第6話 ■Reincarnation2■


 年末から年明けにかけて、街の市場がおやすみになるので、

 今日は久しぶりにブラウニーと二人で買い物に行くことにした。


 前に貴族の子に絡まれてからは、街へは行きたくなくて、教会の買い出しもしばらく他の子に頼んだり、どちらか一人で行ってたのだけど、実は誕生日のプレゼント交換をまだしてなかったのだ。


 教会を卒業する準備で勉強やら何やら忙しかったし、年末くらいは少し余暇を入れようってブラウニーが言ったのだ。


 それに他の子から聞いた話によると、例の貴族のお坊ちゃん……リンデンだったかな。

 彼は今、夢中になってる女の子がいるらしいと聞いて、それならもう絡まれないかもしれないとのことでやってきたのだった。


 年末で街の皆も忙しいのか、今日はあまり声をかけられない。

 ブラウニーと手を繋いで市場を見て回る。

 嬉しい、こんなにブラウニーと一緒にいられるなんて久しぶりだ。

 私達はサプライズプレゼントはしないって話し合ってる。

 二人で一緒に買い物したいからだ。


 私は帽子屋で足を止めた。

「このキャスケットとかどう? ブラウニーにピッタリ。旅にも持ってけるし」

「良いな、それにしよう。頼んだ」

「オッケー! おじさん、これください」


 お金を払って、帽子を受け取る。

「はいっ。もう被っちゃいなよ」

 ブラウニーの頭に帽子を乗っけた。


「うん! よく似合うよ!」

 ブラウニーは割りとなんでも似合うタイプだ。容姿が良いせいもあるんだろうけど。

 身につける系のプレゼントは選ぶのあまり苦労しないな。


「そうか」

 照れて帽子を目深に被った。

 うう、可愛い。


「えっと……それじゃあ、あとはおまえの……」

 ブラウニーの言葉が途中で止まった。

「なあ、さっきから気になってたんだけど、あそこにいるお嬢様はお前、知り合い?」

「え?」


 ブラウニーが言う場所には壁に隠れるようにこちらを見ている、フワフワの金髪の女の子がいた。

 私達と同じ歳くらいだろうか。

 ワイン色のスカートに、しっかりした皮のブーツ、温かそうできらびやかな刺繍が入ったコートを羽織っている。

 まさにお嬢様だ。

 そして目が合った。


「いや、初めて見るけど……」

「オレもだ。実はさっきから近くをうろついてんだよ。どうやらオレ達をつけてるみたいなんだが……」


 なんと…ブラウニーと二人きりでウキウキして周り気にしてなかった……。

 来年には二人で旅にでて危険な場所もあるかもしれないのに、私、まだまだだな……。


 そんな事を話してると、意を決したようにそのお嬢様が近づいてきた。


「あ、あのっ」

 あ、声可愛い。

「あの、わたくしっ。そのっ」

 両手をグーにして顔真っ赤にして力んでる。

 なんだ……この一生懸命な可愛い生き物。


 令嬢はさらに一歩踏み出そうとして――


 べしょ。


「あ、こけた」

「こけたな……」


「ふぇ……」

 令嬢は涙目で立ち上がろうとした。

 鼻の頭が赤い。ぶつけたわね……。


「ちょっと、大丈夫ですか?」

 どうみてもご令嬢なので敬語を使う。

 髪や衣類についた雪をはらって、立たせようとした時。


 どんっ!


「えっ」

 突如、誰かに突き飛ばされた。


「大丈夫かい!? ココリーネ!」

 目の端に映ったのは、いつぞやの貴族令息リンデンだ。


「と、…とと…」

 私は、結構な勢いで倒れそうになった。

 えっと、こういう時は受け身使えばいいんだっけ?


 街中で見られたら駄目だから魔力で防御したらだめだよね??

