夏の気持ちの良い風が、開けっ放しの部室の窓から、(ゆらゆらと白いカーテンを揺らしながら)吹き込んでいる。

 窓の外に広がっている空は青色。

 みーん、みーんとどこかで蝉の鳴く声が聞こえる。

 その蝉の鳴き声を聞いてはちは、今が夏であることを思い出した。

 はちは自分の前の席に座っている菘を見る。(はちは菘の言葉を待っているのだけど、まだ菘は次の言葉を口にしようとしなかった)それから、またすぐに窓の外に広がる風景に目を向ける。

 ……そういえば、菘と初めて会ったのは、春の新入生部活動勧誘のときだっけ?

 そんなことを、窓の外に広がる夏の風景を見ながら、はちは思い出した。


 四月。


 今年の春のある日、四月の初めごろ、毎年恒例の新入生の部活動勧誘を、はちは一人で顧問の先生と交代で休みながら、あまりやる気を出さないでやっていた。(もともと、園芸部に新入部員が入ってくるとは、はちは思っていなかった)

「園芸部に入部しませんかー。みんなで一緒に、素敵な思い出を園芸部で残しませんかー」と『園芸部。新入部員大歓迎』の文字が書かれた看板を持って、はちはあまり覇気のない声でときどき、自分の前を通り過ぎていく新入生たちに、ほかの熱気あふれる部活勧誘の生徒たちに混ざって言っていた。

 新入生は、はちの前を次々に(流れゆく風景のように)通り過ぎていく。

 ……でも、ふと気がつくと、はちの前にはいつの間にか、一人の新入生の女子生徒がいた。

 それが、松野菘だった。

「あの、部活。えっと、私、園芸部に入部したいんですけど……、手続きはここでできるんですか? あんまり、やる気のない先輩」とにっこりと笑いながら、舞い散る桜吹雪の中で、はちに向かって、菘は言った。

 そのときの菘の笑顔を、なぜか今も、忘れることなく、ずっと(なんとなく)はちは覚えていた。

「チョコレート。もう一個食べてもいい?」沈黙が長く続いたので、菘ともう一度、会話をするためにはちは言う。

「だめですよ。先輩。先生のぶんがなくなっちゃいます」にっこりと笑って、菘は言う。

(その菘の笑顔は、はちの中にある初めて出会ったときの、桜吹雪の中にいる菘の笑顔と重なった)

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