めたくて、外れそうな部分を持ち上げてみた。


『やあプラム』

 外れた部分から、エセ神父の声がした。


『これはやっぱりって思ったから言うんだけどね』

『やっぱり運命たちが引き裂きに来たね……。』


『ブラウニーはあっさり攻略対象に君を奪われちゃったよね……。

やっぱり攻略対象には敵わないよね……がんばってても普通の男の子なんだもの……』


『君はブラウニーを解放してあげるべきだよ』

 ……うるさい、黙れ。


「私は何があってもブラウニーを諦めないのよ。ブラウニーもそうなんだから」


『僕を選んでも……いいんだよ?』

「あなたと私の間に何かしら愛に発展する要素があるとでも?」


『ハハハハ! 確かに!』

『でも』


『た ま に 僕 を 思 い 出 し て る よ ね?』


 私は手に持っていた黒い取手のようなものを、ガチャン!ともとの機械に叩きつけた。

「そういうのじゃないから! 勘違いしないで! もう夢に来ないで!!!」




 神様……

 ……夢ぐらい普通にブラウニーの夢を見せて下さい……。


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