第10話 aeon:相反する力
『ただね…、うっかりきみにぼくの『力』をそのまま注いで上書きしまったんだ。
だから今きみの身体を巡っている力は元のきみの魔力と同質ではなく、ぼくと同じ性質の力に変わってしまったんだ。ごめんね。』
何で謝罪されたんだろう?
残念ながらアイオーン様が言いたいことが俺には理解できなかった。
「なぜ謝る?
アイオーン様と同じ力というなら、普通より上質な魔力に変わったとかいうことじゃないのか?
そうなら、別に悪いことじゃあないと思うけど。」
『違うよ。そんな単純な話ではないから!』
アイオーン様の口調が、今までの「ぼくってすごいでしょ」モードから一転して、少し生真面目な感じに変わった。
なんだか俺まで緊張してきた。
『ぼくの「力」は力なんだ。それ以上でもそれ以下でもない。
「聖」でもあり「魔」でもある。「聖」だけではなく「魔」だけでもない。
そんな感じなの。わかるぅ?』
(―――― そんな表現でわかるわけないだろう??!)
俺はやはりアイオーン様が言いたいことが理解できずに、教えを乞う。
「申し訳ないが、もう少しわかりやすく教えてもらえるだろうか…?」
『んとね、人間は、魔力か神聖力のどちらか一方しか使えないでしょ?』
◇
その通りだ。
「魔力」と「神聖力」は力の性質が異なるが、体力同様、生きるために必要不可欠なもの、と言う意味では同じ役割を持つ。
俺たち大部分の人間は、魔物と同じく「魔力」を持つ。
魔力は、生命維持として以外、所持する魔力属性に従い魔法を使うことが可能だ。
いわゆる火魔法や水魔法と言ったものがこれにあたるだろう。
さらに近代ではこれらの属性魔法を平準化した「生活魔法」と呼ばれる魔法群が公開されたことで、
生活魔法のおかげで、魔力=魔法は豊かな生活を送る上でなくてはならないものとなり、魔法頼みのちょっと《レトロ》な社会文明に留まってしまった。
それに対し、「神聖力」は特定の条件下の者しか持てない、特殊な力だ。
幼少の頃より神殿に使える神官や聖女は多くの神聖力を保有するが、聖騎士や聖殿医師のように長く神殿に仕えている者でも、稀に自身の魔力が神聖力に変質することがあるらしい。ただしその場合は、元の魔力量よりかなり減少するようだ。
また、長らく聖地に留まる者も、神聖力を持つと聞いたことがある。
神聖力も「神聖魔法」と呼ばれる高度な魔法はあり、高次元の治癒や結界、神託などが行える。
ただしこれらを行使するには多くの神聖力量が必要なため、神聖魔法を完全に扱える神官や聖女は稀有な存在とされる。
なお、神聖力を研究対象とすることができない弊害のためか、生活魔法のような便利な魔法群はない。
従って神殿や聖都市では、生活の利便性を図るために魔石を仕込んだ魔導具を使っているのは、何とも皮肉な話だ。
────────── ◇◇◇
アイオーン様の問いかけは、「人間は、魔力か神聖力のどちらか一方しか使えないか否か」だ。
神聖力と魔力は相反する力ゆえ、一人の人間の中に同居することができない。
それは、元から持つ魔力あるいは神聖力が新たに注入される相対する力を異物とみなして排除しようとする結果、一種の自己免疫疾患となり魔力路を破壊してしまうからだ。
最悪の場合は免疫が暴走して他の器官まで攻撃してしまい、死に至るらしい。
「…一人の人間が同時に魔力と神聖力を持つことはできないのは常識だ。
どちらの力も相対する力を異物と見なして抗体を作り、自分自身の身体を攻撃するようになるからだと聞いている。」
俺は覚えている限りの常識で、そう回答した。
アイオーン様が放つ光陰が、頷くように動く。
『そう、きみのいうとおりだ。
だけどそれは、色付きの「力」を持つ人間や魔物の場合の話だね。
さっきも言ったけど、本来の「力」は単なるちからであり、魔力とか神聖力とか言う
「???」
『詳しくは言えないけど、ぼくらは、魔力と神聖力の元となる共通の力、つまり原初の力を持っているんだ。
無色の力って感じなんだけど、まぁ敢えてきみたちにあわせた表現にするなら「神聖魔力」とでも言えばいいのかなぁ?』
これは驚いた、魔力と神聖力は元は同じ力だったなんて。
◇
『でもって、ぼくの力をそのまま注入したきみは、ぼくと同様の原初の力、──面倒だから神聖魔力と呼ぶね──を持つ、唯一の人間になっちゃったんだ。
つまり、きみは魔力と神聖力のどちらも吸収できるし、使い方さえわかれば双方の魔法も使えるようになったのさ。
ただ一つ、きみがメンターにはなれないという点を除けば。』
なるほど、それは「相反する神聖力と魔力は、一人の人間の中に同居することができない」って理由からだな。
「了解した。俺はメンターなんてなるつもりはないが、ご忠告は覚えておこう。」
今の俺はちょっと興奮状態だ。
魔力が満タンということもあるが、魔力だけでなく神聖力も使えるなんて、誰だって「万能」とか「無敵」な気分になるだろ?
