第13話 ■ A new chapter ■


 まんじゅうちゃん達のおかげで、ヒースへは普通なら10日近くかかる所を5日でついた。

 すっごく早いね。


 ヒース領は、アドルフさんの言った通り、おそらく荒野。

 今は雪が積もっているから一面真っ白だ。

 まんじゅう達に乗ってなければ足跡がついちまうとこだったなー、とのんきそうにアドルフさんが言ってた。


 まんじゅうちゃん達は作物等にわずかに混じってる魔力で飛んだりできるらしい。

 でも空気抵抗や風も利用するので微々たる魔力で事足りるらしい。

 なんという良コスパ。


 道中、彼らの名前で少々トラブルがあった。


「商品化しようかと思ったんだけどなあ。多分新しい法整備とか王宮が考えないといけなくなりそうだし、それに関わるとなると自由がなくなりそうだから……。あとこいつら悪用されたくないし……」

 とアドルフさんはブツブツ言ってた。


 そんなに可愛がってるなら名前ちゃんと考えてあげてくださいよ!

 ブラウニーもアドルフさんもまんじゅうまんじゅうって! 言いにくいし!


「うーん、モチ……とかか?」

「そうだなぁ……マシュマロっぽいから、マロ……とか」


 食べ物からはなれて!? なんでみんな食べ物からつけようとするの!?

 特にブラウニー、あなたエセ神父に名付けの話聞いてちょっと怒ってたことあったでしょうに!


 ああでも、マロは可愛いかも。ブラウニーの方の子はマロちゃんで決まり。

 しかしモチはないモチは。

 私の独断と偏見ですがね。


「マロ採用。モチは要再考です」

「なんだと……じゃあ、モッチ」

「駄目です」

「ブラウニー……」

ブラウニーに助けを求める視線を送るが、目を逸らされる。

うん、ブラウニーもあまり変わらないものね。


 結局、アドルフさんにはそれ以上のインスピレーションは降りてこず、結局『モチ』になった。

 本人たちが決めた名前じゃないと意味ないと思ったので、それ以上の介入はやめた。



「ところでアドルフさん。広いとは聞いてましたが……」

「うん、広いだろ」

「城クラスのでかさとは聞いてないです!!!」

「いや、だって王宮に比べたら小さな屋敷だし……」


 魔王軍に破壊されたのか、ボロボロの城。それが眼前に広がっていた。でかい。


「……そういえば設備が整ってるっていってましたけど」

「おう、さすがに一部は改築してるぞ。屋敷に入って、すぐのところを改築してるから、運の良い泥棒でも入って荒らされて無きゃ、すぐ住めるぞ。カビは生えてるかもしれんが」

「運の良い泥棒!?」

「てっきり全部掃除しないといけないかと……」


 ブラウニーと私の反応が違った。

 えっ…。


「まさか。暇があれば探検してみるといいさ。壊されてても色々見どころはあると思うぞ。えっとなプラム、セキュリティかねて留守番させてたキメラやガーゴイルがいるんだ。だからそんじょそこらの泥棒は撃退する。あ、ガーゴイルっていうのはうちの家が代々作ってる石像の魔物で、家を守らせるに向いててな」


