第7話 ■ Super Darling ■
「ちょっとそこに座れプラム」
「は、はひ……」
街から帰る途中。
教会まであと半分ってあたりで、さっきから終始無言だったブラウニーがそのように切り出した。
ちょうどあった切り株に腰をおろした私の前に立った彼は、腕組をして見下ろしている……。
なんとなく正座してしまった。
なに? 怒られるの?? なんで? こわいよおお!
「さっきも言ったが、そろそろオレに話してないことが、溜まっているんじゃないか……?」
「いや、その喋ってないというか……喋ってはいけないこともありまし」
「あるんだな」
「はっ!?」
私は口を手で隠してモゴモゴした。
「ぶ、ブラウニーサンにお伝えするには信ぴょう性のないお話というかつまらないお話といいますか……」
「はけ」
ひぃっ。
膝を折って目線を合わせてきた。
目が怖い。
いつもなら距離が近いと超嬉しいんですが、今は恐怖で泣きたいです。
ブラウニーサンに、シスター・イラのことや、さっきのココリーネ嬢の話をまるっと伝えた。
神父様に、転生者のことを口止めされたことも。
「なんだ……くっだらねー……」
「怖い顔して聞き出しておいての感想がそれ!?」
「オレが怒ってたのは、くだらなくても隠し事をされたからだ。運命だのなんだの関連は、さすがにオレももう全部聞く権利あるんじゃないか?」
「結局はくだらないんだ!? ……まあ、確かにそうね。……でも、転生者の話しを口止めされたら、かいつまんで話すのも難しいし、この件ではもう悩まないって約束したから気にしないようにしてたの。
……ブラウニーに変な負担かけたくなかったし」
「それに」
私はスカートを掴んでイジイジした。
「……シスター・イラの話は……なんていうか、ちょっと恥ずかしかったのもあって……。
『ブラウニールート』とか……口にするの、なんか」
わあー、ほんとに恥ずかしいよー!
シスター・イラにとっては私達は物語の中の人間だからそういうの平気で言えるんだよ~。
当事者ブラウニーめ、お前も恥ずかしがるがいい……。
「プッ」
笑った!?
「なんで笑うの? 恥ずかしくない?」
「いや、たしかに恥ずかしいな。でもお前を世界の主人公にしたらたしかにそうなんだろうなって。
言い得て妙っていうか。……オレが主人公ならプラムルートか?」
「……いやあ! 何それ恥ずかしい!」
私は顔を手でおおった。
もうこのあたりで勘弁してほしい。
「なあプラム」
ブラウニーは少し笑った後、私の手をそっと剥がして握った。
「前にも言ったろ、隠してもわかるって。それにオレはお前のこと、どんなくだらない事でも知っておきたい。これからは、話してくれ。口止めされていてもだ。オレにだけは」
まっすぐ見つめてくる瞳はさっきまでと違って、優しかった。
ああ、ブラウニーが私のことを思ってくれてる。
私は嬉しくて、ちょっと涙目になりながら頷いた。
「よし、それじゃあ」
ブラウニーは懐から小さな包みをだして、私に渡した。
「?」
「誕生日プレゼント。さっきお前が令嬢と喋ってる間に買ってきた。一緒に買う約束だったのにごめんな。……でもリンデンにくっつかれながら買ったから大変だったんだぞ。なんか口だしてきてうるさかったし」
いつの間に……。
ふと、リンデンにくっつかれながら迷惑そうな顔でプレゼント選んでる絵面が浮かんだ。
ふふ、面白い。……ちょっと見てみたかったな。
「ううん、ありがとう。選んでもらえて嬉しい! 開けて良い?」
「おう」
包みを開けてみると、四葉のクローバーの髪留めが出てきた。
丸い輪っかの金具部分に髪を通して留めるタイプだ。
「わ、可愛い。でも、私、髪が短いから……留めれるかな」
「大丈夫だ、貸してみろよ」
「うん? ブラウニーが留めてくれるの?」
ブラウニーに直接つけてもらえるとは思わなかった。
そういえばブラウニーは教会で、チビっ娘の髪を結ってやったりとかはしてるんだよね。
器用なんだよなぁ。
パチン、と左耳の横で髪留めがとまる音がした。
「よし、できた。今はオレがやったけど、自分でも留めれるな、これは。短くても大丈夫そうだ」
