第9話 冷徹とはつまり




 『冷徹』の眼 ミア・フリーズ。



 彼女は『神眼』を持つヒロインの一人である。


 能力を発動させた際には、敵の動きを完全に封じ、そして得意とするレイピアでとどめを刺す。そのスタンスを幼少期から身につけてきた彼女は謂わば一匹狼のような性格に育ってしまっていた。


 しかし、彼女も元の世界で何万もの根強いファンを作ったヒロインの一人だった。


(『フォボスの末裔』に出てくるキャラで唯一の”ツンデレ”キャラ‥‥‥!)


 そう、そして彼女はツンデレ。

 この世界で初めてお目にかかるツンデレであった。


「で、さっきから私をじろじろと見てるけど、何?気持ち悪いんだけど」


 ヒロインと邂逅するとは思わぬ誤算だったが、俺はポーカーフェイスで彼女と視線を合わせた。


 さっそくその属性を発揮する彼女に俺は態度で示した。しかし、彼女は常時、不機嫌そうな顔に冷徹な目を添えて、俺に敵意を向けていた。


「‥‥‥それでもかわええ」

「ん?何か言った?」

「いえいえ!なんでもありません!」


 ただ、ヒロインなだけあって、その美貌っぷりは隠せていない。

 ツンとした棘のある彼女だが、その赤髪も合わせて言うなれば薔薇のような存在だった。


(彼女のルートは苦労した覚えがあるなあ)


 現実となった今ではその思考は倫理的にアウトかもしれないが、彼女の裏の顔も俺は知っているのだ。


 どのキャラよりも愛が深い。

 下手したら『慈愛』の眼を持つエマよりもその愛は深いのだ。


(ヤンデレとツンデレは紙一重って聞くし、まあでも彼女のような美少女から愛されたら人生最高どころじゃないぜ)


 まだ体は未発達。

 俺と同い年であるミアは感情も当然幼いのだ。


 彼女が恋心に目覚めるのはおそらく中等部くらいだろう。

 だから俺は気にせず、ありのままの自分で彼女に接することに決めた。


「で、ミア。なんでエイブリーじゃなくてお前が来たんだ?」


 そう敬語など使わず名前を呼ぶが、そのせいか、ミアはむすっとした顔をつくる。


「呼び捨てにしないで」

「え、ああ、悪かった。ミアちゃん?」

「殺すわよ。私じゃなくてエイブリー様のこと。私は呼び捨てでもいいから、エイブリー様のことは呼び捨てにするな」

「ああ、そっちか。分かった」


 会話の節節に怒りを感じると思ったら、エイブリー団長のほうだったのか。

 ミア自身は呼び捨てでも構わないようで、俺はそのまま会話を続ける。


「エイブリー団長はどうしてここにいないんだ?」

「いや、後から来る」

「どうして後から来るんだ?」

「私が、あなたがエイブリー様の弟子にふさわしいか確認するため」


 ん?つまり、どういうことだ?


「エイブリー様は私の師匠なの。弟子は一人で十分。あなたの力を試すため、私一人で来た」


 ああ、なるほど。

 俺はその言葉でようやく彼女の意図を理解できた。


 彼女は、自分の師匠がどこの馬の骨とも分からないような悪ガキにとられてしまうと思ったのだろう。

 そのため、師匠より一足先に俺の実力を見ることでその実力差を示そうと。


(かわいい理由だなあ)


 思わずにやけてしまった。


 トゲトゲした表情の裏には、可愛らしい嫉妬心。

 まだ七歳の少女らしく、彼女はそれだけのために行動を起こしたのだ。


「じゃあ、俺と勝負するか?」


 ならば、と俺は試合を提案する。

 彼女が示したいのは俺より自分の方が強いということ。


 試合で俺を負かすことが彼女の望みだろうと俺は思った。


「はあ?ふざけないで!どうしてあなたが上から指示するのよ!」


 しかし、彼女は俺の意見に対して憤慨した。


(まあ、彼女からしたら俺はただの凡庸な貴族だからな)


 今思い出したが、彼女はこの国──フローレスの公爵令嬢。

 俺も一応はなのだが、地位的にも彼女は俺より上の存在であった。


「あなたが私に試合を申し込むの!私と戦わせてくださいって!」


 戦わせてください、か。

 少しわんぱくなお嬢様だが、俺は素直に頷くことにした。


「ごめんごめん。じゃあ、俺と戦ってください。お願いします」

「ふん、いいわ。私と戦えるなんて、とても光栄なことなんだからね!覚悟するのよ!」


 こうして破天荒ではあるが、『冷徹』の眼の保有者であるミアと”試合”をすることになった。







 ⚪︎ ⚪︎ ⚪︎ ⚪︎ ⚪︎



「どれどれ、そろそろ到着かの」


 馬車でその身を揺らすのは、五十代、いや四十代にも見えるスラリとした感じの女性。


 彼女は大きな外套をその身に纏い、馬車の窓から外の景色を眺めていた。


「ルーカスが言っていた規格外の少年、どんな悪餓鬼なのか楽しみだ」


 その語り口は少し男気が強く、実年齢では考えられないほどの活力を感じる。


 そう。

 彼女こそこの国の魔法師団現団長である、エイブリーであった。


 彼女は外の景色に魅入っているように見えるが、思考するのは勿論、齢七にしてルーカスにその腕を認められた少年。


 笑みを浮かべ、その時を待ち望んでいる。


 そして、また彼女を驚愕させる事案が突如として起こった。


────ドガアアアアアン!


 遥か彼方。今、馬車が向かう方向から爆音が響いた。

 思わず耳を塞ぎたくなるような轟音とともにその余波が彼女の乗る馬車までも揺らしていた。


「────ほう」


 それに関心を寄せるのは、彼女だけでない。

 彼の運命は徐々に変わりつつある。それを本人が自覚していないだけ。


「まさかミアの本気を出させるとは────」


 エイブリーはその顔に更に皺を作り、団長らしく堂々と口にした。


「これは、期待できるかもしれんな」


 エイダン・テオ。

 既に彼は常軌を逸しているのだ。

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