第9話 ■ O My Father ■ ―Brownie―

           ※ブラウニー視点です。


 ――その日の夕方だった。

 冒険者ギルドのインターンから帰宅したオレは、神父の部屋を訪ねた。


「これ、サインください、神父様」

 オレは書類を一枚差し出す。


「……なにかな? これは」

 神父様は薄笑みを浮かべ、書類を受け取る。


「オレとプラムが教会をでるための書類申請書です。オレ達は今週中にも教会をでます。

 アドルフさんには了承してもらってサイン貰いましたし、その他の必要な記入はオレがしておきました。

 契約を早めたことについてのアドルフさんの契約金についても相談済みです。

 役所への提出もオレがやっておきます。

 あなたはサインするだけです。お手間はとらせないかと」


「なんだって? ……随分勝手な事をするじゃないか」

神父様の顔色が変わった。


「……そろそろプラムの心が限界そうなので、教会を離れたほうが良いと判断しました。……何か不都合でも?引き取る保護者がいて、子供が望むなら何も問題ないはずですよね」


「プラムが……限界? どうして?」

 不思議そうに首をかしげる。

 ……しらじらしい。


「わかっている、くせに……」

「何が? おかしなことをいう子だね」

 神父様はニヤニヤしている。


 こいつは本当になんなんだ。

 オレの慕ってた神父様はもう影も形もないように感じた。

 オレはそっと目を伏せて心で思った。


 ……さようなら。


 区切りをつける。

もうこいつはたった今から、敬愛すべき神父様ではない。


「……年齡を考えたらどうなんだよ。何歳かは知らないけど。いい大人だろ」

「?」


「あんた、プラムが好きなんだろ。気色悪い」

蔑む目線を送る。


「……」


「惑わせて優しくして突き放して。

イタズラ仕掛けて好きな女に構ってほしい、まるで……ガキじゃないか。ロベリオと変わらない」

 オレは、眉間に皺を寄せた。


 こんなヤツがプラムに懸想してるなんて、口にするのも気持ち悪い。

 なんでこんな事言わなきゃならないんだ。


「それにそのオレに対する敵意……明らかにオレからプラムを引き剥がそうとしてるだろ。

保護者の件にしたってそうだ。心配だからっていいながら、本音は違うだろ」


「アハハハハハ! まさか! 直接そんな風に言うとは思わなかった!」

 神父は涙目でひとしきり笑った後、すっと波が引くように真顔になった。

 忙しいヤツ。


「これはねぇ、本気で思って言うんだけどね。――おまえ、うざいよ。モブのくせに」

 とうとう言ったな。

 それがお前の本音か。


「確かに僕はプラムが……好きだよ。

 ――年齡は意味がないんだ。だって、そういう風にできているからね。

仕方がないんだよねえ……僕だって"おそらく"攻略対象の一人だからね。モブの君とは違うんだよ。モブの君とは」

 はぁ~っとため息をついて語る。


 おそらく……?


「あー……なんでプラムは君を選んじゃったのかなぁ。

他の攻略対象ならまだしも。スタート前であっても他の攻略対象なら僕も納得できるのに……。

……ああ、本当に――」


「――君を殺してやりたいよ」

 神父の周りに黒いモヤが見える。――瞳が、赤い。


「嘘だろ!」

 ……これは、瘴気!?

 身体から瘴気が出るなんて…魔属性を有する魔族や魔物の証拠だ。


 奴らは魔力を瘴気に変換して生きとし生けるものをその毒素で汚染する。

 この世に属性はいくつかある。火水風土……光、闇、聖…………そして魔。


 魔属性だけは人間が持ち得ない属性であり、聖属性が一番の対抗魔力になる。

 てか、こいつは聖属性も使ってただろう!? 何年も近くて見てきたんだ、間違いない。


 相反する聖属性と魔属性は一つの個体に同居可能なのか!?

おかしいだろう!


 神父がゆっくり近づいてきた。

 オレは後ずさって距離を取る。

「あんた、人間じゃなかったのか……?」


「さあ……? ひとのカタチはしてるから、ニンゲンなんじゃない? それより、君を……殺して…いいのかな? 殺してみようかなぁ……」

 神父は自身の指を舐め――いつのまにか伸びていた鋭利な爪でオレの頬に傷をつける。


「……ッ」

 血が流れるのを感じる。結構深く傷つけやがって。


 しかし、こいつは、オレの恐怖を誘おうとはしているが――何故さっさと殺さないんだ? 遊んでんのか?