「……ありがとう。多分留めれるってわかってて買ったんだよね? ブラウニーのそういう所、ほんとすご」
その時、ブラウニーの手が私の髪から顎に降りてきて、彼の顔が近づいてきた。
「……う?」
そのまま唇が重なった。
「……」
一瞬びっくりして離れようとしちゃったんだけど、背中に手を回されて、ブラウニーはそれをさせなかった。
私は頭が真っ白になってしばらくそのまま固まってたんだけど、なんだかだんだん力が抜けてきて、少し彼に寄りかかるように抱きついた。
「……プラム」
唇を離してブラウニーが耳元で囁いた。
「大事なことを言ってなかったんだ、オレ」
「なに?」
「好きだ」
「あ……」
そういえば、言ってもらったことなかった気がする。
信じてたから気にしてなかったけど、実際、その言葉を言ってもらうと、心から溢れてくるなにかがあった。
「言葉にしてなかった。怒って良いぞ」
「あ、いや、いいの!今言ってくれて嬉しいっていうか……私も本当に好き…」
私は泣きながらブラウニーの胸に顔をうずめた。
彼もやんわりと、私を抱きしめてくれた。
ずっとこのままでいたい。
時が止まればいいのに、と思うくらい。
ブラウニーの腕の中でそんな幸せを噛み締めていたのに。
突如、『特別な夢』が頭に浮かんだ。
「あ……」
私はこめかみに手を当てた。
「……『夢』か?」
さすが長年の付き合い。察しが良い。そして感情の切り替え早い。
うわーん、余韻感じてたいのに視えたのは危険情報だよ……。
私も頭切り替えよ……しくしく。
「うん、えっと……私達に襲いかかる大きな黒い影。その大きさ、形は……クマ、かな」
私は『夢』の特徴をポツリポツリ語る。
『特別な夢』は夢だけあってあやふやで、一瞬だけ見えて記憶出来なかったり、普通の夢ように覚めて忘れる、思い出せない、なんてこともある。
まあそれは稀なんだけど。
だから今回みたいに、危機が迫る『夢』は、特徴を素早く、脈略なく言葉にするようにしている。
「教会の授業で教えてもらった……グリーズリー、だと思う」
ちなみにグリーズリーは、熊そっくりの魔物だそうだ。
普通の熊と魔物の熊の違いは、そのパワーの差。
あと、冬眠しないこと。
グリーズリーは、一撃で大木を打ち倒す。
しかも行動が普通の熊よりも素早い。
攻撃を喰らったらひとたまりもないらしい。
「グリーズリーか。なんでそんな奴がこの道にでるんだ……。
こないだギルドで定期討伐があったばかりのはずだぞ。……基本的に単独行動だが、一応聞くぞ。数は?」
ブラウニーは冷静だなぁ。
ギルドのインターンで、場馴れしてるのかな? 頼もしい。
「とりあえず一匹しか、私には視えなかったから……えっと、この道に出る。多分進行方向」
私は指差しながら言った。
「下手にすり抜けて逃げたら教会に連れてっちまうな。街のほうに戻るか。門番のとこまで行けたら、警備兵か冒険者呼んでくれるだろ」
私は頷いた。
子供や一般人が魔物や危険動物を見つけた時は通報するに限る。
逃げられたらだけど……。
それにしても、この道に魔物がでるなんて、ここ何年もなかったはずだ。
さっきブラウニーが言ってたように、定期的に街の冒険者が依頼されて、街周辺を見回りして危険動物や魔物を駆除してるからだ。
それに加えて、神父様が子供達のためにこの街までの道を聖属性魔法によるお祓いをしていて、魔物はまず近寄らないようにしてる。
子供1人でも出歩けるくらい、安全性がかなり高いはず。
『夢』、間違ってたりしないかな……?
「まあ、出ちまうならしょうがないな。ひょっとしたら偶然異界のゲートが開いたのかもしれない。
……何事も完璧は無理ってこったな」
ブラウニーは、淡々とそう言って、足を進める。
「い、異界!?」
「……おまえ、聖書の授業よく寝てるもんな……ほら、ココリーネ嬢が魔王って言ってたんだろ。
魔族とか魔王とかがいるとこだ」
「い、言われたらそんな気がするから寝てないかもしれry」
「……社会の授業でもそういや内容かぶるけどって神父様がやってたな……おまえ船こいでたけど……」
やれやれって顔された!
