第11話 君がための試合②



「……ああ、そういえばミアよ」

「どうしたんですか?エイブリー様」


 それはミア・フリーズがテオと邂逅する前日。


 魔術の訓練中。

 エイブリーは突然、思い出したようにミアに語りかけていた。


 彼女は団長着である外套を払いながら、目の前の少女に目を向ける。

 そこには、まだ幼いながらも魔力の錬成を行い、巧みな外力操作を行なっていたミアがいた。


「明日から新しい弟子を迎えることになるかもしれん」


 エイブリーはよどみなくその言葉を彼女に伝えた。

 躊躇いのない言葉にミアは一瞬、集中を途切らせてしまう。


 そして、何を言ってるんだこの人は、と言わんばかりの疑問に満ちた顔でエイブリーを凝視した。


「ど、どういうことですか?エイブリー様────」


 彼女が当惑するのは仕方がない。


 ミアは、自分の師匠が常日頃から「弟子はミア一人だけで十分だ」と言っているのを耳にしているのだ。

 それなのに、思い出したようにさらりと語る彼女を見て心底驚いていた。


「なに、腐れ縁のジジィから頼まれてな。そいつが鍛えているらしい少年がお前と同じくらいのポテンシャルを持っていると言うのだ」


 ミアはエイブリーの言葉を噛み砕く。

 まだ幼い頭で必死に思考するが、それだけが理由ではないように思えた。


「そのジジィが弟子を取るのは珍しいことなのだよ。昔、何人か弟子をとっていたのを見たことがあるが、皆、そいつ──ルーカスのバカみたいな訓練に耐えられなくてな、すぐにやめちまってる。だが、今回の弟子は訓練にも耐えられるくらい根性があるらしいのだ」

