第11話 ■ Comfort ■ ―Brownie―

                   ※ブラウニー視点です。


 ――プラムが眠り続けている。今日でもう三日だ。

 たまに体がやんわり光っては、子ども部屋に祝福の光が舞う。


 夢の中まで祝福してんのか。休めよ、バカ。


 オレはずっと傍で目覚めるのを待っている。

 そっと髪に触れる。


「……オレの方はもう大丈夫だから、早く起きろよ。プラム」


 正直言うとあまり大丈夫でもないが、プラムがオレにしてくれた事を考えるとへこたれる訳にはいかない。


「よー、ブラウニー。元気か? プラムはまだ寝てるんだな」

「ちわ、アドルフさん」


 アドルフさんが子供部屋の入り口に立っていた。


「少し話さないか」

 アドルフさんは、親指をたてて、オレを外に誘う。


「はい、今行きます」

 プラムの頭を一度なでてから、席を立つ。


 少し、離れるからな。



※※※


「プラムが目を覚ましたらすぐに出発できるように準備しとけ」


 散歩のようにプラプラ歩いて来て――鶏小屋の近くでアドルフさんは足を止めてそう言った。


「え、急にどうしたんですか。あいつはいなくなったし、急ぐ必要は……」


「それがあるんだよ。場合によっては目を覚まさなくても連れて出るぞ。理由はあのプラムの力だ。

あんな力使ったら、こんな田舎でも王都の観測所に見つからないはずがない。おそらく今頃大騒ぎしてるぞ、聖女が現れたとかって。 てか、あれは――聖女どころの力じゃねえけどな」


 王都の観測所……そういえばそういうのもあったな。

 魔法保持者の通報は大抵口コミだが、王都の観測所も常に監視している。


 ただ、世の中は日常において魔法が使用される場面が多く、数が追えないらしく、通報に頼っていて、管轄も違う。

 だが、プラムが使ったような大きな力に関しては、調査し、登録者でなかった場合は迎えに……もとい捕縛しにくる。


「あ……クソ。そっちら辺のことすっかり忘れてた。……というかアドルフさん」

「ん?」

「そう言うってことは、聖女の力を見たことあるんですか?」


「ああ、あるぞ。もうばーちゃんの聖女だったけどな。祭りの時とか馬車に乗って祝福まいてたな。結構力のある人だったはずだぞ。……だが、プラムのやった事と比べると、全然規模が違う。プラムのは…もう神の領域といっていいんじゃないかと思ってる」


「神……」


「王都の奴らがやってきたらプラムを見つけて連れて行こうとするだろう。だけどなぁ……。プラムってなぁ……」

 なんか言いにくそうにしている。なんだ?


「なんですか? 怒らないから言ってください」


「何故オレが怒られる前提!? ……プラムをお前から引き離そうとしたら、またお前に力持たせて、王都から来たやつらなんか簡単にボコボコにしそうだなぁっと……」

 ジト目で見られた。口元が笑っている。


「なっ……何を。オレ達はそんな事しませんよ!」

 顔がカーっと熱くなった。


「いや、ホントホント。まじでそう思う。お前のこととなったらあの娘は多分何でもやるぞ。いやー愛されてんな。……あ?どうした?熱でもでたか?」

 からかう表情でパタパタ手のひらで風を送ってくる。

 オレはその手を掴んで止めた。


「オレで遊ぼうとしないでください……!!」


「はっはっは。いや、悪い。けどな、本当にそう思うんだよオレは。おまえの話を聞くに、プラムはお前を起点にあの力を引き出したのは事実だからな。オレが教会に着いた時は、酷な状況にてんぱってる普通の少女だったのにな」


