第8話 aeon

『やあ!5歳を迎えたきみに、魔法スキルをプレゼントしよう…』

 突然、俺の遥か頭上から聴き慣れぬ声が聴こえてきた。


 セリフから察するに「天使のいたずら」が訪れたのだろうか?

 とすると俺はまさかの5歳児ということになるのだが…。


 ──── この世界の子供は、満5歳を迎えると最初の魔法を含む能力が与えられる。

 これらの能力を総称してスキルと呼ぶ。


 誕生日の朝、天界から不思議な声が聴こえてきて、本人だけにそっと、そのスキルについて教えてくれる。

 人はこれを「天使のいたずら」と呼ぶ。


 なせなら授かるスキルが本人の希望や血筋などと関係なくランダムに付与されるため、あたかも天使が気まぐれにプレゼントを配っているように見える、ということらしい。 ────


 ◇


 俺は声が聴こえた方向に向かって目を向けたが、そこには誰の姿も見えなかった。


 その代わりに、雲一つない青い空を背景に直視することができないほどの眩い光りを放つ謎のふわふわしたものが浮かんでおり、光の周辺には時折り虹色に煌めく翼の輪郭が見え隠れしている。

 ひょっとして、今の声は、あのキラキラと輝く謎の物体から聴こえたのだろうか?


「今俺に声を掛けてくれたのは、天使様…なのか?」


 誰だかわからないので、とりあえず丁寧に声をかけてみる。


『えっ、声でぼくだとわからないなんて、随分と冷たいじゃないか。

 ぼくだよ?、アイオーンさ。忘れたの?

 そんな他人行儀なしゃべり方をしないで、いつも通りにざっくばらんに話してよぉ。』


 先ほどと同じ声がそう答えると、頭上からひゅっと一陣の風が吹いてくる。

 今のはアイオーン様流の挨拶なだろうか、だが相変わらず姿は見えない。


「天使のアイオーン…様、初めまして…でもないらしいですが…、お言葉に甘えて楽な話し方に変えさせてもらうよ。

 後からやっぱり失礼だって怒らないでくれよな?」

 と、ひとことお断りを入れておく。

 やや軽いノリの天使様のようだが、一応予防線は張っておかないとね。


 ────────── ◇◇◇


「で、申し訳ないんだけど、俺、ちょっと今の自分の状況がわからなくて。

 どうやら記憶喪失らしく、貴方のことを含めてこれまでの自分自身のことが全く思い出せないんだ。」


『そうそう、それだよぉ。

 世話役ぼくの知らぬ間にきみが子供の姿に戻ったり記憶喪失になったりって、一体、何なの?!

 差し支えなければそのきみの失った記憶を覗かせてもらっても?』


 簡単に言うけど、「失った記憶を覗く」こともできるのか?!

 すごいな、さすが超越した存在とでも言おうか。


「俺に悪影響がないなら。

 そしてその内容を教えていただけると、なおありがたいんだが。」


『もちろん。だけど、全部を話せるかどうかは内容次第だよ?』


 なぜ?


『それはね、ぼくらがきみたち人間に与える影響の制約というものがあってね。

 今こんなふうに会話をしていることも、実は内緒なんだよぉ。』


 そう言うアイオーン様が、俺に向かって軽くウィンクをするような雰囲気が伝わってきた。

 この天使様、もしかして規則破りの常習犯か?


『ではきみに近づくけど、眩しいだろうから目を瞑って動かないでいてねぇ。』


 その声の直後に空からキラキラした翼の輪郭を伴った光源体が俺に向かって舞い降りてきたので、俺は言われた通りに目を瞑って待っていた。


 ◇


 眩しすぎる光はご本人そのものなのだろう。とてもじゃないが直視できないくらいだ。

 そして降下の際にちらりと見えた翼の模様は、予想していた、いわゆるエンジェルの翼のような純白の羽毛ではなかった。

 それは随分と派手な色彩の、そう、まるで雄の孔雀羽根を連想するものだった。


 俺に近づいてきた大きな光の塊りが俺の額に一瞬だけ優しく触れた。かと思えばあっという間に俺から離れ、また元の高さまで戻っていく。


『…。』

『…。』

『…。』


 天使を纏う光が何回か瞬く。


『…なるほど、なるほど。…ふむふむ、そっか。

 つまり、うーんと、なんて言えばいいのかなぁ…。』


 天使が言葉を選ぶ様子に俺は、

「じれったいなぁ。もったいつけずに早く教えてくださいよっ!」

と、思わずお願いする立場だというのに、声を上げて天使様の言葉を急かしてしまった。


『まぁそう焦るなって。

 そうだねぇ、端的に言うと、どうやらきみはタチの悪い呪いを掛けられたってことみたいだよ?』


 一拍置いて、アイオーン様が独特の口調で話し始める。


『きみを憎むある人物が、── 一応「彼」と呼ぶけど──、魔導具を使った呪詛できみの魔力ときみの力を、つまりスキルを手に入れようとしたみたいだね。』


「はぁっ?」


『きみも知っての通り、人は体力だけでなく魔力が無くなっても死んでしまうよね?

 だから、呪詛で全魔力を奪えば当然きみは死んでしまうと予測できたわけだけど、それを承知で能力強奪の為の呪詛を実行したみたいなんだ。』


「何だって?

 それは、たとえ未必の故意だとしても俺が死んでもかまわないと思うくらい、俺は他人から恨まれていたってことなのか?

