夢と浪漫と賢者の石

とぶくろ

第1話 一番キツイのって真夏の屋上防水じゃない?

 俺の名はたちばな 尹尹これただ

 都内近郊を股にかけるトレジャーハンターだ。

 普段は宝探しが本業だが、偶には友人の仕事を手伝ったりもしている。

 と、いうわけで、今日は建築現場での作業を手伝う日だったする。

 そんな忙しい朝だってのに、来客のようだ。

 こんな早朝……というか明け方からなんて、人気者は辛いな。


 事務所兼自宅であるマンションの一室。

 まだ薄暗い早朝? 3時47分にドアを叩く音がする。

 いや、インターホンを鳴らせよ。なんでドアを叩くんだよ。

 乱暴者の姉がそんな奴だったが、勇者が現れ嫁に行ったおかげで、平和になった筈だったが、他に明け方にマンションのドアを叩く、頭のおかしい奴なんているか?


 仕方なくドアを開けると、パンツが丸見えになりそうな短いスカートの女子高生がむくれていた。なんだろう……せっかくの女子高生なのに、まったく嬉しくない。

 イカれた姉の尹尹コレチカの娘、姪の尹尹イチカだ。

 母娘おやこ揃って、こいつらは……。


「おっそい! 早く開けてよ、ただにぃ~。荷物いっぱいなんだからねっ」

 なんて理不尽な奴だ。

 荷物ってなんだよ……と、見ると。イカれた大きさのダンボールが積まれていた。

「なんだこりゃ……って、生きてたのかよ」


 丸まった成人男性が入れそうなダンボールがみっつ。玄関ドアの前、マンションの廊下に積まれていた。そこには、もう一人。会いたくもない男が立っていた。

「なによう。あの後、大変だったのよ~」

 イチカに負けず劣らずの短い、タイトなスカートで高いヒールを履いた変態。

 こいつは権藤正樹って名の、頑丈なおっさん。

 以前の仕事に勝手についてきた変態(個人の見解です)だ。

 てっきり死んだと思っていたのだが、運悪く生き残ってしまったようだ。


 そんな二人は当たり前のように、大きな荷物を部屋に運び入れる。

「おいおいおい。待て待て、待てって」

 小さな抵抗も虚しく、みっつのダンボールはリビングへ搬入される。

 こんな時間にこんなもんを持ってきて、何なんだこいつらは。

 っていうか、なんでイチカはなついてんだよ。

 こいつは敵だぞ?


