第2話 死人が出ても気にしないよ日常だもの
「あの人のところへ行くんでしょ」
「何言ってるんだ。あの人って誰の事だよ」
「なー……」
「二人で逢ってたの、知ってるんだから!」
「ばかだな、そんなんじゃねぇよ」
「な~」
「いいよ、どうせ……」
「お前だけだよ」
「ばか……」
「な~って」
「なによもぉ、うるさいなぁ」
「そうよぉ。今、いいとこなんだからぁ」
何故か今日も、俺の事務所に入り浸る二人。
姪の
「なんでここでテレビに夢中なんだよ」
そう、こいつらは何故か、俺の事務所でテレビドラマに夢中になっていやがる。
さらに、何故か俺が怒られた。
なんて理不尽なんだ。
「きゃーっ、ベッドにベッドに!」
「押し倒しちゃったわねぇ~」
なんで、はしゃいでるんだ。
さっぱり分からねぇ。
「何が楽しいんだよ。なんで野郎同士なんだよ。気持ちわりぃな」
二人が俺を振り返って睨んでる。
何だ? 何がいけなかったんだ?
「ひっどいわぁ」
「ただにぃ、さってぇー」
さってぇって何だよ。
まさか最低じゃないだろうな。叔父さん泣くぞ?
酷いのはどっちなのだろうか。
知らないおっさんと姪に、いじめられる可哀想な俺は、橘
都内近郊を股に掛ける一流トレジャーハンターだ。
そろそろ晩飯の支度がしたい時間だった。
「イチカ、飯喰ってくのかぁ?」
「たべるー。おにく食べるー」
「あらぁ、悪いわねぇ。ごちそうになっていくわ~」
何故か、おっさんまで食べていくらしい。
「何が残ってたかな」
おっさんと姪に喰わせるのに、凝ったものを出す気はない。
残り物の有り合わせでいいだろ。
ドラマに夢中で、大人しいうちに、さっと作っちまおう。
白身魚のアクアパッツァ
鯛と帆立のセビーチェ
きのこのピンチョス
かつおのマリネ
こんなもんか?
肉が無いと、イチカが煩いからな。
仕方がないから、肉料理も作るか。
豚のピカタとアリスタにローストビーフ。
生地を
あとは色とりどり生野菜サラダか。
オリーブオイルに塩コショウ、バルサミコにレモンをひと絞り、刻みバジルを混ぜたら、バジルドレッシングの完成だ。
今日のスープは余ってた牛のしっぽで、テールスープだな。
これだけあれば、文句もないだろう。
「できたぞぉ」
テーブルに並べると、腹を空かせた子供が走ってくる。
「ひゃっはー、ただにぃのご飯だぁー」
「あらあらぁ、やるわねぇ」
「余りもんだし、今夜だけは特別だぞ。仕方ねぇから喰っていけ」
仕方なく、本当に仕方なく特別に、おっさんにも喰わせてやる。
「んくんくんくっ、はむっ、んっ、もっもっもっもっ、んまっ!」
普段は肉食獣だが、食事中だけはハムスターだな。
なんとか逆にならないもんだろうか。
こいつの母親は、食事も大型肉食獣だからな。
それよりはマシか。
「はぁ~……よく食べるわねぇ。感心しちゃうわぁ」
もうそろそろ肉は重たい年頃か、権藤がサラダをつまみながら、溜息交じりに
頬をいっぱいに膨らませ、ハムスターのように食べ続ける。
「少しは野菜や魚も食べろよ~」
「んっんんっ、んむっ、はくっ……もっもっもっもっ、みぅまもももっ」
「何言ってんのか分かんねぇよ」
肉の皿が、あっという間に空になっていく。
「まったく健啖家ねぇ。さっきまで、あんなに羽二重餅を食べてたのに」
今度は福井銘菓かよ。ちっ、大食漢とか言って、蹴られちまえばいいのに。
昔、姉のチカに大食漢と言ったら、
そういえばマウントからのパウンドで、死を覚悟した覚えはあるが、殴られた事自体は記憶にないんだよな。
……失神するまで殴られて、記憶が飛んでるんだ。
「こいつの母親もバカみてぇに喰うから、大食い
テーブルの下で脛を蹴りやがった。
叔父さん泣くぞ?