 てか、頭で考えてるようじゃ――駄目だなんにも間に合わないこけ――


 ――なかった。

「大丈夫か?」

 ブラウニーが受け止めてくれた。


「あ、ありがとう、ブ…ラウニー… …!?」

 って! ブラウニーの顔がすっごく怖い。


 さっき買ったキャスケットのおかげで、他の人には表情あまりみえないとおもうけど。

 うわぁ……。ブラウニーがすっごく怒ってる。


 かたや、突き飛ばしたリンデンは、ココリーネと呼んだ令嬢をお姫様抱っこしようとしている。

「大丈夫かい、ココリーネ……。濡れてしまったね。屋敷に帰って着替えよう」

「リ、リンデン様っっ。わ、わたくしは大丈夫です、おろしてくださいませ!」

 なんかキラキラしてるな……。あっち……。


「ブ、ブラウニー、私はなんともないから、今のうちに行こう……」

 小声で言って彼の袖を引っ張る。


「……わかった」

 キャスケットの鍔を少しいじった後、歩き始めた。

 私のためにすっごく怒ったんだよね、ありがとうブラウニー。


「待ちなよ、彼女に謝罪は?」

 リンデン令息が、去ろうとしていた私達に謝罪を求めてきた。

 え、なんで??


「なっ! リンデン様、勘違いしないでくださいま」

「ここは僕にまかせてココリーネ」

「え、だから、ちが」

「やあ、よく見たら、プラムじゃないか」


 え、今になって私って気がついたの?

 突き飛ばす時に私の目立つ髪が目に入らなかったの……?


 ほんとに今更気がついたの?わかっててやったのかと思ったわよ。

 しかし彼は続けてさらなる爆弾発言をする。


「いくら君でも、このか弱い令嬢を突き飛ばすなんて……見損なったよ。何が気に食わなかったんだい?」


「は……?」←ブラウニー

「えっ!?」←私

「うぁぇぁ!?」←ココリーネ


 ぶちっ。

 背後のブラウニーからなんかそんな音が聞こえた。気がした。

 ひぃっ!?


 まるで神父様のような冷たい空気が後ろから漂ってくる気がする……。


「デンデン様。なにか勘違いをされているようですが、プラムはそちらのご令嬢が立ち上がるのを支えようとしていただけです。あまつさえ、あなたがプラムを突き飛ばして危うくプラムが転んで怪我をするところでした。……謝罪されるのはそちらでは?」


 ブラウニーは記憶力も良い方だ。リンデンの名前はちゃんと覚えているはずだ。

 つまりこれは、わざと言ってる。デンデン様。

 これはいけない、相手は貴族よ!


「僕はリンデンだ! 今のわざとだろう!? まずは君から謝罪しろ!」

 案の定、リンデンは激怒した。

 そして自分の間違いはスルーしている……。


「ぶ、ぶらうにー、私はあなたが支えてくれて大丈夫だったから、もういいよ! お互い誤解が合ったみたいだから」

「ぷーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

 私が説得を試みるなか、ココリーネ嬢が吹き出した。


「で、でんでん…ぷぷぷ」

「こ、ココリーネ……」

 リンデンの顔が赤くなっていく。


 腕の中で守るべき令嬢がいじられた自分の名前で吹き出している……リンデンにとってはかなりダメージなのでは?


「それはそれは。すみませんでした。デンプン様」

 ブラウニー、まだ煽るの!?

 しかも韻を踏めばいいってわけじゃないわよ!?


「リンデンだ!」

 ああ! もう子供の喧嘩ですね!


 デンデンもデンプンも対して面白いひねりもないのだが、ココリーネ令嬢は最初のデンデンがツボだったのかデンプンで笑いがヒートアップした。


 口元を抑えてるが、ヒーヒー言ってるのがわかる。

 わかるけどね。ツボに入ったら、まあ、しょうがないよね。

 うん、しょうがない、ツボならしょうがない。


 ……でもこれどう収拾しよう。

 そう思ってた矢先。

「ココリーネ、君がそんなに笑うなんて……」


「すばらしい!! すばらしいよ君!!」

 リンデンがブラウニーに対し、いきなり褒め讃えはじめた。

 意味わからん!


「は?」

 予想外の反応に、ブラウニーがドン引きした。


「いや、僕はここ最近、ココリーネに笑ってほしくて苦労していんだよ。

それがこんなに……ぜひ僕の笑いの師匠になってくれないか!!!」

 ココリーネを姫抱っこしたまま、ズンズンとブラウニーに近づく。

 白い息がでるせいか、鼻息荒そうに見える。金髪碧眼が台無しである。


「断る」

 引きつった顔で後退りし、距離をとるブラウニー。

 敬語忘れてる、敬語。


「何故そんなにぶっきらぼうに……はっ、そうか謝罪だったね! すまない!プラム。ココリーネが転んだのを見て、気が動転していたみたいだ!! 怪我はないかい!?」


「いえ大丈夫です……。はい」

 リンデンは大興奮してる。

 ちょっとブラウニー、なんで私の後ろにピッタリ立ってんの? なんか私を盾にしてない?


「あ、あの~…」

 涙目のココリーネ嬢が、声をあげた。


「わたくし、プラム様にお話があって……リンデン様、おろしてくださいまし」

「私に?」

 そういえば、この令嬢、さっき私たちになにか話しかけてきてたけど……

 私に用事だったの?

 初対面なんだけど、なんだろう。


 ココリーネ嬢は、私の手を引っ張って、少しはなれたところへ連れて行った。

 ブラウニーの方を見ると、リンデンに熱心に口説かれているようでげんなりした顔をしている。

 ふふ、変なの。


 この辺でよろしいかしら……と呟いたココリーネ嬢は、さっきのドジっ娘はどこへやら、貴族の娘らしいきれいなカーテシーをした。


「はじめまして、プラム様。わたくし、ココリーネ・ブルボンスと申します」

「えっと、どうも、プラムです。少しは落ち着かれました?」


 ちなみに私は孤児なのでファーストネームしかない。

 孤児は教会を出る時に引取先に行く場合は引取先になった親のファミリーネームをもらう。


 私やブラウニーのように独立して生きていく場合は、自分で決めて役所に申請する。

 そういえばそのあたりも決めてなかったなあ。


「ええ」

 ココリーネ嬢は花がほころぶようにニコリと笑った。可愛い……。

 先程大爆笑したせいか、緊張がほぐれたようだ。


「それで、私に用事ってなんですか?初対面かと思うのですが……」

「ええ、初対面ですわ。それでお伝えしたいということ、なのですが……」

 ココリーネ嬢はすう、と息をすいこんだ。


「あの、わたくしを殺さないでくださいまし!」


「!?」

 え、今なんていった?

 私の耳がおかしくなければ、殺さないでって言われた気がするんだけど!


「大事なことなのでもう一度いいますね。

わたくしを殺さないでくださいまし…おねがいします!」

 もう一度言ったあ!


「わたくし、あなたのライバルである公爵令嬢という設定であるがため、攻略対象である王子と婚約者になってしまいましたが、特に王妃になりたいとかありませんので、時期が来たらかならずこの座はお譲りいたしますので! あなたの許しがあれば、きっとわたくし、きっと生き残れますの!!」


 先程までのモジモジ小動物どこいった! 急に饒舌になった!

 そしてライバルってなんだ?

 何故私があなたを殺すんですか……?


「あの……あなた公爵令嬢って、貴族令嬢のてっぺんであらせられる令嬢じゃありません?

私みたいな孤児でも知ってますよ?そんな人と私がライバルになるわけが……ましてやころ」


「それがなるんですの!!」

 有無を言わせない!


「そして……あろうことか、リンデン様はじめ、他の攻略対象も最近やたら私になついてしまい、

なんだかあなたが学園に来る前にハーレム化してしまいそうなんですの!!!

でも! これは本来すべてあなたが享受すべきもの!

……わたくし、あなたから盗ろうとか思ってませんのに、何故かこうなってしまって……っ」


 意味がわからない言葉が次々彼女から出る……。

 ……いや。待てよ、これ、この感じどっかで……あ、そうだ。


「なんかシスター・イラに似てる……?」

「はい?」


 祈るようにして目をギュッとつぶっていたココリーネ嬢が、私を見上げた。

 小さい。可愛い。


「えっと、えっと。なんとか、なんとかあなたのゲームスタートまでにはお返しできるようにいたしますので!!! わたくし、悪役令嬢として生まれついてしまいましたが、あなたが学園にきても絶対絶対、いじめたりしませんので!!」


