第8話 ■ Who are you? ■
「グリーズリーの指を折った!? ……プッ!!! アッハハハ!」
……どうしよう、神父様が壊れた。
神父様がお腹を抱えて涙流して笑ってる。
夕食の後。
今日あったことをブラウニーと二人で神父様に報告へ来ているのだけど。
「……そんなに笑うことですか?」
ブラウニーが冷めた目で神父様を見つめながら言った。
「ごめんごめん。以前プラムに屈強なおじさんくらい、ひとひねりにできるようになりなさいって言ったんだけど、まさか熊の指をひとひねりしてくるとは思わなかったからね……わあ、面白……じゃなかった、がんばったね」
今、面白いって言おうとした!!!
なんだか、神父様の私の中の評価がダダ下がってくんだけど……。
「全く面白くないです。とっても怖かったんですから」
「まあ、そりゃそうだよね。今まで稽古だけでいきなり実戦になっちゃったんだから。
ブラウニー、ご苦労さまだよ」
「オレは戦わせるつもりまったくなかったんですけどね」
少しそっぽむいたブラウニー。
やっぱりまだ気にしてる。
でも、守ってくれようとする気持ちが嬉しくて、
なんとなく私はブラウニーの袖口をきゅ、と掴んだ。
ブラウニーがそれに気づいて、そっぽ向くのをやめて私の方に微笑んでくれた。
あああ、ほんわかする。
「……。まあ、作戦通りにはいかないものだよ。大丈夫だよ、そのうちプラムはもっと強くなるから。
そしたら――うん、まあいいや。ところで、冒険者の人に君たちの保護者になってもらうことにしたんだよね」
神父様が何故か不機嫌な顔になりながら言った。
「あ、その件なんですが。アドルフさんから聞きました。熊倒したあとにちょうど会ったので。
神父様、いくらなんでも勝手に決めないでください」
ブラウニーも不機嫌な顔になった。
「ほんとですよ、神父様。アドルフさんはブラウニーから良い人だって前から話しには聞いていたし、実際アドルフさんの印象は悪くなかったけど……私達の意見を聞いてくれても良かったんじゃないです?」
私もそれは言いたかったので言う。
いくら神父様でもルールってもんがあるでしょう、と。
すると神父様は深いため息をついて言った。
「……あのね、君たち。お手々繋がないと話しできないの?」
はっ。
気がついたらブラウニーと手つないでた!
私達はバっと同時に手を放した。
「こ、これは……その、無意識に……その」
私は真っ赤になってしどろもどろ。
「失礼しました」
ブラウニーはしれっと答えた。
神父様の顔が怖くなった。
「そんなだから、君たちには保護者が必要だって事だよ。あーリア充やだやだ。
今日だってどうせイチャついて初動失敗したんだろう?」
それは痛い所を突かれた……でも、それより神父様の喋り方が辛辣なのが気になる。
神父様、ホント最近どうしちゃったの……。
「これからは気をつけます。ただプラムと二人で話し合った結果、アドルフさんが保護者になるのは了承しました。オレもまだ彼について学びたかったし、なにより信用してます」
ブラウニーが無表情になった。
――なにか、彼の中で区切りをつけたような印象を感じる。
「そ、そうだね。アドルフさんがお父さんになってくれるなら、私も嬉しい。……仮だけどね」
二人きりの旅じゃないのは残念だけど、それは15歳になってからでもいいや。
神父様は教会の子、みんなのお父さんだけど、アドルフさんは私達だけのお父さんになるんだって思ったら、三人家族の旅も楽しみになってきた。
「そう……、なら良かったよ。じゃあ話しはこれでおしまいだ。二人共怪我がなくてよかったよ」
「はい、おやすみなさい、神父様」
私は挨拶して、ブラウニーは無言でペコリと頭を下げて退出しようとした時、
「あ、そうだ。神父様。街への道ですが。できたらお祓いを新しくしてください。チビたちもあそこ通るんで」
ブラウニーが足を止めて言った。
「うん、いいよ。そうだね。そうしよう。でもね。…これは本当の事なんだけどね。つい最近お祓いしたばっかりなんだよね。もちろん手は抜いてないよ。不思議だね」
神父様は口元だけで微笑んだ。
ぞくり。
背筋に鳥肌が立った。
神父様はあの威圧っぽい事は今してない。なのに肌寒い。
「不思議だね、偶然だね。……そういう運命だったんだろうね」
――どうして。どうしてそんな言い方。
私が神父様を見て固まっていると、
「失礼します」
ブラウニーが、さっと私の手を引っ張って、退出した。
※※※
二人でなんとなく歩いて、教会で飼ってる鶏小屋の前まで来た。
寒い夜の星空の下、二人きり。
……普段ならロマンチック、とかって思うのだけど……神父様との話しでテンションが上がらないでいた。
近くの柵に並んで腰掛ける。息が白い。
神父様の部屋を出てから無表情で無言だったブラウニーが口を開いた。
「なあ、プラム。神父様はここのところ……オレへの態度、変わったよな」
ブラウニーは少し俯いた。
「うん……どうしちゃったんだろう」
私は肯定した。
「実は……」
珍しく言いにくそうにしてる。
「ん?」
「……敵意を感じるんだ」
敵意。
確かにそうだ。あれは敵意が含ふくまれてる態度だ。
なんで…?
