第二部

第10話:第五の壁を飛び越えて

 私は幸せだった。


 最初に言っておく。

 今から語るお話は、私が私だった頃の物語。

 不幸だと。可哀想だと。そう思われるかもしれないバラードな物語。


 だけど主人公であった私は、そんなこととは無縁だと声を大にして叫びたい。


 まず、私は中学校に高校と。まともな学校生活を送れた記憶が無い。

 元から身体が弱い方だったのだ。病弱で、喘息持ち。それに加え、大病になった私はほとんどを病院で過ごした。闘病生活と言うものだ。


 お見舞いに来てくれるような友達も居なかった。そこは少し寂しいという気持ちもあったけど、でもそれ以上に私は両親と姉妹に恵まれていた。担当医の先生も、看護師さんも、みんな私に優しくて、温かかったから。


 だからね?私は決して不幸な女の子なんかじゃなかった。むしろ優しくて大好きな人たちにずっと囲まれていて、幸せすぎるくらいだった。


 でもやっぱり、自分は幸せだと思っていても。本当にたまに、辛くて辛くて涙が止まらない時がある。


 その時期に出会ったのが、『ファンシー×ガールズ』という百合ゲーだった。


 お姉ちゃんは百合・GL作品が大好きで、ちょくちょく漫画とかゲームを私にも見せたり、やらせてくれる。

 例に漏れず、その百合ゲーもお姉ちゃんから貸してもらってプレイしてみたんだけど………


 私はドップリと沼にハマった。


 ファンシー×ガールズを経て、百合を真に好きになれた。推しキャラもできた。

 そして百合ゲーは私にとって大切なことを教えてくれた。


 それは、私が現実でも女の子を恋愛対象として見れること。


 美人な看護師さんを前にすると、顔が熱くなったりする原因が分かった。

 たまに連れてくるお姉ちゃんの女友達を前にして、恥ずかしくてモジモジしちゃう原因が分かった。


 いつか私も、ファンシー×ガールズみたいな素敵な女の子と恋愛をしてみたい。


 そう思うようになると同時に、それが叶わないということも私は知っている。

 自分のことは自分が一番よく分かる。


 生きたい。

 死にたくない。

 もっともっと人生を楽しみたい。


 大好きな家族とお別れなんてしたくない。


 ''恋''も''愛''も謳歌したい。


 けれど、やっぱり運命には抗えなかった。


 日に日に容態は悪化していく。

 頑張ってるのに。痛いのも苦しいのも頑張って耐えてるのに。それでも薬の量と検査の数は増えていく。


 そして私は17歳の誕生年を迎える春の手前に、涙を流す家族に囲まれながら無の世界へと旅立った。


 ―――――


 ―――――――


 ―――――――――


 無の世界だと思ってた景色は、案外と華やかに見えた。

 もう開くことは無いと確信したはずの瞼を、もう一度開けると私の視界に飛び込んでくる物、全てが初めて見る世界。


 そんな中で、私は当然困惑した。


 一番驚いたのは、私の身体が自由に動くこと。重たかった身体が嘘のように軽い。ぼーっとしてたはずの思考がクリアになっている。どこも痛いところは無い。


 身体が動くと分かれば、まずは現状把握をすべきだ。冴え渡る頭でそう結論づけた。


 ただ見た感じ。

 この程よく育った胸も、白い肌も、ピアノが弾きやすそうだねと看護師さんに褒めてもらえた長い指も。全てしっかりと私のものだ。


 でも、私の部屋はこんなに可愛いくファンシーな部屋じゃないはずだ。

 鏡、かがみ。

 あった。


 私はクローゼットの隣に立ててある姿見で自身を写した。そして驚愕。


 自分の身体と変わらないと思ってたものは、では無かった。

 姿見に写る顔が、全くの別人である。しかしこの顔には既視感があって、その既視感はすぐに頭の中で何かを思い出した。


 冴え渡る頭は何から何まで有能である。


 この顔は、間違いなく私がやっていた一番大好きな百合ゲーである『ファンシー×ガールズ』の登場人物。

 天野あまの 菜乃葉なのはのものだった。


 しばらく状況を飲み込めないまま、自身の、いや菜乃葉ちゃんの?胸やお尻、頬っぺを触る。こねる。ムニムニする。


 そしてようやっと事態を把握してきたところで、彼女のことが私の視界に入った。


 その女の子は、まるで天使のようで。

 綺麗・可愛いの両方を兼ね備えていて。

 そして何より、どんな百合漫画や百合ゲーの中でも、断トツで一番の私の最推し。


 私の好み、タイプ、理想を具現化したような女の子。


 それが夜凪やなぎ 真希まきちゃんだった。


 あぁ。うそ。うそうそうそ。

 こんなことがあるのだろうか。


 原作では、天野 菜乃葉ちゃんは急病によって病院でしか会えないキャラクターである。

 それだけでも境遇が前世の私と似てるのに、似てるところはそれだけじゃなかった。

 性格も、身体付きも、身長も、特徴も。

 等しくは無いけれど、限りなく近しい存在。


 だから私は、密かにも好きだった。


 それがきっかけなのかは分からない。

 そもそも、神様の気まぐれかもしれない。


 けれど、事実は認めなくちゃ。














 私は、百合ゲーの世界に転生した。

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