第10話 ■ LOVE IS POWER ■
――夕暮れの教会。
庭木の下のベンチで、私はブラウニーを膝枕している。
「……おかしいな」
さっきから、何度も回復魔法をかけているのに、一向にブラウニーの調子が良くならない。
いや、良くなってはいる。だけどその後で顔色が悪くなっていく。
どうしよう。
これは一体……神父様に相談したほうがいいのかな。
「けほっ……」
ブラウニーが、小さく咳をした時、口の中から黒い煙のようなものが見えた。
「!」
えっと、これって瘴気……?
「プラム……」
背後から声がした。
「ロベリオ」
ロベリオがフラフラ歩いてる、彼もなんだか調子が悪そうだ。
「どうしたの? 顔色悪いよ?」
ロベリオが私の膝のブラウニーを見て。
「……オレ、さっきブラウニーが神父様の部屋にいるのを見た……んだ」
「えっ?」
「ふたりの……様子がおかしかったから、ドアの隙間から少し覗いてたら……訳のわからない話ししてて……ゴホッ」
ロベリオが黒い煙の咳をした。
「ロ、ロベリオ……!」
「部屋が薄暗くなって……神父様の目が赤くて、人間じゃないみたいになって……ブラウニーが飛びかかったけど……ゲホッゲホッ!!」
ロベリオが吐血した!
話しの内容は、すっごく気になるけど、それどころじゃない!
「わかった、後から聞くからおいで!」
私はロベリオに手を伸ばした。魔法を隠している場合じゃない。
ロベリオも、私に手を伸ばそうとして――前のめりに倒れた。
薄く積もっている雪の上に血が散らばる。
「ロベリオ……!!」
「プラム、みんな知ってる……実はプラムが治療してくれてたこと……」
「隠さなくたってよかったのに…みんなプラムが好きなんだ、ちゃんと黙ってる……なんでブラウニーだけ……」
「あ……」
ごめん、そんな、つもりじゃなくて……。でも事実だ、言い訳はできない。
私は涙目になりながら、ロベリオに扱えるだけの魔力をまわす。
そうしてる間に、ブラウニーがまた咳をした。
「……ううっ!」
駄目だ、焦りと不安で頭が真っ白になりそう。
二人に魔力を流しながら、ちらっと目の片隅に教会が入った。
瘴気が蔓延している。
何故……そんな事になってるの? いつのまに!?
しかも……こんな広範囲!?
じゃあ他の子供たちや、シスター・イラも……!?
私は瘴気が平気みたいだ……聖属性もってるからかな。
それなら、わ、私がなんとかしないと!
「プラム、苦……しい……」
ほとんど聞こえないようなか弱い声でロベリオが呟く。
「だ、大丈夫だよ……治すから!」
しかし、ブラウニーに比べてロベリオの症状がひどい。
ブラウニーは一度回復しきるとしばらくは手をはなしても平気だ。
逆にロベリオはあっというまに回復するけれどすぐに血を吐くまで悪化する。
これは……。
ロベリオが…ちょっとでも手を止めたらロベリオが……死ぬ?
衝撃を受ける。
これは……本当に現実なの!?
どうして……こんな、いきなり、こんな事が。いや、今はそんな事……。
……回復だけじゃだめで。瘴気は魔属性で……特別な解毒、解毒しなきゃ……でも他の子たちの事も考えると回復の範囲を広げるのが先?
それで皆救える?
自分の手が震えてるのが気になって集中できない。
動ける私がパニック起こしてどうするの……!
そこへ――
「ブラウニー!!!! どこだ!!!」
ブラウニーと私の保護者になる、アドルフさんがブラウニーの名前を叫びながら、教会の敷地内を駆けずり回っているのが見えた。
アドルフさん……!
「あ…アドルフさぁん!!!」
私は悲痛な声で叫んだ。
「プラム!!! そこか!」
私達がいるところへ駆けつけ、ブラウニーの前に立膝ついて座った。
「ブラウニー!! ……瘴気には慣らせておいたはずなのに、くそっ」
ウェストポーチから何らかのポーションを取り出して無理やりブラウニーの口の中に流し込んで飲ませた。
「おら飲め! 未熟者! ……ああ、そこのチビ助にも飲ませてやってくれ、プラム」
アドルフさんは、私にポーションを投げた。
「瘴気治療用のポーションだ。大丈夫だ。パッと見だがまだ間に合う」
そ、そういうのあるんだ……!