「……」

 私はしばし思案して思い切って切り出した。


「あなたって、転生者ってやつですか? 前世をおぼえてるとかっていう……」

 ココリーネ嬢の目が輝いた。


「はい! そうです! ひょっとしてプラム様も!?」

「……いいえ」

 また、この手の人か……。

 私は少し悶々とした気持ちになった。


 でも、ブラウニーともう悩まないと約束したし、シスター・イラと話した後にも、また落ち込んだ事を私は反省して……

『今後、転生者を名乗る人が現れても動揺しない』……と自分に言い聞かせていた。


 神父様いわく私は運命に勝たなきゃいけないんだ。

 転生者の言う事に、もう惑わされない。

 私がたまに視る『特別な夢』と同じで、たとえ知っていても回避できない時は回避できないんだし。

 それなら自分の思う道を脇見しないで行くべきだ。


「えっとその……あなたが仰ってる返すっていうもの……返さなくていいですよ、ていうか元々、私のものかどうかなんて誰にもわからないですし。

私、学院とか行くつもりないですし……関係ないっていうか」


 おそらく、攻略対象っていうのは、将来何人かいる私の運命の相手とやらなんだろう。

 それにしてもハーレムってなんなのよ……将来の私の運命なんなのよ。

 てか、リンデンもその攻略対象とやらなんだ。


 私とリンデン……かけらも想像できない。

 私のパートナーとして必要なのはブラウニーだけだ。


「ええっ!? 学園外ルートですの? ……でもそうだとしたら魔王が」


 !?


 なんかとんでもワードが聞こえた気がする!


 何? そんな物語の悪者みたいなのもいるんですか、この世には。


 そういえば聖書の授業で聞いたような聞かなかったような……寝ちゃってたかもしれない!

 んっ!聞こえなかった事にしよう。

 スルーよ、スルー!


「そもそもプラム様が学園にこないルートってあったかしら……。

それって大丈夫なのかしら、運命の強制力がどう働くのかしら……」

「運命の強制力?」

 ちょっと気になって聞き返した。


「あ。えっと、そうですね……この世界には決まった運命があって、それに役割を与えられたキャラ……いえ、人間がそれに沿って行動しない場合、強制的にその道に戻そうとする運命の修正といいますか……そういうセオリーがあるといいますか……」


「……」


「わたくしなど……先程申し上げました、将来あなたをいじめないとかですの。

わたくしはもともと『あなたをいじめるように設定』されている役回りですので……運命の強制力を恐れています。例えば、わたくしはいじめるつもりはなくても、わたくしの周りの方があなたを貶めて、

その責任がわたくしに回ってくる、結局はわたくしがいじめた事になる…その果に断罪され死刑になる……とか想像にかたくないんですの」


 だいたいわかってきた。

 つまり、この世には使命を与えられた人間とそうでない人間がいるって事ね。


 それで私が本来果たさなければならない重要な使命があるけれど、ブラウニーと添い遂げると役割全部放棄となってしわ寄せが起こり、この世が大変になる……ってかんじか。


『君は大きな運命を抱えてるのに、それを全部放り出してささやかな夢を叶える事にした』

『運命のほうが君が必要で追いかけてくるんだ』

まさに神父様が言っていたっけ……。


 ん? 待てよ。

 このココリーネ嬢は、私のポジションを奪いつつある、と言ってる。

 これは……運命の強制力とやらが私が学園に行かない事を、彼女で穴埋めをしようとしてるのでは?


 つまり、この子は本来私のライバルになる予定が、言葉は悪いがつまり、私の『代役』になりつつあるのではないだろうか。


 もしそうなら、そのままやってくれないだろうか。

 王妃はなりたくないって言ってるけど、見た感じその事以外はそのポジション、まんざらでもなさそうだし。


 そんなに運命に抗うっていうなら、私と似た立場では?

 王妃回避だけはなんとか頑張って頂いて。


 その考えをココリーネ嬢に話すと難しそうな顔をした。

「わ、わたくしには荷が重いんですの……。

それに、わたくしでは最終的に魔王を倒せませんの……。

せめて、あなたがいつか目覚める高位の聖属性を…更に超える魔法がありませんと……。

ちなみに、わたくし、これっぽっちも魔力持ってません……」


 いやああああ! 聞くんじゃなかったああああ!


『転生者の言うことに惑わされない』


 はっ!


 そうだ、そうだった。


 もうこの話はやめよう。

 プラムはクールに去るわよ。


「……そうなんですね。でも私は私の道を行きます。……あなたもあなたの思う道を進んでください。ご武運を」

 私は踵をかえして、ブラウニーのところへ歩き始めた。


「そ、そんなぁ!! ですわ!!」

 ごめんなさい。


 足早にブラウニーのところにもどると、リンデンが逆にココリーネ嬢のところへ走っていく。

 ココリーネ嬢は涙目だ。

 これはまたややこしくなる。


「ブラウニー…」

「……事情は後で聞くからな。走るぞ」


 またもや私達は猛ダッシュで街から逃げ出すことになった。


 ああ……私の誕生日プレゼント買ってもらえなかった……。




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