第15話 Grace - 食の幸福

「…………!!!

 うっま~い、うますぎる!すばらしいぞ~~~ぅ!」


 噛むたびにじゅわぁっと口いっぱいに肉の旨味が広がる。

 興奮のあまり、ガッツポーズしながら声が出てしまった。


「柔らかくて淡白なウサギ肉が、魔物になるとこうも全く違う味になるんだな。

 こっちは随分と野性味が強いし、アブラがのってるからコクもある。

 それにこの弾力。砂漠を飛び回っているからかな、プリップリな噛み応えだ。」


 むしゃむしゃ、あぐあぐ…。

「あぁ、この口の中に広がる濃厚な肉汁に幸せを感じる~。」


 もぐもぐ…、ごっくん。

「さすが魔物肉、実に食が進む。これならいくらでも食べれそうだ!」


 夜明けの強烈な直射日光を浴び始めて目が覚めた後、ようやく昨晩からお預け状態だった食事を摂ることができた俺は、夢中で角ウサギホーンラビットの串焼きにかぶりついている。

 「空腹は最大のソース」というが、文字通りあまりの旨さについ饒舌になってしまった。

 とにかく貪るようにして、あっという間に一本平らげた。


「ふう。」

 白湯で一息入れる。


「やばい、肉が食べれるうれしさで泣けてくる。もっと食べられそうなんですが、どうしたらよいでしょうか、僕は。」

 おかしなテンションの自覚はあるが、今はちょっとこの興奮を止めることはできそうにない。


 食料確保の目途が立っているわけではないので、ここで食べ切ってしまう暴挙は避けたい。

 作った串焼きは全部で8本ある。

 悩んだ挙句、2本目を取り出し塩を振りかけて食べたらさらに感動し、食欲に負けて3本目まで食べてしまった。


 ………… いやぁ、僕、育ち盛りの5歳児なんですよ。ちょっと燃費悪いかな?(反省。)


 ────────── ◇◇◇


 昨晩は初めての砂漠で寝落ちして、驚くほどぐっすりと眠ってしまった。

 安全面を考えれば一人で熟睡なんてNGだ。今後は気を付けないと。


 それにしても、とにかくお腹がすいた。それこそ目が廻りそうなほど猛烈に。

 なぜなら、昨日は水分補給の際に少しだけドライフルーツを口にした以外は、結局何も食べなかったからね。


 確かに昨晩は例のタブレットのおかげで。考えなければならないこともたくさんある。

 だが、まずは元気を取り戻すために朝食をとりたい。今度こそ!


 ◇


 リュックサックには、非常食の堅パンに干し肉とドライフルーツが少々。


 堅パンは保存期間が優れているだけのワースト1と言われるくらい不人気な食料だ。なぜなら、防腐剤代わりの強いハーブの苦みと、水分と一緒に飲み込むようにして食べないと喉も通らないくらい乾燥していることから、まるで薬を飲んでいるような不味さだからだ。

 干し豚肉ツェターコンもそのまま食べれる点は便利だが、通常は湯で柔らかく戻して塩気を抜いて食べるくらい、塩分過多で硬い食品だ。

 マーンカイは見た目も味も香りも前世のマンゴーに近ので、よくドライフルーツとして利用される携帯にお勧めの果物だ。

 どの食材も、採取袋と同素材の小袋に分けて梱包されている。


 それと、昨日屠った角ウサギホーンラビット肉が2羽。

 

(──── すっかり忘れてたけど、昨日のウサギ肉はリュックサックに入れっぱなしで放置状態だった。解体後にせめて焼いておくべきだったか…。)


 後悔先に立たず。どうなってるのか想像するのが怖い…。

 恐る恐る採取袋からウサギ肉を取り出してみるが…、あれれ?、なんか肉の腐敗が進んでないような気がするぞ?


