ぐいぐいくる職務質問
萩乃 玲
第1話
「すみません、ちょっとお時間よろしいですか?」
背後から声をかけられ、振り向くと婦人警官が立っていた。
身長は160cmくらい。切れ長の目が強気な性格を伺わせる。スタイルも良く、制服も似合っていて、正直……かなりタイプだ。
「なんですか?」
「少し職務質問にご協力ください」
「はい、もちろんです。こんな遅い時間にお疲れ様です」
「ここで何をされてたんですか?」
「コンビニに行く途中です」
「お住まいはこの近くですか?」
「はい、あのマンションです」僕はこの一帯で一番高層のマンションを指さした。
婦人警官はそれをちらっと見て、手元の手帳にメモしている。
「名前と生年月日を答えてください」
「田辺真一、平成7年5月17日生まれ。28歳です」
「田辺真一。それでは、真一君と呼んでいいですか?」
「え? まあ、いいですけど……」
まさかの下の名前、しかも君付け!? こういうやりとりで名前呼びってあんまりないと思うけど。でも、美人に下の名前で呼ばれるのは、まぁ……悪くない。むしろいい。
「私は冴木涼子です。平成6年7月24日生まれ。29歳です」
「え? あ、どうも」
自分の情報出してきた!? どういうことだ??
「あの、これって職務質問ですよね?」
「質問は認めてません。私の質問にだけ正直に答えてください」
「は、はい」
「仕事は何を?」
「都内のIT会社に勤めてます」
「真一君は独り暮らしですか?」
「はい」
君呼びされることあまりないから、気恥ずかしいな。
「私もです。彼女はいますか?」
「え?」
「彼女はいるんですか? いないんですか?」
ここ一番の鋭い眼光が向けられている。
「いません……けど」
「けど??」
圧がコワイヨ。
「いえ、いません」
お巡りさんめっちゃ笑顔になった。笑顔かわいい。……僕は何を考えてるんだ。これは職質だぞ。職質だよな?
「私も彼氏いないです。絶賛募集中です」
「そ、そうなんですね」
「念のため今までの交際人数を教えてください」
「何に対する念のためなんですか? さっきからお巡りさん職務と関係ない質問ばかりしてません?」
「涼子です!」
「え?」
「私の名前、冴木涼子なので。お巡りさんだと距離が遠すぎるっていうか、だから名前で呼んでください」なんでちょっと恥ずかしそうなんだよ。こっちまでなんか恥ずかしくなるよ。
「職質に距離関係あります? てか距離遠いのが普通ですよね。それに、名前呼びはおかしくないですか?」
「そうですよね。私が間違ってました」
「いえ、わかってもらえたんならいいですけど……」
「会ったばかりですからね。じゃあ、苗字呼びからでいいです」
「いや、そういうことじゃなくて」
「
「なんのポイントですか」
「私は真面目に質問しているので、あなたも真面目に答えてください。それでは続けます。今まで付き合った女性の人数は?」
「……2人です」しぶしぶ答える。
「告白はどちらもあなたから?」
「そうですけど」
「なるほど。ちなみに私は1人です。告白はされたい派です」
聞いてないのに、冴木さんの情報がどんどん頭に刷り込まれてくるんですけど! 僕は癖で無意識に手帳を取り出し、冴木さんの情報をメモしていた。いや、念のためだ。万が一必要になったときに忘れていたら失礼だし。この情報社会、どんな情報がいつ必要になるかわからない。
「あの、職質って一方的に聴取するものなんじゃないですか? なんでさっきから、自分のことも話しちゃってるんですか」
「真一君は私のこと知りたくないんですか? 私は、真一君のこともっと知りたいです」
急な上目遣いは卑怯だろ。そんなのずるいよ。ドキドキするに決まってるじゃん。
「……僕も、冴木さんのこと知りたいです」
この状況がよく分からなくなっているけど、考えるのはやめた。お互いを知るということに理由なんていらないのだ。
「真一君の好きな食べ物は?」
「カレーライスです。辛口がいいです」
「私はグラタンが好きです。辛いのは苦手です。料理はしますか?」
「ほとんどしません。いつも外食か宅配を利用してます」
「栄養バランス偏っちゃうじゃないですか。私は料理好きなので、洋食も和食も大体のものは作れますよ。趣味はありますか?」
「映画鑑賞とゲームです。あまり外に出るの好きじゃなくて」
「私もインドア派です。仕事で外回りが多いから、休みの時は家に居たくて。あ、でも、彼氏と一緒なら家でも外でも楽しいです。あと、その……」
「何ですか冴木さん。なんでも聞いてください!」
「真一君は、……どんな女性がタイプですか?」恥ずかしそうに聞く姿が、とてもチャーミングだ。僕はじっくり考えてから答える。
「正義感が強くて、少し気が強くて、でも実は恥ずかしがりやな部分がある人とかいいですね」
「ふうん。あの、その……。参考までに……私みたいな女性はどう思いますか?」
「……結構、いや、すごくタイプです」
「そ、そうですか。……ありがとうございます」
お互い赤面したまま、沈黙が流れた。
「あの、もうそろそろ行かないと」
「はい。……ご協力ありがとうございました」
冴木さんは何か言い淀んでもじもじしているが、僕もコンビニに行かなくてはならないので、楽しいお見合い……じゃなくて、職質も名残惜しいがここで終わりにする。これはあくまで、職質なのだから。
「毎日……」
「え?」
「毎日、この時間にコンビニに行くのが日課です。追加で聞きたいことがあればいつでも協力しますよ、涼子さん」
涼子さんは驚いたような表情で僕を見つめ、それから笑って言った。
「また、ご協力お願いしますね」
ぐいぐいくる職務質問 萩乃 玲 @kazamidori_circle
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