第14話 ■ A new chapter 2■

 王立魔法研究所へ私達はやってきた。

 広い敷地に高い塔。

 庭園は雪がつもっているけれど、春になったら花が咲き誇るんだろうな、と思わせる外観だ。


「ええっと聖女教育を……」

「オレたち既にそういう関係なので」

 ―――以下略!!!


 受付で魅了の封印を頼むと、私の属性を見た研究員の人が聖女を目指さないかと言い始めた。

 これしばらく行く先々で言われそう。

 私は左肩の二の腕に、封印のマークがついた。

 なんか変な感じ……。


 もう用事はないので、城下町へ帰ろうと庭を歩いてる時、私はアドルフさんに聞いた。


「……聖女って、聖属性の女性が修行してなるものなの?」

 しかし目指すってなんだ。

 そういえばエセ神父も頑張ればなれる、みたいな言い方だった気がする。


「単純にいえばそうだなー。今のおばあちゃんの聖女は、もともとシスターだったそうだ。

教会で仕事してるうちに力を発揮するようになったそうだぞ」

 アドルフさん、何でも答えてくれるな。博識。

 ふうん、ようは修行してないと到達できない、って感じなのかな?


「たしか、聖書にのってた『神の愛娘』が聖女の力の源でしたよね」

 ブラウニーが言った。

 ……そんな事習ったっけ。

 聖書の授業は眠くて眠くて……すいません、言われないと永遠に忘れてた。


「ああ、そうだ。その『神の愛娘』の力をおろせるようになるんだな」

「そうですよ、そしてその『神の愛娘』の髪色は――桃色です」


 その時、門の方から歩いてきていた薄紫の髪にメガネをかけた少年が、私達の横を通り過ぎようとしたときに、声をかけてきた。

 研究所の制服を着てる。研究員なんだ。


 うわ、見たことない髪色。ああ、私も他人に容姿をじろじろ見られるのを嫌っているのに……

 つい、見てしまった。

 ああ、でもそうか……こんな単純な気持ちだったりするんだね。


 それにしても綺麗な子だな。イケメンというより、美少年って感じ。


 少年は私をじっと見ている。

 見られてる見られてる見られてる……! 心が冷や汗かいてる。


「こんにちは、研究員さん。へえ、桃色なんて聖書にのってましたかね」

 アドルフさんが答える。


「こんにちは。一般的な聖書には記載されていません。

許可されている人間だけが見ることのできる原典にのみ記されています」

 少年はニコリと私の方を見て微笑んだ。

 私とブラウニーはペコリと頭を下げた。


「……研究所へはどんな御用で?」


「ちょっとうちの娘が、魅了パッシブついてたのが発覚したので封印に」

「それは大変でしたね。担当者にも聞いたと思いますが、定期的に再封印に来てくださいね」


「もちろんですよ……では、失礼するよ、研究員さん。ほら、お前ら昼飯いこうぜ」

 ペコッと頭だけさげて、ブラウニーが頷いて私の手をひく。私も同じようにした。


 ふぅ……また爛れた関係を演じなくてはいけないかと思ってちょっと焦った。


「……では、また」

 去り際に背中に声をかけられる。


 うーん、できたらまたはお会いしたくないな……。



※※※


 私達は食堂で個室を頼んで、そこで食事をとった。


「うーん、プラムを見られたくない奴に見られたかもしれん」

 アドルフさんは、スパゲティをクルクルとフォークに絡ませながら言った。


「さっきのアイツですか?薄紫の髪の……」

 ブラウニーが口に入れてたオムライスを飲み込んでからそう言った。


「……ああ。あれはおそらく―――第二王子だ。珍しい髪色だったからすぐわかった」


「おうじ……??」

 私は、サンドイッチを食べる手が止まった。


「王子があんなところで職員やってるんですか?」

「職員とはいってもあそこはエリートの集まりだからな」

 スパゲティーを口にいれた。もぐもぐしながら話を続ける。


「基本、第二王子は王様にはなれないからな。なにかしら仕事を探さないといけない。

第二王子はたしか……闇属性だったかな。