赤ちゃんのころからブラウニーのこと育ててきてくれたのに。
神父様も人だから、なにかがブラウニーとそりが合わない事がでてきたのかな…。
「父親だと思って……慕ってた」
「……ブラウニー」
ブラウニーが、俯いたまま私の肩に頭を預けてきた。
そりゃ傷つくよね……。
昔の神父様なら、今日の私達を、抱きしめて怖かったね、よくできたね……とか。
優しく包んでくれたと思う。
ブラウニーにとっても私にとっても、今まで心の拠り所だった。
「私にも喋り方が段々と雑になってる気がするのよね……」
「……。プラムに対して雑になってるのは……」
なにかわかってそうな顔をしたけど口ごもるブラウニー。
「え、なに? 思い当たるなら教えてよ」
「いや、わからん」
ごまかした! 私にはなんでも話せって言うくせに!
「プラム。アドルフさんに早めに引き取ってもらわないか? 保護者ができたなら、12歳にならなくてもここを出れるだろ」
「え?」
「……アドルフさんが了承してくれるなら、オレはもう教会を出たいと思う。……お前は神父様に色々習ってるから難しいか?」
「えっと…不安は残らないわけじゃないけど、多分大丈夫。いずれは新しい師を得るか、自分で勝手に強くなって、とか言われてるし……」
「適当だな!」
「だよね……。うん、いいんじゃないかな。アドルフさんに相談してみよ?」
ブラウニーのこんな落ち込んだ顔見たくないし。
「そう考えたらすっごく楽しみ、三人で暮らしてみたい。普通の家族みたいじゃない?」
「おう。そうだな。……サンキュ、プラム」
よかった、まだちょっと元気ないけど、ブラウニーが笑顔になった。
私達はその後、しばらく星を眺めた後、子供部屋に戻った。
消灯時間過ぎてたのにチビたちが私達を待ってて起きてて、私達の顔を見たら安心したように寝た。
……さっきの自分の発言を少し後悔した。
いずれバラバラになるとはいえ、皆、大切な家族なのにね。
新しい未来のことばかり考えてた。
でも。
私も……ベッキーみたいに今まで年長さんを送り出した時は、いつも寂しかったけど
いつまでも皆一緒ではいられないんだってその度に悟った。
それは必要なことだったと思う。
今度はそれがこの子たちの番なんだね。
――神様。
どうかこの子達の将来に幸がありますように。
懺悔も兼ねて、そう祈りながらその日は寝た。
でも神様は聞いてくれなかったようだ。
その日の夢見は最悪だった。
※※※
――明かりの消えた暗い部屋。その窓際に座っている神父様。
――グラスを口に運びながら満月を眺めている。
――呟く。
「ああ、ブラウニー…」
――歪んだ笑顔を浮かべる。
「できることなら早く消されてくれないかなぁ……消えるよね?」
こっちを見て、笑った気がした。
――その瞳は赤かった。
「……っ!」
私は真っ青になって飛び起きた。
「はあっ……はあ、はあ……」
子ども部屋の窓にはさっき夢で見たのと同じ満月が見える。
隣のベッドのブラウニーに目をやる。
疲れてるのか、ぐっすり寝てる。
――いまの……夢は、何。
……だ、だめ、だめ。約束したから。気にしない!
私はガバっと布団を被って自分に眠れる魔法をかけた。
朝になったらこんな夢忘れてますように!
