第14話 二人の師匠



 大陸のなかで最も勢力があり、多数の人種が国家を形成している。

 大陸に名を馳せたこの国──フローレス。


 その中心街を行き交う人々の顔は幸せそのものだった。

 悪徳貴族と囁かれるエイダン家からはそれほど遠くない場所に都市は位置していた。


「────よおジジイ。老いたな」


 その中心街の外れにある洒落た喫茶で優雅に紅茶を飲んでいた男に、すらりとした女性が話しかけた。

 男の名はルーカス。エイダン家の執事長であり、元騎士団副団長だ。


「ははは、相変わらず汚い口を叩きますね。エイブリー」


 そしてルーカスに話かけたのは、未だ現役の魔法師団団長エイブリーであった。


 二人して会話はお互いへの嘲笑から始まった。


 エイブリーはルーカスの対面の席に腰掛けて、さっそく目的を問う。

 店の店員たちは国の超有名人が二人も揃っているのを見て、心ここに在らずといった歓喜の表情を浮かべていた。


「‥‥‥で、なんだい?わたしは部下の訓練で忙しいというのに、それを考慮せず呼んだのは。何か、重大なことがあるからだろう?ジジイ」

「ふむ、やはりそれくらいはわかるか。団長の名は伊達じゃないな」

「うるさいのお、それより早く要件を言え。はやく帰らないとわたしの可愛い弟子たちが悲しむじゃないか」


 呆れた溜め息を彼女は吐く。


 そして、「あ、店員さんよ、わたしにも同じ紅茶を一つ」とそばにいた店員に言った。


 いまだ驚愕で固まっていたその店員は、はっと生き返ったように硬直をとき、「はい!かしこまりました!」と口にしてカウンターまでそそくさと走った。


 いっときして、机に紅茶が置かれる。

 二人の会話も再開された。


「お前を今回ここに呼んだのは、訓練の内容についての相談があるからだ。私はテオだけに剣術を教えているから、お前のところでどういうふうに魔術を教えているのかわからん。だが、一つだけ言いたい。最近の爆発的な成長はなんだ?私との訓練では模擬戦を毎回のようにするのだが、相手をするのが難しくなってきたぞ?」


 どうやらルーカスはテオの指導について悩んでいるようだった。


 この話をしているのはテオがエイブリーに弟子入りしてから既に三年が経ったときである。


 にして、と同等の力を手にしたということだろうか。


「ふふ、そうかそうか。なるほど、やはり厳しくなっていたか」


 それにエイブリーも相槌を打つ。

 どうやらそれについて悩んでいるのはエイブリーも同じだったようだ。


「わたしに弟子入りしてから早三年。テオはまだ半人前ではあるが、そこらへんのちんけな冒険者などは瞬殺できるまでに成長したね。基礎魔術もそろそろ全て極めてしまうだろうよ」