「今日は、なんなんだよ。イチカまで連れて」

「これよコレ」

「マサねぇがね、買ってきたの。まだまだ、どっ……さりあるんだよ」

 なんでイチカは、こんなに興奮ぎみなんだよ。

 ……食い物か。


「ほぅら、『ざびえる』よぉ~」

 変態(作者の意見ではなく、あくまでも彼、橘さんの感想です)がダンボールをけると、銘菓めいかがみっちりと詰まっていた。

「なんて量だよ。業者の仕入れか?」

「ほら、高橋のとこで買ってきたのよ」

「高橋? バッタ屋の高橋さんか。それでこの量か」


「ただにぃ、これ知ってるの? どこのお菓子……んまっ」

 どこの銘菓なのかすら知らないイチカが、訊ねながら口に運ぶ。

 気に入ったようで止まらずに、ダンボールに頭を突っ込んで食べ始めた。

 なんか、こんな虫いたな。こいつ、女子高生だった筈なんだが。


大分おおいたの『しむらけん饅頭』みたいなもんだ。ん……高橋さんが売ってたって事は、ざびえる本舗って潰れたのか?」

 教えてやっても、既にイチカは聞いちゃいねぇ。

 夢中で無心にむさぼり喰ってやがる。

「いやぁねぇ。潰れてないわよ。それはパチモンよぉ」

「あぁ……それでか」


 潰れた会社の売れ残りを、倉庫単位で買い取る業者がバッタ屋だ。

 あちこち跳ねまわり買い漁るからとか、イナゴの大群のように、何も残さずさらっていくからだとか、その名の理由は諸説ある。

 よくパチモンと勘違いされるが、パッタモンは正規かどうかは関係ない。

 パチモンは正規品ではない偽物の事だ。

 バッタ屋の高橋さんは、業界では有名な人だったりする。

 バッタモンもパチモンも売るが、ポケモンは売っていない。たぶん。


「いや、どうでもいいわ。びっくりするわ。明け方にパチモンの菓子持ってくるなよ。しかも大量すぎるだろ。俺はこれから仕事なんだから、もう出るからな」

「あらあら、仕方ないわねぇ。まぁいいわぁ、いってらっしゃ~い」

「んん~!」

 口いっぱいに大分おおいた銘菓の偽物を、詰め込んだ女子高生が手を振ってくれる。

 こっちを見もしねぇ。


注) おっさんの女装について、特別に思うところがあるわけではありません。

 好きな格好をすればよろしいと思っております。

 自由って素晴らしいですよね。

 その姿や嗜好を理解できず、女装を毛嫌いし、けなす行為も受け入れて下さいませ。

 女装を受け入れ、それを嫌う人も受け入れる。

 そんな多様性を持って、ゆる~い気持ちで読み進めて下さい。

 ふんわり曖昧さがウリのファンタジーでございます。


 頬をぱんぱんに膨らませた姪と、変態のおっさんに見送られ(姪はこちらを見ていないが)、始発電車で仕事へ向かう。

 今日の現場は恵比寿だ。

 昔はビール工場しかなかったのに、いつの間にか小洒落た町になったな。

 まぁ、まだまだ人は少ないが。


 駅にも映画の主人公みたいな名前の道とか出来てたりする。

 恵比寿スカイウォーカーだったか?

 なんか少し違う気もするけれど、そんな感じの歩く歩道だか動く歩道だかだ。

 なんかイベントとかやる、よく分からない施設やら、モスなんかも出来てた。

 ほんっとに何もなかったのにな。


 そういえば、友人の見舞いに行った、がんセンターもあったな。

 あそこの喫煙所は凄かった。

 患者のおっさんたちが集まってたっけ。

 ちょっと電話しに、喫煙所を出ようとすると、おっさんが話しかけてきた。


「にぃちゃん電話くらいで、外まで出なくても大丈夫だよ」

「そうだそうだ。外は寒いしなぁ」

 そんなおっさんらに、ペースメーカーとかしている人も、いるかもしれないからと返すと、携帯をいじっていた小柄なおっさんが顔をあげた。


「それ、俺だよ。ペースメーカー入ってるけど、構わないよ」

 付けてる本人が携帯をいじってるし、止まっても構わないと、お許しが出たっけ。

「どうせ此処にいるのは末期の患者ばっかだからな」

「そうそう、どうせ死にかけなんだから、何したって一緒だよ」

 余命宣告をされた患者ばかりなので、怖い物なしな状態だった。

 自分達は死にかけだと言いながら、異様に陽気なおっさんたちだった。

 まぁ沈んでいれば治るわけでもないだろうけれど。


「おはようございます!」

「お~おはよ~。助かるよ~。今日は頼んだよ~」

 現場詰め所で挨拶を交わす。

 キッチンの取り付け職人で、たまに仕事をくれる玄播げんばさんだ。

 本来は神奈川の人なんだけど、付き合いで断れない仕事が回ってきたらしい。

 メーカーの下請けの下請けだな。俺はさらに下請けだ。

 組の下の下の下の下の下だな。

 なんだそりゃ。絶対、法に触れてるよな。


「今日はね~、ちょっと問題が起きてね~」

 玄播さんが、珍しく言い淀んでいる。

 そんなに面倒な仕事なのだろうか。

「どうしたんスか。玄播さんの仕事で楽な事ってないじゃないスか」

 玄播さんは楽な現場の時は、違う奴や荷揚げ屋さんなどの業者を呼ぶ。

 普通、断られるような面倒な現場だけ、俺を呼ぶ人だ。


「え~、ひどいな~そんなことないよ~。今日は楽は楽だよ~」

 よほど面倒な事になっているようだ。

「何があったんスか」

「吹付けと重なった」

「マジっすか! 夏っすよ? 真夏っすよ?」

「死なないでね」


 監督は内装業者を殺す気なのか?