「アドルフさん……ありがとうっ……」
私はボロボロ涙を落としながら、ロベリオの口にポーションをたらす。
――とりあえず。
二人の処置をして瘴気の範囲から運びだした。
「おいおい……プラム。お前も少し落ち着ちつけ。顔が極限状態だぞ」
アドルフさんが、私を軽く抱き寄せて、頭をヨシヨシしてくれた。
アドルフさんからは、ブラウニーとよく似た匂いがした。
「アドルフさん、そういえばどうしてここへ……?」
「……ブラウニーが、オレに相談に来たんだよ。早く引き取ってくれってな。一応承諾したものの、あいつの様子がなんかおかしいし、気になって来てみたらこの瘴気だったってわけだ。慌てたぞ、おじさんは」
「………おじさん、ありがとう…気にしてくれて来てくれてありがとう」
「おじさんって言うな!」
今、自分でおじさんって言ってたよ!?
これからは、家族的な意味でおじさんて呼んで良いってことかと思ったら、なんか違った!?
難しい!
アドルフさんは体温計みたいな物を取り出して空中にかざした。
その数値がガンガン上がって、警告音みたいなのが鳴った。
「ん〜、やばいレベルの瘴気だな。なるほど、こりゃブラウニーが倒れるわけだ……プラムは平気そうだな」
瘴気って測定できるんだ……。
知らない事いっぱいあるな。
「私は大丈夫……。アドルフさんは平気なの?」
「オレ、これでも一応錬金術師の資格もあんのよ。自分なりにアイテム作って、普段からある程度対策してるからオレは大丈夫だ」
錬金術師って、たしか色々とアイテム開発する研究者みたいな仕事だったかな。
てっきり生粋の冒険者かと思ってた。
「さて、プラム。お前は聖属性の持ち主だ。魔力量もかなりあるって聞いてるぞ。だがお前は現場経験が皆無に近い、魔法は使えるけど普通の女の子だ。だから、取り急ぎで、できることを考えよう」
私はコクリと頷いた。
指示してくれる大人がいるのって心強い。
「本来ならここで動くのは大人の神父の仕事なんだろうが、この様子だと旗色が悪そうだ。神父も倒れてる可能性高いな」
「アドルフさん、神父様は……」
私はおそらく神父様が瘴気の原因だろうということを伝えた。
「あー。まじかよ。酷い瘴気だから高位魔族がいるかなとは思ったが……神父が、ねえ。じゃあ、神父なんとかしねーとそもそも瘴気がなくならないじゃないか」
アドルフさんはうーん、と人差し指でこめかみをグリグリした。
高位魔族……。
教会の授業で聞いた気はするけど、あまりにも生活に関係ないから、気にもとめたことなかった。教会は祝福されてるからそんなの無関係だって思ってたし……。
「……とりあえず、中にいる子供たちとシスターを運び出さないとな。
その際に神父に遭遇したら……戦いになるかもしれんが。まあ、しょうがないか」
「戦い……」
私はその言葉にまた動揺し始めた。
非日常的過ぎて受け止められない。
「ああ、大丈夫だ。これでも長年冒険者やってるし。そんな心配そうな顔するな。……よし、プラム。オレはこれから中に入って1人……子供だから2~3人いけるか。それを何回かに分けて運び出すから、お前はここから……瘴気が入らない範囲を作れるか?」
「……ごめんなさい、そういうの、教わったこともやった事も……なくて」
それをいつかは教えてくれたかもしれない人が、この瘴気の原因だ。
やるせない……。
「あ、でも範囲を広げるやり方はわかります……回復範囲を拡張するとか」
「そうか。じゃあ、回復範囲をできるだけでいいから教会全体に広げて、オレの作業が完了するまで続けられるか? 子供たちの体力を保たせたい。……めちゃくちゃ広範囲で無茶振りなんだが」
「多分それならできます……けど、対瘴気の解毒の広範囲は?今なら落ち着いてできると思うんです。
というか、私も一緒に行きますよ」
「まじか。本気で駄目元で聞いたんだが。さすがは聖女クラスの魔力保持者。
……いや、それはどっちも了承できない。回復拡張で頼む。瘴気を止めないとまたすぐに蝕まれるからな。さすがに回復と解毒、両方一度にやれたりはしないだろ?しかも広範囲だ。……あとな」
ちゃんと私の話を聞いて、考えて指示してくれる。すっごいベテランなんだな。アドルフさん。
確かに、魔法の使い方を覚え始めたばかりの私にはそんな器用なことはできない。
自信があるのは魔力量だけだ。