ある意味第一王子より忙しいご身分だぞ。第一王子になにかあった時のために王としての教育も受けなければならないわ、学院には通わないといけないわ。」

 うわ、忙しい。


「アドルフさん、色々詳しいですね……」

「みっ」

 ブラウニーがマロに卵の切れ端や、中のチキンライスをあげてる……いいな、私もサンドイッチあげたい……。


「情報収集だけは怠らないようにしてるからな。モチ、お前も食うか」

「み」


「名前はたしかライラック殿下。……たぶん興味は持たれたはずだ。まさか『神の愛娘』の髪色が……お前と同じ色だとはな、プラム」

 モチが出てきて、スパゲティーをチュルチュルし始めた。


「でも、忙しくて私なんて構ってる暇ないかも?」

「プラムはもうちょっと自覚しなさい。聖属性は忙しい王子が多少時間さく程度には珍しいんだよ。だからって今何かできるわけじゃないんだが」


「あー、でも……興味をもった王子はきっとあの後、お前の書類を見て……最悪な手段だったが、聖女ぺけにしといてよかったな……蒸し返して悪いが……」

「……っ!」

「もうその話は……やめてください!!」

「みっ」


 マロが不思議そうにブラウニーを見上げた。

 ブラウニーは皿の端にあったプチトマトを与える。

 ……癒やし要員がいる。マロたちがいてよかった。


 私のお皿のほうにモチが来た。

 いらっしゃーい、私はレタスをあげた。むしゃむしゃしてる。ああ~可愛い。


「でもこれで、あとは買い物だけですよね……とっととヒースへ帰りましょう。冬だしすぐ日が暮れ」

「ところでブラウニー。おまえ、いつまでオレに敬語つかってんだ?」

 そういえばそうだ。


「あ、いやでも師匠ですし」

「まあ、いいけどな。敬語はいつでもやめていいぞ。別に続けてもいいけど」

「……はい」


 急には無理だよね。

 でもアドルフさんはそう言うってことは、普通に話してもらいたいんだな。

 いいね、こういうの。


「プラム、何にやついてんだ?お前」

 やば、じと目スパダリ神が降臨した。


「べつに? さ、さあそろそろ行こうよ~おとうさーん」

「言ったでしょ!? お父さんは駄目☆彼女できなくなっちゃう!!」

 そこは駄目なのね!!

 ……まあ、彼女ほしいならお父さんとは言われたくないわよね。


てか、アドルフさんて見た目かっこいいし、気も利くし、彼女とか奥さんとかすぐできそうなもんだけど……仕事的にむずかしいのかな?



 ※※※


 そこからはバタバタと買い物して、荷物にトロッコつめて、おうちに帰ってきた。

 ……もう教会、じゃなくて『おうち』なんだ。寂しさと嬉しさが心に同居してる。


 アドルフさんに1Fはアドルフさんの寝室やら仕事部屋その他色々で埋まってるから、2Fを掃除して使うようにと言われた。

 さらにいうと、ブラウニーとの同室は却下された。


「お前らそろそろ年齡考えろよ……? 結婚しても15歳まではお父さんは許しませんよ」

 自分ではお父さん言うし!!!


「ちっ」

「そこ! 舌打ちしない! 小さくやっても聞こえたぞ!?」

 敬語はともかく、態度は完全に家族だな、うん。


 というか、アドルフさんのさりげなさというか、ちょうどいい距離感が居心地良い。


 私達の部屋は廊下を挟んで向かい同士になった。


 そこからはバタバタ掃除して、とりあえずの掃除……寝れる場所だけは確保した。

 本格的な掃除は明日からだ。

 掃除が一段落した頃、アドルフさんがお風呂を沸かしてくれていたので、順番に入って、各自就寝した。


 ここ数日、寝不足で移動してきて、今日も早朝から王都の城下町に行ったりして、自動回復があるとはいえ、流石に疲労が溜まってる。精神的なものかもしれないけど。

 他の二人は今頃、熟睡してるかもしれない。


 疲れているのに、目を開けると暗い一人きりの部屋。

 旅の間は野宿でキャンプしてるみたいだったから気にならなかったけど……。

 ……あれ、一人で寝るなんて初めてじゃない?


