第5話 ■Reincarnation■
もうすぐ年末。
すこし雪が積もって、教会は白く衣替えだ。
私は神父様の魔法レッスンで、他人の簡単な怪我や病気も治せるようになってきた。
チビたちはよく怪我をするのでよい練習台になってもらってる。
チビたちにも私が治せることは内緒にするため、神父様が治すフリをして私が実は治す、という連携だ。
「さすがプラム。飲み込みが早いね。治癒の授業はもう修了にするね」
「ありがとう、神父様」
誕生日の後、神父様には、ブラウニーに運命の話をしてしまったこと、
その上でも二人で旅にでると決めたことを、ブラウニーと一緒に話しに行った。
『まあ……そうなるとは思ってたよ』
神父様はどこかあきらめた表情でそう言った。
『僕がどう言おうと君たちが決めたのならしょうがないからね。できるだけ支援はするよ』
神父様も頭を切り替えてくれたようだった。
結局、神父様がなぜそういった運命を知っているのかは聞けずじまいになっている。
私にもできるんだろうか。
「プラム、聞いてる? 次は少々…そうだね、魔法をからめた武器の扱い方とか教えようか。ショートソードにしようか。
僕が教えられるからなんだけど。それと素手による格闘も少しやっておいたほうがいいね。
まあ、正直君はそっち方面はどんくさいところあるから……魔力を使って自分を補うやり方覚えないとね。ちゃんと覚えていざという時はブラウニーを守るんだよ」
「私が守る前提なんですね!!」
「当然でしょ。プラムのほうが色々人間的にはるかに強いんだから。
屈強なただのおじさんくらい一捻りにできるようになってもらわなきゃ。
でも、ブラウニーも冒険者ギルドにインターンで通って色々覚えてはいるようだから二人で支え合ってね」
「屈強なただのおぢさんを一捻り……」
人間的に強くても女の子的にどうなんだそれ。
強くなるかわりに女性的イメージが損なわれていってるがする……!
「君は魔力を変質する事で筋力を補強できるから、それさえ覚えたら並大抵のやつは君に敵わないよ。
しかもその魔力も無尽蔵ときたものだ。まったくチートなんだから」
「え、そうなんですか? じゃあ鍛えてムキムキとかにはならなくていいの?」
「気にするのそこなんだね……。まあ、鍛えたほうがいいけど、君の場合筋力は計算にいれなくていい。
さっきも言ったけど、魔力を変質させて筋力のかわりに使う。
これも力加減を覚えないとね。峰打ちのつもりが神の身許に送る羽目になるかもしれない。
君はとにかく力加減を覚えるのが大事だ」
「……神父様、私ってそんなやばいの?」
「……あ~、えーっと、あとはその魔力変質は防御にも使うんだよ。
君なら練習詰めば、ダイヤモンドくらい硬くなれるかもしれないね。盾いらずだね。強いね。うん。高いところから落ちても、まとってる魔力に弾力を与えればノーダメで着地できるだろうし、身体は傷ついてもすぐなおるし、今や毒も病気も治せるし、隙がないね。……あくまで、扱えれば、だけどね」
「これは本気でそう思うから言うんだけどね?
色々覚えた後の君をどうやったら普通に殺せるのか教えてほしい」
ころ!?
「丁寧にやばいって教えてくださってありがとうございます!!