 確かに神々しかった。

 オレが触れていい存在なのかと思うほどに。


 だが、受け入れる事ができたのは、プラムの気持ちは終始オレに向いていたからだ。

 オレのために生み出した力だというのが、伝播してくる光を通じて伝わってきた。

 オレのために怒って、オレの心を守ろうとして必死な気持ちでいっぱいだった。


 それにあの時はオレも冷静さを失っていた。

 とにかくあのクソ野郎をぶちかます力が欲しかった。


 だが……プラムがあのいっとき、オレに与えた力は、簡単に振りかざして良いものではないと思う。

 人には過ぎた力ってやつだと。



「それにお前も、プラムからお願いされたら聞き入れるだろ」

「……否定はできませんね。冷静に判断はするつもりですけど」



「まあな、これから先お前たちにまたあの力が必要になるかどうかはわからんが……できるだけあの力はもう使わせないようにしないとな」


「オレもそう思ってますよ。目覚めてから様子みないとわかりませんが、あれは多分かなり特別な状況で発露したものだと思うし……オレは人間としてプラムと生きていきたい。それに使う度にこんなに寝込んでたら心配になりますし」


「……おまえが強くならないといけないな。お前になにかあると、きっとまたプラムはあの力を使うぞ」

「まあ、そうなんですけどね。がんばりますが、限界はありますよ。魔力持ちでもありませんし。困ったものです」


「……なんだ、お前すねてんのか? クソ神父にモブモブいわれた事、けっこう効いてるわけか?」


「い・い・え! そんな訳ないでしょう。おれは地道に生きるだけです」

オレは少しむくれた。


「そうかそうか。そんなお前に良いもんやろう」

 アドルフさんは笑いながら、外套についているフードの中に手を突っ込んだ。


「み……、みぃッ!」

 フードの中から、白くて丸っこい生物が掴みだされた。

小さい声で鳴いて、一応ついてるって感じの小さな手足をジタバタしている。



「あ、そいつは……」

 アドルフさんは、そいつを掴んでまんじゅうを割るかのように、2つに割った。


「み”ーっ!?」

 ……二匹に増えた。

 うわ……知ってたけど、ちぎるとこ見たくなかった……。


 以前アドルフさんがホントにまんじゅうと間違えて、2つに千切ってしまった所、ちぎれば個体が増えることが発覚したんだが……。

 その時は慌ててくっつけたら、もとの一匹に戻ったらしいが。


「ほら、一匹やる」

 まるでまんじゅう半分やる、みたいな感覚で放ってきた。


「…と」

 受け止めると、オレの手の中でプルプル震えている。

 

「み…っ み…っ」

 必死にこっちを見上げて鳴いてる。


 ……可愛い。


「アドルフさん、そいつ……せっかく大きくなったとこじゃなかったです?」

 アドルフさんのほうのまんじゅうを指さして言った。


「まあ、良いってことよ。教会卒業と家族になるお祝いだ。それにお前、こいつのことえらく可愛がってただろ」


「……。ありがとうございます」

 実はその通りだ、アドルフさんのとこへ行く時はいつもこいつに構ってた。

 単純に可愛くて。


「よろしくな」

 オレはまんじゅうの小さな手を軽くつついた。


「み…っ」

 手足バタバタ。

 ……可愛い。


 ……こいつはアドルフさんが、飛竜の細胞から造った合成獣(キメラ)だ。

 アドルフさんは錬金術に精通してる。

 こいつは偶然の産物だったらしいが、いたくアドルフさんのお気に入りになってどこにでも連れて行ってる。

 ……可愛くて。


「そいつ、まだ研究終わってないんだけどな。……まあ、いいだろお前になら。無害なことはわかってるし、言葉も理解する。やった以上はお前の自由にしたらいいが、一応『飛行』は教育済みだ」

「ありがとうございます、嬉しいです」


「じゃ、そろそろオレは帰るわ。なんかあったら呼べ。『報』はいくつか渡してるだろ」

「はい。とりあえず支度はしておきます」


 アドルフさんは小さくなったまんじゅうを肩にのせると、帰っていった。

 オレもプラムのところへ帰ろうとすると、背後から声がした。


「……ブラウニー。ちょっと」

 ロベリオだ。


「ん? どうしたロベリオ」

 ロベリオは赤ん坊の時に、いちごのヘタみたいな髪だからってアイツに名前つけられたんだったな、と懐かしくなってオレは目を細めた。


「……プラムと出ていくのかよ」

「……ああ。ひょっとして聞いてたのか? 今の話」

 コクリとうなずく。


「……」

「ロベリオ?」


「……オレ、プラムが好きだっだ」

 ロベリオがまっすぐオレを見て言う。

 ……過去形?