※※※
朝起きて、目が覚めて……だめだ……覚えてる。
『特別な夢』は忘れる事だって多いのに!
よりによってなんで覚えてるのよ……。
「はぁ……」
幸い今日は朝食当番だから、ブラウニーより先に起きた。
どうしよう、ブラウニーの事だから、すぐ気づかれてまた聞き出されるかも。
これは、ホントに話したくない……でもあれはもう敵対以上に殺意だった。
慕ってた神父様に辛辣にされるようになって、ただでさえ曇った顔してたのに……。
私は顔を洗って着替えてキッチンへ行った。
シスター・イラがすでに朝食を作り始めていた。
「あ、すいませんシスター・イラ。遅れました」
「あら、いいのいいのよ。プラムちゃん。昨日大変だったんでしょう? なのにこんなに早く起きてきて偉いわね」
シスター・イラは優しく微笑んだ…まだ、なんか慣れないな。
「ありがとうございます。大丈夫ですよ。さて、私は何をしましょう」
うん、仕事があると余計な事考えなくてすみそう。
「じゃあ、サラダを作ってくれる? もう洗って泥は落としておいたわ」
冬の冷たい水で全部一人で洗っちゃったの?
全員で20人分くらいあるから、私も手分けしてやるつもりだったんだけど……
見ると、シスター・イラの手は真っ赤に荒れてる。
「シスター・イラ。失礼しますね」
シスター・イラの手を魔法で癒やす。
「あ、あら! まあ嬉しい! 実はちょっと痛かったの。ありがとう、プラムちゃん」
本当に嬉しそうに笑った。
……う、まさかシスター・イラの笑顔にじーんとする日が来るとは……。
「……働きものですね。遅く来た私がいうのもなんですけど、手分けしてくださいよ。
わ、私がいる間はそれくらい、いくらでも治しますけども!」
なんだか落ち着かないけど、彼女とまともに会話できることに安堵する。
「ありがとう。じゃあつらくなったらお願いするわね」
うふふ、と笑ってシスター・イラはハムを切り始めた。
あれ以来シスター・イラとは、『ゲーム』の話はしていない。
他にも『転生者』がいたって話、してあげたほうがいいのかな?
でも話が長くなりそうだから、こんな忙しい作業中に話すことでもないかな。
とか思ってたのに。
「ねえ、プラムちゃん。神父さまって『転生者』じゃないのかしら?私ったら、てっきりそうだと思っていたのだけど」
片手間にいきなり聞かれた。
「え? ……そういえば考えたことなかったですね」
他のことが情報過多で。頭の片隅にもなかったな。
「この間、新しい赤ちゃんが来たじゃない? その時に私ね、名前を提案したのよ。
『この子の名前はトンニュラというのはどうでしょうか』って」
トンニュラ!?
……え、とてつもないインパクトがあるけど、なんかすごくありがたい意味があるのか……な?
一瞬口をあんぐりした私にシスター・イラは、
「ああ、もちろん冗談でよ!? この名前、実は普通にある名前らしいんだけど、私のいた国ではダサく感じられるというか……それで地味に話題になるというか……。
彼が『転生者』で同じ国の人でゲーム好きだった人なら、その話に乗ってくるかと思ったのよ」
シスター・イラいわく、彼女が昔生きていた世界で、とっても有名な『ゲーム』のキャラクター名らしい。
「んー。神父様はもともとそういう冗談に乗っかりそうなタイプにも見えませんし……」
「そうよね、いやだわ、私ったら……。これだからコミュ障なのよねぇ……。くすん」
言葉でくすんって言った。
別に良いけどなんか違和感感じるな……。
「神父様は『転生者』ではなさそうな気がしますよね。気がする、だけですけど……。
でも『転生者』でもおかしくないほど情報をお持ちですよね」
「そうなのよね。もし前世が同じ国なら、色々お話したいわって思ったのよねぇ……。
前の人生もそれほど良いものではなかったけど、軽くホームシックするくらいは、愛していたのよ、私」
「……帰りたいんですね?」
「まあね。今の家族は最悪だったし、余計に前の家族が恋しいわ。……でも私、死んじゃったから、ね。やだ、しんみりしちゃう」
彼女は苦笑いした。
なんだか今の彼女に慣れないって思ってる事に罪悪感を感じた。
……今度きっちり時間をとって話してあげよう、昨日会った令嬢のこと。
「……そういえば、ゲームイラストで描かれてた神父様ってあんな顔だったかしら」
「え……?」
レタスを盛り付けようとしていた手が止まった。
「ヒロイン……えっとゲームの中のプラムちゃんの回想で、教会のことがでてきたときに端っこにちらっと描かれてるくらいのモブだったし、私の思い違いかしら。
あんなに独特な雰囲気というか、印象深い顔じゃなかった気がするんだけれど」
いつの間にか心臓が早鐘打ってる。
「うすーい金髪だった気がするのよねえ…オールバックでメガネかけてて……。他のゲームと間違えてるかしら…??」
夢で視た暗がりで赤い瞳を光らせる神父様が、頭の中で、フラッシュバックする。
シスター・イラの言葉に、妙に納得できる自分がいる。
――そして。
「あら、ねえ、プラムちゃん。私ったら神父様の名前忘れちゃったわ……。あの方、お名前なんだったかしら?」
……!
