第13話 Boy Meets THE Rabits
完全ではないにしても当面の火と水問題がなんとかなりそうなことがわかると、次は切実なる問題、即ち食糧問題を解消したくなるのは普通だよね。
今はリュックサックには採取袋と同じ素材の袋にパッキングされたカロリーなんちゃらに似た堅パンが20本くらいと多めにあるようだが、この砂漠を脱出するまで持つ量ではないだろう。
どこかに植物のようなものはないものだろうか…。
ギュッ、ギュッ、ギュッ、…、シュルルーン、ズササッ。
またしても足を滑らして丘陵の下まで滑ってしまった。
しょっちゅう砂に足を取られて、へたれそうだ。
そろそろ昼過ぎくらいになっただろうか、何度目かの小休止を取る。
相変わらず雲一つない空から太陽光がギラギラと俺に突き刺さってくるし、常に一定方向に吹く熱い風は砂交じりでチクチクさりげなく痛い。
服は風通りが良いようにゆったりと工夫したつもりだったが、それでも汗は途切れることはない。砂交じりの汗が服にこすれて痛い。
体力がないからしょうがないとはわかっているけど、進んでいる実感が全然ない。
少し立ち止まって、首や肩をぐるぐる回して凝りをほぐす。座りたくても安易に座れないので休めた感覚はあまりない。
もう足がだるくて仕方がない。軽いストレッチをして脚と膝も軽くほぐすしてみるようか。
と、突然、何か背中に衝撃が。
◇
屈伸運動をするためにリュックサックを下ろそうと前屈みになった瞬間、突然背中を強い衝撃で押された。当然俺はその勢いで砂地に思いきり顔を突っ込む破目に。
「…ぶへっ!」
辺りに砂埃が舞う。
顔の砂を振り払いながら立ち上がる。
視界の先に、リュックに突きささった状態で毛むくじゃらな足をバタバタさせている丸い形状の「
(──── 何だこれ?)
咄嗟に、謎の突起物ごとリュックサックを砂地にぎゅうっと押し付けた。
謎の物体の動きが一瞬止まったので、俺はさらにそのままリュックサックの上から全ての体重をかけた。
だが、柔らかい砂地が抵抗を和らげたのかまたは俺の体重が軽かったのか、そのまま押しつぶすことができなかったようだ。
再びリュックサックの下が激しく動き始めた。
仕方がない。ここは捕獲作成に切り替えよう。
俺は体に巻いていた風呂敷ストールを外し、それがリュックサック押し退けて飛び出そうとしたところを
仕上げは風呂敷ごとそれを砂地に叩きつけてナイフを深く突き立てる。
「!!!」
今度こそ効果があったようだ。
布の合間から見えた丸く灰色の物体、──ウサギのようなもの──から、声ならぬ声が聞こえた。
だが残念ながら致命傷には至らなかったようで、灰色の丸いものは、弱々しいながらも再びぎこちなく掻き始めた。
俺は急いでナイフを引き抜こうしたが、ナイフは簡単には抜けてくれない。
どうやってとどめを刺そうかと考えこんでいたその時、背後から新たな殺気が迫ってくるのを感じたので俺は慌てて後ろを振り返った。
「キュイーーーィィィ!」
すると俺の目の前を、別の灰色の塊が風を切る勢いで突っ込んできた。
「ちっ。」
俺は今度は動じることなく体を斜めに傾けて攻撃を避けたつもりだったが、完全には避けきれなかったようでシャツの袖が引き裂かれて肩に痛みが走った。
◇
目に飛び込んできた姿は、予想通りまたしてもウサギだった。
砂地に突っ込んで動きを止めたウサギが、砂を払いながら赤い目でぎょろりと俺を睨む。かわいらし…くない、ご立派な角を持つウサギの顔。
(────これはあれだ、かの有名な角ウサギだな。やっぱりこっちでも好戦的なんだな。)
『ラノベ』でもよく登場していた魔物と記憶するが、こちらでも残念ながら仲良くしてくれそうにない。ご自慢の蹴りを躱された怒りなのか、
暫く睨み合いを続けた後、鬼の形相のホーンラビット(面倒だからこの名前で決定!)が頭の角を俺に向けたまま勢いよく猪突猛進し跳びかかってきて、俺の目の前で華麗なる空中ジャンプを繰りだした。
だが俺が素直にそのままヤツの目の前に留まっている必要はない。
俺は素早くナイフを手にしてやつの無防備な白っぽい腹部に狙いを定め、角ウサギの軌道から外れるように少し体を逸らせてちょうど横腹が目の前を通過するタイミングでナイフをその筋肉質な腹に突き刺した。
「!」
うまくささったナイフをそのまま両手で力の限りホーンラビットの腹に押し込む押し込む。
だが踏ん張りの効かないためジャンプ中のウサギの勢いに負けて引っ張られてしまいそうになったので、慌ててナイフから手を離した。
砂地に着地したウサギは、何が起きたかわからないという表情を浮かべながら、ぐらっと体を揺らしてそのまま倒れた。
