第5話 森の迷い人
この不思議な森に迷い込んだ日から三年の月日が経っていた。だが優太は未だに森から出られていない。同じような放浪の日々は未だ続いていた。
三年も経ったので優太の容姿もかなり変わった。髪を切ることが出来ないので、背中まで伸び切った髪は土や垢、血で黒く汚れ山姥のようにぼさぼさになってしまった。かつての生徒会長だった頃の秀才さは見る影もない。
食べられる飯も限られているのでかなり痩せた。まあ、走り回ることが増えたので筋肉は多少増えたが。
しかし悪い事ばかりでもない。暮らしぶりは少しずつだが大きく向上していた。例えば食事だ。カメラのレンズで太陽光を集めて火を起こすことに成功した。それに果樹をみつけたので多少は良い食事が出来る。
寝床もあれから簡単な住居を作ることが出来た。これで俺の安眠は守られた。
そして一番の変化は、滅多に死ななくなったことだ。
崖でゴブリンを殺し魔力を得た後、自分の体の奥底から何やら力があふれてくるのを感じた。
最初は微微たる変化で、少しだけ体が軽くなったような気がする程度だった。だが俺の中で生まれた疑問を確かめたくてもう一度なんとかゴブリンを崖から落とし殺したときに、それは確信へと変わった。
ゴブリンの死体から出る青白い霧を浴びたあとには、はっきりと自分の身体能力が上がっているのが分かったのだ。
今では猿のように木を駆け上ることもできる。そして俺の主食は木の皮からゴブリンのステーキとなった。
森から出るための散策も少しずつだが進んでいた。しかしその為に、俺の頭を悩ませる最大の障害が存在していた。
最近の事だ。
優太は川に沿って歩いていくことでこの忌々しい森の境目らしきものを見つけていた。川の反対側にはまた森が広がっていたが、そこには化け物のような大きさの木々はなく、鳥や虫の声が聞こえ命あふれていた。故郷のどこか懐かしい雰囲気を感じさせたのだ。
優太は川を渡り向こう岸にある森へ行こうとしたが、その時、背後から悪寒を感じた。はっと振り返ると、そこには自分の身の丈の三倍はあろうかという巨大な化けものが立っていた。
そいつは優太を片手で持ち上げるとぐしゃりと頭をひねりつぶし絶命させた。
そして目覚めたときには森の切れ目とは離れた場所にもどされているのだった。
―おそらくあいつはゴブリン共の親玉だろう……俺が逃げないように見張ってるんだ―
その後何度か川を渡り脱出を試みたが、いつもどこからともなく現れたデカ鬼にやられて失敗していた。
優太は自らの寝床で思案していた。
「きっと森を出る方法があるはずだ」
すると優太は、かつて森で拾ったロケットを取り出し中に収められている写真を眺めた。
あの時から心がくじけそうになったら、いつもこうして勇気をもらうようにしていたのだ。
「といっても、俺にあいつに対抗できる手段はあるのか」
住処にしていたツリーハウスで頭を捻っていた優太はふと思いつくと、自分の今持っているものをその場に綺麗に並べ始めた。
学生カバン、筆箱、ノート、靴、制服、ビデオカメラ、カメラのバッテリー、動かないスマホ、整髪料、ゴブリンの肉、ゴブリンの服、ゴブリンの棍棒、森にあった果物、木の皮数枚、木で作った縄、ビデオカメラのレンズを使って作った火起こし機、森で拾った金のロケット……
「だいたいこんなもんか」
しばらく眺めている内にいくつかアイデアが浮かんできた。しかしどれもぱっとしないものばかりであのデカ鬼の目を欺けるとは思えなかった。
バッテリーを使ってスタンガンのようなものを作れないかと思ったが、どう考えても電力が足りな過ぎて諦めた。ならば火起こし機の火で攻撃できないかと思ったが、そもそも森の境目まで持ち運ぶことは出来そうになかった。
棍棒程度じゃダメージはなさそうだ。しかし見つからずに逃げることは難しいだろう。あいつはどこから現れるのだか分からないのだから。
いつも音をたてずに、すっと背後に現れると俺に襲いかかってくるのだ。そこでどっちからやって来るのかと首を回し周りをよーく見ながら向かって見たが、それでも背後から襲われ倒れてしまった。
「あそこは特に暗いからな それで見つけるのが遅れて逃げられないのかも」
すると優太は棍棒に肉の油を浸し木の皮を巻き付けた即席の松明を作った。これがあれば見つかる前に森から逃げられるかもしれない。
優太は必要な荷物をまとめるとカバンと松明、少しの勇気をもって再び森の切れ目に向かった。
森の切れ目に着いた俺は注意深く辺りを見渡した。
「…………いない、ようだな」
周りにデカ鬼の姿はなかったが、またいつ何処から現れるか分からない。優太は用心しながら川の中に足を入れた。
パシャ
その時、川の上流の方から水音が聞こえた。
魔物がやって来たのかと思い焦りながら松明を向けそちらを照らした。
「えっ」
「は……?」
川の水の音からゴブリンが俺を追ってきたと思ったのだが、そうではなかった。水音の主は久方振りに見る人間のものだったのだ。 ……しかも裸の女の子だ。
「えっと、アナタも水浴びしに来たの?」
「えッ……違うけど」
彼女が話かけてきたことに俺は驚いた。女が男に裸を覗かれれば、叫び声を上げ逃げていくのが普通だからだ。恥ずかしくはないのだろうか。
また、彼女の容姿は優太が今まであった女の子のどれとも違い、誰よりも綺麗だと思った。髪色は西欧でも見ないようなプラチナブロンドでちょっぴり長めの髪を後ろの方でまとめていた。
彼女の瞳はエメラルドのような深い緑色でちょっと見ただけで目が離せなくなるのだった。
それに彼女の露出された美しい肌はミルクのように白く透き通っていた。そして年齢に不相応な彼女の豊満な乳房が私のリピドーを激しく刺激するのだった……。
「………………………はッ……」
そこで優太は我にかえった。うっかり彼女の事を凝視してしまっていたのだ。
その視線に気づいたのか、彼女は頬を赤らめて手で胸を隠した。
「…………アナタって、変態さん?」
「いやッ! 違う」
彼女はそう言って恥ずかしがりながら軽く笑みを浮かべた。その表情に優太は思わずドキッとした。そして自分でも驚くぐらいに感情がこもった声で強く否定した。おそらく彼女に嫌われたくなかったのだと思う。
そして優太がそう言うと彼女は再び話しかけていた。
「じゃあ、アナタは魔物?」
「はあ? いや、なんで……」
彼女が初めなんでそんな事を言うのか分からなかった。しかしその理由はすぐに思いついた。
それは俺の恰好が三年の森でのサバイバル生活のせいでとてもみすぼらしい物だったからだ。服は下半身のズボンしか身に着けてなかったしこれではゴブリン共と見かけは大して変わらなかった。
すっかり彼女の虜だった俺は、この後に彼女を口説こうかとも悩んでいたが、自分の見た目の汚さに気づき恥ずかしくなり止めた。
「お、俺は魔物じゃないよ あの、貴女の名前を教えてくれませんか?」
俺は勇気を出して尋ねた。
すると彼女は頬を赤らめながらも教えてくれた。
「…………クレアだよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます