第10話 君がための試合①


「では私が審判を務めさせていただきます」


 ミアと試合をするということで、メイドのモミジが審判役を買って出てくれた。

 俺たちは今、屋敷の玄関前から移り、建物の隣にある広めの訓練場で向かい合って立っていた。


 野外の訓練場ということもあり、上を見上げれば自然の源である太陽が温かくその身を晒していた。


 一方、ミアの表情といえば仏頂面でぴくりとも動かない。

 まさに『冷徹』を具現化したような表情で暖かな太陽とは対照的だった。


「負けても喚くんじゃないわよ!」


 彼女はそう言って、自分の愛刀であるレイピアを構える。

 七歳児とは思えないほど、その型は研ぎ澄まされており、その気迫が伝わった。


 だが。


「ねえ、どうして構えを取らないの!あなた、そのままじゃすぐ私に倒されて死んじゃうわよ!」


 俺は構えを取らず、直立不動でその場に佇んでいた。


(構えとか知らねえ……)


 正直に暴露すると、構えなど俺の知識にはなかった。ルーカスからも教わっていない。


 ゲームの知識を度々駆使しながら今まで歩んできたが、そういった細かいことまでゲームは示してくれない。


 絶対的な実力差があれば、構えや型などは意味をなさなくなるのだろうが、相手は『神眼』の所有者である。そうも言ってられない状況にあった。


「────俺に構えなど必要ないぜ」


 しかし、俺は堂々とした態度でそう虚言を口にした。

 今考えていることとは真反対の言葉だが、彼女に焦りを感じさせるために俺は強者を演じたのだ。


「な?!構えを無視するつもりなの?!」

「ああ、そうだ。俺はミア如き簡単に倒せるからな」

「────っ、嘘をつかないで!」


 煽りに煽る。

 敵の冷静を欠くという作戦を只今実行中なのだが、彼女の怒りメーターもそろそろ限界に近づいていた。


 彼女を倒すためとはいえ、少し大人気ない対応をしている。だが、ここで彼女に負けてしまったらこれからの計画が根本から破綻するかもしれないのだ。


 甘えは不要。今までの訓練の成果を発揮するときが来たのだ。


「では、ミア・フリーズ様とエイダン・テオ様の試合を開始します」


 モミジの溌剌とした声が訓練場に響く。

 そして、戦いのゴングが鳴った。


「────試合、始め!」






 ⚪︎ ⚪︎ ⚪︎ ⚪︎ ⚪︎



 試合が始まると同時に彼女は地面を蹴り、次の瞬間には俺の懐に潜り込んでいた。


「はっ!」という凜とした声とともに彼女はレイピアを振るうが、俺はその斬撃を間一髪というところで避ける。


(────は、はやっ!)


 思った以上に鋭利なそのレイピアと彼女の技の速度に面食らい、一歩後退りをしてしまう。そして彼女は俺のその動きも見ていたのか、すぐに体勢を立て直し、再び技の射程内に入った。


 シュッと風を切る音が俺の耳横から聞こえる。

 レイピアの細かな動きも相まって、俺は避けの一点張りになってしまっていた。


「あら、どうしたの?私なんか簡単に倒せるんじゃないの?」


 ミアはレイピアを振いつつ、俺にそんな言葉をかけた。

 俺の先ほどの煽りがただの虚言だと思ったのだろう。


 その口元は僅かに笑みをつくっており、動きには余裕がありそうだった。


(流石『冷徹』のミア‥‥‥!隙が全くない!)


 彼女は攻撃を繰り出しつつも、その身の隙は完全に無くしていた。

 カウンターを恐れているわけでもなく、ただそう自然とその型を守っているようだ。


「‥‥‥負けていられねえなあ!」


 レイピアの斬撃を柔軟にかわしつつ、俺はそう叫んだ。

 攻められてばかりではいつまで経っても彼女に打撃を与えられない。彼女の隙を自分で作り出すしかないようだった。


 そこで思い出すのが、槍式のカウンターだった。


(ルーカス、ありがとう!)