 子供部屋が恋しい。


 いつもブラウニーのベッドが隣にあって、眠れない時はブラウニーの方を見たり、 他の子たちの寝息を聞いてた。

 今は無音。


 ……こ、子供っぽいかもしれないけど、ぬいぐるみとか欲しい。


 ブラウニーはマロという癒やしがそばにいるから……っていいなマロ! ブラウニーと寝れて!

 しかもゼロ距離じゃない……、ああ、よく考えたら日中もゼロ距離じゃないの……なんてうらやま…

 ……いや、私は何にやきもちを焼いているの。


 うわーん、やましい関係にはなりませんからとお願いしてブラウニーと同室にしてもらえないかなホント。

 さびしいよ~…。


「ふう……」

 ため息をついて起き上がった。


 月明かりでうっすら部屋の荷物が浮かび上がって見える。

 アドルフさんが女物がわからないからと洋服屋さんのおばさんに大量に選ばせた服がまだ荷ほどきしないで転がってる。


 その他、靴とか身の回り品を、そんなにいらないよ、と言ったのに。たくさん買ってくれた。

「オレが! 娘に買い与えたいだけだ!」


 ……とか言ってたけど……お金結構使わせちゃったなぁ。

 お仕事がんばろう……。


 月明かりに誘われて、バルコニーにでた。

 真正面の景色は、遠くまで山も川もなにもない雪つもる荒野が広がってる。


 あるのは瓦礫とたまに吹く風と大きな月。そして満点の星空。

 美しさと滅びが一つの風景に収まっている…ここはそんな……一つの滅んだ世界なんだな……。

 気分転換できるかと思ったけど、寂しさが増した。


「プラム?寝れないのか?」


「あ」

 ……隣の廊下のバルコニーにブラウニーがいて、そこにおいてある椅子に座ってた。

「まだ起きてる?私もそこ行く」


 返事を聞く前に小走りに廊下にでて、ブラウニーがいるバルコニーへ。

 さっき別れたばっかりなのに、とても恋しかった。会いたかった。


「起きてたんだね」

 テーブルを挟んで、ブラウニーの向かいに椅子があったのでそこに座った。


「おう。……実はお前が出てこないかなって少し待ってた。夜にお前の部屋入るのは禁止されちまったからな」

 ブラウニーは苦笑した。


「教会では寝る前に、たまにお前と話してただろ。環境ががわりと変わって少し寝れなくて、な」

 そういってブラウニーは月を眺めた。月明かりに照らされたその顔は少し寂しそうにも見えた。


 ブラウニーも教会が恋しいのかもしれない。

 私はテーブルに頬杖をついた。


「うん。私もブラウニーがいつも隣のベッドだったから、落ち着かなくて。……良いね、ここ、これからは寝る前に話したい時はここで会おうか」

「そうだな……よ、っと」


 ブラウニーが椅子を近づけて横に来た。

 そして、自分の頭をコツン、と私の頭にくっつけて目を閉じた。


「少し……こうさせてくれ。

 なんかやっと落ち着いた感じがして」

「色々ありすぎてちょっと疲れたよね。きっとこれからはもうこんなに忙しないなんて事ないよ、きっと」


「部屋が分かれちゃったのは残念だね。ちっちゃな頃からずっとベッドが隣だったから、なんだか寂しいよ。チビたちももういないし」

 私はブラウニーの手を取って、すこし癒やしの光を流した。


「サンキュ……しかし、部屋は分かれて良かったかも知れない、オレは」

 え。どうして。

「私は寂しいよー。ブラウニーの姿が見えないし、皆の寝息ももう聞こえないし、まったく無音で……」

「うん、まあそれはそうなんだけどな……オレさ」


 ブラウニーは私の手をとって、手のひらにキスした。