「そこで寝てるそいつらや、今から運びだす子供たちを診る人間が必要だ。この瘴気で他の魔物も寄ってくる可能性が高い。その為にも回復一本に絞った方がいい」
「……わかりました」
不安しかない。でもやるしかない。
「魔物がもし現れたら、これでオレを呼んでくれ」
アドルフさんはメモ用紙のようなものにペンで自分の名前を書き込んで、それで紙飛行機を作った。
「これは?」
「簡単にいえば伝書鳩みたいなもんだ。これを飛ばしたらオレに届くから。そしたら速攻で戻ってくる」
なにそれすごい。
「しかし……瘴気レベルが高すぎる。ひょっとしたらこのまま瘴気が街まで広がるかもしれないな。
ひと段落した後、連絡して別の聖属性含めたヘルプを連れてくるのも骨が折れ……っと、今はそんな事より救助だな」
「さーて! おじさんは頑張ってくるぞ!」
アドルフさんは自分の顔をパンと叩いて気合いを入れると、教会の中へ走って行った。
「……よ、よし。私も」
私はその場に膝をついて、手を組んだ。
魔物の気配に気を配りながら、回復を。難しいけど頑張る。
祈るように目を閉じて魔力を高めて範囲を広げる。
その時。
「プラ、ム……」
その声に振り返ると、ブラウニーがいつの間にか目を覚ましていた。
「ブラウニー! 目がさめたの?大丈夫?」
「問題ない… …っ」
ブラウニーが胸を抑えて立ち上がろうとする。
「ちょっと、寝てなきゃ……」
「神父は……あいつ……はオレが責任もって殺す… …うっ」
ブラウニーが転んでベンチから落ちた。
「無茶しないで! 責任って、ブラウニーのせいじゃないでしょ……?」
ブラウニーが衰弱してる。
辛いのはブラウニーなのに私が泣きたい……速攻で回復したい衝動にかられるけど、今は全員を癒やさなきゃならない。
「いや……教会がこんな事になったのはオレのせいだ……オレがあいつに、神父に……、余計な事をしたから……! まさか、皆を巻き込んで、こんな……!! 今になってわかった、あいつ、オレを殺さなかったのは、これがやりたかったんだ。オレにこの光景を見せようと……っ」
――雪の上にパタパタとブラウニーの涙が落ちた。
「――――」
ブラウニーが泣いてる……。
……胸がザワついた。
「ブラウニー。 何があったかは詳しくしらないけど、絶対ブラウニーのせいじゃないよ! ……こんな事する神父が全部悪い!」
私は心の底から腹が立ってきた。
あのブラウニーが弱って泣いてる。
私の大事なブラウニーを泣かせた。傷つけた。許せない。
私はブラウニーにぎゅっと抱きしめた。
「ブラウニーをいっぱい傷つけた事、許せない……絶対絶対、許せないよ」
「絶対……!」
そう思った瞬間、何かが『視える』と思った。
目を伏せると――
―― connected connected connected connected ―――
眼裏に知らない文字模様が浮かび上がる。
――― the Sacred ―――
――― the Absolute ―――
よくわからない文字模様が鎖になっている。
――これが必要だ。
私は衝動に駆られて、それらに手を伸ばし引きちぎり、その向こうにある白く大きな光に触れた。
身体の中から何やら強い魔力が湧き上がってきた。
「……プラム?! どうした?!」
ブラウニーの声に開眼する。
それが引き金となって莫大な聖光への塊となった。
「――う――」
ブラウニーのうめき声が聞こえた。ごめん、ちょっと眩しかったかも。すぐなんとかするね。
私はそれを操って、身体の中から一気に教会周辺に解き放った。光が四散する。夕暮れに真昼のような光をもたらし塗り替える。
――ここはもう聖光秘めたる地。
もうこの辺り一体、一匹たりとも魔物も魔族も入れやしない。
教会の敷地内に白い花が咲き誇る。
教会にある木すべてが満開になり全て同じ白い花が咲いては散り花びらが、瘴気を埋め尽くす。
教会の屋根にも、廊下にも、みんなの部屋も聖堂もみんなみんな、花が生まれては瘴気に触れて消していく。
それが私の頭の中にはくっきり視えている。
教会の中でアドルフさんがあんぐりした口を開けてるのも視えた。
そしてシスター・イラやチビたちが倒れてるのも視えた。
許せない。
――絶対治す。治してやる! 嫌だって言っても治す、死んでたって生き返らせてやる!!!