「追い打ち…!?」
ブラウニーは少し笑って私の頭をくしゃくしゃした。
「さて、もし夢の通り、遭遇したらお前が通報しにいくんだぞ。いいな、プラム」
「……えっ。ブラウニーのほうが足早いじゃない。私が囮になるよ。魔力変質で身体硬くしてれば、死ぬことないと思う」
「言うと思った。確かにそれは案の一つだとは思うがな。お前はなんか危なっかしいからやめとけ。受け身もまだまともに取れないやつが無理すんな。
それに……もし誰かに魔法使ってるところを見られたら? 魔法の強度が不足したら?」
「ぐう」
の音(ね)は出た。
確かに……少なくとも孤児院を卒業するまでは、魔法は見られる訳にはいかない。
「だいたい、齧られながら救援の到着待つつもりか? トラウマが残らないか? それ……。オレなら当分夢でうなされそうだ」
う……。
救援を待つ間、ずっと巨大な魔物に齧られたり殴られたりの暴力は心が死にそうだわ。
凶暴なグリーズリーは多分諦めないよね……。
ずーっとガジガジされて転がされてどうやったら食べれるかとか試行錯誤されそう。
「でも……ブラウニーが危ない目にあうよりは、私は」
「まだ言うか」
「オレだってそうだ。だいたいな、オレにだって念持ってものがあってだな」
「念持……え?」
「わかってない顔だな! いいか? お前は見た目はか弱くて可愛い女の子だろ! そんな奴を囮して助けを呼びにいくとかできるわけ……… ………」
口元抑えた。少し顔が赤い。口滑らせたって顔してる。
「ブラウニー、私のこと、今、可愛いって言った? ……ねえ? 可愛いって言った?」
「こんの……グリーズリーくるかもってのに緊張感が…」
ブラウニーが頭を抱えてうつむいた。
「ブラウニー。私の事可愛いって思ってくれたんだ! うふふ、嬉しいなぁ!」
嬉し恥ずかしくて、私は近くに伸びてた木の枝をバキッと折ってしまった。
ぐあああああおおおおおおおおおおん!!
「!?」
すごい咆哮が聞こえた。ブラウニーが青ざめてる。
私は自分が今折ったと思った木の枝を見た。
――木の枝じゃなかった。黒い毛がふさふさの化け物の太い……指?? だった。
いつのまにか後ろにグリーズリーが迫っていたの?!
巨体だし、のっしのっしって木をなぎ倒しながらくるものかと思ってた。
気配殺してこんなに近づいて来れるんだ! 怖い!
「木の枝の棘が刺さったら嫌だから、魔力変質使って折ったつもりだったけど……! まさかグリーズリーの指だったなんてー!」
「そんな事言ってる場合か! 危ない!!」
ブラウニーは私を抱えて飛んで転がった。
その刹那、グリーズリーが地面に頭突きした。
私達が立っていた地面が半円状に陥没した。
「え、えええ……!?」
知ってた、知ってたけど、力が強いからって……何、こんな事ってあるの!?
「ほら、すぐに立て! ヤツが次の攻撃体勢に入る前に!」
ブラウニーは、呆けてる私を立たせて街の方の道に背中を押した。
「レインツリーに走れ!」
「わ、わかった……ごめん!」
――と、私は走り始めようとしたのだけれど、グリーズリーがギラっと私を睨んだ。
立ち上る怒りのオーラが見えるようだ。
完全に私がターゲット。
……そりゃそうよね!
「ああ、もう、しょうがないな!プラム、とにかく魔力で防御して逃げ回れ。……そしたらオレがなんとかする」
「ええ!? それは良いけど、ブラウニーが人を呼ん」
「いいから言う事聞け!」
鬼気迫るブラウニーに私はうなずくしかなかった。
「わ、わかった」
その言葉を返すとブラウニーはスルスルと木の上に登っていって姿が見えなくなった。
なにそのスピード。
「とにかく逃げろ。いいな。見えなくても、そばには絶対いるからな」
どこにいるかわからないけど木々の中から彼の声は聞こえた。
し、信じてるけど、姿が見えないと不安!