 ちょっと、寝れなくなりますからやめてください。いや、やっぱりお願いします。

 そのまま彼は目を閉じて、私の手を頬に当てた。


「……プラム。オレ多分、我慢できないから」

「え、何が?どうしたの?」


「……15歳までは多分我慢できない」


 ………えっ…と?

 …………あ!!!

 いや、たまに天然が入る私でも何を仰ってるかわかります……。わかりますとも。わかるんですけども…。


「……」

 ブラウニーは目を開けて、真剣な瞳をこっちにまっすぐ向けた。


「ブラウニー…えっと」

「15歳までは何もない、とか思うなよ。……覚悟はしといてくれ」

 ブラウニーが私の息の根を止めに来ている……!!!

 ひょっとして昼間のあれ、弱冠本気入ってたんですかね!?


「た、タイム……私達はまだこど」

「(遮った)タイムなし。そうだ、子供だからな。当分はさすがにオレも誘わないから。だが、それはそれこれはこれだ。そこは心の準備期間に当てておくように」

 す、スパダリ神からの厳しいお達しがきた!


 ど、動揺しかない。

 そして私はほんとに馬鹿だ。

 考えてみたら15歳までまだまだ長い。


 ……ああ、なにもないことを維持できるわけがない、我々。

 私だって、今は動揺しているけど、触れ合いたくない訳では無い。

 ただ、ずっとまだ子供だから、まだ子供だから、とひたすら思い込んでいたから……

 まだ遠い未来の話しだと……


 ブラウニーが顔を近づけてきた。……口づけするのかと思って目を閉じたら、スルーされて耳をカプッと噛まれた。

「ふぇぁ!?」

「プッ、変な声」

 わあ、そこで喋られたら息がかかるよ!

 そのまま首筋を何回かキスされた。


「く、くすぐったいんですけ…んん」

 そう言いかけたら、今度は口づけされて言葉を奪われた。


 わかった、OK、疲れて私は夢を見ているんだ、なんて夢見てるのプラム。

 ていうか教会を恋しく思ってた癖にこんな夢みてんの私? とか現実逃避しようと考えていたら


「いいか、これは夢じゃないからな……逃げるなよ」

 わかられてる!? そして退路を絶たれた!


「……その時が来たら、絶対逃さないからな」

 そういって抱きよせて耳元で囁かれた。

「うん、わかった、わかったよ……わからされましたよ……。うう、ブラウニーの摂取しすぎで私死ぬかもしれない」

「なんだよそれ」

 ブラウニーが優しく笑った。


 そして私はしん、とした一人の部屋に帰るのが、さっきよりもっと嫌になった。


「ブラウニー……今日だけ、一緒に寝ていい?一人になりたくない」

「……そうだな。オレも同じ気持ちだ。今日くらいいいだろ。オレたちまだ子供なんだし、な?」


 二人で少し笑った。

 明日からは大人になるためにがんばろう。


 私達はアドルフさんとの約束を破って、二人で一緒のベッドで眠った。

 アドルフさん、ごめんなさい。今日だけ許して。


 でもそこれは恋人同士というよりも、『二人きりになってしまった、きょうだい』としての気持ちがお互い強かったと思う。

 ブラウニーは先に眠ってしまったけれど、その寝息が、私を落ち着かせた。


 恋しいのはブラウニーだけじゃなかった。


 先に卒業していった兄弟たちを思う。残してきたチビ達を思う。

 ちょっとしか会えなかったケイリー神父を思う。

 シスター・イラを思う。


 少し涙がでた。


 ああ、これは多分ホームシックってやつなんだね、きっと……。


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