でもそんなに強くなることは私のただ、ブラウニーと一緒にいるっていう夢には本当に必要なんですかね!?」
……神父様、私に対して最近素がでてきてるけど、この人かなり毒舌なんじゃ……。
「なにいってんの、かなり重要なことだよ。
君は大きな運命を抱えてるのに、それを全部放り出してささやかな夢を叶える事にした。
運命のほうが君が必要で追いかけてくるんだ。
それを回避するには強くないと。
逆に言うと、いつかささやかな夢を捨てて大きな運命を受け入れる時がくるかもしれない。
その時にも必要。
なんにせよ君は強くならないといけない」
「とりあえずここでるまでに基本的なことは叩き込んであげるから覚えてよね。
その後は、新しい師を得るか、自分で勝手に強くなって」
「勝手に」
「大丈夫、君はチートだから」
神様……私は自分のこと人間だって思っててもよいのでしょうか。
その後、神父様がいない時に教会の裏手でこっそり魔力変質の練習をしていたところへシスター・イラがやってきた。
いつもどおりの難癖つけて殴られそうになった時、思わず魔力変質で身体を固めるのを初成功してしまい、シスター・イラの手の骨が砕けてしまった。
こっちが攻撃しなくても、相手にダメージ与えられることってあるんだな……。
神父様が気絶するシスター・イラを治療しながら言った。
「おめでとう。これでやっとシスター・イラを教会からほうりだして新しいシスター呼べるよ。結構長かったなぁ」
「……はい???」
「これは秘密なんだけどね。こういう出来事が起こるって知ってたから、この人を追い出さなかったんだよね。他にも君が魔力変質に成功するルートはあったんだけどこれが一番早かったからね」
驚愕した。
この人は本当に運命を色々知ってるんだ。……でも。
「神父さま、そのためにシスター・イラを教会においてた……って。
シスター・イラは確かに酷い人だと思うけど、でも……私のためにここに呼び込んでたとか、
それが終わったから追い出すとか……」
「うん、言いたいことはわかるよ。酷い話だよね。軽蔑する? 神父なのにね」
「いえ、軽蔑とかまではしませんが……」
この人は人を人扱いしてない時がある気がする。
「よいしょ。彼女の部屋まで運んで寝かせてくるよ」
辛辣なことを言う割に、神父さまはシスター・イラをお姫様だっこした。
正直俵抱きすると思ってたよ!
「あれ」
お姫様抱っこされたシスター・イラの顔を見ると、違和感を覚えた。
中年のおばさんかと思ってたけど、結構若くて、寝てるだけなら割と美人だ。
全然印象が違う……。
「これは信じてほしいんだけどね」
「?」
「このイベントは彼女にとっても必要なことだったんだ」
去り際にポツリそう言うと、神父様は宿舎のほうへさっさと行ってしまった。
その次の日の朝、私は絶叫することになる。
※※※
「……やっば、カワE……」
次の日の早朝、ふと妙な気配に目を冷ますと目の前にシスター・イラがいて、恍惚とした表情で私を覗き込んでいた。
「ぎゃああああああっ!?」
私は大悲鳴をあげた。
隣のベッドで寝ていたブラウニーがその悲鳴を聞いてガバっと起き上がり、アワアワしている私を抱き寄せる。
「大丈夫か? 落ち着けプラム! すいません、シスター。離れてもらえますか?」
シスター・イラの様子に普段冷静なブラウニーの顔もドン引きである。
チビたちも、どうしたの~?と目をこすりながら起きてきては、子ども部屋に悲鳴がひびく。
シスター・イラはそれだけ皆怖いのだ。
「やだ、私。変質者みたいね!? ごめんなさいっ」
変質者みたいではなく、まさに変質者では!?
シスター・イラはパタパタ小走りに子ども部屋を出ていった……。
「一体なんだったんだ…? 新手の嫌がらせか…?」
ブラウニーが青い顔で言った。
「わかんない……」
私は昨日の神父さまの言葉を思い出した……。
『彼女にとっても必要なことなんだ』
訳はわからないけど、彼女になにか変化があったってことはわかる。
さっきのシスター・イラはまるで別人だった。
「でも嫌がらせしようって感じはしなかったよね……」
ブラウニーにぎゅっと抱きつきながら、心臓を落ち着かせる。
ふぅ、びっくりしたけど。
……朝からブラウニーに抱き寄せてもらえた、ふふふ。
「いつまで抱き合ってんの?」
2つ年下のロベリオが口尖らせながら余計なことを言った。
「おっと。びっくりしたな、プラム、大丈夫か?」
ブラウニーが、はなれた。
うわーん。スキンシップチャンスは貴重なのに……。
※※※
身支度を整えて、朝食をすませたあと、神父様を捕まえた。
「神父様、ちょっと聞きたいことが…」
「うん。シスター・イラのことかな?」
話が早い。私はコクコクと頷いた。
「単純にショック療法なんだけどね。昨日のショックで、彼女は彼女であるけど昨日までの彼女ではなくなったんだ」
「??」
「うん、これは秘密なんだけどね……。彼女は前世の彼女を思い出したんだ」
「ぜんせ」
……秘密多いな。そしてよく漏らすな。
「……前世って昔生きてた自分とかいうやつです?」
まじで?
そんな事あるの?