ここにある私の大事なものすべて!!
私は、誰一人残さず淡い光で包み込んだ。
チビたちも、シスター・イラも、そこで倒れてるロベリオも、抱きついてるブラウニーも。
全部元通りにして……ブラウニーをこれ以上泣かせるもんか……!
――そして、視つけた。
神父。
自室で、楽しそうにこの状況を視て笑ってる。
――許さない。
「ブラウニー……」
……私は全身を光り輝かせながら、ブラウニーの頬に手を伸ばし、涙跡を拭いた。
ブラウニーは私の様子に目を見開き続けている。
そんな彼に、私の聖光が伝播する。
――ブラウニーの髪が銀色に染まった。
あら、こんな事になるなんて。やだブラウニー、ダークブラウンの方が私は好きだけど、その髪色も似合うわ。
ブラウニーには今、私の『力』が伝播している。
――私が許可した。
賢しい彼はきっともう理解してるはずだ。
自分に今何ができるのかを。
私の力をその身に降ろすといい。
私の力を存分に使ってほしい。
愛する君に。
「プラム、お前……。大丈夫、なのか? ……髪色が変わって違う人間みたいだぞ」
ブラウニーは目を見開いて私を見ている。ああ、そうか私もそうなってるんだ。
「何が?や だ、そんなじっと見ないで……は、恥ずかしいよ」
私は照れた。
だってブラウニーにそんなに見られるなんて。
見てほしいけど見てほしくない。いや、やっぱ見て欲しい。
「……大丈夫そうだな。なんか肩の力抜けたわ」
「そう? それは良かった」
私はクスっと笑って、軽くブラウニーにキスをした後、彼の手を引いた。
「……行こう、あいつ一緒に殴りに行こう。というか私は殴り方わからないから、ブラウニーに殴ってほしい」
ホントはブラウニーの視界にもうアイツ入れたくないけどしょうがない。
ブラウニーはここでアイツを一発でも殴れないと、いつまでも重い責任背負い込むだろうから。
「……そか」
ブラウニーは困ったような顔で微笑んだ。
「……よし、わかった、行こう!」
ブラウニーは一度だけ深呼吸して、繋いだ私の手をギュッと握り返した。
「うん、じゃあ『跳ぶ』ね」
私はニコリと微笑むと、一気に神父の部屋へテレポートした。
「なっ!?」
ブラウニーと神父が同時に驚嘆の声を上げる。
びっくりさせてごめん。
ブラウニー。私ね。今は君が望む事なら全て出来る気がするの。
「びっくりしたあ。プラム、今度からはドアから入ってくるんだよ? そしておかえりブラウニー。
そんなに血相かえて、何かあったのかな?相談の……っ!?」
ブラウニーは、魔力変質し、無言でいきなり殴り飛ばした。
神父は吹っ飛んで、壁を突き抜けて教会の庭へと転がった。
ブラウニーと私はあいつを追って、庭へ出た。
私は、聖光輝く壁を出現させて、私達の3人の周りを取り囲んだ。
教会に被害を出さないように。
もとい、神父を逃さないために。
「もうあんたに用はないって思ってたんだけどな……」
「よくもチビ達まで巻き込んだな……!」
ブラウニーの怒りが伝わってくる。
ブラウニーは、淡々としてるようで愛情深い人だから。
チビたちの面倒もいっぱい見てた。めちゃめちゃ好かれて頼られてた。
たまに怖いけどみんなの大好きなお兄ちゃんなのだ。
ヤツにはそれがよくわかっているのだ。
ブラウニー自身を直接傷つけるよりも、周りの人間を危機に晒したほうがブラウニーに効くってことが。
まったくとんでもない事してくれる。
「チビ達だってあんたを慕ってたのに……」
ブラウニーは侮蔑の表情で神父を見下ろす。
「ガハッ……これは、なかなかきついね。ブラウニー? 今更何を言ってるの? そんなに僕のことが好きだったのかなー?」
顔が曲がった神父は、それでもクスクス笑っている。
あの力で殴り飛ばして顔曲がるだけなんて計算違いだわ。
一撃で頭吹っ飛ばせるとおもったのに。しかもまだ話せるんだ。
「ブラウニー…一発じゃ終わらなかったね。……こいつどうしようか。どうしたい?」
「あまり長引かせたくない。できれば次で終わりにしたい。プラムはそれでいいか?」
「もちろん」
「僕を殺す気なんだね。まさかプラム、『絶対圏』にアクセスするとはね…。ハア……、ハア……
それ、シスター・イラの言うゲームで言えば終了間近でやること……だよ?あははは……さすがに『絶対圏』から出力された魔力で迫られたら僕はやられる一方だね……残念だね……」
