第3話 安全に知識が増えていくなんて幸せだよね

 俺は橘 尹尹コレタダ、都内近郊を股に掛けるトレジャーハンターだ。

 日夜お宝を求めて、都内を飛び回る俺だが、たまには休息も必要だ。

 だが今は、俺よりも休息中な奴が、目の前にいる。

 ここは俺の事務所兼自宅。

 そこに何故か女子高生が眠っていた。


無様ぶざまだな……」

 事務所のソファで腹を出して、だらしなく眠る姪の尹尹イチカ

 同級生の男の子が見たら、百年の恋もさめるだろうな。

 まるで新橋の酔っ払いだ。


 酔っ払いのおっさんしかいない町が新橋だ。

 もう、おっさんの酔っ払いがランドマークだ。

 赤羽なら、立ち飲みのおっさんだけじゃなく、駅前には酔っ払いのお婆ちゃんもいるからな。しかも絡んでくるぞ。新橋とは違うのさ。


注) 赤羽の駅前は楽しいイベントがたくさんありました。

 人が倒れていたり、駅前のコンビニに強盗が入ったり。

 女装したデッカイおっさんが歩いていたり。

 今では綺麗になって、並んでいた楽しいお店もなくなりましたが、汚らしい駅前も、それはそれで好きでした。

 昔は、ボウリング場や映画館も、あったりなかったり。

 立ち飲み屋にキャバレー。パチンコ屋に性風俗店。カプセルホテルにサウナも。

 まっとうな店以外はなんでもあります。

 少し歩けば菜の花畑もありますし、地下鉄も走ってます。

 赤羽の駅前だけにしかない、特別な店も並んではいますが、法に触れるので、内容は内緒です。お立ち寄りの際は、はしごしてみるのも楽しいかもしれませんね。

 安い店なら二千円から楽しめます。

 実際に店内には入っていないので……噂ですが。

 駅前にあったソープは五千円だったそうですが、そこへ入った知人は、見た目お婆ちゃんが出て来て、ダッシュで逃げ出したそうです。

 怖いですね。

 住んでいたのが未成年の頃なので、駅前の店の内部は知りません。

 違法な行為をしていた、えっちなお店もしりません。

 駅前の一時間五万の飲み屋とかも知りません。

 2023年現在、何軒残っているかは、把握しておりません。


「まぁ……若い娘が腹を出して、だらしないわねぇ」

 またしても勝手に入り込む、こいつは権藤政樹ごんどうまさき

 以前の仕事で出会った……どちらかというと敵だ。

 なんでここに居るんだ?


 それにしても、だらしないと言ったな。

 ではなく、だらしないと言ったな。

 確かに、服をはだけて眠っていても、男子小学生並みに色気がない。

 可哀想な残念女子高生だな。


 対して、権藤は無駄に色気たっぷりだった。

 今日も、ぱっくりと胸元のあいた白いシャツに、魅惑的な谷間を見せつけ、真っ赤でタイトな短いスカートの横には、深くスリットが入っていた。

 一見、色っぽいおばちゃんにも見えるが、立派なおっさんだ。

 それよりなにより、なんでこいつらは勝手に入り込んで、くつろいでいるのだろう。


「まぁまぁ、いいじゃないの。ほら、お土産。アンタも好きでしょ」

 俺の心を読んだかのように、おっさんが土産の包みを開ける。

 中身は御城之口餅おしろのくちもちだった。

 400年前、豊臣秀吉のために考案されたとかいう、奈良の銘菓だな。

 まぁ、好きだけど。


「カスピ海の……本マグロぉ!」

 意味不明な寝言を叫び、妖怪喰っちゃ寝が起き上がる。

 どんな夢を見てたんだよ。マグロでも釣ってたのか? カスピ海で?

 こいつ、カスピ海がどこにあるのかも知らないだろうに。

 御城之口餅の匂いに反応したのだろうか。

「あら、おはよう。御城之口餅でも食べる?」

「まさねぇ……食べるぅ」


 寝起きで、よく理解できていないまま、凄い勢いで御城之口餅を頬張っていく。

 ろくに目も開かないまま、頬をぱんぱんにさせる姪。

 叔父さんは、ちょっと恥ずかしいですよ。

 ほんとになんでこいつら、ここでくつろいでいるのだろう。


「宿題やろうとしてたら寝ちゃったの」

 だから、何で此処で宿題をしようとするんだよ。家でやれよ。

「あらあら、じゃあ私達が見てあげるわよぅ」

 たち?