「ううっ……」
グリーズリーは指が折れてない方の腕を振り回しながら、私を追い回す。
スピードもびっくりするほど早くて、何回か攻撃が私の全身を掠めた。
魔力変質で地面を蹴る力を強化して回避スピードを上げてるのに、完全な回避ができない。
雪にも足を取られる。
多分、この魔力変質による防御がなければもう死んでる。
よかった、せめて、この攻撃がブラウニーに行かなくて……と思うことで正気を保つ。
でも、こんなの……私よく囮になるって最初提案したなって思った。
いや、結局囮やってるんだけれども。
ブラウニーが街に助けに行って帰ってくるまでに、なんて絶対に気力がもたない。
そう考えるとブラウニーがまだ傍にいて一人じゃない今の方が精神は安定する。
ブラウニーは多分それが想像ついたんだろうな……。
「があ!」
そんな中、グリーズリーがたまに謎のうめき声を上げる。
私が折った指が痛むのかな?とか思ったけど、そういう動きでもない気がする。
ん……? そういえば段々動きが鈍くなってきてる……?
「あれっ……」
いつの間にか、グリーズリーのあちこちに黒い小型ナイフのようなものが刺さっていた。
いまこの場にいる人間でそれができるのはブラウニーしかいない……けど。
……え?ブラウニーそんな事できるの?
「ガアアアッ!」
「あ……!」
その時。段々集中力が乱れてきていたせいもあって、一瞬、回避が遅れた。
ああ、馬鹿! 私!
グリーズリーが私の首元めがけて噛みつこうと突進してきた。
大丈夫、魔力で身体覆ってるから!
そんな風に自分に言い聞かせるけれど……その迫力と、ひょっとして私の防御力を超えてその牙で貫かれたらという思いに、その場で動けなくなって、ギュッと目をつぶった。
「プラム!!」
その声に目を開ける。
ブラウニーが木の上からザッと降りて姿を見せた、と思ったら、私とグリーズリーの間に入った。
同時に木から落ちた雪がグリーズリーの視界を一瞬奪う。
え! 危ない!!
出てきちゃだめだよ、私は怖いだけで多分大丈夫だから……!
「あと少しだ、がんばれ」
「ギャオッ!?」
素早い動きで投擲し、グリーズリーの眉間にナイフを命中させ、私の腕を掴んで攻撃範囲から連れ出した。
「あ、ああ……?!」
ふ、不謹慎かもしれないけど格好良すぎない!?
グリーズリーはのけ反った後、ブラウニーをギロリと睨んだ。
「!?」
ターゲットが変わっちゃった!
「やっとこっちに気がついたな。でももう、終わりだ」
ブラウニーの手からグリーズリーの方に向かってキラッと何かが光って見えた。
……あれは、糸?
グリーズリーに刺さったナイフからすべてピンと張った糸が出ていて、それらは木々にも絡みつき、最終的にすべてブラウニーの手に集まっていた。
「ぐああああっ」
グリーズリーは、その糸のせいでその場に拘束されている……。
「よっ……」
ブラウニーはその糸を、新たなナイフの柄にしっかり巻き付け、地面に指した。
グリーズリーは非常に怒って力を込めているが、糸はしっかりとしていて、切れそうな雰囲気はない。
え、えええ……。
いきなり目の当たりにしたブラウニーのスパダリっぷりに、私はポカンと立ち尽くした。
「…ふう」
彼は額の汗を手の甲で拭いながら、白い息をついたあと、こっちを悲しそうに見た。
「ごめん、これ以外他にできる事がなくて……結局お前を危険に晒した。
ダガーだって狙いをはずしたら、お前に当たってたかもしれないし……あと、怒鳴った。悪い……」
「どこにブラウニーが謝る要素あったの!?」
私としては真剣にそう思う。
「元はと言えば、周りの警戒怠ってターゲットにされた私のせいだよ……ごめんなさい! ブラウニー」
ブラウニーは私を軽く抱き寄せて頭をポンポンとした。
「……お前はなんも悪くない。オレも警戒怠ってた。はは……まあ、でもうまくいったな。無事で本当によかった……怖かっただろ。……ほんとに、お前に魔力があってよかった。オレの力だけじゃ絶対死なせてた」
ブラウニーがちょっと泣きそうな顔してる。
ブラウニーは私に甘すぎるよ……。
魔力を解いて、私は寄り添った。
「ブラウニー、そんな顔しないで……。だってすごいよ? あのグリーズリー、全然あそこから動けないよ。……どうなってるの?」