なるほど、さっきのあれってそういう場所なんだ。
なんだったんだろ、とは思ってた。別にそんな情報いらないけど。
ブラウニーが、また無言で神父を蹴り飛ばし、神父が聖光壁に衝突する。
すかさずダガーをすべて、宙に浮かせた。
そう、できるよ。すべてブラウニーの望みのままに。
私がやらせてあげる。
ダガーは聖光を帯びると、そのまま光の槍になり、全て神父に突き刺さった。
「ア”ア”ッ…」
私もブラウニーもあんたからはもう一言も言葉を聞かされたくない。
断末魔すら、聞きたくない。
さあ、消そう、そう思った時に神父が吠えた。
「う、、うふふふ……。嬉しいなぁ。プラムが成長してくれて僕は嬉しいよ!ホントにね! でも残念なのは、やっぱりブラウニーを選んだことだよ? これはね、絶対惜しかった!って思うから言うんだけどね。
これがブラウニーじゃなくて! 攻略対象だったら! ゲームの最終段階なら!! ――僕は最初の一撃で死んでる!!!」
まるで殺される事が嬉しい、と告白された気分だ。
そしてこんな最後までブラウニーを軽んずる言葉を吐いてきた。
「だから」
「……だからなんだってんだよ!!!」
次の瞬間、ブラウニーはショートソードを引き抜いて、迷いなく神父の額に突き刺した。
「――――」
――最後に歪んだ顔でニコリと笑って、その体からは大量の黒い瘴気が爆発するかのように四散した。そして神父はピクリとも動かなくなった。
「終わったみたいだね、ブラウニー」
私は神父の心臓を視た。動いていない。終わった。
「………どうもすっきりしない…な。全く反撃してこなかった。……随分と一方的な暴力をふるっちまった」
ブラウニーがぼんやり神父を見ている。
「多分……反撃しないことで、またブラウニーに、いやがらせで罪悪感残そうとしたんじゃないかな」
「……ありえる、な」
ブラウニーの顔に疲労の色が見える。
早く休ませてあげたい。
瘴気を消すために散らした花々はいまだに繰り返し咲いており、私達は手をつないで神父の瘴気が消えていくのを、しばらくそのまま見ていた。
……が。
「……ってプラムやばい、これ見ろ!」
ブラウニーが神父だったものを指差した。
「えっ!? なに? まだ生きてたりす――」
ブラウニーに言われて神父の肉体だったものを改めて、見ると――
顔がわからないくらいにボコボコで、メガネをかけたオールバックの金髪のおじさんが、頭にショートソード差して、体中にダーツ刺さって死んでる。
「……だれ、だ……?」
「ぶ、ぶらうにーい!!!知らないおじさん(人間)が死んでるよぉおおおーーー!?」
「あんの野郎、『憑依』してやがったのか!」
「わあああああ!何それええええ、生き返れええええええええええええ!!!」
私は涙目必死で超超超超回復&蘇りを試みた。
なんという幸運かおじさんは、息を吹き替えした。
気絶したまんまだけど。
これは今の『絶対圏』とやらの力があるから幸い出来たんだろうな。
この世には『憑依』という術がある……と後日アドルフさんに教えてもらった。
まさにこのように、人間に乗り移ったりして、社会にとけこんだりするらしい。主に魔族とかが。
私、あれだけ色々視えてたのに、憑依してる事は見破れなかったんだな……。
アドルフさんが言うには、私が憑依を知識として知らなかった事や、あのクソ神父がそれをひた隠しして見破らせなかったとかが重なったんじゃないかって言ってた。
――そして。
やれる事をやりつくした後――私は力尽きるように……展開した全魔力を収めた。
ブラウニーの髪も、いつもの色に戻った。
「ハア……ッはあ……」
あれ? 私、肩で息してる。
「あ……」
力が抜けて、抱きついていたブラウニーに、そのままもたれかかるように倒れそうになった。
「……っと大丈夫か?」
ブラウニーがハッとして抱きかかえてくれた。
いつもの力強さだ。それがなんか嬉しい。
「ありがとう。ごめん、ブラウニーのほうが疲れてるのにね。急に、眠気が……」
「ね……ブラウニー、……もう大丈夫だよ。チビたちみんな助けたの君も視えたよね? もう、みんな大丈夫だから…」
「元気、だしてね……?」
その時の精一杯の笑顔を浮かべた。
ブラウニーがギュッと強く抱きしめてくれるのを感じた。
ああ、でも、なんだろう、こんなに眠いの初めて。抗えない。
ごめん、ちょっと……寝るね?
