第9話 aeon:ファースト・キス?
俺はさらにアイオーン様に問いかける。
「なるほど、納得はできないけど経緯はわかった。教えてくれてありがとうです。
それで俺が子供に戻ってしまったのは…?」
『結果的には暴走した
でもきみが身につけている魔力回復の指輪による緊急チャージで、生命維持ギリギリの魔力を補充された為に死には至らなかったんだよぉ。』
(──── 驚いたな。
この俺の指に嵌っている赤と青のどちらかの指輪が魔力を補充してくれたおかげで死を免れたということか。)
『それでも急激な魔力枯渇できみの魔力と肉体のバランスが崩れてしまったため、身を守るために幼児化してしまったというわけさ。
多分、記憶喪失も同じ理由だろうねぇ。』
「贅沢を言ったらキリがない。
確かにこんなに小さな体になったことは残念ではあるけど、命が助かっただけでもよかったと思いますよ。」
そして、俺的には超重要な質問をする。
「じゃあ、俺の魔力が元の量まで戻れば、記憶や肉体年齢も元に戻る、ということで合ってる?」
『多分ね。でもそれってきみが想像しているより、ずっと時間がかかると思うよ?』
(──── マジか?そこは何とかなる手段はないのか?!)
『記憶喪失でも一般常識は覚えているだろう?、普通に生きていくだけでも魔力は消費していくんだ。
その上でさらに魔力を元の量まで貯蓄しなければならないってことなんだよ?』
「うっ、確かに…。」
『かの「彼」の魔力レベルはともかく、少なくとも他人の魔力器を破壊する程度にはきみの魔力量は多いということなんだ。
つまり、とにかく簡単なことではないってことだよ。』
アイオーン様の言い分はごもっともで、残念ながら俺の希望を打ち砕くものだった。
(──── そうか。
もしかしたら俺はこの子供の姿で生き直さなければならない覚悟が必要なのか…。)
「いくら命が助かったからと言っても、こんな砂漠で、しかも子供に戻った姿で魔力なしでなんて、一体どうやって生き残ることができるっていうんだよ…。」
普通に考えたらいくら何でも無理じゃないか?
だが気落ちする俺とは対照に天使様は明るい様子で、
『そう落ち込むなって。
ぼくだってここまで知ってしまったんだ、そう簡単にきみを見捨てないよ。
もう、えこひいきしちゃうからねっ。』
アイオーン様が、「ふんすっ」と鼻息荒く力を込めている感じが伝わってくる。
「えこひいき」って何言ってるんだか、変なことばかり言う天使だなぁ。
でも、おかげで少し元気出てきた気がするよ。
────────── ◇◇◇
『ぼくがきみの魔法を指導してあげるから安心して!
この道においてはスペシャリストのぼくがしっかりとサポートしてあげるからっっ。』
アイオーン様の鼻高々なセリフが続く。
(──── ほー、さすがは天使様(?)。確かに超越した力を持っていても何ら不思議はないな。
これはちょっと期待してもいいだろうか?)
『じゃあ、ぼくのメンターとしての最初の仕事はきみの魔力路の「開通の儀」だね。』
…いや、それは待って。
アイオーン様が俺のメンターになってくれるというのは魅力的な申し出で大変ありがたく思う。
だが俺は、
「ご厚意に感謝します。
でもおそらく開通の儀は、俺が元の姿の時に済ませているのでは?つまり…」
という、もっともな質問を投げかけた。
『そう、普通はやり直しなんてできないよね。
でも
まぁ、任せなさいぃっ。』
(──── えぇっ、マジか?)
◇
メンターは、「
たいていは身近な親兄弟がメンターとなり、授かった魔法属性に合わせて生活魔法などの使い方を伝授する。
もちろんメンターを職業とする人徳高くかつ高度な魔法技量と知識を持ち合わせた魔法学士もいるが、そのような希少な人材を雇えるのはごく一部の人間、即ち国王や高位貴族に限られる。
なぜならメンターの優劣で魔力路の開通率やその後使える魔法の質に大きく影響するからだ。
そしてこのことは特権階級の秘匿情報とされて一般には知らされておらず、上級階層の人間は自分の財力にものを言わせてこれらの優秀な人材を囲い込んでしまう。
貴族や王族が魔力の才能に秀でている者が多いのはそういった隠された事実もあるということを、俺はこの後知ることになる。
◇
ところで忘れがちなのだが、魔力路の「開通の儀」では大切な点がある。
それは、これはやり直しがきかない魔力授受の儀式ということだ。
即ち、魔力路の開通率や魔力の質が決定してしまうと、もう二度と変更することはできない。
魔力路の開通率が高いほど一度に大量の魔力が扱える。
開通の儀で師弟関係が結ばれると、
そして魔力操作や練度は、メンターの指導の下で行われるものだ。
だからこれらの条件が良いほど、その子供は高品質の魔力を大量に放出できる「魔法使い」になれる可能性が高くなるのだ。
逆に言えば、もし子供のポテンシャルが高かったとしても、魔力路を充分広げてもらえなかったりメンターの魔力や魔力スキルが低い場合、いわゆる、魔法が苦手な生活魔法くらいしか使えない普通の人となってしまう。
そもそも、平民は身内など身近な一般人をメンターとせざるを得ないため、開通技量と質の高い魔力を兼ね備えた者に儀式を行ってもらえる確率がほぼないという事情もある。
これが、平民階級に魔法が得意なものが少ないといわれる主な原因だ。
────────── ◇◇◇
『そうと決まれば、ちゃちゃっと魔力路を通してあげるよ!