「ん……、身体の構造的に、そこを刺せば身体が動かせなくなるポイントがいくつかあるんだ。
あいつみたいに馬鹿力があってもそれは関係ない。そこにワイヤーをつけたダガーを打ち込んで、拘束してる」
あ、ナイフじゃなくてダガーだった。よくわかんないけどなんか違うんだよね。
そして糸じゃなくてワイヤーだった。
「ギルドのインターンってそんな事までできるようになるの!? ついでにさっきの木登りの速さとか尋常じゃなかったよ? てっきり、荷物持ちとか道具の手入れとかしか、やらないと思ってたよ!?」
「――それはそいつが、特別優れてるからだな。他の見習いはそんな事できやしないぜ」
――突如、私達以外の声がした。
「よう、ブラウニー」
声がした方を見ると、唸るグリーズリーのそばに、大人の男の人が立っていた。
「……アドルフさん」
ブラウニーがアドルフさんと呼んだ男性は、綺麗な銀髪で、バンダナと眼帯で右目を覆っていた。
深いグリーンの外套に身を包んで、背はスラリと高い。
冒険者だって一目でわかる風貌だな、と思った。
「よくやった、と言いたいが、いちゃつくのはトドメ差してからにしろな」
「いちゃ…、(咳払いした) えっと、アドルフさん、……こいつが前話したプラムです。
プラム、この人はオレのインターンの先生のアドルフさんだ」
あ、知ってる。
たまにブラウニーが話ししてくれてたっけ。
容姿については聞いたことなかったから、なんとなく…筋肉隆々でヒゲをはやしたような人について勉強してるイメージがあった。
全然違ってた……。
「アドルフさん、初めまして。プラムです」
軽く膝をおるカーテシーで挨拶した。
「おう、初めまして、お嬢ちゃん。……ああ、街で見かけたことあるな。その珍しいピンク髪は見覚えある。お嬢ちゃんがプラムだったか。よろしくな。オレはさっき紹介された通り、アドルフという。
アドルフ=ヒース、しがない冒険者だ。ここ数年、ギルドのインターン指導の依頼で、そこの街に住んでる」
「……と。ブラウニー。とっととその熊〆とけ。万が一ダガーが抜けたりワイヤーが切れたら、苦労が水の泡だぞー」
「それもそうですね」
アドルフさんがそう言うと、ブラウニーは外套の下からショートソードを抜いて構えた。
ショートソードまで持ってた!?
ダガーといい、そのショートソードといい、いくつ武器持ち歩いてたの!?
手品みたいにでてくるね!?
「……っ」
ブラウニーは無言で、慣れた手付きで、狙いの迷いなくグリーズリーの胸に突き刺した。
「ふぇっ!?」
「ごぶっ!?」
その早技に驚いた私の声と、一瞬何をされたかわからない感じのグリーズリーの声が重なった。
グリーズリーは、その後しばらくプルプル震えたあと、白目になって動かなくなった。
「おー、お前ほんと的確に急所に入れるな」
アドルフさんが感心する。
さっきからブラウニーには驚かされてばかりだ。
正直、グリーズリーが出るって話ししても慌てないで淡々としてるなぁ、とは思ってたけど、
こんな戦いができるなんて。あなた私と同じ11歳ですよね? ほんとに。
かっこいい……って思う反面。私、頑張らないと、今後すっごく足手まといになるな……。
ショートソードを引き抜いて、血を払い、布で拭き取りながらブラウニーは言った。
「……てか、いつから見てたんですか? 見てたなら手伝ってくださいよ」
じと目でアドルフさんを見る。
「おいおい、結構な音や咆哮が聞こえたから、ここまで急いで来たんだぞ。着いたら、お前が最後のダガーを地面に差したとこだ。声かけようとしたらお前らがイチャイチャし始めたから、出ていくタイミングがだな……」
アドルフさんは、同じように、じと目でブラウニーを見た。
「すいませんね!!!」
ブラウニーは赤くなって言った。
「……っ」
私も赤くなってうつむいた。
あれ、でもそこから見てたってことは……
魔力をまとってたとこ、見られた!?
どうしよう、見たかどうか聞くこと自体難しい。
見てなかったらそれこそ墓穴だし……。
そんな事を考えていたのに、いきなりアドルフさんは明後日の方向から爆弾発言した。
「そういえば、オレさ。お前らの仮の保護者になることになったからな。里子ってやつだな。
12歳からしばらく、お前らの親代わりだ」
……はいぃ!?
