第6話 勝利


「はぁ……死ぬ」


闇に包まれた橋の上。

そこに、1人の少女が倒れ込んでいた。

指一本動かすのですら辛い彼女に、支柱から飛び降りようとする修。

だが、それは仮面の男に止められた。


「何……ッ!」


彼が飛び降りようとしているのは、10メートルの高さだ。『飢餓』や『調律師』ならともかく、常人であれば骨折は免れない。


「行ったところで、骸が増えるだけだ」

「……ごめん」


男の忠告に、素直に従う。

彼が人でないのは確かだ。

自分よりも圧倒的に強い。


「でもさ、どうやって降りるの?」

「……掴まれ」


純粋な疑問に、男は行動で答えてくれた。

修が出された手を掴むと、ばっ、とマントが靡く。すると、黒い風が吹き荒れ、彼らを包み込み始めた。


「アストラルの救出は?」

「判断は任せる」


短く、彼は言う。

黒い風に乗る形で、彼らの身体は宙に浮いていた。

より高い場所から彼女を見下ろす修。

所々崩壊している橋は、戦場の悲惨さを示していた。

彼女は仰向けのまま、未だに動かない。

それもそのはず。

寿命の大半を一撃に注ぎ込んだのだ。

寿命は全ての素。

今の彼女はすっからかんの状態だ。

それでも、ドーラを倒すことはできなかった。

当たり前、と言えば当たり前なのだが。


「なら、頼む」

「……了解」


すると彼は風を巧みに操り、


「え?」


修を切り離した。

予想外の出来事に、困惑を隠せない修。


(待って、落ちる!?)


これから起こるであろう事象を想像し、冷や汗をかいた。

だが、彼の予想とは裏腹に、彼の身体は浮いていた。正確に言えば、下から彼の身体を押し上げる暴風が存在していたのだ。


「は? え? ちょっとまてどういうことだ!?」

「……」


男は答えない。

聞こえてはいるのだろう。

けれど、無視している。

同じく宙に浮いている男に、手を伸ばす。

だが、その行動とは裏腹に、身体は逆方向に進んでいた。


「答えろよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


風に吹き飛ばされ、橋全体を覆っていた風の壁を抜けた。

夜明けの空を駆ける流れ星。

方角は、彼の家だった。


(早すぎだろ!? まずい、吹き飛ばされる!)


風にしがみつくのがやっと。

だが、不思議なことに彼は空気抵抗を感じなかった。普通、超高速での移動には摩擦熱が発生する。


(どうなってんだよ!?)


橋を突き抜け、住宅街を突き抜け、少しずつ斜めの角度になる。


「ぐっ!」


右肩を犠牲にする形で、着地した。

辺りを見れば、それはよく見た公園だった。

緋色に照らされた東側の空と、灰色に染まった西側の空がはっきりと二分されている。


「痛っっっっっっっっっっっっった!」


砂に着地し、肩を抑える。

めちゃくちゃ痛い。

当たり前だ。

10メートル以上の引きずり後があるのだ。

これで痛いで済むだけでも、奇跡だ。


「やっば。帰らないと」


ふと、時計を見れば5時を指していた。

時間は残されていない。

もうすぐ、親が起きてしまう。

それまでには帰らなければ。


「にしても……ッ!」


人生で2度目の激痛。

人の身に、あれは危険すぎた。


「死ぬぞ!」


橋にいるであろう救世主に文句を言いつつ、歩き始めた。

橋での惨状とは違い、住宅街は静寂に包まれている。きっと、皆んな眠っているのだろう。

かあ、かあ、とカラスの鳴き声がうるさく感じた。


「ただいま」


小さく呟き、玄関の扉を開ける。

電気の消えた我が家。

家族は眠っていた。

起こさないようにそおっと部屋に向かう。


(やっぱり、ベッドって良いな)


身体を包まれ、安堵の表情を浮かべる。





この3日間に起こった非日常。

星の癌『飢餓』。飢餓を討つ者『調律師』。

そして、その二つの激突。

人理を超えた戦い。

人間離れした攻防。


そして、仮面の男。


未だ素性を知らない。

ただ、『飢餓』は彼?を『王』と呼んだ。

それも、相当な憎しみを込めて。



(考えても、答えは出ない)


結局のところ、分からない。

情報が少な過ぎる。

受け入れたくない事実だけが、彼の頭を支配した。


(やめよう。流石に)


疲れが彼を襲う。

痛みが彼を嬲る。


瞳を閉じて、明日を待つ。

偽りの平和を信じて。


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