「……そ、そうですか」

「あとでお前ら『登録』するからな。しないと、この家の番人に殺されるからな」


 ひぃ……。


「さてとまずは、プラムのアミュレットだ」

 アドルフさんは屋敷の扉に鍵を差し込んで、扉についている手形の絵が描かれた額縁に手を合わせた。


「おまえらも、これ。手を合わせてくれ。とりあえず客人として通す」

 どういう仕組なんだろう……。

 言われた通りにして、中に入る。びくびく。ちゃんと認証されたかな。泥棒じゃないですょー……。


「そんな状態悪くなってないな。えっと研究室はあっちだったな」

 踏みしめる絨毯は、ところどころ血が染みている……。

 泣きそうな顔してたからか、ブラウニーが手を引いてくれた。うわーん、大好き。


 アドルフさんが研究室の部屋を開けた。薬っぽい匂いが流れでてきた。

「えーっと、在庫関係はこっちだったかな。よし、荒らされてない。泥棒はいった形跡ないな」

「ここに来るまでに稼働してるガーゴイル10体はいたじゃないですか。泥棒入れませんよ」

「そんなにいたの!?」

 いたっけ、石像……わからなかった。心強いような、怖いような。


「あったあった。ペンダントが失くさなくていいな。隠せるし。プラム、ほら、つけてみろ」

 アドルフさんが、アミュレットをくれた。


「プラム、つけてやるよ」

 ブラウニーが私の手のひらのアミュレットをひょいっと持ち上げた。

「う、うん」

 ……つけて、ブラウニーやアドルフさんの態度が変わったらどうしよう、と不安になった。


「プラム、大丈夫だ。言ったろ、オレを信じろ」

 つけながらブラウニーが耳元で囁いた。

 ブラウニーはきっと何回も言ってくれるんだろうな……優しい。


「できた。アドルフさん、数値はどうですか」

「おう、ばっちし。プラム、これからは変なやつに絡まれる回数減ると思うぞ。良かったな」

「はい……!ありがとうございます!」

「これで余計な虫が減るのか……」

 なにやらちょっとごきげんそうなブラウニー。


「……」

 私はブラウニーとアドルフさんをじっと見た。


「ん?」

 ブラウニーが優しく微笑んだ。

「どうした?なんか気分悪くなったりしたか?」

 アドルフさんは屈託ない笑顔だ。


「……ううん。なんでもないの、大丈夫です」

 私はアミュレットをぎゅっと握った。

 よかった……何も変わってない。


「よしよし。さてと、今まだ早朝だし。早速王都へいこう。役所に報告をしちまいたい。モチたちに乗ってけばすぐだしな」

 い、いよいよだ。


「王都は賑やかで楽しいぞ。市場もあの田舎町より断然規模がでかいしな。役所報告が問題なく終わったら、昼飯食って。お前らの寝具やらなんやら買い出しして。夕飯買って屋敷に帰ろうぜ」

「はい!!」


 役所は怖いけど、買い物っていわれるとウキウキする。



※※※


 ヒース城の周りにはアドルフさんが再生させた森がある。

 不思議な感じのする蒼い森。たまに蛍のような光が飛んでる。

 葉の色や雰囲気が普通の森とはなんだか違う。


 アドルフさん曰く、錬金術で無理やり再生したから、アドルフさんの好みが入ったりして、

 人工チックになるんだそうだ。

 神秘的に感じるようで、これって人工的なんだ。


「外に線路あったの見たか?王都に続く道にトロッコ作ってんのよ。ガラガラ~っと乗ってくからな」

「見ましたけど、アレ、自分一人で作ったんすか……?」

 ブラウニーが感嘆まじりの声で言った。


「おう、頑張っただろう、オレ」

「すご!?」


 アドルフさんのDIY?力がすごい……割とすんなり王都についた。


 ヒース領と、王都の間には高くメッシュフェンスで区切りがされていた。

 ところどころ看板があり、立入禁止と書かれている。

 フェンスの扉をくぐり抜けながら、それを眺めていたらアドルフさんが看板のホコリを払いながら言った。


「たまに侵入してきて中に住もうとするやついるんだけどな。そういうヤツは大抵訳ありだからオレは放置してたんだけど、たまに国の治安部隊の見回りで連れ戻されるな。一応不法侵入だから。この扉、一応関所な。見張りもいないけど」