頭がなにかに殴られたかのような衝撃だった。
知らない!
私も、知らない……!
いや、知ってたけど、覚えてないの!?
こんな事って、あるの……?
「あはは、プラムちゃん、そんな固まらないでよ! そうよね~、人の名前覚えてないなんてドン引きするよね? もう、私ったら駄目なんだから…。ま、いっか。
さあ、もうすぐスープがちょうどいい頃合いね」
「え、ちが……」
シスター・イラは、勘違いしたままスープの用意に移ってしまった。
何か言いたかったけど、私はしばらく頭の中が真っ白だった。
※※※
朝の食事中、私はからくり人形のようにカクカクしていた。
「プラム、どうしたんだい……? プルプルして。調子でも悪いのかい?」
神父様が私の様子に気がついて声をかけてきた。
「……いえ、昨日の疲れが、少しあるだけで。き、筋肉痛かも」
「筋肉痛? ……君が?」
面白そうに神父様が言う。
瞳はいつもの穏やかなブルーだ。
なんなのこの二面性……このクソしん……んんんっん!
秘密に気がついたのが、バレたら私、殺されるのでは……?
前に私の事どうやったら殺せるの?とか聞いてたし……。
ブラウニーはブラウニーで、何か言いたげにこっちを見ている……バレている。
だめだ、隠し事ができない……。
いつでもなんでもわかってくれるスパダリは素敵ですが、こういう時はなんて厄介な……。
「まあ、神父様。プラムちゃんは女の子ですよ。昨日散々な目にあったんですから、体調が悪くなることだってありますよ。精神的なものかもしれませんし、今日のおつとめはお休みさせてあげてはどうですか?」
シスター・イラ、ごめんなさい、もうあなたのこと大好きです。
「うーん、そう? それならしょうがないね、いいよ、プラム。今日はお休みしてなさい」
神父様の声が、昔から知っている優しい声だ。
でも私はもう知ってる。これは演技だって。
何者かはわからないけど、この人は危ない人なんだ……。
「……ありがとうございます」
「プラムねぇね、だいじょうぶー? とまとたべうー?」
「ねぇね、あとでマッサージしてあげる!」
ちびっ子たちにまで気を使われている!
あなたちは天使ですか。
「せいり?」
いつも余計な事を言う2つ年下のロベリオはkr……と思ったら、速攻でブラウニーが眉間にナッツを投げつけた。
「だぁー!?」
クソガキは椅子ごとひっくり返った。
「言葉に気をつけろ……」
ブラウニーの声が地獄のそこから響くようだ……。
ちょっと怖いのでお鎮まりください、スパダリ神。
「ブラウニーの鬼!!」
「おにいちゃんと呼べつってんだろ」
この食卓には悪魔と天使とスパダリとクソ餓鬼が同時に席についていますね、うん。
……知らなければ、こんな食事風景も少し前までは楽しい団らんだった。
一つの楽しい空間だった。
大切だった……ああ、大切だったんだよね、この当たり前だった空間が。私。
「……ごちそうさま」
食器をもって、流しへ立った。
食事、少し残しちゃったな……。
神様ごめんなさい……。
休んで良いって言われたけど……洗い物をしよう。
そう、やっぱり仕事をしてたほうが、いい。
仕事してたら、ブラウニーも終わるまでは話しかけてこないだろうし……。
ゆっくりやれば、インターン行く時間になるだろうし……。
まさかブラウニーを避けることになるなんて……。
そんな事を考えながら、私は皿を洗い続けた。
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