少し待って、俺は倒れたまま身じろぎもしないウサギが本当に死んだのかを確認するため、慎重に近づいた。
恐る恐る長い耳を掴んで持ち上げる。
ダランとしたウサギの体温が急速に冷えていき、砂地にポタポタと血が広がる。
「…俺の力なんてたかが知れているのに。これっていわゆるビギナーズラックってやつだよな。」
眺めていたウサギの体が淡い光を発し、その光が俺の体に向かってくる。
どうやら俺の身体がその光を吸収したようだ。
そして不思議なことに、感覚的だがなんとなく力が蓄積されていくのが感じられる。
────────── ◇◇◇
「プギュー、モギュギュイィィー!!!」
そんな俺の思考を遮るように、最初に俺に突進してきた塊、いや、もう一羽のホーンラビットが、ナイフが突き刺さったままストールの中で再び暴れ始めた。
結構しぶといな。
まあ、勝手に襲ってくるようなやつを悠長に待ってやる必要はない。
「キューイィィ…」
尖った鳴き声とともに動きが止まった塊は徐々に動きが弱まっていき、そして今度こそ再び動くことはなかった。
思ったよりあっけなく終わった初バトル。
その二つ目の微かな光が、俺の方へと流れ込んできた。
ストールをめくり、怖い顔のまま倒れた角ウサギからなんとかナイフを引き抜き、捕獲網代わりにした風呂敷ストールをウサギの角から外した。
(──── それにしてもこいつの衝撃はすごかったな。
もしリュックサックがなくて直接この角が俺の背中に突き刺さっていたら、俺は死んでいたかもしれない。)
と、突然、初めての戦いに感慨深げな気持ちを打ち破るような、聞き覚えのある能天気な声が響いてきた。
『スキル《突進》と《脚力》を贈るよ~♪』
だがその声はいつもの
◇
初の魔物との遭遇は、「熱烈歓迎」と突進攻撃をかけてきた
その小さな顔には異常に長い角が突き出ており、もしそのまま突進されていれば、角が深く刺さって抜けなかったかもしれない。強烈なキックもまともにくらったら危なかっただろう。
彼らの筋肉質な体に秘められた瞬発力だけでなく、その驚くべき体力も武器であり、武器がナイフしかない俺には充分脅威だった。
そして魔物を倒すと、その力や何らかの条件でスキルまでゲットすることもわかった。冒険者たちが討伐した魔物に比例して強くなっていくという噂は、こういうことなのかもしれない。
これぞまさしく命の贈り物。ウサギくんたちに感謝!
────────── ◇◇◇
さてと、無事討伐したこの角ウサギをどうしようか。
ふぅっと軽くため息をついてから、周囲を見渡す。
幸いなことに今はまだ他の動物も魔物もいないが、時間が経てば血の臭いで引き寄せてしまうだろう。
ならば、ウサギ2羽であればそれほど時間はかかるまい。さっさと解体してこの場を離れるのが賢明だろう。
再び周囲を注意深く見渡して敵の気配がないことを確認してから、水筒の水で手を清める。それから同じようにして、角ウサギたちにも貴重な水をぶっかける。
なぜってこれからナイフと素手で捌くつもりだからだ。
衛生観念は大切だよね。
俺には今、治癒系スキルや消毒薬がない。
だから未知の魔物の解体する際には、浄化スキルがないならせめて気休めでも浄水くらいはしておきたい。
洗い流したウサギを、内臓を腹側へしごいて寄せてからウサギの背中から一気に力を入れて内臓を排出させる。
それからナイフを使って腹を切り開いて残った内臓をぽいっと取り除く。
(──── …うっぷ。
ウサギの解体って簡単な方なのだろうけど、俺にとってはハードな光景だな。
こんなことは「前世」に理科でカエルの解剖をしたくらいしか経験ないし。
しかも、比較にならないくらいグロい…。)
現実逃避な一人ボケ突っ込みを心の中でつぶやきながら、それでも手は休めない。
内臓を取り出したウサギを砂の上に置いて、ナイフでウサギの頭と四肢をぶった切り、乱暴に皮を剥ぐ。
これである程度血抜きもできたはず。…多分。
内臓の一部も食えるのかもしれないが、俺にはよくわからない。
とりあえず普通に食べられる部分を不思議な色の採取袋に詰めて、リュックサックの空いているスペースに放り込んだ。
ホーンラビットの見事な角を切り落としたら、根元からコロンと小さな魔石が転がり落ちた。
あまりきれいではない、濁った無色の魔石だ。
それも角と一緒にリュックサックの外ポケットに仕舞った。何かの役に立つだろう。
破棄する部分は、
こうして俺は血まみれの風呂敷ストールを再びまとい、ここから離れることにした。
とにかく急いで日が暮れる前に落ち着ける場所を探さないと!
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