 アドルフさんは苦笑した。


「オレん家以外は本当に何もない死んだ土地だから。作物も育たないし。水もない。動物も虫もいない。さらに悪い噂も流れてな。異界のゲートがまだ開いてるとか瘴気だらけだとか……まあそんな感じで人が寄り付かない。稀にもの好きが瓦礫の山に宝探しにくる連中もいるけどな。そういう奴らは排除するようにガーゴイルやゴーレムに命令してる。……できるだけ骨は拾ったが、ようは瓦礫すべてが墓みたいなもんだからな」


「……どうしてそんな事に」

 アドルフさんは飄々と語っているが、聞いていて胸が痛い。

 おそらく教会での出来事の何倍もの酷いことがここであったんだろう。


 どれだけの方が亡くなられたのだろう。

 落ち着いたら、瓦礫の街へお祈りへ行こう……。


「正直言ってわからない。たまたま目についたのか、魔王が住む異界からの出入り口(ゲート)がここに偶然開いただけかもしれないし……ヒース領に何か気に入らないものがあったのかもしれない、とかオレも散々考えたけどな。魔王にしかわからんことだな、それは」


「魔王軍がヒース領に来たのって、何年前でしたっけ」

 ブラウニーが聞いた。


「ん~…もう10年くらいにはなるかな」

「アドルフさんだけ生き残ったんですか?」

「いや、ヒース領にその時いなかった奴らはオレ含めて生きてたよ。

 でもまあ、こんな事になったら土地を離れざるを得ないよなっていう」


「最初はオレも復興がんばったのよ? でも途中でやめたな。キリがなくてな。こんなとこじゃ嫁もこないし、それじゃ後継者も作れない。親戚全滅だからヒース家の血を継ぐ養子も得られなかったしな。それならオレの代で終わりでいいや、とも思って、引越し先探してのんびり旅してたんだよな」


「てっきりレインツリーの出身かと思ってました」

「そういやあの街には長い間居たなぁ。途中からお前のインターン引き受けて……だらだらと居着いた。レインツリーは良い街だった」

 ブラウニーの頭をぽんぽんとした。

 ブラウニーがうれしそうな顔をした。

 仲良いなぁ。


「こんな領地でも爵位返上しないで置いといてよかったよ。とりあえずお前らの役に立ちそうだし」

 柔和に微笑むアドルフさん。


「……できるかわからないけど、私、土地の浄化やってみましょうか?」

 って私が言うと、アドルフさんが首を横に振った。


「ありがたい話だがやめておこう。強い力は観測所に感知される。……それに豊かな土地になってみろ、あちこちのお偉いさんが搾取しようとやってきてめんどくさいぞ。豊かになったら様々な人間が流入して賑やかになるかもしれんが…それはうちの領地の復興ではなくて、ただの新しい街の誕生だからな。そうなるなら、オレが領地を手放してからが良い。それともお前ら、オレの後継ぐか?」


「それも悪くないですね」

 ブラウニーが言った。私も横で頷いた。


「まじか。いや、冗談だ、やめとけ。……ほとぼり冷めたら、どこか暮らしやすい街探して引っ越そうぜ」

 アドルフさんは手をひらひら。


「それでもいいです、アドルフさんとこれからも仕事できるなら」

「私もアドルフさんと一緒がいいです」


 ブラウニーのアドルフさん大好きっぷりが伝わってくる。

 私もアドルフさん好きだなぁ。


「嬉しいこといってくれるな、お前ら」

 アドルフさんが照れくさそうに、私達の頭をワシャワシャした。


「ちょっとやめてくださいよ」

 ブラウニーが笑って帽子を抑える。

 ああ、これからこんな風に三人で笑い合って生きていきたい。幸せだ。



※※※



 王都『エレウシス』の城下町『ホワイトバーチ』に着いた。………人多っ!


