第4話 混沌の森、這い上がる亡者

 ココまで戻って来るのに、また何回か小鬼によって殺されたと思うが、それでも優太はなんとか一番最初にこの森へと降り立った場所まで戻って来れた。


 今までに散々殺された経験から、小鬼がどのように襲ってくるかが何となく分かり始めたので、僅かにだが小鬼との遭遇も回避できるようになっていった。

 移動するときはなるべく足音を立てず耳をたてて注意深く進んだ。もし気配を感じたときは急いで木に登って奴らが消えるまで息をひそめるのだ……。



 また途中で三匹の小鬼が互いに殺し合っているのを見かけた。喧嘩かと思ったが、奴らは楽しそうに互いの臓物をえぐり合っていた。


「化け物め、狂ってやがる」


 二匹が満足してそこから立ち去った後、優太は木陰から出ていき小鬼の死体を覗いた。小鬼の中身はぐちゃぐちゃにかきまぜられて、人間とは違う青色の血が派手にぶち撒かれていた。


「うわっ すっごいな」


 初めて見る死体に気持ち悪くて吐きそうになりながらも、ネットで学んだにわか医学知識で小鬼の体をじっくり観察した。その結果、知らない臓器もいくつかあったが、心臓や肺などの位置は人と大差ないと分かった。


「ぐちゃぐちゃだけど……重要器官が中心に集まっているというのも変わらないだろう」


 優太はもし機会があれば奴らに一泡吹かせてやりたいと思っていた。しかしそれが無理だという事は、今まで何度も殺されてきた優太が一番分かっていた。


 セリフを口にした後、はっとその事実に気づき、イラついて小鬼の死体を蹴り飛ばした。


「いくら奴らの急所の場所が分かっても全然意味がないんだっ」


 奴らは常に三匹以上で行動し不意打ちを仕掛けてくる。一体の身体能力は優太の全速力の速さにも追いつけない程度だろうが、三匹で襲われると手も足もでず殺されてしまうのだった。


 なので小鬼と戦おうなどとは考えず、今までなんとか避けながら進んできた。



 しかしここまで来て、カバンの近くに小鬼が待ち伏せていたのだ。そして俺は悩んでいた。


「奴は今一人しかいない。これは千載一遇のチャンスなんじゃないか」


 すると小鬼が俺の学生カバンに興味を持ったようだ。このままでは持ち去られるか中身を漁られるのは時間の問題だ。


「あっ……」


 小鬼がカバンを漁りカメラを引っ張り出したのを見て優太は思わず声を出してしまった。咄嗟に口を押さえるもその時には既に遅かったようだ。


 ガシャン


 小鬼はこちらに気づいてビデオカメラを落とした。そしてあの気味の悪い表情をみせながら、おもちゃを見つけたという様にこちらにゆっくりと近づいて来た。


「くそっ だ、だけど一匹なんだ やってやる」


 優太はそう言うと勢いよく立ち上がり小鬼と向き合った。


 しかしそこから足が一歩も動かない。それどころか奴が近づく度に震えが止まらなくなっていった。優太の精神には、自分で把握している以上に奴らに殺された事による恐怖の感情が植え付けられていたのだ。


「……ち クソッ!!」


 なんとか固まっていた足を動かすと、転びそうになりながらも小鬼の横をすり抜け自分のカバンを拾った。そうしてそのまま小鬼に背を向け来た方とは反対方向へと逃げ出した。


―やっぱり無理だ……たとえ一匹だけでも、立ち向かう勇気は無いっ―


 みっともない恰好で逃げる俺の後ろから小鬼はゆっくりと追いかけてきていた。


 やがて無我夢中で逃げ続けていた優太はいつの間にか切り立った崖に追い込まれてしまっていた。優太は崖下をそっと覗くと、眼下には剣山のように尖った岩がいくつも並んでいた。


 今までは小鬼に殺されたとしても、何故だか分からないが何時間後には健康な状態で復活する事が出来た。


 しかし今までの傾向から死んだ場所は変わっていなかったのだ。もし崖から落ちて剣山に突き刺さってそこで死んだとしたら、バグのように永遠にその場で生と死を繰り返すことになる。それはまさに針地獄だろう。


 そうなったら、今までよりも悲惨なただ苦しみが続くだけの地獄が待っている。せっかく見つけたちいさな希望だって無二帰すだろう。


「動け足! 今やらなくてどうすんだよっ……そうだ、何か、武器はないか」


 そう思って辺りを探すと、小鬼と俺のちょうど中間地点にいい感じの石が転がっていた。


 しめたっと思うと優太は小鬼の棍棒を危なげに躱し、その石を拾って再び距離をとった。


 その時小鬼は自分の棍棒はよけられた事に戸惑っていた。その隙を狙って優太は手にした石を思いっきり小鬼の頭に打ち付けた。


「お、おらあああ!」


 石は小鬼の脳天に直撃した。すると小鬼には呻き声をあげてよろめきだしたので、そのまま手で押し小鬼を崖の下に突き落とした。


 小鬼は真っ逆さまに落ちていくと崖下の剣山に突き刺さって絶命した。


「やった……」


 崖下に落ちて行った小鬼を確認すると俺はそう呟いた。そして気が抜けその場で座り込んでしまった。


「はは、ついにやったぜ。あの化け物を殺してやったんだ……ざまあみろ」


 するとその直後、自分の体に不思議な事が起きた。


 その青白い霧のようなゲルのような、何だか分からないもやッととしたものは崖下からかなりのスピードで現れ登ってきた。そして俺が驚く間もなくそれは俺の体の中に吸い込まれていった。


「な、な、なんだよこれぇ」


 あっという間に全てが吸い込まれると、俺は感覚的にある二つのことを悟っていた。

 それは今の青いもやもやは、ゲームなどでよくある経験値のようなものだという事。そして俺が小鬼ーゴブリンを倒したことで手に入ったのだという事だ。


「見た目は気持ち悪いけど、なんだか不思議な感覚だ……それにいい気持ちかもしれない」


 その時、体の奥底から漲るような心地よさを感じた。


 しかしそれは俺の思い過ごしなどではなく実際に俺の体にはある変化が起こっていたのだ。


 すなわちこの世界ツヴァイガーデンに存在する魔力という力の現れだった。


 ゴブリンが死んだことで魔力が俺に譲渡され、優太の中に魔力が生まれたのだった。

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