 こんな瘴気を出すようなヤツが、オレみたいなガキをひと思いに殺せないはずがない。


「……オレを殺しても、プラムはあんたに振り向かないぞ」

 正面から神父を見据える。


「…はあ―………」

 長いため息をついて。


「……全く君は……全然ビビらないんだから。モブのくせになんでそんな度胸座ってんの。

そんな綺麗な……魂しちゃって。眩しいね。……羨ましいね」

 目を細めてオレを見返した。


「モブモブうるさいな。オレが何者かはオレが決める事だ。

プラムもこの世界のヒロインなんかじゃない。

あんたの思い込みを、プラムやオレに擦り付けるな。

そしてあんたも運命とか言ってないで現実を見たらどうなんだよ」


「真実を聞きかじっておきながら、あくまで君はこの世界が誰かによって作られた世界だとは認めないスタイルなんだね。

やれやれ、殺しちゃおうかと思ったけど、これはプラムの仕業……だねぇ。祝福されまくっててこれじゃ簡単には殺せない。まったく……羨ましいくらい愛されちゃって……もらい火傷しちゃったよ……ハア……」

 指についたオレの血をぱっぱと振り払う。

 指が焦げている。


 プラムの祝福でオレに聖属性の守りが付与されてたのか……。

 まったく、いつの間に……。

 確かそういったエンチャント類は効果を発揮する時間が短いはずだ。


 今朝からプラムに会ってなくて今は夕方。

 いつ付与したかは知らないが、どれだけ長い時間こんな……こんなヤツを火傷させる程の質の高い効果を発揮してるんだ。


 こんな事ができるなんて、本当にあいつは歴史書に載っているような聖女になる逸材なのかもしれない。

 でも、あいつはそんなモノになる事は望んじゃいない。


「はあ、もう、いいよ。サインするよ」


「……これは、勘違いしないでほしいから言うんだけどね。

僕は別に……本気でプラムに好かれようとは思っていないんだよ、ブラウニー」


「……は?」

「そりゃ、好かれたら好かれたで構わないし、喜ばしい。でも僕は……」

 神父は少し遠い所をみるような目をして、迷いを見せて黙った。

 一瞬、ヤツの心の隙を見た気がしたが、オレには関係ない事だ。


「なんでもいい、オレたちの邪魔はしないでくれ」


「邪魔なのは君だって言ってるでしょ。……保護者の件は裏目にでちゃったね。あーあ、失敗しちゃったな。せめてスタートは原作になぞらえて教会卒業にしたかったんだけどね。

もう色々狂っちゃってるから、これはもうダメかもしれないねぇ……」


 まったく自分の都合ばっかりベラベラと。

 オレはこんなヤツを何年も親と思って慕ってたのか。


「あんたはどうも、その物語に沿った人生をプラムに送らせたいみたいだな。

でもそれなら他の……悪役令嬢とやらのほうは、いいのかよ。

お前の納得できるとかいう攻略対象がぞっこんらしいじゃないか。まさにもうお前の紡ぎたい物語とやらは最初から終わってんだよ」


「ああ……なるほど。そっちはそんな事になってるんだ。

どうでもいいね。

プラムさえその気になれば攻略対象なんてすぐに心変わりするさ。そういうものだからね。

……だからプラムをメロメロにしちゃった君は……邪魔なんだよねー」


「邪魔邪魔うるせぇよ。あんたはプラムを自分のモノのように思ってないか。

オレの事だって…そんなに邪魔ならこうなる前に殺せば良かっただろ」


 何年もオレの心の中の大事な場所にいたヤツが、オレを邪魔だと言う。

 オレを殺したいと言ってくる。


 あんたにとってオレは一体なんだったんだ?


「いやーだって。教会卒業までは君は必要なんだよね。

君や教会の他の子供達だって、物語の始まりに必要なパーツの一つなんだよ。モブだけど」


「パーツ……」

 プラムがこいつと話して落ち込んでいたのに頷ける。

 こいつと話ししてると心が蝕まれて行く気がする。


 まさかお前にとってオレがただのパーツだったとは。


「……でもね、ブラウニー。……これは本当の事だから言うんだけどね」

「次、その語りだしでオレに話しかけたら、あんたの舌を切る」


「君……プラムを独占したばかりか、この語りだしまで僕から奪うつもりかい!? そんな子に育てた覚えはないよ!?」


 ふざけてんのか。腹が煮えくり返る。


 ――ああ、育ててくれたよ。いっぱい感謝してたよ!


 我慢が限界を超えた。

 オレは神父に飛びかかって押し倒し、ダガーを神父の額に刺そうと試みた。


「わ!?」

 こういう奴らは心臓狙っても生きてる場合が多いとアドルフさんが言っていた。


 頭を狙って思考を奪うべきだ。

 生き残っても……死ね!