そのまま目を閉じてじっとしていてね。』
…俺の意思確認はまるっきり求められなかったが、「えこひいきする」と言ったアイオーン様を信じよう。
俺は言われた通り、そのまま立って待つことにした。
(―――― 確か、
手順としては、魔力認証を以って精神的な繋がりを許可してから、認証後に身体的な接触を経由してメンターの魔力を受け手側の魔力路に流し、少しずつ馴染ませるように浸透させていくはずだ。
そんなことを考えている間に、心のどこかで魔力認証が完了したことを「感じた」。
(―――― 次は、お互いの額と両方の掌を重ね合わせるで合ってたよな?)
そこで俺は頭を上方向に向けながら軽くてのひらを広げて、アイオーン様の額と手が合わさるのを待っていた。
やがて、閉じた目でも感じるくらいのまばゆい光の塊りが俺に近づいてきた。
光り輝くアイオーン様の左手が俺の右の手を握りしめてくる。
思ったより小さくて柔らかい手だな。
それから同じように、アイオーン様の右手が俺の左の手と合わせて…………こない?
えっと……、うーんと……?
アイオーン様の右手が俺の顎をクイッと持ち上げてって、…………はぃぃぃっ??
俺が戸惑っている間に、今度は俺の唇に少し湿った柔らかくて温かいものが触れてきて、俺の唇をキュッと吸ってから勝手に口をこじ開けてきた。
俺がびっくりして固まっていると、さらに何かぬるっとしたものが口の中に侵入してきて、俺の舌に絡んできた。
俺は慌てて体を離そうとするが、天使の小さな手が、俺の手ともう一方が俺の後頭部を掴んで、俺を離してくれない。
「@#?!!!!」
声にならない声を上げて俺は思わず目を開けようとしたが眩しくて直視できず、再び目をぎゅっと強く瞑った。
再度俺が体を離そうと藻掻くタイミングで、不意に何か熱いものが奔流となって体中を巡るのを感じた。
その流れはまるで血管内に大量の血液を押し流すようなイメージに近いが、実際は熱の塊りが俺の体内を巡りながら、ぎゅっと閉じた見えない管を押し広げて突き進んでいるみたい、だろうか。
痛みはなく、むしろ流れによって管が広がり怒涛のような熱流が体中に行き渡るにつれて、心地よい温かさに満たされていく。
それは一瞬でもあり永遠にも感じる繋がりだった。
体中に温かい力が漲り、今なら何でもできるような気がする…………。
────────── ◇◇◇
ふと俺が目を開くと、アイオーン様が発する光彩が俺から少し離れた場所に浮かんでいる。
だがその光は以前よりも弱まっているように感じる。
なぜなら最初は直視できなかったアイオーン様が、あと少しで表情まで見えるくらい見つめることができるからだ。
『やぁ、意識が戻ってきたようだね。体の調子はどう?』
俺は少しぼーっとしながら、
「……はい、ありがとうございます。
今まで感じなかった力強いものが体に満ちてるような感じ、かな…。」
と答えた。
『魔力路が通るようになったからすごく気分も体調も良くなったろう?
いや~、こんなにきれいに魔力路が再開するとは思わなかったよぉ。さすが、ぼくだねっ。』
翼の輪郭が、ぱたぱたと激しくはためく様子が伺える。
どうやらご機嫌のようだな。
『大量の魔力を通すには体の内部により近いところや粘膜吸収が効率的だから、手っ取り早く経口注入させてもらったよ。
ちょっと体が熱く感じるくらいでしょ?』
(──── …経口注入ですか。
はい、確かに仰る通りですね。
こうして俺のファースト・キスは、俺の意思に関係なく性別不明の
そんな俺のささやかな悲しみに気づくことなく、アイオーン様は得意げに話を続ける。
『一時的だけど、サービスできみの魔力器を満タンにしてみたよぉ。
今後の為にも、きみは感覚的に自分の魔力総量を覚えておく必要がある。
今感じる魔力量、それがきみが元の姿に戻るために必要な今後溜めるべき魔力量だよ。ただし…』
あ、なんとなく次に続く言葉が想像できる…。
『この魔力は今日だけのことで、きみの記憶や肉体年齢は戻らないよ。
明日には元の生命維持に近い魔力しか残らないし、魔力枯渇による不快感や不調も戻るから注意してねぇ。』
やっぱりそうか。残念だな。
◇
それより、口調とは対照的に、アイオーン様の輝きがどんどん弱まってきているのが気になる。
なぜか、あの目が開けられないくらいの圧倒的な輝きが、今は全体の輪郭が見えてしまうくらいまで光量が落ちているようだ。
その外見は俺より小さくて、3歳くらいの子供に見える。
体のラインがわかるストーンとしたシンプルな服を身に着けており、背中から生えている羽根はふわふわな白い羽毛などではなく、生命力あふれた野生の鳥に近い形の極彩色だ。
なんとなく、前世でイメージしやすい愛らしい天使ではなく、美術館で観る
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