言葉で伝えられたかどうかわからないけど、私はそのまま眠ってしまった。
――その眠りの中。
夢に神父が現れた。
嗚呼、ご健在でお元気そうで反吐がでます。
『ひどいなぁ、プラム。僕を追い出すなんて』
『でもすごいね、成長したね。愛の力ってすごいね。お父さんは嬉しいよ?』
赤い瞳を光らせてクスクス笑ってる。
お父さんって一体どの口が言ってるの?
『まあ、いいや。……また会おうね。』
『愛してるよ……』
蔑んでいるのか、慈しんでいるのかわからない笑顔で――消えた。
もう二度と来ないでください。
クソ神父がいなくなった空間で私はしばらく立ち尽くしていたが、しばらく自分が目覚めることができないのを感じた。
……私はブラウニーを絶望から救えただろうか。
目覚めた時にやっぱりブラウニーが元気なかったらどうしよう。
あと『絶対圏』は正直行き過ぎな力だったと思う……怖い女だと思われて嫌われてたらどうしよう。
あの力は決して悪いことに使った訳じゃない、むしろ教会を救って、ブラウニーを助けた力。
でも、あの力が身体に溢れていた時、高揚感があったのは事実だ。
認めなきゃ……私はハイテンションだった。
相手があいつだったから、まだ自分が許せる気がするけれど、あんな暴力は……人間のすることじゃないよね。
まるで神様にでもなった気分だった。
あいつ、相手が攻略対象だったらもっとすごいって言ってたけど……そもそも何故私はこんな力を持ってるの?
私は物語からはずれてるルートを歩んでるっていってるけど、もしルート通り攻略対象と恋仲になったりすると、その先にこの力を使う何かがあるってことだよね。
あいつもゲーム終盤うんたら言ってたし。
ココリーネ嬢が言ってた魔王を倒しに行くのかな?
……私じゃないと倒せないとか言ってたから、つまりそれはあの『絶対圏』を使うってことだろう。
世間知らずの私も、さすがにあれを他に使える人がいるとは思えない。
……けど私は今のところ、肉弾戦がまったくできないんだけど、その部分を攻略対象が担うのだろうか。
そもそも魔王って倒す必要あるの? 魔王なんか悪いことしてるの?
……ん? ……あいつ。
ひょっとしてクソ神父が魔王なのかな?
その可能性はありそう。うわ、やだなぁ……。
ゲーム終盤で使うって言ってたけど、魔王を倒すために必要ってことなら、『絶対圏』に触れるのは私が生きてるうちにあと一度くらいかもしれない。
……でも、ブラウニーになにかあったら使っちゃうかも。
そのうち答えのでない無意味な思考の時間が長々と続いてる事に気がついた。
やめた、無意味はよくない。何か実のあることを。
そうだ、起きるまで祈ろう。
夢の中から大切な人たちに祝福を贈ろう。
――神様。
強い力を与えてくださってありがとうございます。
でもまだ、お願いします。
もう二度と大切な人たちが危険な目にあいませんように。
どうか、どうかお願いします。
ああ、早く目覚めてブラウニーに会いたい。
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