 レイピアと槍とではその形状は全くと言っていいほど異なるが、”突く”という点では似通っている。その点を活かしたカウンターを俺は既に習得していたのだった。


 時を見計らって、俺は動く。


(────今だ!)


 レイピアが一直線に俺の体に向かってくる。

 それは目で捉えるにはなかなかに早いが、剣筋は単純。


 体を旋回し、自分の鉄剣で彼女のレイピアを側面から叩き落とした。


「────っ?!」


 カランと地面に落ちる彼女のレイピア。

 そして一瞬で冷静を欠いた彼女の頭部に鉄剣を入れるため、俺は腕を振り上げた。


 が、そこは『神眼』の所有者。

 自分の武器に注意をとられているわけもなく、俺のカウンターの一打を咄嗟にしゃがんで回避していた。


「‥‥‥はあはあ、やるわね、あんた」


 ミアは息切れしつつも、俺の動きから目を離さなかった。

 一旦、お互いに距離を取り、息を整える。


 最初は競り負けていた俺だが、今のカウンターでどうやら形勢逆転したようだ。


 現に彼女はその手にレイピアを携えていない。

 彼女の愛刀は地面に転がっていた。


(いける‥‥‥!)


 俺は息を整えると、すぐに彼女目掛けて走った。今が彼女を仕留める千載一遇のチャンスだった。


「悪いな、この勝負勝たせてもらうぜ!」


 俺は声を大にして、そう言った。

『神眼』相手にここまで戦えるとは思ってもいなかった。


 勝利はすぐそこ。

 物語を進展させるために、彼女に勝利する。その決意は崩れなかった。


 しかし。


「────起動、『冷徹』。力を解放せよ」


 彼女がここで根を上げるはずもなかった。


「なっ?!」


 彼女はレイピアを得意とするが、本職はなのだ。


 そう、俺は失念していた。


 

 つまりは魔術を主とする型も当然ながら存在する。

 何がために彼女はエイブリーに師事しているのか、それは物語上でも明かされていたではないか。


「『凍りついた意思フローズン・インテンション』」


 彼女は冷気を取り出した。

 彼女にとっての戦いの要。それは、最後まで自分の力を温存すること。


 ”本気”を彼女は解放する。


 ミア・フリーズ。

 彼女は能力を発動し、相手の動きを完璧に封じると先述した。

 それは彼女のアビリティの一つである、冷気を活かした技だ。相手の動きを封じるために、その冷気を必要とする。


 取り出した冷気を体に纏い、それを敵に直接的に作用させることで硬直。

 触れれば即凍りついてしまうだろう。

 動きを止まられてしまったら、それで一貫の終わりだった。


 彼女は体に纏った冷気を巧みに操作していた。


「────私の本気を出させるなんて、すごいわ、あなた。褒めてあげる。でも、私の本気に勝ったものは誰一人としていないわ」


 彼女は手を上に掲げ、言葉を続けた。


「そんな私の本気を引き出したあなたに新しい技をプレゼントしてあげる」


 ミアはこの試合を楽しんでいた。魔術を思う存分、敵に行使できること、そして何より、同年代で自分と渡り合える存在がいることが彼女の愉悦を誘った。


 冷気が集う。

 そして、凝結し、靄が収束する。

 さらに凝固が進み、宙には巨大な氷が形作られていた。


 彼女はひとつ間を置いて、手を振り翳した。

 その未知の氷を躊躇いなく


「────くらいなさい、『氷岩の集いアイス・ギャザーリン』!」


 氷点下と言ってもいい。

 冷気は周囲の気温にまで作用している。

 いつの間にか凍えるほどの寒さになっていた試合場はさらに混沌と化す。


 俺は堕ちてくる、”氷岩”を正面から見上げていた。

 彼女が創り上げたその美しい鈍器に魅入っていた。


 そして、瞬く間もなくそれは地面に衝突していた。思わず耳を塞ぎたくなるような轟音を添えて。


 ────ドガアアアアアン!


「……私の勝ちね」


 氷が霧消し、視界が完全に閉ざされたなか、彼女はそう一人呟いた。

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