「待ちなさい!? あっ! このダガーも祝福されてる! 痛っ」

 神父がダガーを止めようと触れたら、そこから黒い煙が上がった。


 ほう、それは尚更いい。

 プラム、グッドジョブだ。


 祝福されたダガー打ち込めば、祝福の効果が消えない限り火傷を負い続けるんじゃないだろうか。

 それ良いな。中から焼き切れろ。

 

オレはグググ、と力を込めたが――


「やめなさいって!」

 さすがに力負けして、ダガーは奪われ、押しのけられたオレは床に転がった。

「……ちっ!!」


「ハアハア……、いや、大したもんだね。そんな軽い身体で僕を押し倒すなんて。

奇襲もピカイチじゃないか…ああああ、ふざけんなよ、まじで……うわ、ダガー熱…さすがプラムの祝福……」

 眉間からもダガーを持つ手からも煙が上がっている。

 体勢を整えて構えたが、向こうから攻撃してくる気配はない。


「あのねぇ……。悪いけど、君と僕じゃスペックが段違いなの。

君はホント、ホントにね、優秀だけれど、ただのモブなんだよ? ちょっとは自覚しなさい?」

 うぜえ、困り顔すんな。


「この際だから言っておくんだけどね。……君は決してこの先の物語の運命にはついていけない。

 そんなスペックはないから。プラムから聞いてない?君じゃ力不足なんだよ、ブラウニー。

 あっ! そうか、モブって言い方がわからなかったかな? 言い方変えようね。


 ――君は優秀だけどあくまで一般人、吹けば飛ぶような一般人なんだよ?

 逆に攻略対象はただの恋愛相手じゃないんだ。生まれつき運命を乗り越えるための力を与えられているんだよ。わかったかな!?」


「……君はきっと『運命の強制力』によって消されるよ。たとえ僕が君を殺さなくてもね」

「……もうその類の話しは聞き飽きた」


 オレは睨みつけて、神父がサインした書類を懐にしまい込んだ。


「サインは確かにもらった。これでもうオレはあんたに用がない……さようなら」


  ――部屋を出る際にヤツの名前を知らなかった事に気がついたが、もうどうでもよかった。


 プラムに会いたい。

 その後オレはプラムを探した。

 すぐに見つかった。

教会の庭にある木の下にある皆で作ったベンチ。

 そこに座ってぼんやりしている。


「プラム」

「……あ、ブラウニー…え! なんで泣いてるの……? わ、それにその頬の怪我!」


 泣いてる? オレが?まさか。


 オレはプラムの横に座りながら言った。

「……ちょっとぶつけただけだ」

「えええ!? そんな感じの傷じゃないよ? ……ちょっと、治すから顔貸し」

 オレの顔を包み込もうとしたプラムの手を掴んで、オレはそのまま口づけした。


「んん!?」

 あまりにもいきなりだったからか、プラムが口を塞がれたまま、うなった。

 どうしたんだろうか、オレ。

 こんなに衝動的だったろうか。


 ――身体が重い。


 先程、瘴気に触れて吸い込んだからかもしれない。

 瘴気は慣らすことができるから訓練はしてきたし、プラムの祝福もあったのに。

 あいつのは濃度が濃かったのかもしれない。


「う……」

 オレは、体制が保てなくなって、プラムの膝に倒れ込んだ。

「ちょ……ちょっと!ブラウニー、熱があるよ!」


「大丈夫……だ」

 意識が混濁してきた。


 ああ、身体より……心のほうが重たい。痛い。

「大丈夫じゃないよ!」


 人の心っていうのは思うようにならない。

 自分の心でさえ。

 オレは長年慕っていた父親のような存在を失った。 

 見限ったとはいえ、こういうのは割り切れない気持ちってやつなんだろう。

 心が勝手に神父を求めている。失ったものを恋しがっている。


「なんでだよ……」

「ブラウニー……?」

 心配そうな顔でプラムがオレの顔を覗き込んでいる。

 オレの一番大事なもの。


 ――誰になんといわれようと。

「オレはお前が好きなんだよ、プラム」


 ――どれだけのヤツがお前を好きで、オレがたかが、その中の一人で……神父のいう脇役のつまらない男でも。


「お前がオレを好きだと言ってくれる限り、オレはお前とずっといるって決めているんだ」

「オレがお前を守るって決めているんだ」


 ――神父なんかより、はるかにオレのほうがお前に執着してるし、

「お前がオレを思うよりも、ずっと昔から、オレのほうがお前を思って……」


 喋ってるのか考えてるだけなのかわからなくなった。

 心の恥部を留めなく吐露している気がする。


「ブ、ブラウニー……。い、いきなり何を。何かあったの? ……って寝ちゃった」

 意識を失いながら、真っ赤に頬を染めたプラムがオレの額の古傷に口づけしたのを感じた。

 心が解ける気がした。


「このまま少し寝てね、ブラウニー。その間に私が治してあげる。……大好き」

 耳元にプラムの優しい声が聞こえる。

 プラムの白く光る手がオレの頭を撫でている。


 温かい。


 オレの頬につたった涙をプラムが拭うのを感じながら――そこでオレは、意識を失った。


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