『…いや、きみは万能でも無敵でもないから。
ちなみに、明日になればきみの魔力は
読心術もできるのだろうか、アイオーン様が呆れたような声で俺を諭す。
ちぇっ。
「アイオーン様、
これからどうなるかはわからない。だが、それでも魔力枯渇症から脱出して生き残れる希望が見えたんだ。素直に感謝するよ。」
ちゃんと感謝の意は伝えないとね。
────────── ◇◇◇
『では個々の魔法の使い方を教える前に…。
「力」を効果的に使うためには、自分が思うとおりにその「力」を扱えないと意味がないだろう?
だからきみには、魔物が
(──── それは魔物がスキルや魔法を使うやり方って、人間と違うってこと?)
またしても俺には理解できないことをアイオーン様が話し始めた。
『
まぁ、初級者レベルの魔法使いで終わるつもりならとめないけどねぇ。』
(──── はぁっ?
魔法陣や魔導具を使うことは安易なことなのか?
俺にはどちらも高度な
俺が疑問を挟む間もなく、アイオーン様はさらに言葉を繋げる。
『だからきみには暫くの間、魔法は使わずに自分の身体の中を巡る神聖魔力のうち、先に魔力の方を訓練してほしいんだ。
そうすればたとえ属性魔法が使えないとしても、身体強化や魔力操作だけで充分な攻防力となるしね。』
そういうと、突然、体内の俺の神聖魔力がぐりぐりと動かされるのを感じた。
(──── うぉぉぉっ!)
『こんな感じに、まずは体の中の神聖魔力を感じて動かせるようになるところから始めてみてねぇ。』
それは今までに感じたことのない、不思議な体験だった。
(──── 何か体の中をいじくられているみたいな感じがするけど、俺には何が動いているのか全然わからないぞ。
俺の体の中で何が始まったんだ?!!)
まるで停滞していた血液に似た流動体を、大きな何かが掴んで体中をずるずると引きずりまわし始めたり。
あるいは、体中に勢いよくその流動体を押し流したり。
アイオーン様はまだ俺の体の中の何かを動かしているようだ。
その流動体は、まるで粘り気のある光り輝く飴のようだ。
それを体中から引っ張るように持ちあげて、身体の外へ放り投げるようにして伸ばされたりもされた…。
(──── おぉぉぉ、俺の中に、得体のしれない不思議なものがあるのがわかるような気がしてきた。
もしかして、身体が温かくなったのはこれのおかげか?)
全て俺の体内で行われているにもかかわらず俺自身には少しも影響なく、さらには全く体が動くことはなかった。
そして俺自身は、色々な動きや形状となる様子を目を白黒させるように眺めるしか、…いや、感じることしかかできなかった。
◇
『どう?魔力路に流れるきみの力をちょっと動かしてみたんだ。どんな感じかわかったでしょう?
こんな感じに、自分で自由に動かせるようになって欲しいんだよぉ。』
「ご教示ありがとうです。
これはまずは自分で神聖魔力を認識するところから始めないとダメみたいだな…。」
先ほどアイオーン様が簡単に俺の聖魔力をいじくっていたのが嘘のように、俺がいくら真似て「力」を動かそうにも全く動きを感じない。
思ったより難易度が高そうだ。
────────── ◇◇◇
それより…、
「ところで、アイオーン様の姿がぼんやりわかるくらいにあなたの光が弱くなっているようなんだけど、本当に大丈夫なのか?」
『あぁ、心配してくれてありがとう。
実はここはちょっと特殊な空間で、ぼくにとっては最悪な環境なんだよぉ。』
ふぅっと、まさかのアイオーン様の溜め息。
『でもって、本来の
もともとぼく自身が言い出して始めたことなんだからきみは気にしないでと言いたいところなんだが…、』
そういうアイオーン様だが本人が言う以上に相当パワーダウンしているようで、予想外の弱音が続く。
『…すまないが、暫くの間きみの意識下に避難させてほしいんだ。
きみの
なーに、こちらと流れる時間軸が異なるんですぐに戻ってこれると思うから心配しないで。』
そんなにダメージ受けているのか?
いや待て、それより「俺の意識下」ってなんのこと?
確かに恩人の願いを無下に断るほど恩知らずのつもりはないけど、それでもそんな大事なことでもやっぱり俺には意見をきいて……くれないんだね……。
そして予想通りまたしても…、
『ぼくが復活するまでの間、ちょっと自分一人で頑張ってね。
生活魔法が使えなくても優秀なきみのグッズがカバーしてくれるよ。だからから心配いらないけど、ちゃんと持ち物の内容チェックをするんだよ~。
じゃ、そういうことで、またね!』
…おいおい、やっぱり俺に発言すらさせずに一人で喋って、最後は勝手に去って行ったな。
俺の持ち物って、どういうこと?
しかも俺の中へって…???
どうも人の話…というか、俺の意思を無視する癖があるのが困りものだ。
だが本来は見えるはずのないアイオーン様の顔色が悪いと俺が感じるくらい光が弱まっていたわけだ、相当無理していたのだろう。
怒涛のような人だったが、いなくなるとそれは寂しいものだ。
早く戻ってきてくれるといいな…。
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