「ああ、知ってたよ」

「知られてたの知ってた。オレのことさりげなく邪魔してたろ」

 ロベリオはむくれた。

 オレは笑った。


「まあな。邪魔って言っても実際は、悪戯止めてただけだけどな」

「うるせー。邪魔だったよ、ホント。その余裕そうなとこもムカついてた」

 口が尖ってる。


「そっか」

 余計なことはいわない。ただ聞くのみだ。


「ブラウニーは、大抵のことなんでもできるよな。もっと前に出てった兄ちゃんたちも頼りになるなって思ってたけど、ブラウニーは、なんていうか……もっとすごいっていうか」

「ん?」


 目が点になった。

 てめーなんて大嫌いだと言い出すかな、と思ってたら、一点して褒められた。


「……褒められるのは嬉しいが、なんだか、恥ずかしいな……サンキュ」

 ロベリオの頭を撫でた。


「かっ……勘違いするなよ! 別に褒めてない、じじじ事実を言っているだけだオレわ……」

 手を振り払って、ばばば、と距離をとられた。


 まるで人馴れしてない野生の猫みたいなロベリオに、オレは苦笑しながら言った。


「……まあ、ダメなやつにはならないようには生きてるつもりだけどな」

「すかしてんじゃねえよ……ったく」


「まったく、ほんとに……まだまだ、一緒にいられるって思って……た」

「……オレもだよ。ほら、鼻水拭け」

「うっせー!」

 ハンカチを出してやったが、突っぱねられた。素直じゃないな。

 そんなところが微笑ましいが。


「あと、ごめん。神父さ……神父と話してるの立ち聞きしてた」

「……ドアの外にいたのか」


 神父に全集中していて気づかなかった。

 おそらく神父は気づいてただろう。気まぐれにロベリオを殺されなくてよかった。


「うん、ほとんど意味がわからなかったけど。ただ事じゃなさそうなのはわかった。……そしたらあの後、あんな事になって」


「オレが神父を刺激したせいで、ごめんな、巻き込んで」

「そ、そんな事はない。結局ブラウニーがやっつけたし。オレたちみんなアイツに騙されてたんだろ……」

「オレがやっつけた、とは言い難いが、まあ、そうだな……」


 実質、追い払っただけになったしな。


 ただ、もう教会には戻ってこない気はする。

 アイツは多分もうここに用はないはずだ。プラムが出ていくから。


「そ、それでな。オレはつまり、その……だな。ブラウニーは、自分が余計なことしなきゃ、オレたちが神父失わずにすんだ、とか思ってんじゃないかと思ってさ。……ちがう?」