 そして街行く人が、私の髪を振り返りながら見てくる。

 ……でも、以前のように、話しかけられたりはしなくなった。

 アミュレットの力ありがたい。

 ブラウニーとアドルフさんに挟まれて歩いてるのもあると思うけど。


 役所で申請して待つこと30分程、最初の担当者とは違う……多分偉い人がでてきて、応接室へどうぞ、と連れて行かれた。

 制服に身を包んだ三角メガネの女史は言った。


「あのですね。ご存知かと思いますが、聖属性というのは非常に希少でして、色々と国に貢献していただきたいという事で、非常に手厚い援助が用意されておりまして、その代わり」


「断る」


 アドルフさんが役人さんが喋り終わる前に一刀両断した。


「いえ、しかし、王立の学院など通えたり」

「いらん。うちの子はオレが育てる。オレは教師の資格も持ってる。必要ない」


「しかし、しかしですよ? 聖属性のお子さんは聖属性の先生に」

「うちの養子の娘はそのうちの養子の息子と結婚してうちの家業を継ぐからオレが教えれば問題ない」


 聖属性の先生か……なんとなくエセ神父が頭に浮かんだ。

 一応アイツも回復魔法とかある程度はまともな魔法を教えてくれてたなぁ。

 ケイリー神父様の情報を抜き取って教えてたんだろうけど。


「いえいえしかし、こちらの検査結果……プラムさんは魅了の他に、強い自己自動回復と瘴気無効もお持ちですし……その他にも今回ノイズで読み取れなかった能力がお有りのようです。……それは国家の損失といいますか」

 瘴気で全然平気だったのはそのせいか……。


「レディ……オレの領地、ヒース、知ってますよね? 国家が何もしてくれなくて滅びたのに……神殿も何もしてくれなくて、焼け野原っすよ……それなのに!」

 アドルフさんが悔しそうに机をドン!、とした。演技入ってますね~。


「ちょっとお父さん落ち着いてください」

「国は……オレから後継者まで奪うってのか……?」


 涙ぐんでる。絶対嘘泣きだと思うんだけど、どうやって涙出した。

 ブラウニーはつまらなさそうに見ている。


「ちなみにこれ見てくださいよ」

 アドルフさんは懐からなにやらカードのような物を取り出した。

 小さな文字で長々とかいてある。


「……あっ、これは。王家の紋章と……印も本物、ですね」

 なんだろう?


 あとで教えてもらったけど、王家と神殿からの命令を断っても罪に問われない、という証明書らしい。

 領地が滅びた時に、国から頂いた補償の一つらしい。

 なにそれすごい。


「ふぅ……こんなものがあるのでしたら、しょうがないですね。うーん……わかりました。

……ただ、魅了のパッシブにつきましては、アミュレットが外れたら意味がないので、魔法研究所へ行って封印処理は行ってください。この後すぐに。書類はこちらに用意しておきましたのであちらで提出してください」

 ふ、封印!まあ別になくなっても困らないからいいけど……。


「でも、もしお嬢さんが、聖女となった場合……国家への貢献は求められると思いますよ?

援助受けといたほうがお得かと思いますけどねぇ」


「聖属性ってだけでも珍しいのに、聖女なんて夢物語でしょ」

 アドルフさんが書類まとめてトントンする。


 ……そういえば、聖女の条件ってなんなんだろう。


 さっきも魔力量を測られてびっくりされたけど、聖女だ!とは言われなかった。

 やっぱり『絶対圏』なのかな……?

