第7話 悪夢は深淵へと

ここは、夢。

誰もが持つ、外に見せぬ内側。

その大きさは無限。なぜなら、実態がないのだ。非公開のインターネット。


純粋無垢の子供なら、楽しげな世界を。

思春期の少年なら、ファンタジーを。

高齢期の男性なら、家族との幸せを。


その者の望む世界が、夢だ。

精神、魂の世界かたちであるそこで、彼は困惑していた。


「……またかよぉ」


彼の視界に映るは、歪み。

天地が逆さとなった世界。

大地は上下に。今にも落ちそうな空。終焉とも呼べるそこで、彼は歩み始めた。


「久しぶりに来たなぁ、3日ぶりぐらい?」


1人、そう呟く。

苔色の空に照らされ、道先が見えた。


(いつから始まったのか分からない、変な夢)


どん!

刹那、彼の背後が崩落した。

半径10メートル程の洞穴が拓き、足場だったモノが落下していく。


「っと、危ないな」


ギアを上げ、小走りになった。

少し走ると、正面に大きな人影が見えた。


「ギギギ! 久しぶりだなぁ! ここに人間が来るなんて!」


それは、5メートルはあるであろう身長に、両肩から無数の触手の生えていた怪物だ。

触手は蠢き、白亜の色が煌めいていた。


「ニラヴニコラか」

「あ!? よく知ってるなぁお前!」

「まあな。アンタ、ここじゃ有名だし」


ニラヴニコラ。

1000年以上も死地を彷徨い続けた『飢餓』だ。

『飢餓』の中でも実力者である彼に少年は怯むことなく正面に立った。


「そうかぁ!? そう言われると嬉しいなぁ!! なら、俺からプレゼントをやるよぉ!」

「生憎、男からのサインは間に合ってるんで」

「そう言うなよぉ!!」


ニラヴは豪快に、少年目掛け巨大な拳を打ち込む。少年は目の色変えず、すっ、と身体を逸らし、拳を躱した。


どん!


地面が砕け、そこから小さな崩落が起きた。

少年はちらりと怪物と目を合わせ、ニィと笑う。


「すーぐ暴力に頼る。はは、噂通りじゃん」

「何を!!」


迫り来る触手。音を切り裂き進むそれは、少年に触れる事なく弾き飛ばされた。

その光景に驚愕したニラヴだが、それは直ぐに上書きされることとなる。


「何!?」

「絶技■■・■■■■」


刹那、ニラヴの巨大に物理的な電流が迸った。

それも、軽く人間の致死量は超えるだろう。


「グォォォォォォォ!!」

「あんまり人間を舐めるな」


すとん、と華麗に着地した。

敵に背中を向け、はぁ、と小さなため息を吐く。


「今更だけど、そこどいてくれないか?」

「こと、わる!」


ニラヴニコラは不気味に笑い、咆哮を上げる。

同じく、彼は薄ら笑いを浮かべ、拳を握った。




〜土曜日



(頼む。今までの全部夢であってくれ……!)


祈るように、階段を降りる。

縋るように、深呼吸をする。

きっちり8時間睡眠はできた。

疲労は十分取れた。

仮面の男が姿を現さないのが意外ではあったが、そういうものと割り切れた。

リビングに入り込む。

キッチンから母親の声が聞こえる。


「おはよう、修」

「おはよう、母さ……」


そこで、言葉が止まった。

彼がみているのは母親では無い。


「なんで?」


困惑を隠せなかった。

平穏な筈のリビングに居る、金髪の少女。

椅子に座って、朝食を食っている。

訳が分からなかったものの、食欲には勝てず、席に着いた。


「お邪魔してます」


彼女は初めから家族だったかのように馴染んでいた。日本人の両親と外人の娘。

側から見ればホームステイのようなものだろうと思うだろうが、


「いや、だからなんで?」


これは、事情が違った。

目の前の少女は人であって人では無い。

『調律師』アストラル。


「なんでって……理由いる?」

「いや……いるだろ、そりゃ」


頭の中が?で埋め尽くされそうだ。

意味がわからない。

学校の方は千歩譲って納得がいった。

でも、


「いや……え? は? 理由無いと納得できないぞ」


これは違うだろ。

何で人の家庭に踏み込んでいるんだ。


「よくよく考えたらさ、私家無かったし、君を守るのにも、丁度いいかなって」

「それで納得しろと?」

「うん」


それは、困惑というより呆れ。

めちゃくちゃだ。


(どうして……)


平穏なんて無かった。

喧騒がないだけマシ。

そう割り切ろう。

そうでも無ければメンタルが持たない。


「修? 何を話しているの?」

「あー……何もないよ」

「そう。彼女、いい子だから、仲良くね?」

「……分かった」


にやにやしながらこっちを見ている。

はぁ、とかなり大きなため息が出た。

アストラルの手を引っ張り、リビングを出る。

意外なことに、彼女はすんなりと動いてくれた。


「それで? 理由は納得したくないけども……何しに来やがった」

「だから君を守るためだって」

「飢餓からか?」

「うん」


部屋の中に連れ込まれた彼女は座布団に座り、首を縦に振った。

実際、『飢餓』の脅威はドーラの一件で痛いほど理解している。人間には到底抵抗のできない脅威。

それが、『飢餓』。

強き生き物。

何千、何万年と餓えに耐え凌いだ化け物。

それから護ってくれる。

それは、頼もしい。


「いや……しかし……だとしてもだろ?」

「?」


言葉に詰まり、視線を逸らした。

頭痛がする。


(ッ!? なんだ?)


ストレスかと思ったが、どこか違った。

目の前の映像にノイズが走り、奇妙な世界がその目に広がった。


(どこだ、ここ)


そこは、一言で表すとしたら、破滅だった。

一瞬の中に詰め込まれた情報をできるだけ掴み取る。


(無限に広がる、歪んだ地平線。渓谷のようだけど、上下の広がりがよく分からない)


読み取れたのは、そこまでだった。

けれど、その一瞬でも、一つだけ分かることがある。


(これ、絶対碌な場所じゃない)


「修?」

「……!」


引き込まれそうになっていたその状況を、アストラルが壊してくれた。


「どうしたの? ぼーっとして」

「いや……何もないよ」


感謝しつつ、再度、彼女を凝視する。


(純粋……とは、少し違うな)


それにしては、どこか違和感があった。

きっと、無垢だとか、世間知らず、の方が合っているのだろう。


「飢餓って、あの怪物は倒したじゃんか」

「倒した……って言うのは違う。私がさせたのは、撤退。『飢餓』は内部にある核を喰われない限り、死なない」

「は?」


あれだけの攻撃を受けて、あれだけの傷を負って、完全に死なない?

それどころか、回復する?


納得したくなかった。

だが、アストラルの回復力をこの目で見たのだ。同じレベル、はたまたそれ以上の怪物。

頭ごなしに否定など、彼には到底できなかった。


「それに、彼女は偶々鉢合わせただけ。ここに来たのは、別の目的があるの」

「別の目的?」

「うん。私の目的、それは」


ごくん、と固唾を呑み、その言葉を待つ。

心臓が、バクバクと鼓動を鳴らしていた。

緊張しているのだろう。


「それは?」


知りたく無い。でも、知りたい。

不思議な感覚に苛まれていた。

そんな彼に、彼女は口を開き真実を告げる。


「数十年、数百年前から、須賀市をナワバリとし、命を喰らい続ける怪物。それも、『飢餓』の中でもかなりの実力者に入る、本物の化け物」


ドーラでは無い。

その者の名を、彼女は口にした。


「『色彩』が一角  

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セフィロト 讃岐うどん @avocado77

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