作るのに結構時間が掛かってるのに、食べるのは一瞬だな。
「デザート喰うか?」
「くぅー!」
「あらぁ、せっかくだから頂こうかしらぁ。別腹よね~」
「たいしたもん出ねぇぞ」
焼いたのを冷やしておいたデザートを運んでくる。
「ひゃっはー! ざっはとるてー」
「あらあらぁ」
「俺がつくったんだから、そんなに高級じゃねぇよ。ただのチョコレートケーキだ」
ホールを切り分け、二人にチョコケーキをくれてやる。
「チョコならザッハトルテじゃないの~?」
……今、どうやって喰ったんだ?
一瞬でイチカの皿のケーキが消えたぞ。
「え……あ、あぁ……高価なチョコレートケーキがザッハトルテだよ。高いチョコレートケーキはあっても、安いザッハトルテはないからな」
「ほぇ~……まぁいいや、おかわり!」
相変わらず、聞くだけ聞いといて、説明は聴かない奴だ。
「んふ~、あまぁい~。まろ~ん」
甘く煮た栗を飾ってみたが、イチカは気に入ったようだ。
「マロンってなんだか知ってるかイチカ」
「くり~」
本気で、そう思ってそうだ。
「フランス語で栃の実だ。栗なのはパプリカと一緒で日本だけだな」
「ふぇ……栗じゃないんだ。パプリカは?」
「英語だとペッパーだな。他の国じゃ、乾燥させた粉末がパプリカだよ」
「ふ~ん。まぁ、美味しいからいいや」
食事が終わって満足した二人が、ソファでだらけていた。
「俺は明日も早いんだから、もう静かにしてろよ」
「なんじ~?」
「4時には出る」
「いってら~」
寝たまま、ひらひらと手を振るイチカ。
可愛い姪をひと睨みして、無言で皿を洗う。
食器を片付けてから、明日の為にベッドへ向かう。
いつまでも、こいつらに構ってもいられないからな。
「寝てやがる。なんだこいつら……」
翌朝、念の為に、少し早く起きると、イチカと権藤がリビングで眠っていやがる。
ホントに何なんだこいつら。
しかたなくキッチンへ入って、冷蔵庫を確認する。
面倒くさいからニョッキでいいだろ。
二人の朝食用に、ニョッキを茹でておく。
一応、カボチャとジャガイモの二種類にした。
ソースもトマトソースとバジルオイルの二種類にした。
あとはサラダでいいだろ。
これならソースを掛けるだけで食べらるからな。
何故か飯の支度までして、眠る二人を置いて、そっと出かける。
明け方とはいえ、まだ暗い午前4時半に、そっと家を出る。
早朝、まだ暗い駅から始発に乗って仕事に向かう。
今日は玄播さんとは別の、キッチン屋さんの手伝いを頼まれているんだ。
ちょっと遠いけれども、これも付き合いだから仕方がない。
今日の現場は聖蹟桜ヶ丘だ。
遠いだけじゃなく、たまらなく面倒くさい。
4時48分の埼京線。面倒くさい事に池袋行。もうちょい頑張ってくれないものか。
そういや、埼京線が出来たばっかりの頃、大宮まで乗った夜、窓の外が真っ暗だったなぁ。畑とたんぼと空き地と草むらだけしかなかった。
ほんっとうに何も、街灯すらない場所を走っていたのに。
ほんの数年で、凄い事になってるなぁ。
仕方なく池袋で乗り換えて、山手線で新宿へ。
今度は京王線に乗り換えて一時間ちょっと、やっと桜ケ丘に到着だ。
駅からも、そこそこ歩いて、広い敷地の現場に到着だ。
周囲にコンビニすらない、近所には、川とパチンコ屋しかないマンションだ。
無駄にでかい、コの字のマンションだ。
何故か、搬入用のロングスパンエレベーターは二基。
向かい合うように、3号室と21号室の前にある。
真ん中にもつけろよ。
今日の搬入は3号室側のスパンを使う。
荷物は601号室から625号室まであるのに、エレベーターは603の前。
反対側、遠いんだよ! バカかっ!