 私達って言ったか?

 俺を巻き込むなよ、おっさん。


「え~……まさねぇはまだしもぉ……ねぇ?」

 イチカが、言葉を濁して俺を見る。

 なんだその目は。

「あら、あの叔父さんだって、宿題くらいは見られるわよぅ」

 権藤にフォローされるのも、なんか悲しいからやめてくれ。


「そうかなぁ。じゃあ早速、これなんて読むの」

 早速読めない漢字があったようで、イチカが教科書をこちらに向ける。

 最近の高校は、結構難しい事やってんだな。

 そういえば、そこそこの進学校だったっけな。

 なんで入れたんだ?


「生物か、ならだな」

「何それ、生物じゃないと違うの?」

閾値いきちは所定の水準……ね。境界だとか区切りとかを意味するんだけどぉ、工学系だと閾値しきいちって読む事が多いわねぇ」

「おおっ……まさねぇ凄い。ってか、なんでただにぃが読めるのよ」


 何故か権藤が説明してやっているが、この姪は、どれだけ叔父をバカだと思っているのだろうか。高校生の勉強くらい、分からない訳がないだろうが。

「そのくらいは常識だろ……そういえば宿題って、やった事ないな」

 学生時代に、宿題をした記憶がない。

 宿題がなかった時代だったのだろうか。


「え~、ずるい~」

「いや、ずるくはないだろ。知ってるから必要ないんだから」

 イチカがふくれっ面で、俺を睨んでいるが、別に狡くはないだろう。

「あの叔父さんだって、盗掘屋だからねぇ。ソロだと、幅広い知識が必要なのよぅ」

 権藤が、少しおかしなフォローをいれる。

 幅広い知識が必要なのは間違いないが、盗掘屋ってなんだ。お前と一緒にするな。

「俺はトレジャーハンターだ」

 一応、正当な主張をしておくが、二人共に興味がないのか、こちらを見もしない。

 もう少し叔父さんに、興味を持ってくれてもいいと思うんだ。


「言語はもちろんだけど、歴史に科学、化学ばけがく、物理に民俗風俗だとか。色々と知識が必要なのよ」

 俺の主張を無視して、権藤がイチカに説明していた。

「海外にはいかないから、俺の言語は、そんなでもないけどな」

 そんなに、あちこちの言語の読み書きは出来ないぞ。


「ちょっとした読み書きと会話くらいはいけるでしょ」

「ん~……英語以外だと……フランス、イタリア、スペイン……ドイツにロシアくらいか。あとはスワヒリ語とポルトガル語くらいじゃないかなぁ」

 ヨーロッパの小さな国だとかまでは憶えていないからなぁ。

「すっご……え、ただにぃって、そんなに憶えてんの」

 イチカが本気で驚いている。

 本当に叔父さんを何だと思っていたんだ。


「そういえばアンタ、国内ばっかりだったわねぇ」

「飛行機も船も乗りたくないからな」

 そんなとこでインターホンが鳴る。

 珍しくまともな来客だろうか。

 こいつらは勝手に入ってくるからな。


「やぁ、お邪魔しますよ~。あ、いちかちゃん久しぶり~」

 来客は仕事の付き合いがある椹木さわらぎさんだった。

「あ~、ペットの人だぁ」

「あら、久しぶりねぇ。アンタ、まだいかがわしい事やってんのねぇ」

 イチカとは面識があったが、権藤も知っていたようだ。

 まぁ椹木さんは、トレジャーハンター関係の取次屋みたいな人だからな。

 一応、表向きの仕事はペット探偵を名乗っている。

 行方不明になったペットを探して、飼い主に返してあげる仕事だな。


「いかがわしいって……酷いなぁ」

「人様のペットをさらったりしてるんでしょ」

「しないよ、そんなこと~」

「え……ペットを探す人じゃないの?」


 権藤が余計な事を言ったせいで、イチカが興味を持ってしまった。

 あんまり余計な知識を与えないでくれよ。

「ペット探偵ってのはね、犬猫を探す仕事じゃないのよ」

「探偵なのに?」

 権藤が、探偵の仕事をばらしてしまう。

「逆なのよ。迷子のペットが先なの」

「……? どういうこと?」

「迷子のペットを見つけたら捕まえといて、その子を探している依頼を受けるのよ。探偵同士で、横のつながりもあるから、誰かしらが捕まえてるって訳ね」