「――」

 少し図星だった。と同時に、このチビはいつの間にそんな事を考えるようになったのかと、その成長に驚いた。


「……えっと」

 ロベリオがオレの瞳を覗き込んで微笑んだ。

 オレはびっくりした。こいつがこんな顔で笑ったのは初めて見た気がする。


「悪いやつ、やっつけてくれて、ありがとうな。……にーちゃん」

 やばい、ちょっと泣きそうになった。


「ロベリ……」

 オレとした事が声が詰まった。


「そうか、お前もオレが出てったら一番兄貴だもんな……」

 正直、まだ出ていくのはチビどもが心配だった。

 けど、ロベリオを見て大丈夫なんだな、と思えた。

 オレがいないとこいつらは、みたいな自意識過剰があったかもしれない。反省しよう。


「何ウルウルしてるの!? やっべ、なんか恥ずかし。そういう話すんな! セクハラだぞ! オレ、そろそろ行くわ。じゃあ、また後でな、にーちゃん!」


 いや、セクハラとは違う、間違って覚えてるぞと正したかったが、驚いた猫のようなスピードでロベリオは走り去った。



「……」


 オレはその後、時間外ではあるが、鶏に餌をやることにした。

 しばらく誰かに顔を見られたくなくて。


 年下のチビどもの面倒を見るのはいつも当たり前で。

 いつもありがとう、とか言われて慕ってくれて、みんな可愛かった。

 守るべき奴らだと思ってたのに、まさか救いの手がそっちから伸びてくるとは思わなかった。




 この日オレは生まれて初めて嬉し泣きを経験した。




 ※※※


 次の日、朝の支度をしている時、プラムが目を覚ました。


「ん……」

「プラム」


 オレはプラムのベッドに駆け寄った。


「…あれ。あ、おはよう、ブラウニー」

 いつもの笑顔だった。ホッとした。


「ねぇね、起きたー!」

「おはよぉ!」

 チビたちも群がってくる。


「みんなもおはよう! ……んー!」

 伸びをする。元気そうだ。


「やっと起きたのかよ。おい、チビども、食堂いくぞー。昨日話しただろ」

 ロベリオが、チビ達に声をかける。


「あっそうだったー!」

「せやった!」

「チビいうなーお前もチビだろー」

「あとはおわかいふたりにまかせましょうだったー」


「な……」

 チビ達はバタバタと出て言ってしまい、オレとプラムは子ども部屋に二人きりになった。

 そうか……。


「……え、なに。一体なに」

「オレたちに気を使ってくれたんだろ…おはようプラム」

 せっかく気を使ってもらったことだし、とオレはプラムの頬にキスをして抱き寄せた。


「ふぁ……ち、チビたちが?」

 真っ赤になって困惑した顔をしている。


「みんな成長してるってことだ。……それより、心配した。お前三日くらい寝てたんだぞ」

「……そっか、私達がいなくなってももう平気そうだね。……。ごめんね、心配かけて」


「いや、オレのためにしてくれた事だし。謝らないでくれ。むしろずっとオレを気遣ってただろ。……ありがとう」

 オレはプラムの髪をくしゃくしゃした。

 猫の子みたいに柔らかくてふわふわしてずっと触れていたい。


「しばらくこうしてたいのは山々なんだけどな。今日中に教会を出よう。荷造りは寝てる間にオレがほとんどやっといたから、確認だけしてくれ」

「え…? 急すぎない?」

 オレはアドルフさんにされた話をした。


「ああああ……観測所、そんなものがあるんだ。てっきり報告されなければ大丈夫みたいに思ってた。

そうなんだあ。仕方ないね……」

 プラムは頭を抱えた。


「王都からは遠く離れてるから、ベッキーの送別の時に使った力くらいまでは大丈夫みたいだけどな。

さすがにこないだのヤツぐらいになるとバッチリ捕捉されるらしい」


「そっかーバレちゃうんだ。……でもいいや、正直もうあの力使いたくないし」

「オレもそう思う。意見が同じでよかった」


 プラムはやっぱそう思うよねってクスっと笑った後、少し真面目な顔になって

「でもね、ブラウニー」


「……あいつ、寝てる間に私の夢に来たの」

「……なんだって」

 油断も隙もない。

 それに夢の中と言われたらオレにできる事がないのが悔しい。


「またねって言われたから、また来るかも。そしたら……」

「その時はその時だ」

 オレはプラムの手を握って目を合わせた。


「アドルフさんに前言われたことを覚えてる。使えるものは使って、頼れるものは頼ることにするから。

これからはもっとお前に頼るようにするから、オレのこと助けてくれるか?」

 プラムは心底嬉しそうな顔をして微笑んだ。


「うん、そう言ってくれて嬉しい。実はずっと私もそう思ってたの。ブラウニーは色々テキパキできるから、私がモタモタして助けられないとか、そういうのいっぱいありそうだけど! がんばるね」

「ああ」

 そしてキスを――と思って唇を近づけたら。


「みっ……」


 懐にいれてたまんじゅうが、急にとびでて、オレたちの唇の間に挟まった。

 じたじたしている。


「ふぁ!? なにこれ! か…かわいいいいい」

 プラムの気持ちを100%持っていかれた。


「………」


 プラムはまんじゅうに頬ずりしながら

「ブラウニー! この子なに? すっごい可愛い! なんていうどうぶ………

 ……どうしたの? か、顔がこわいよ? ブラウニー…」


「……いや…」

 このまんじゅう、しつけないとな………。


「…み…?」(こっち見た……)

 しつけ……


「みっ?」(頭? をかしげた)


 ……。

 ……。

 ……いや、……うん、まあいいか……。

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