「そうだよ。前世ではまともな部類の人だったんだね。昨日意識を取り戻してから、かなり取り乱してたよ。私は今までなんてことを、って」
「まともな、……部類?」
今朝のことを思い出すとすんなり受け取れなかった。
「あれ、でも……それって、生まれ変わりはあるってことですよね?」
私はちょっと興奮した。
聖書にはあると示唆されていたけれど、実際にあるって知ることは
ちょっとワクワクしちゃう。
私の前世ってなんだったのかな! とか想像しちゃう。
「あるよ。まさに昨日、シスター・イラがその生きる証明となったね」
穏やかにいいつつ、その次の神父様の声はトーンダウンした。
「この事は本当に秘密だからね。 ……誰にも喋っちゃだめだよ。ブラウニーにもだよ」
いつかの冷たい空気が漂う。
ああ、これは本気だ。
――威圧。きっと魔力で威圧してるんだ。
からくりに気がつくと、さほど怖くなくなった。
「もちろんです。ではまた、レッスンで」
私は笑顔でその場を去った。
「ああ、またね……」
背後に更にどす黒い気配を感じた。
すぐに消えたけど。
私が見抜いた事に気づいて生意気に感じたのかな?
それにしても神父様のイメージがだいぶん変わっちゃったな。
あれだけ優しい! 好き! ……って思ってたのに。
だんだんと胡散臭いというか人間臭いという部分が見えてきたって言うか……。
というか、神父様が私に対してそういう部分を隠さなくなったのかな?
神父って職業は聖属性持ってたらなれるのかな。
少なくとも彼は崇高な神父って感じではない……。
親しみやすく、はあるけど。……表向きは。
※※※
昼前、私が教会裏手で薪割りしているとシスター・イラがやってきた。
「今朝はごめんなさい」
「い、いえ……」
どうも一歩ひいてしまう。
優しい笑顔で話すシスター・イラに慣れるにはしばらくかかりそう。
「そして今までもごめんなさいね。謝って許してもらえるとは思わないけれど……。
許す許さないに関係なく、謝罪はしないとね」
……本当にシスター・イラなの?!
前世とかいうけど別人の魂がうっかり入っちゃったんじゃないの!?
「ふふ、びっくりするわよね。昨日までの私と全然ちがうもの。
神父様にきいたわ、プラムちゃんには私が前世を思い出したって話したって」
プラムちゃん……シスター・イラが私をちゃん付け……。
「言い訳になるんだけど、イラは幼い頃から結構不遇で性格が歪んでしまったみたいでね。
親にも見放されて修道院にいれられて……ホントは一生出られないんだけど、神父様の要望でここの教会に務めてたみたい。あなたのおかげでね」
あ……。
そうだ、神父様はシスター・イラは私のために用意したみたいな話をしていた。
急に申し訳なくなった。
「あの……すみません、わたしのためにこの教会に呼ばれたとか。まるで道具扱いで…ひどいっていうか…」
しかも昨日神父様はこれで追い出せるとか言ってた……任を解くつもりだ。
「やだ、ごめんなさい。あなたは何一つ謝ることないのよ。前世を思い出す前の私は本当にひどかったし、でもそんな私があなたの役に立てたのよ?
私、嬉しいわ。前世であなたのことが大好きだったもの」
「ええ……?」
混乱した。
私は11歳で、彼女は少なくとも20歳は超えてる。
その彼女が前世で私を大好きってどういうことなの? 計算ができない……。
「うふふ。混乱するわよね。でも、前世であなたの事をよく見ていたのは本当のことなのよ。
特に大人になったあなたをね。
だから小さいあなたにこんなに近くに会えて、それはもうレア! って感じで……
ああもう、かわいいっ」
きゃー、と手で顔を隠したシスターだったけど……あなた今、とんでもないこと言ってくれましたね。
「大人になった私…? 大人の私を知ってるの? それって私の未来を知ってるってこと?」
薪割り用の斧を持っていた手が震える。
「あの……あなたが私の未来をしっているなら…ブラウニーは…その…」
「ああ……余計なことを言ってしまったわね。神父様から聞いてるわ。私の意見は神父さまとほとんど同じよ。ブラウニーくんとあなたにはルートがないの。
大切な幼馴染ではあるけれど、モブだから……」
「モブ…? モブってなんですか……」
「そうね……例えばあなたの一生が一つの物語だったとして……彼は脇役ってことね。物語の最初のほうにしかでてこないのよ。
あなたが教会を出たらもうでてこないの。あ、でも未来のあなたの回想シーンで教会がでてきたときの一枚絵にはいたかな?」
神父様と言い方は違うけれど、要は神父様と言ってることは同じだ……。
「でもね、私は感動してるの。あなたがブラウニーをめちゃくちゃ大切にしてるってこと!
