第3話 動けるって何て素敵
「殴ってくれ」
「だ、だから、どうしてですか?」
まあ、突然こんな俺みたいな悪ガキから殴ってくれなんて言われたら戸惑うのが当然だ。狼狽えるモミジだが、俺はその心に『復讐』という文字が浮かびつつあるのを心で捉えた。
(すげえ、なんだか人の心が読める……!)
人心掌握術。
それを物語上でこの男──テオは駆使していた。
それをするためには、まず人の読心から身につけなければならないが、今の時点で既に十分なスキルを得ていたようだ。
人の心を覗こうと思えば、その仕草と表情、視線からなんとなく彼女が考えていることを想像できた。
俺が予想した通り、その心には『復讐』と『困惑』という字が浮き沈みしていた。
俺が殴れといったことでそれを復讐の機会だと考えたのだろう。
彼女がそう考えるのも無理はなかった。
それほど酷い仕打ちをしてきたのだろうから。
「けじめをつける。今までの分とこれから迷惑をかける分、本気で殴ってくれ」
「で、ですが」
「じゃあ、命令だ。俺を殴れ。その拳で、今までモミジが溜め込んできた分の怒りを込めて本気で殴れ」
彼女は『命令』と言われるとそれを必ず実行してしまう癖がある。
俺が幼少期からそうするように仕向けたのだろうが、今となってはそれも一種の呪いだろう。
彼女は悩みに悩んでいる様子だった。
「‥‥‥殴れません」
彼女が発した言葉はそれだった。
まあ、確かにそうなるよな。
これを罠だと考えるのは、普通。俺を殴ったことで職を失うだけでなく、社会的な地位も無くしかねない。
彼女は賢明な判断ができるのだ。
では俺はどうやってけじめをつけるか。
「じゃあ、手が滑ったということで」
俺はにっこりと笑って言った。
本能的にも人道的にも、そうするのが一番だと思った。
はっきり言って俺は頭が良い方ではないため、こんな物理的な対処でしかけじめをつけられないのだ。
悪役を抜け出すためにはまず『悪』を知らなければならない。
悪を演じて、彼女の憎悪を無くすのだ。
「殴らなければ、お前の家族はどうなる?」
「?!」
「確か辺境の街に住んでるんだよな」
「そ、それだけは」
天秤にかけるのは家族と復讐。
我ながら最低な選択肢を彼女に課していた。
沈黙が場を支配するなか、彼女は決意したようだ。
「な、殴らせていただきます」
「おう」
さて、どんなパンチが舞うのか。
腕を大きく振って彼女は叫んだ。
────おら、死ねええええええええええええ!
「え?」
ドガアアアン!と次の瞬間、俺は空中に放り投げ出されていた。
七歳児の体でその身も異常なほど軽い。
華麗に宙を舞った。
「いだあああああいいいいい!」
そして部屋に響き渡るのは俺の情けない叫声だった。
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