「ど」
「どういう事ですか? オレ、引き取って欲しいなんて一言も……!」
ブラウニーが食って掛かる。
「言っておくが、オレのほうから引取を申し出たんじゃないからな。……まあ前から実は打診しようかな、とは思ってはいたが、まずはお前の意見聞きたかったし。
でも今回は、お前らんとこの神父に頼まれた。
ブラウニーのインターンを長くやってるから信用できるんだと。仮の保護者としてな。里子ってやつ。期間はお前らが12歳になってから3年」
アドルフさんはそっぽ向いて耳を小指でほじっている。
「しかも仮? 12歳…から3年って……。……」
なにか思い当たった顔をして、ブラウニーが黙る。
そして何故かワナワナと震えている。
「……まあ、それでだな。こう言ってたな。
『これは本音なんだけどね。彼らが仲良しすぎるから心配なんだ』ってよ」
心底どうでも良さそうな顔で、フッと小指に息を吹きかける。
「あ、ああああ……」
私は両手を頬に当てて真っ赤になった。
……15歳。
それは全国民が成人と認められ、子供を持って良い年齢だ。
つまり神父(呼び捨て)は、その年齡に達するまでに、私達が不純異性行為を侵さないか心配しているのだ。
結婚自体はお貴族様の事情をくまれて12歳からできる。
平民ではあまりする人いないけど。
手に職つけてる最中でまだまだひよっこだったりして、親から経済的に巣立ちできる年齡にはちょっと足りないのだ。
お貴族様も15歳までは子供は持ってはいけない事になっている。
法律でそう決まってても、実際それ以下の年齢で子供ができちゃうとかは、たまにあったりするのだ……。法整備もっとしっかりお願いしますよ王様……。
「私達、そ、そんなことしないもん! 神父様のばか!!」
私がそう言うと、えって顔でブラウニーが一瞬こっち見て、すぐ目をそらした。
ん?
「ブラウニー……乙」
アドルフさんが憐れみの表情を浮かべ、ブラウニーの肩を慰めるように叩いた。
ブラウニーが心底迷惑そうな顔で、その手を払う。
え、何……?
「そうだ、プラム。オレはお前の魔力のことは神父から聞いたからな。安心しろ。オレの前では使って大丈夫だぞ。さっきみたいにな」
「あっ」
やっぱり見られてた、危ない危ない……。
「……黙っててくれるんでしょうね」
ブラウニーが言った。
「当たり前だろ、それも仕事だ。それにお前達の保護者になるんだぞ。仮だけど。
それとプラム、インターンはこれからはお前も来い。神父が言ってたぞ。
『これは悩んだんだけどね。プラムにも実戦や外の世界を知るが必要だと思うんだよね』
だとさ。他の冒険者に見られないような仕事があったら呼んでやる」
あら、それってブラウニーといる時間が増えるじゃない。
ブラウニーを見ると、彼も少し笑った。
多分同じ気持ち。嬉しい。
「ブラウニー、お前は少し気持ちを柔軟にする訓練だ。
これからはプラムを守るんじゃなくて、プラムと連携できるように考えるようにしろ。
使えるもんは使う、頼れるもんは頼る。一人でなんでもやろうとする癖なおせ」
おおっ。
「……はい」
不服そうに返事するブラウニー。
これは私も大賛成だ。
守ろうとしてくれる気持ちはすっごく嬉しいけど、私も守りたいんだよ、ブラウニー。
私からは特には言わないようにしてるけどね。
男の子のプライドは大事にしないといけないって市場のおばさんが言ってたし。
ていうか、アドルフさん、最近出会った人のなかで一番まともだ……。嬉しい……。
しかも仮とはいえ、お父さんになってくれるんだ。
ブラウニーとふたり旅できないのはすーーーーーっごく残念だけど……。でも。
わわ、お父さん!ブラウニーと私だけのお父さん(仮)が……!
「よろしくおねがいね!……お父さん(仮)」
にこーっと笑ってアドルフさんに言った。
「!?」
「ぷっ。よろしく頼むね、父さん(仮)」
ブラウニーがようやく笑った。そして乗ってきた。
だがしかし。
「やめろ!? お父さんなんて呼ばれたら、彼女できなくなっちゃうだろ!?」
アドルフさんはそう、叫んだ。
――私の家族への夢は速攻で砕け散ったのだった。
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