「お~、今日は
「あっ、おはようございます。また、つけられねぇんスか」
「そうなんだよ~。まいっちゃうよな、設備屋が潰れたんだってよ」
親方に出会って挨拶を交わすが、設備屋が潰れた所為で、キッチンの取り付けが進まないらしい。進まないキッチン屋も、潰れた設備屋も可哀想にね。
どこも同じようなもんだな。
今回のキッチンメーカーは、少し変わっている。
見た目、外っ面を大事にしているメーカーで、扉が傷つかないように外して、扉だけ後日搬入という、面倒な手間をかけていた。
まぁ、どうせ取り付け時に外すんで、楽ではあるんだけど。
扉がない所為で、荷物が軽いのも良いところではある。
あるんだけど、問題もないこともない。
ここのメーカー、他と違って脆いんだよ。
キャビネットの側板も裏板も、ちょっと見た事ないくらいの、うっすいベニヤ板一枚だけなんで、運ぶ時に油断するとグチャっと潰れてしまう。
軽いけれども運び難い、厄介なキッチンだった。
さらに、見た目重視なので天板だけが、やたらと重くでっかい。
今日の現場なんて、驚きの人工大理石だ。
御存知だろうか、見た目大理石の人工物を。
人工なんだから、見た目だけ真似れば良い物を、何をとち狂ったのか重さまで再現しやがった、いかれた石だ。
取り付けた後、動かす事もないのに重い。
完全に無駄な重さだ。
トラックは予定通り到着して、搬入を開始した直後、鉄の塊がこすれ合い、潰れるような金属音が鳴り響く。
上昇中の荷物を載せたロングスパンエレベーターに乗っていたところで、背後から響く轟音に身をすくめる。
ゆっくりと振り返ると、そこには笑えない光景が。
コの字の躯体の端に、向かい合うように付けられた搬入用エレベーター。
振り返った先には、向かいのスパンがあった。
向こうは家具屋さんだかが、搬入に使っていたはずだ。
荷揚げ屋さんが搬入していた……はずだった。
そのエレベーターは斜めに、見た事もない角度に傾き、屋根も潰れて引っ掛かっていた。あれは4階あたりか、片側がレールから外れ、滑り落ちたようだ。
「こっちは大丈夫なんだろうな」
急に恐くなって来た。
一台落ちたのなら、もう一台落ちても、おかしくはないんじゃないか。
まぁ、そんな心配をするまでもなく、向こうでは何人か死んでいるだろうし、今日は中止になるだろう……なんて甘い現場は、この国にはないんだろうなぁ。
取り敢えず、乗せていた荷物をおろし、下へ降りる。
「まいったね。警察が来るまで再開出来ないかぁ」
向かいを見上げながら、親方がぼやいていた。
「これじゃあ無理っスね」
その後、すぐに警察がやって来た。
近くで待機していたのかと思うくらいに早かった。
良く見なおしても、消防ではなく警官だ。
こんなに早く到着するなんて奇跡だな。
帰り支度を始めるどころか、休憩の缶コーヒーを飲み終わる前に現場は再開した。
「いやぁ、再開が早くて助かったよぉ。このあいだなんて、一時間かかったからね」
それでも早すぎるけどね。
外の人を巻き込まない限り、外に事故がバレない限り、建設現場では死人が出ても、いつもこんなもんだ。
事故も死人も珍しくなく、ほぼ毎日当たり前の日常だから。
建物を建てるって、大変な事なんだよ。
小さな二階建てのアパートでも、4
大手の都内の現場だけでも、一社で年間五百人以上が、お亡くなりになっていたりいなかったり。ほぼ毎日死人が出るのが、建築建設現場ってやつだ。
そんな怖い現場から離れて、早く安全な冒険に出たいもんだ。
やっぱりトレジャーハンターが一番だよ。
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