「‥‥‥そこまでなのか」

「ああ、そうだ。子供の吸収力は凄まじい。わたしが一を教えたら十、いや、百以上の動きをあやつはするぞ」


 エイブリーは一口、紅茶を喉に通す。

 そして続けた。


「ミアもそうだ。あやつの『神眼』は未熟だったが、テオに感化された影響か、物凄い進化を始めておる」

「‥‥‥お互い、大変な身になったものだな」

「ああ、その通りだ。わたしも最近、老いを感じてきてな」

「お前はもともとからババアだろう?」

「お、言いよるな、ジジイよ。久しぶりにわたしと勝負でもするか?」

「ほう、それはそれで面白いな」


 いきなり喫茶店の空気は二人によって豹変する。

 ピリついた剣呑な雰囲気に、他の客だけでなく、この店の店員も震えていた。

 なかには軽く悲鳴を上げるものもいた。


「ま、冗談だがの」


 そのエイブリーの声で場は緩和された。ほっと誰かしらの安堵の声が聞こえる。


「はは、そうだな。私も人前で迷惑を起こすほど老いぼれてはいない。それに腰にくるからな」

「ふふ、それこそジジイではないか」


 二人は自分たちの弟子を頭に思い浮かべた。


 テオとミア。

 二人とも十歳の、言うなればまだまだ伸び代のある少年少女。

 今は彼らを見守り、導くとき。


「新人戦まであと二年か────。短いのか長いのかよくわからんのお」

「‥‥‥だがまあ、あと二年もあれば上位は狙えるだろう」

「なんだ?ジジイ。優勝を狙わせるつもりじゃないのか?」

「ああ、もちろん狙っているとも。だが、最近よく聞くではないか。別のの話を」

「────そうか。そうだったの」


 規格外。

 それはもう一人の『神眼』の所有者。


「『沈黙』の眼、オリビア──」


 ルーカスは細々とその名を口にする。


「テオとシアの二歳年上。そして、今年の新人戦では十二歳の若さにして、三位入賞を勝ち取った少女だな?」

「そうだ。そしてこの国の。負けてられんぞ」


 オリビア・フォン・フローレス。

 まだその名は世に広まっていない。


 だが、その可憐さ、豪傑さ、賢明さも相まって徐々に世に広がりつつある。


「二年後の新人戦でダークホースとなるのは、テオか、ミアか、それともオリビア様か。面白くなりそうだねえ」

「そうだな。今は私たちも老いに負けていてはテオたちに顔向けできん。新人戦を提案したのは私なのだから、なおさらだ」


 二人は今日も思考に耽る。


 彼らはそれぞれの今の職に甘んじているわけではない。

 次の時代を担う少年少女を育て上げるため、邁進する必要があるのだ。


 今日も今日とて、二人の師匠は腕を鳴らす。


 二人の弟子は本当に恵まれていた。





 ⚪︎ ⚪︎ ⚪︎ ⚪︎ ⚪︎



「──おい、オリビアよ」


 厳重な警備のなか、一人の大柄な男が目の前に跪く少女に声をかけた。


 ここはの間。

 二人の他には、いかにも厳しそうな鋭い目をした女と数人の騎士が直立している。


 王──ドスラ・フローレス。

 この国を纏め上げる寡黙な王である。


 だが、ドスラの先の声は何故だろう、怒りを含んでいた。

 彼の目は禍々しく、第二王女である娘を睨むように捉えている。


「は、はい‥‥‥!なんでしょうか、お父様‥‥‥!」


 それに対し、オリビアは怯えたように反応した。

 父の威圧に体は震え、強張っている。その様子は明らかに普通ではない。


「今回の新人戦、ご苦労だったな」

「あ、ありがとうございます‥‥‥」


 が。とドスラは付け加える。


 その声が思ったより重く、彼女を責めるようなものでオリビアは更に萎縮した。


「が、あの体たらくはどういうことだ?なぜ、優勝できなかった?」

「そ、それは──」


 恐ろしかった。雰囲気も最悪だった。


「私もそれについては疑問に思っていましたわ、オリビア」


 それに付け加えるように、王のそばにいた目つきの悪い女が開口する。


「────っ」

「どうしてあのような公式の場で、優勝という栄光を勝ち取れなかったのか、と聞いているのですよ?オリビア」

「す、すみません、お母様‥‥‥」

「すみませんじゃないでしょう!」


 そのらしき人物が凄んだことで、オリビアは小さな悲鳴を上げる。


 どうやら”新人戦”についての話のようだ。


「あなたは『神眼』持ちなのですよ?!あなたはそれを持っていることがどれだけ恵まれているのかを理解していません!あなたが三歳のころから、優秀な魔術師と剣士を雇っていたというのに、この結果はどういうことですか?!」

「ご、ごめんなさい‥‥‥」

「だから謝っても意味はないと言ってるでしょう!」


 少女にとっては残酷だ。

 彼女は腕利の剣士とは言っても、それでもまだ齢は10だ。


 その年齢にして親から絶大な期待を寄せられている。

 彼女を取り巻く環境は幸福ではなく、現状それはまさに不幸であった。


「に、二年、私にください‥‥‥!二年あれば新人戦で優勝することができます‥‥‥!」

「────二年、ほんとに二年か?」


 ドスラは娘に詰問する。


「はい!必ず優勝して見せます‥‥‥!だから、今回の件はお許しください‥‥‥。訓練も今までの何倍もしますから‥‥‥」

「ふう、まあそれならいいだろう。──よし、妃よ。二人の講師に言っておけ。訓練をもっと厳しくしろと」

「分かったわ、あなた」

「────っ」


 少女は抗えない。

 第二王女という形の見かけだけの権力は彼女に優しくない。


 オリビア・フローレス。


 二年後、テオと必然的に戦うことになる者だが、その心には大きな闇が隠されていたのだ。






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