「‥‥‥エイブリー様、その少年の名はご存知なのですか?」

「ああ、知っとるとも」


 ミアは魔力の解放を一旦やめ、真剣に話を聞こうとエイブリーに体を向けた。


「その少年の名は、エイダン・テオ。エイダン家の一人息子だよ」

「えっ、テオってあの悪名高い‥‥‥」

「そうそう、その通り。使用人を包丁で刺したとか、奴隷をおもちゃのように扱ってるだとか、クズっぷりが噂されてる者だね」

「‥‥‥そんなやつが」


 ミアは憤りを覚えた。

 そんな悪童じみた者がなぜ、そのような根性を持ち合わせているのだと。


 疑問に思う部分もある。だが、何度も言うが彼女は七歳。

 大人のような深い思考はできないため、安直な考えでしか事を把握できない。


 そして、エイブリーに言う。


「どうして、そんな悪童をもう一人の弟子として迎えるのですか?私は納得がいきません。そんな信用ならないようなやつと一緒に訓練したくもありません」

「はは、そのとおりだな。私も同意見だよ。弟子はミア一人だけで十分。明日は、私の弟子として相応しいかどうか見るだけだ」


 ミアは、ほっと安堵の息を吐いた。


 自分以外の弟子、という存在。

 正直なところ、彼女は自分の師匠がとられたくないだけであった。


『フォボスの末裔』

 このゲームのキャラクター設定には、次のような彼女の記載がある。


『ミアは、エイブリーを実の母のような存在として捉えている。その理由は単純で、彼女にはからである。故に、『冷徹』の適応も進んだ──』


 この記載に丸々と示されている、彼女の素顔。


 エイブリーを『師匠』と呼ばず、『様』付けして呼ぶにもそんな理由が隠れていたのだ。


 エイダン・テオという存在。

 彼女にとっては、聞くだけで嫌悪感が募るような相手だ。


 それに言葉では表せないような外道と聞く。

 だから、母のように慕うエイブリーにも嫌な思いをさせまいと、自分から彼に会いに行こうと決心したのだ。


 しかし、現実はその偏見とは随分異なっていた。


 ミアの本気を出させるほど、純粋で強靭で期待が持てる相手。


 今、彼女の心には『歓喜』という心がちらついている。







 ⚪︎ ⚪︎ ⚪︎ ⚪︎ ⚪︎



 揺れ動く大地と、それに呼応する術。


 ミアが解放した『神眼』の術は、訓練場の地形をことごとく破壊した。

 周りに飛散するのは、泥や土、訓練場の小物類だけでなく、具現化した”氷”の粒だ。


 彼女が顕現させたその物体は、術発動後もわずかに冷気を帯びながら地面に転がっている。溶けてはおらず、それが彼女がまだ力を解放し続けている事を意味していた。


「う、うそでしょ……?!」


 ミアは地面に俺を見て警戒していた。

 それは俺が絶命したからではなく、俺の体に彼女は違和感を見つけていたからだ。


(──ど、どうしてこいつの体、傷がないの?)


 それは俺にもわからなかった。

 ただ自分の周りを囲う障壁のような何かがあることだけはわかった。


 な、なんやねんこれ?!


 俺もそう叫びたい。

 俺はゆっくりと顔を上げつつ、自分の体の違和感に気づいた。


 そして、ズキッとした痛みが頭を走る。


 そのとき俺は脳内で文字の羅列を認識していた。



 ──『上限突破♾️』初段界解放──



 その内容が頭に濁流のように流れてくる。


《概要》

 ・身体の70%以上を損傷したため、総合的な能力値を上昇させます。能力値の上限の変動は行いません。

 ・インディビジュアル・アビリティの認識を許可します。

 ・一時的に体力が回復します。



──────────────────────────────────────


 名/エイダン・テオ♂ 種族/人間 Lv.38


 能力値

 基礎体力:1555    

 基礎魔力:2041   

 基礎俊敏力:1986    

 基礎防御力:1102  

 基礎知力:1068       


 インディビジュアル・アビリティ

『上限突破♾️』

『強奪(使用回数:1)』

 スキル

『剣術:中』『槍術:中』『弓術:初』『杖術:初』

『体術〈柔・捕手etc〉:初』

 新規スキル

『魔術:初/炎』


──────────────────────────────────────


 その変化に俺は呆然としていた。

 変化を知らせるその頭痛はいまだ治らないが、それどころではなかった。


(‥‥‥『上限突破♾️』ってチートすぎるだろ)


 俺がその存在を認識したのは今の疼痛が引き起こされてからだ。


 インディビジュアル・アビリティというものがあったようで、そのアビリティ二つの存在は大きい。


 過去に自分のステータスを確認した際も欄にが、アビリティの認識はできていなかったようだ。


 それが今回のミアの術により、死にかけ、つまりは窮地に陥ってしまったことがトリガーとなり、認識が可能になったのだ。


「すげえ‥‥‥、力がみなぎってくる‥‥‥!」


 現に、その恩恵は体に表れていた。

 彼女の”本気”の術を正面から受けたのに、怪我は皆無。

 むしろなんでもできそうな気分だった。


「勝ったと思ったのに‥‥‥!くっ、とらえろ!『冷徹な腕手アイシーブル』!」


 即座に彼女は応戦した。


 冷気を操り、俺のいるところまで靄が広がる。

 だが、全体的に能力値が上昇したおかげかか、先ほどよりも視界がクリアに見えていた。彼女の苦虫を潰したような顔も、見える。


 冷気が強く、氷点下以下の温度。

 靄を活かした凍結が進む。


「寒いけど‥‥‥、死ぬほどの寒さじゃない!」


 足が若干凍り、動きが鈍くなっている。

 でも、それ以上の上昇値だ。


 彼女の横に猛ダッシュで滑り込む。

 ミアは油断していた。


「──この勝負、俺の勝ちだ!」


 瞬時に拾った彼女のレイピアをすぐ目の前まで突きつける。

 勝負は次の一手で決まった。



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