「ええ~、ずるじゃん」


 まぁ、逃げ出した猫なんて、見つかるもんじゃないからな。

 椹木さんは、まだまっとうな方だけど、中にはさらって来て依頼を出させる業者なんかもいるのだとか。恐いねぇ。


注) 怒られると面倒なので、当該業者の名は伏せさせていただきます。

 登場人物は架空の名義となっておりますので、全国の椹木さんを疑わないでいただきたいと、ここでお願い申し上げます。実際の元ペット探偵は別の名の人です。

 まぁ、嘘なのは名前だけですが。


「コーヒーでいいですよね」

 お客さんにコーヒーでも出そうと、ポットのスイッチを入れる。

「あ、おかまいなく~」

「あら、悪いわねぇ」

「あたし紅茶がいい~」


 お前らには聞いてないんだよ。

 ひと睨みしてやるが、二人共びくともしねぇ。

「はぁ~……」

 ため息を吐いて、コップをよっつ用意する。


「そういえば、ここの家電は布巾とか掛かってないのねぇ」

 権藤が、おかしな事を言いだした。

「なんだそりゃ」

「あぁ、そういえば良く見るね、そういうの」

 いきなり何を言ってんだか、この変態おっさんは……そう思ったが、同意する椹木さんの反応で、どういう事なのかに気付いた。

 あ~そういう事か。

 ポットやらレンジやら炊飯器やら、やたらと家電の上に布巾やタオルを乗せるおばちゃんのアレか。うちには、おばちゃんがいないからな。


「あれは、おばちゃんの特性だろ。昔、うちのばあさんもやってたけど、あれって何なんだろうな。意味がわからねぇし、なんかの儀式かな」

「おばあちゃんって、ただにぃのお婆ちゃん? いたの?」

 イチカが不思議な事を言いだした。

 そういえば会った事なかったか。


尹尹おれ尹尹チカ(コレチカ)の母で尹尹イチカの祖母だな。昔は居たんだよ婆さんと爺さんがな。義兄さんの方なら、まだ生きてたろ」

「おぉ~居たんだぁ。逢ってみたかったなぁ」

「やっぱりアレって、おばちゃんだけなのかしらねぇ」

 首をひねる権藤には構わず、コーヒーを淹れる。

 仕方なく紅茶もひとつ。


「あ、やっぱコーヒーがいいや」

 紅茶を頼んだイチカが、俺の分のコーヒーをぶんどって飲んだ。

「……はぁ~」

 権藤もイチカ側だしな、俺の味方がいない。

 大きく息を吐き、ひとり小さくなって紅茶を飲んだ。

 ちょっと……ちょっとだけ、叔父さんは泣きそうだぞ?


 翌日、俺は豊島区池袋にいた。

 昨夜の椹木さんの訪問は、繋ぎの仕事だった。

 その相手に会いに、電車で池袋駅まで来たんだ。

 昔は『駅前の若者は皆、埼玉人』だとか噂されるほど、埼玉県から遊びに来る人が多かった謎の町だ。

 埼京線が出来た所為か、出て来るのが楽だったからだろうか。

 田んぼの中を走る、長閑な電車が埼京線だった。

 今は、そうでもないけれど。


 駅を出て公園を抜けて、僅か徒歩8分。

 元都庁所在地、都心の駅のそばなのに、お家賃8千円のアパートに辿り着く。

 木造二階建てで、風呂なし、トイレ、キッチン共同。

 日本人は一人しか住んでいない。

 ちなみに、となりの駐車場は一台8万だったりする。


「駅から8分で家賃が8千円で、となりの駐車場は8万か」

 奇跡的に全部8が揃った。

 なんかいいことありそうだな。

 くだらない事を考えながら、一階の奥の部屋のドアを叩く。


「お~、いらっしゃい。待ってたよ」

 顔を出したのは馴染みの情報屋、神代くましろくん。

 そこそこ金を持っているはずだけど、何故か昔から、このきったないアパートに住んで、何人か分からない外国の人達と、仲良く暮らしている。

「お待たせ。今回も期待してるよ~」


 ちょっと変わり者ではあるけれど、神代くんの情報にハズレはない。

 信頼と実績の情報なのだ。

 それでも簡単には信じられない情報だった。

 相手が神代くんでなければ、笑い飛ばして帰っていたことだろう。

 そんな場所に、お宝が眠っているなんて。

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