 いやでもそれだと今の聖女様も『絶対圏』を使えるはず。


「それが、最近王都から離れた田舎で大きな聖属性の反応が……あら? このお嬢さんの出身地……」


 ぎくっ。

 ブラウニーが、私の手をぎゅっと握った。……ああ、ごめん。反応しちゃだめね。


「……へえ?最近って?」

 アドルフさんは冷静に世間話スタイルのままだ。


「あ、いえ。つい5日程前ですけど。こちらに戻ってこられたのが先月半ば、ということですので、ちょっと無理がある話でしたね」

 ……ふぅ。

 アドルフさんは、書類を向こうで提出したときに、こんなこともあろうかと、日付を細工したって言ってた。

「向こうの職員がよそ見した隙にチョチョイトナー」

 なんて手回しの良い……。


 とはいえ、懸念がある。


 ココリーネ嬢だ。彼女が何か騒いだらバレてしまうかも……。

 転生者としての知識もあるし、さらに公爵令嬢だ。

 立場的にこっちが弱いよね……。


「うーん、やはりもったいないですねぇ。この魔力量、パッシブだけでも本来なら即座に王宮に連絡するレベルなんですよ……聖女教育、ものの試しに受けてみません?」

 ううん、粘りますね、三角メガネ女史。


 そこでブラウニーが口を開いた。

「俺たち、来年12歳になったらすぐに結婚する予定ですので。聖女は無理ですね……」


 三角メガネ女史の前で、私の頬を包むブラウニー。なんていうか目つきが色っぽい。

 そして今にもキスしそう……。


 ちょ、ちょ……?

 なにその目つき、初めて見ましたよ? 演技? 演技なの? 演技だよね?! ぶらうにーい!?


「あなたたち、まさか既に……法律違反ですよ?」

 女史がゴクリ、と喉をならした。

 え、何。

 アドルフさんが口をポカンと開けて目を点にしている。


「……法律は、『子供ができなければいい』ってだけですよね? ……そこを守れば本人たちの自由では?」


 そう言ってブラウニーは私の頬にちゅっとした。

 ふぁーーーーー!?


 人前だよ!!!


「オレの言いたいこと、わかりますよね……?」

「その若さでなんて爛れた関係を……ふ、不潔ですこと! ……う、まあ。……そうですか、では無理ですね……聖女、残念です」


 た、ただれたかんけい……!? ふけつ……!?


 三角メガネ女史は唇をワナワナと震わせて、私達を汚いものを見るような目で見ている!

え、ええええ……。


 アドルフさんが何やらハッ!、として叫ぶ。

「ブラウニー、てめえ、散々言っただろう! まだ手は出すなと!」

 また机をばーん!、と叩いて立ち上がる。


 あ、アドルフさん!? ……な、何言ってんの!?

なんなんですか?あなた達!なんの連携取ってんの!?


「ですが、もうすぐオレの嫁ですよね? なら別にいいじゃないですか。先に味見したって。なあ……? プラム」


 ひいいい! 妙に色っぽい表情のブラウニーの唇が非常に耳元に近くてくすぐったい!!!


 ブラウニーがこっそり私の後頭部を掴んで首を縦に振らせる。コクコク。

 !!!!!!??????(涙目)


「お、お父さんも息子さんも落ち着いて!!! ……えー、とりあえずわかりました、聖女ぺけ、と」


 聖女……ぺけ!?


 書類の聖女か否かみたいな欄にバッテンがつけられる。

 なんだろう、私、自分の人としての尊厳みたいなものをロストした気がする!


「レディ。もういいか? ちょっとこいつ説教しないと気がすまないわ」

 アドルフさんが私から引き剥がしブラウニーの首根っこを掴んで椅子から立ち上がる。

 舌打ちするブラウニー。ぶ、ぶらうにい……。


「あ、はい。お、お引取いただいて結構です。ですが暴力はおよしくださいね! 虐待ですからね!!

 そ、それと、くっ、くれぐれも15歳までは……その、ご遠慮くださいね! 法律ですから!!」


 さすがにだいだいなんの事かは、わかるけど、なんでこんな事に!?


「おー、暴力はしねーよ、わかったよ。世話んなったな、レディ。おら、行くぞお前ら!」

 アドルフさんはブラウニーを掴んだままズカズカ応接室を出ていく。

 私はその後をパタパタ着いて出ていった。



※※※


 役所をでてズカズカと早歩きで、ひとけのない場所についたところでアドルフさんは足を止め、ブラウニーを放した。


「ブラウニー……おまえ……」

 アドルフさんの顔がドン引きだ。


「いや、その、つい……強い説得をしたくて」

 ブラウニーは顔が真っ赤で、死にそうな表情してる。


「まあ……確かに強烈だった……お前どこで覚えたんだよあんな」

「そんな事聞かないでください!!!」

 俯いて力いっぱいブラウニーが叫んだ。


「お母さんは、あんたをそんな風に育てた覚えは……!」

「あなたはお父さんです、しっかりしてください」

 待って。二人でどういう会話してるの。私置いてきぼりだよ!


