第17話 初日からの陰謀



「ではこれより、第百五十年度入学式を始める────」


 学園長の声が響き、俺は背筋を伸ばした。


 ようやくこの時が来た。

 学園から始まる正規のストーリーだ。


 泣いても笑っても運命はここから左右される。


 俺の印象がどうだとか、これからの展開がどうだとかは一旦置いておき、今は純粋にこの時を楽しむと決めた。


 ゲーム上の世界に来ているのだという強い実感も今の俺は感じていた。


「──そして自主自律の精神を高め、ともに切磋琢磨し合う学園を────」


 学園長の話は完全に無視し、俺はさっそく辺りを見渡した。


 ムーンズ・オブ・マーズ。


 名前の由来はよくわからないこの学園だが、やはり王国直下の学園ということもあって、賢く、また強靭そうな者がちらほらと見受けられた。


 この学園は実力主義を謳っており、入学するには書類審査で通るだけでいいという激甘制度を取り入れていて、現に俺は書類で適当なことを書いただけで合格した。それでいいのか国家の学園が。


 辺りを見渡すと、なかには我が強そうなヤンキーぽい輩もいるが、それより驚くべき人物を俺は捉えてしまった。


(あ、あれ?あの金髪優男そうな見た目‥‥‥)


────主人公じゃね?!


 何故かはわからないが、周りとは隔絶したような雰囲気を纏っている。

 それこそ『神眼』を手にしているような威風堂々さ、傲慢さ。


 しかし、その主人公──オーウェンっぽいやつは優男そうな見た目の顔に反して、表情は苛立ってそうな、めんどくさそうな顔をしていた。

 俺の斜め前の少し離れたところで腕を組み、貧乏ゆすりを始めている。


(なんか‥‥‥、なんか原作とは雰囲気が違うな‥‥‥)


 学園長の長い話に苛立ってるのか?

 それとも何か、他の事情でもあるのか?


 いずれにせよ俺が彼に違和感を感じたのは事実だった。


 その金髪を観察していると、隣からミアがぼそぼそと語りかけてきた。


「────ちょっと、何してんの?テオ?今、学園長の話の最中でしょ、真面目に聞きなさいよ‥‥‥!」

「あ、いや、ちょっとな。あの金髪の男が気になって──」


 ミアも金髪優男に目を向ける。

 そして驚いたようだ。息を呑む音が聞こえた。


「────っ!あの男、私と同じ『神眼』持ち‥‥‥!」

「やっぱりか。って、どうしてそんなことが分かるんだ?」

「私の『神眼』が反応してる‥‥‥。それにエイブリー様から、あの男の情報は少し聞いていたから」


 エイブリーがミアに別の『神眼』持ちについて教えていたようだ。


「オーウェン・ソードリア──『神眼』持ちで唯一の男。一番優れた能力をもっていると言われているわ」

「へえ、そうなのか‥‥‥」


 まあ俺はやつの能力名から発動スキルまで全て把握しているが。

 ここで俺が彼を知っているという事実がミアにバレると説明がめんどいので、初耳という感じを出す。


 ミアはそのまま語った。


「そうよ。でも、あのオーウェンとかいうやつ、結構な悪評が流れてるわ」

「へえ、そうなんだ────はい?悪評?」


 主人公に悪評?

 彼女の語る口から予想外の言葉が出てきて俺は数瞬思考が止まる。

 どういうことか理解できないが、ミアの表情を見ると本当のことを言っているようだった。


「うん‥‥‥。どんな悪評かは知らないけど、傲慢な態度が枠を越えてるだとか‥‥‥。あ、でも安心して頂戴」

「な、何がだ?」

「あなたのほうが広まっている悪評は多いから。結構あなたのの悪行は広まってると思うし、そういった面では有名なのよ?あなた」

「それ嬉しくとも何ともないやつ‥‥‥。てか、五年も前の話だぞ?俺が悪ガキだったことなんて‥‥‥。更生したという話は広まってないのか‥‥‥?」

「ふふ、残念ながら広まってないわ」

「おい、ミア。なんでお前はそんな嬉しそうなんだ……」


 一瞬その可愛らしい顔が小面憎く思えたが、すぐに沈静化する。


 人の噂は七十五日というけど、俺の場合はもう五年経っている。

 実際に過去に悪行をしているから噂ではないかもしれないが、それでも更生しているという情報が世に広まっていないのは納得できなかった。


 学園長の話が耳を抜ける。


「────諸君、この学園で栄光を勝ち取り、国を先導する人材になってくれ。これで儂の話は終わりだ」


 長い学園長の話も終わって、俺は思考を加速させた。


 初日、しかも入学式最中から驚くことが多いのだ。

 主人公の性格が豹変したのは何故か。


 そういった面もふくめて、俺は入学式の残り、終始渋い顔をして椅子に座っていた。






 ⚪︎ ⚪︎ ⚪︎ ⚪︎ ⚪︎


 少女は学園に入ることを人生の最初の目標としていた。


 ムーンズ・オブ・マーズ。

 難攻不落のこの国──フローレスの国属直下の学園。


 国に貢献する魔法師や騎士、剣士などに限らず、治療師、開発者、政治家など、マイナーな職業の者も輩出するとして世に名高い。


 そんななか、少女は治療師として学園で学ぶために、粉骨砕身して勉学、訓練に打ち込んできた。


「私も、学園に来れたんだ……!」


 普段は内気な彼女でも、たゆまぬ努力で学園入学を勝ち取った。


「どんな人に会えるか、ほんとに楽しみだなあ!」


 髪はウェーブがかった緑色のショートボブ。

 前髪が長く、その髪の間から覗き込む琥珀色の瞳が輝いている。


 その格好を崩さずに、彼女は今日の入学式も参列した。


「すごい、みんな頭良さそうな人ばかり‥‥‥!」


 治療師を目指すと言う。

 彼女は常日頃から自問自答していることがある。


(わたしは治療師になって、”里”の皆んなを笑顔にさせる。そのためにもここでの生活は全力を尽くさなきゃ!)


 自分が本当に治療師になれるのか、いやできるだろうと。


 彼女は『神眼』持ちの一人だった。

 それゆえに自分の人生のこれからの変動を予期できていない。


 仕方ないこととは言え、彼女の身に危険が迫るのは確定した未来だった。


『────がっはっは!エマ!てめえは俺のもんだぜえ!』


 そう。例えば、その身を知られた主人公などに。


 少女の名は、エマ。

 将来、『慈愛』の眼を開花させる、の少女。


 テオとの邂逅も近い。


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