第8話 その紅葉
モミジside
目を開ければ、すぐそこにはすやすやと眠るテオ様のお顔があった。
一週間前から地獄とも呼べるような訓練を日々彼はこなしている。
疲れが溜まるのは当然だろうが、その顔は安心しきっており、幸せそうな寝顔だった。
「……かわいい」
私はそんなテオ様の寝顔を間近で見ていた。
昨夜は私にとっての人生の岐路だったが、その選択を私はやはり後悔していない。
過去を乗り越えるというより、私は記憶からそれを消し去った。
辛い過去を胸の内に留めておくより、そんなものさっさと忘れて今、目の前にあることを全力でやったほうが気持ちも軽くなると私は考えたのだ。
テオ様は変わられた。
その変貌振りは人格ごと変わったかのようなものだったが、今の私の生活は充実しているためそれでいいのだと思った。
『申し訳ない』
そうテオ様は昨夜おっしゃった。
本当に苦しんでいるような表情で、私に謝罪した。
驚いたのは、そのことだけじゃない。
エリクサーもそうだし、何より辞職のために用意した書類だ。
(私が辞めるわけないじゃないですか……)
テオ様の頬に手を添えて、私はそう思う。
こんな可愛らしい寝顔を私に見せてくれる。そして、私に仕事のやりがいを与えてくれる。
今ではテオ様はそんな存在になったのだ。
こんなにも愛おしく、守りたくなるような存在はテオ様だけ。
七歳児であるのに妙に貫禄のあるその佇まいと、その巧みな語り口には毎度のことながらびっくりするが、それもテオ様なのだ。
「──テオ様のためなら私はどんなことだってするわ」
もし、テオ様が再び昔のような暴君に戻ってしまわれたら私が更生させる。
一昔前の情けない自分ではない。
今の私はより良い方向に主人を導くことができる。
私は体を起こし、テオ様の頬に一つキスを落としてから部屋を出た。
私のメイドとしての仕事は今、最も輝いている。
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名/エイダン・テオ♂ 種族/人間 Lv.6
能力値
基礎体力:490
基礎魔力:221
基礎俊敏力:503
基礎防御力:544
基礎知力:1068
インディビジュアル・アビリティ
『上限突破♾️』
『強奪(使用回数:1)』
新規スキル
『剣術:中』『槍術:中』『弓術:初』『杖術:初』
『体術〈柔・捕手etc〉:初』
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「えっぐいなあ、これ‥‥‥」
久しぶりに自分のステータスを確認してみたのだが、この短期間でその内容はえげつないことになっていた。
「新規スキルの獲得数多すぎるし、能力値も普通こんなに増えるもんなのか?」
この世界をゲーム上でプレイしていたときでも、こんなに著しい成長はなかったはずだ。それなのに、異常とも言えるような成長を俺は感じていた。
「もしかしなくてもこれ、主人公より成長率高い?」
製作陣もそこらへんは考慮していなかったのだろうか。
そこんとこはよくわからないが、テオとして生きるには有り難すぎる幸運だった。
「でも能力値カンストまでは程遠いな」
そうなのだ。
いくら能力値が異常に増えていたとしても、このペースでは五年後の新人戦までには間に合わない。
出場する選手のほとんどが全項目において5000以上なのだ。
ここで満足するようでは半人前。
優勝するには最低でも8000は必要だろう。
今日も訓練に明け暮れることになる。
「今日は初めての魔術訓練だしな。いつにも増して気合い入れてくか」
執事長のルーカスが言っていた。
『毎日同じような訓練ばかり繰り返していても、それでは単なる”慣れ”につながってしまいます』と。
最初はよく理解できなかったが、訓練を重ねていくうちにその意味が理解できるようになった。
ルーカス一人だけが相手だと、相手の弱点やスキル、癖を理解しているため、新鮮味に欠けるのだ。
新人戦では見たこともないようなスキルや能力を使ってくる者がいるそう。
物語上でも確かにそんな記載があったような気がする。
ということで、ルーカスが考えた対策は魔術の訓練を徐々に入れていくということだった。
「まあ、私も少しくらい休みが欲しいのでね。代わりに魔法師団現団長のエイブリーを講師として呼びました。五十路のクソババアですが、腕は確かです。楽しみなさい」
魔術の訓練は建前で、ただ単に休みたいだけなのではと思ったが、俺は魔術にも十分な興味があったため指摘しないことにした。物凄い笑顔で牽制されたし。
「それにしても魔法師団団長か‥‥‥」
なんだか今朝、胸騒ぎがすると思ったらその予感はどうやら当たっていたようだ。
魔法師団団長であるエイブリー。
ルーカスが言うように五十路のおばさんで、酒に五月蝿い。
確か七人のヒロインの誰かに魔術を教えていたような気がするが、その情報は忘れてしまった。
「まあとにかく魔術も極めて、オールラウンダーを目指さないとな」
能力値カンストとはつまり、”全ての能力値を極める”ということである。
基礎魔力の応用である魔術も例外ではない。
ルーカスとエイブリーに繋がりがあるのは驚いたが、これも幸運と捉え、邁進することにした。
いつものように日課の自学をしていると、外からガタゴトと馬車の揺れる音が聞こえた。
「────来たか」
屋敷を抜け、玄関から外に出ると、そこには豪勢な馬車が位置していた。
流石魔法師団団長という感じで、その権威が窺われる。
ガチャッと馬車の扉が開かれ、俺は身構えた。
これからあのエイブリーに師事するのだと思うと、緊張と同時に光栄を感じた。
だが、そこから出てきたのは五十路のおばさんなどではなく、若く見惚れるほどに美しい少女。
冷徹な目を俺に向けて華麗な彼女は口にした。
「────あなたが世に悪名高い、エイダン・テオとかいう男?」
ヒロインの一人である『冷徹』の眼ミア・フリーズと邂逅した俺は、その衝撃に呆然と立ったままだった。
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