「……二人共」

 はっとして、二人がこっちを見る。


「なんの話してるの……? 詳しく、説明してくれる……?」

 二人は急にしおらしくなった。


「プラム……すまない。本当にすまない……」

 ブラウニーが謝った。

「ああ……、オレもすまない。このとおりだ」

 アドルフさんまで。


「えーっとな。聖女には特有の条件があってだな」

「はい。ちょうどそれが気になってました。私も特に知ろうとしてなかったので知識不足ですいません」


「あ……いや、まあそのうん。聖女としての力を使うには、大前提として、『処女(おとめ)』じゃないといけないんだ」


「おとめ」

 おとめ……?


「えーっと、まあ、その…男と閨(ねや)を共にしたら、使えなくなるんだ……」


 …………今、私は冷静さを欠こうとしています。


「つまり……すでに男性経験済みだから、もう聖女にはなれないって説明を……」

 ブラウニーが帽子で顔を隠しながら言った。小さくまたごめん、って言った。


 私は顔から火が出そうになった。


 つまり私はまだ11歳にも関わらず、そういう行為をして聖女にはなれません、爛れた少女です☆って役所に宣言してきたわけですか!!


なんて……なんてこと。でも……。


 ブラウニーもアドルフさんも私を守ろうとして手を尽くした結果なんだ……。

 むしろ私がこんな力もってなければ、二人がそんな事言わなくても良かったわけで。

 私はなんとか冷静さを保った。


「あ……大丈夫、大丈夫だよ。おかげで、聖女の欄にぺけって付いたし。その、誤解したのは役所の人だけなわけだし、うん。これでとりあえず、自由に暮らせるよね?」

 そう……重要なのはそこだ。なりふり構ってられない。


 私はとりあえず微笑んでブラウニーの帽子を奪った。

「みっ」


 ブラウニーの頭の上でマロが、コロコロした。

「……許してくれるか?」

「もちろん」

 バツの悪そうな顔のブラウニー。可愛い。


「自由な暮らしの保証はないけど、普通ならまず大丈夫じゃないかね。聖女としての力っていうのは失っても、基本的な聖属性魔法は失わないから、そのあたりの打診はあるかもしれん」

 あ、全ての力を失うわけじゃないのね。


「でもそれは他の魔力持ちもそうだしな。聖属性は珍しい分、その辺の誘いは多いかもしれんが……領地に引きこもってたり簡単な冒険者業をオレ達としてれば大丈夫だろう。国に縛られるの嫌で冒険者やってる聖属性の女を何人かみたことあるしな」


 ブラウニーもうんうん、と横で頷いている。ブラウニーも見たことあるんだね。


「縛られないで生きてる聖属性もいるんですね。それ早く教えてくださいよー。なんだかホッとしました」

 良かった、なんだかやっと普通の人に近づいた気がする。


「……一番厄介なのは聖女認定だからな。あれはもう、国からかんじがらめにされる」

「そんなに聖女って大変なんですか?」

 具体的な仕事は知らないけど。


「そうだなぁ。仕事も重いものが多いが、まずはっきり言って……監禁生活よ。王宮もしくは神殿に閉じ込められる生活になる。はっきりいって奴隷もいいとこだ。神殿はともかく王宮の場合は王族の傍に使えて、やつらになにかあった時にすぐ駆けつけさせられる」

「か、監禁……」


「戦争やちょっとした国境の小競り合いとか。そういうのに駆り出されたり……」

「戦争行くの!?」

「おう。までもこれは聖女だけじゃないけどな。聖属性にはもれなく声かかる。有事には大人になったらお前にも通達来ると思うぞ」

「いやあ!?」

「大丈夫だ。うちの子なら断れる(補償カードピラピラ)」

 ほっ…。


「あと大変なのは……毎週、無償の治療回復をその日来る国民全員に施したり。めっちゃ患者くるぞ。聖女は魔力量が多いからこれは普通の聖属性ではできないことだな」

 い、一日中それやるの!?


「ヒース領はほったらかしにされてるが、もう少し小規模の汚染地域の浄化へ出張させられたり……土地の浄化ってやつだな。これも聖女にしかできない」

 出張サービス!


「王都全体に祝福の結界はったり。これは神殿の聖属性の奴らと分担だけど」

 エセ神父もやってたようなやつね。あの熊が出た道に。


「あとは……そうだなー。祭り事で平和の象徴として駆り出されたり……社交界の重要なパーティなんかにも駆り出される。その他はえーっと……王族が聖属性の血を欲しがってるタイミングだったり、聖女が複数いる時は王族と婚姻させられたり……あーでも、これは聖女よりも普通の聖属性のほうが多いかもな」


「結婚はなんとなく知ってたけど強制なの!?」


「うん、まあ、普通断れないよな。王命だと……。でも、聖女の力を失うから、婚姻はまずさせない。その代わり贅沢はさせてもらえるみたいだけどな」

「うわあ……怖い、聖女怖い」

 私はカクカクした。


 あのエセ神父。聖女になれる力を有する……とかすごい良いもののように聞こえたわよ!?

 とんでもないブラックな職業じゃないの!!


「さっきも話したが、そのうち折を見て、王都から遠くへ移ろう。むしろ国外にでてエルフの森に交渉して住まわせてもらうのもいいかもしれ……あ、だめだ。錬金術師はエルフに嫌われてるから無理だな。うちは一応さっきの強カードがあるが、そんなもんいつ覆されるかわからないからな。それだけお前の力は価値がある」

「……はい。……ん?エルフ?」


「プラム……まさか、お前、エルフは夢物語だと思ってないだろうな……教会の授業でやったの覚えてるよな?」

 ブラウニーが目を細めてこっち見た。ひぃ……。スパダリはたまにお兄ちゃんヅラしてきて厳しい。


「あ、いや、うん、シッテルヨ……ダイジョウブダヨ……」

 私は目をそらした。ははは。


 そこまで話しして思ったけど……教会の出来事やアドルフさんの領地。

 もしあんな事になった時、力のある私が何もしなかったら…助けられる力を持っているのに何もしなかったら。私は私を許せるだろうか。


 エセ神父の言葉を思い出す。

『君は大きな運命を抱えてるのに、それを全部放り出してささやかな夢を叶える事にした』


「……」

 あの時はその言葉を軽く受け流していた。

 エセ神父が言いたかった真意は違うとは思うけれど、その言葉は今になって私の心をチクっと刺した。

 今はそれが自分ならなんとかできるだろうって感じるから余計に。


「プラム、そろそろ魔法研究所行こう」

 ブラウニーが私の手を取った。


「あ」

 私は、ブラウニーの顔を見て、カーっと赤面した。

「ど、どうした?」

 ブラウニーが珍しく動揺してる。そうだよね、あんな事した後だとまだ落ち着かないよね。

「なんでもないよー」

 私はくすっと笑って誤魔化した。


 私の方は、いつかブラウニーと結婚したら、『絶対圏』とかも扱えなくなるのかなーって思ったんだけど……恥ずかしくてそんな事は聞けなかった。


「さ、とりあえず行こうぜ。買い物する時間がなくなるからな。新しい布団は買わないとなー」

 私とブラウニーの背中をバシバシして、アドルフさんは歩くのを促した。

 ……ほんと、良い人。


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