 朝礼後に、作業階へ上がる。

 ペンキ屋さんによる、壁の吹付け作業の準備が進んでいた。

 飛び散るペンキが、他へつかないように、ビニール養生をしていた。

 このフロアは廊下もベランダ側も玄関も窓も、すべてをビニールでふさがれる。

 そう、今日一日、風も通さないビニールハウス内での仕事だ。

 油断すると、本気で死ぬ。

 実際に毎年、夏の現場では、熱中症で何人か死んでる。


 真夏にやる作業じゃないだろう。

 しかも嫌がらせかのように、今日は雲一つない快晴、日本晴れだ。

 部屋に入ると、朝から既に蒸し暑い。

 何もしなくても汗が滲み出て来る。


「さぁ、やろうかぁ……はぁ? っんっだよ!」

 また追加の問題発生のようだ。

 機嫌の良かった玄播さんが、風呂の脱衣所でキレている。

 これ以上なにがあるってんだよ。もう帰りたい。


「今度は何があったんスかぁ」

「やられたよ。クロス屋が先に貼っちゃってるんだ」

 洗面化粧台を付ける前に、クロスを貼られたらしい。

 何が問題なのだろうか、まぁ、やり難いだろうが。


 やられた。

 大問題だった。

 設計と監督をぶん殴りたい。


 そもそも設計がバカなんだ。

 洗面台が入る両側の壁、その幅が洗面台とミリ単位で同じだった。

 スペースと同じ幅の洗面台が入るわけがない。

 そこにクロスを貼ってしまったので、洗面台の横幅よりも狭くなっている。

「無理じゃねぇか」

「しかもね、木枠もくわくも忘れてんだよね~」


 洗面所の出入り口、ドアは洗面台の脇にある。

 当然だが、ドアは壁に、じかにつけるものではない。

 ドアの枠ってのは通常、壁よりも出っ張ってるもんだ。

 ドアの木枠もくわくの分、さらに洗面台スペースの入口が狭くなる。

 もうミリ単位どころか、センチ単位で狭くなっていた。

 絶対に、物理的に無理だ。

 取り付けどころじゃない。


「だいたい、なんでボード屋は図面通りに貼ってんだよ。いつもは出鱈目なくせに」

 玄播さんが、今度は図面通りに壁をつくったボード屋さんに、理不尽な怒りをぶつけていた。流石にそれは酷すぎだろうけれど、気持ちは分からんでもない。

「ここって、外人さんじゃなかったっスか?」

「あっ、そうだよ。なんで、きっちりした仕事してんだよ」

 いや、真面目な外人さんだったんでしょうよ。

 言葉も通じない外人さんって、結構増えてきたなぁ。

 どうやって仕事を教えているんだろうか。


「ん~……よし、引っ張って」

「……はい?」

 玄播さんが不思議な事を言いだした。

 何を言われたのか、理解できなかった。


「壁を引っ張ってくれ。木枠と壁紙は諦めて、無理矢理突っ込もう」

「マジっすか。まぁ、それしかないでしょうねぇ。動くかな」

 壁も枠も気にせず擦り、削りながら洗面台を押し込む。

 つっかえたところで、俺が壁を引っ張って、一瞬広がった隙間に、玄播さんが無理矢理に押し込むという、力技での作業となった。

 壁とは言っても、躯体ではなく石膏ボードだ。

 少しくらいなら曲げる事も、まぁ出来なくはないだろう。


「「せ~のっ!」」

 息を合わせて力を振り絞る。

「「せ~のっ!!」」

 気持ち広がる隙間へ、ガリガリと洗面台が押し込まれる。


 真夏のビニールハウス。

 微風そよかぜひとつない狭い脱衣所で、男二人が渾身の力を振り絞る。

 もうパンツまで、ぐっしょりびちゃびちゃになりながら。

 設計したバカを見つけたら、現場に埋めてやる。


 たったひとつ、洗面台を付けるだけで、男二人が汗だくになって倒れる。

 無理だろこれ。

 ワンフロアの部屋数が少ないマンションだが、これは終わる気がしない。

 本気で死ぬぞ。

 一台付けて手間賃7500円じゃ、人数も使えない。

 それでまわってきたのかぁ。


「うわぁ……見てみなよぉ」

「なんスかぁ」

 現実逃避か、窓の外を覗く玄播さんが、不思議な顔で俺を呼ぶ。

 ふらふらしながら外を覗き見ると……

「ね?」

「うわぁ……」


 セットバックしていて、下の階の屋上が見える。

 窓の向こうの四部屋は、2フロア下の階までしかない。

 その屋上では、今日は防水屋さんが作業をしていた。

 この現場の防水屋さんは、家族でやっているようだ。


 熊みたいなおっさんと、熊みたいなその奥さん。

 小学生くらいか、二人の息子。

 バイトか、親戚か、ひょろりとした若い兄ちゃん。

 そしてちっちゃな、黒いお婆ちゃん。


 ドラム缶で溶かしたタールを、屋上へ塗っていた。

 日陰なんて欠片もない屋上で、ガンガンに火を焚いて、タールを溶かす。

 その火の番が、お婆ちゃんの仕事だった。

 薪をくべ、片時も火のそばから離れない。

 その顔は焼け焦げたように真っ黒だった。


「あれよりはマシ……かなぁ」

「あれは、やりたくないっスねぇ」

「頑張ろうか」

「そうっスね」


 あれよりはまし。

 まだ日陰があるもの。

 そう自分に言い聞かせ、作業を続けるのだった。

 暑さの所為で叫び、怒鳴りながら……。


 俺は橘 尹尹。

 都内近郊を股に掛けるトレジャーハンターだ。

 でも空と海は勘弁な。

 あと直射日光は避けてくれると嬉しい。

 お宝求めて、明日も都内近郊を駆け巡るぜ。

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