わかるわぁ……。通常の攻略対象ではない、ちょっとでてきた何故かグラフィックがあるモブ!
この人おとしたーいとかあったもの~~!
ブラウニーくんも、最初に見た時、顔が良いから攻略対象にならないのかなー惜しいなぁーって思ったし」
ウンウン、とうなずきながら、楽しそうに話すシスター・イラ。
何言ってるのかわからないけれど――なんだか不快だ。
そんな目でブラウニーを見ないでって気持ちが湧き上がってくる。
どさっ。
斧を手から落としてしまった。
「まあ、大丈夫?……ごめんなさい、デリカシーない話し方しちゃったわ。
そうね、この世界ではこういう喋り方よくないわよね……。
あなた達は人格があって生きているんだもの……」
駄目だ、この人と話していると聞きたくないけど興味がある情報がバンバン私の中に入ってきそうだ。
神父様と違ってなんでも話してくれそうなだけに逆に怖い。
「……あああ、あなたにそんな顔させるなんて、ごめんなさい。
あなたを闇落ちになんてさせたくないの。ホントよ。
私、前世では酷い人間ではなかったけど、コミュ障で……喋るのが下手なのとても。
相手の気持を汲んで喋るのが下手っていうか、自分の喋りたい事だけしゃべっちゃうっていうか。
謝りにきたのに、泣かせてしまったわ」
シスター・イラがハンカチで私の目にたまった涙を拭いた。
いつのまにか泣いてたんだ、私。
見るとシスター・イラの顔はしょんぼりしていて、本当に私を心配してる色がうかがえる。
……悪い人じゃないんだな。
「なにか……あなたに希望を与えてあげられる記憶……そうだ!…ねえ、あなたの物語はいくつもあるの。ただ、今のあなたが抱えてる問題は、ブラウニーくんが関わる話がないってことなのよね。うんうん」
「私が知っていた後の世界があるかもしれないわ。人気があるゲームだったもの。
私が前世で死ぬ前に、追加ディスクがでるって楽しみにしてたの! リメイクの話もでてたわね。
プレイできなくてほんと残念。プレイできてたらあなたにもよいアドバイスできたかも」
「追加ディスク…?? リメイク…?」
「えっと、そうね。あなたが選択できる運命が増えるって言えばいいかしら。もしくは、運命の修正」
「……運命が増える…?」
「そうねぇ、神父様や私が知らない運命があるかもしれないってことよ。
アンケートは途中まで経過を見てたけど、えっと、その追加されてほしい運命にブラウニーくんも結構票はいってたはず」
私達の運命ってなんかの投票できまってるの……? しかもゲームって。
希望の話をされているはずなのにかなり複雑な心境だ。
ブラウニーには悩まないと言ったけど、運命がないと言われている事はずっと私の心に影を落としてる。
シスター・イラは良かれと思ってはなしてくれてるけれど、確実にあるわけでもないから、私の胸は弾まない。
でもブラウニールートとやらがあるかもっていう話は、気休めにはなった……かな。
「あるといいわね、ブラウニーくんルート。私はあなたを応援しているわ。……たとえ何があってもね」
優しい微笑み。シスター・イラなのにすごくホッとする。
「はい……」
この人は私を心から応援してくれてるのがわかる。
親代わりの神父さまに心から祝福されて進む道ではないために、私はやっぱりちょっと寂しかったのだ。
応援してくれる人がいるって、ありがたい。
「ありがとうございます。シスター・イラ。あなたもこれから教会からでるって聞いています。
短い間ですが、あなたと話せて良かった。修道院に戻られるのですか? 良ければ手紙を書いても……」
「へ? 戻らないわよ! 修道院も実家も絶対もどらないわ!!! 絶対ごめんよ! 神父様は戻すつもりだったみたいだけれど!」
「神父様がなんと言おうと、ここに居座ることにしたわ! よろしくね!!」
ガッツポーズをとるシスター・イラ。
何だ……この人強いぞ……。
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