 記憶を失う前の俺ってそんなにひどい人間だったのか?」


 あまりの内容に、俺は興奮した口調でまくし立てた。

 なぜか自然に目にうっすら涙が浮かんでしまったのは幼児化したせいだろう、ちょっと恥ずかしいな。


『いや、きみは何も悪くないから。むしろ理不尽な逆恨みによる被害者なんだよぉ?』

 天使様が少し慌てたように、急いで言葉を繋げる。


『…ぶっちゃけ、「彼」はきみの才能に嫉妬していた。自分より賞賛されるきみの存在がどうしても許せなかったみたいなんだよ。』


(──── 何それ、まるでどこかの三流ドラマのシナリオじゃないか。)


 俺が黙ったままでいる様子を見て、アイオーン様が話を再開した。


『そこで、呪詛玉ヘキサーブなんて悪趣味な魔導具を作って、きみからそれこそ、魔法もスキルも知識すらも全てを奪った上で抹殺しようとした。

 うまくいけば完全犯罪の成立ってな感じで。』


 ここで一度、アイオーン様は言葉を切った。どうやら俺の様子を伺っているみたいだ。


『でも「彼」の魔力器は、きみの魔力を全て吸収しきれなかった。

 呪詛玉ヘキサーブによってひたすら注ぎ込まれるきみの魔力で、限界を超えても吸収し続けようとした「彼」の魔力器は壊れてしまった。

 つまり…』


「…その『彼』は、魔力漏出症を発症したということ?」


『その通り。

 「彼」の魔力器から魔力があふれ始めたオーバーフローしたことで、魔力漏出症になったというわけ。

 こういうのを自業自得というんだよねぇ?ざまあみろじゃん!』


 そういうと天使様は、「クククッ…」と忍び笑いを始めた。

 微かに見える翼の輪郭が震えているところを見ると、もしかすると身をよじって笑いをこらえているのかもしれない。


 ◇


 魔力枯渇症も魔力漏出症もどちらも魔力を豊富に持った人間がなりやすい病気だ。

 どちらの病気も完治療法が見つかっていない難病だ。


 魔力枯渇症は原因不明の病で、ある日突然急激な魔力枯渇が始まり、生命維持ができなくなるまで魔力が減った時点で死に至る病気のことだ。

 患者はいつ到達するかわからない死の恐怖に脅かされながら、高価な魔力回復薬を大量に服用することで延命するしか対処法がない。


 それに対して魔力漏出症は、各自が持つ魔力器が損傷することで魔力を蓄えることができなくなる病気だ。

 壊れたコップに水を注ぎ続ける様子を想像してもらえればわかるだろう。

 無理に魔力容量を上げようとしたり魔法を酷使しすぎると発症する病気だ。


 漏出症の場合、発病すると死に直結することはないが魔力を充分に溜めることができなくなるため、疲れやすくなったり当然のことながら魔法関連の仕事に従事することができなくなる。


 ────────── ◇◇◇


 アイオーン様は笑うのを止めて、話を再開した。


呪詛玉ヘキサーブには3つの魔術式が組み込まれていた。

 それは、まずきみの魔力を吸収し、次にきみが弱まったところでスキル強奪を行い、最後にきみを抹消する、という流れだった。

 だがそれはいきなり最初で失敗したにも関わらず中断アボートされなかったため、条件不成立となった呪詛玉ヘキサーブは暴走することになった。』


(──── それって3つの術式は独立してなくて連動するような組み方をしていたってことかな?ちょっとダサいな。)


 だがそのダサい定義の魔導具にしてやられたのは他ならぬ俺だ。クソっ。


 アイオーン様の話が続く。


呪詛玉ヘキサーブに定義された1つ目の式が失敗エラーしたことにより、続く2つ目の「能力強奪」も失敗した。

 ある意味すごいんだ。

 きみの能力を奪うはずが、「彼」の能力をきみに付与するという、本来とは真逆の動きをしてしまったんだから。』


 そう言うと、アイオーン様は『こういうのを「人を呪わば穴二つ」って言うんだよねぇ』と言いながら、カラカラと天使らしからぬ意地の悪い笑い声をあげた。

 そして真顔に戻り、俺に最後の説明をしてくれた。


『だが、3つ目の魔術式だけは成功してしまった。

 即ち、きみをどこか知らない場所へ飛ばすってことだけど。』


(──── えっ、それってまさか俺がここにいる理由は…。)


『そう、3つ目は、空間転移石を転移先未登録の不完全状態のまま起動させるという、単純なもの定義だ。

 その魔術式が成功した結果、きみはこんな場所砂漠に来る破目になってしまったた。唯一幸いだったのは、五体満足で生きているということだろう。』


 そう話し終えると、『ほんっとうに卑劣なヤツなだよ…!!!』と怒りのお言葉で、アイオーン様は話を締めくくった。


 俺のことなのに、心の底から怒ってくれているみたいだ。

 なんかこういう反応って、ジーンとくるね。


 つまり「彼」は、本当に俺を殺したかったのだろう。

 砂漠とはいえ俺が転移できたのは、本当に運が良かっただけなのだから。


 転移魔法で転移先軸が指定されていないということは、行き先不明でどこに飛ばされるかわからないということだ。

 行先どころかもし空間軸も決まっていのだから、空中や水、土の中に転移していたかもしれない。

 あるいは一般には知られていない次元軸の定義も含まれているなら、最悪の場合この地上でない異次元空間に飛ばされたのかもしれなかった。

 生き残れたのは、本当に単なる偶然だったのだ。


 転移情報がないということは、たとえ彼のこの企てが発覚したとしても俺の転移先を辿れる方法がないわけだから、誰も俺を探して救出できないということだ。

 そして実際、今の俺の状況をみてもわかる通り、俺を社会的に葬り去るという最終目的だけは果たせているのだから。

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