 目検では問題なさそうだ。弾力も変わりなく、腐敗臭すらしない。

 だが、経験値の少ない俺の五感だけで判断するのは心許ない。 


「よし、じゃあ、《鑑定》スキルの出番だ。」


 俺がジッとウサギの生肉を眺めていると、どこからか「ぴろろろ~ん♪」という着信音とともに、

『ホーンラビットの生肉だよ。

 異臭なし、寄生虫なし、毒なし。生食不可。加熱してから食べるんだよぉ。』

 という、例の天使アイオーン様の合成音声オートリプライが聞こえてきた。


 そう、俺は昨晩ののおかげで、《鑑定》スキルを取得したらしいのだ。

 俺が寝落ちしてしまう前に、かすかに気の抜ける『スキル《鑑定》を贈るよ~♪』という「天使のいたずらアイオーン様の自動音声」が聴こえ気がしたが、夢かうつつかちょっと自信がなかったんだ…。


(──── やっぱりあれは聞き間違いじゃなかったんだ。

 俺は本当に《鑑定》スキルをゲットしたんだな!)


 半信半疑だったが、これで確信が持てた。


 前世ラノベのイメージで半透明なウ〇ンドウで文字情報として現れるのを想像していたのだが、現実ここでは気の抜けた合成音声アイオーンのエセ声なんだな。

 まぁ、通知方法アウトプットの形なんてどうでもいい。とにかく《鑑定》スキルを得たことで俺の生存確率がぐんと高まったわけなのだから。

 それに、《鑑定》魔法に比べるとスキルのほうはやや効力は劣るのだが、このスキルは魔力不要で常時展開な点が便利なんだよね。


 ◇


 肉が食べれることがわかったので、俺はいそいそとリュックサックから料理道具を取り出し、寝床の岩の窪みから地面へ飛び降りた。

 鉤の形をした岩の周りを歩き、竈代わりになりそうな岩の割れ目に簡易コンロBBQ焚火台を設置する。


 簡易コンロは小さなフラットコンロと分離可能なハンギングテーブルで構成されていて、魔力紋に反応して着火する仕組みのようだ。

 俺は二羽のウサギ肉を適当な大きさに分けて焼き串に刺し、出来上がった串をコンロを囲むボードに突き刺していった。

 次に、ウサギ肉を焼いている間に、ウエストポーチから水筒を出して小さなスープ鍋に水を注ぎ、鍋を五徳の上に静かに置く。


 着火棒チャカロッドの勢いある炎と違い、簡易コンロBBQ焚火台の炎は静かだが力強い。

 瞬く間に白湯ができたので鍋を火から外して、白湯を金属製のコップに注いでゆっくりと喉を潤す。

 どんなに暑くても朝一番は温かい飲み物から始めたい。これは前世からの習慣だ。


 肉が焼けるまでの少しの間、例の堅パンを取り出してコップの中の湯に漬けて柔らかくしてからゆっくり咀嚼する。

 パンを半分食べ終わる頃、タイミングよく肉も焼けてきたようだ。


 肉が焼ける香ばしい匂いで魔物や動物が近づいてこないか気を配りながら、岩に寄りかかって立ち食いだ。


 とにかく匂いは抜群だ。肉を恐る恐る口に運んでみる。

(──── 食欲をそそる匂いだなぁ。ちょっと怖いけど鑑定スキルを信じて食べてみるか。)


 パクリ。

「!!!」


 ぶわっと口の中にジューシーな肉汁が広がる。…肉ってこんなに旨かったっけ?

 俺は猛烈な勢いで口の中の肉をかみ砕き、ゴクンと喉を鳴らせながら肉を飲み込んだ。胃袋が歓喜しているのがわかる!

 

 ……そして冒頭の食レポに戻る。


 ◇


 残った串焼きの肉を新しい採取袋に入れて保管しようとしたが、先ほどまで生肉を入れていた袋が新品同様にきれいなことに気が付いた。


(──── どういうことだ?まるで未使用状態に見えるんだが??)


 暫く使用済みの袋をじーっと見つめていると、再びお知らせの音ぴろろろ~ん♪のあとに、

『採取袋。1年間鮮度保証付きの不思議な袋だよ。

 袋は3分ごとに浄化を繰り返し、再利用も可能。丁寧に使ってね~。』

 という鑑定結果自動音声が聞こえてきた。


 マジか!1年とはいえ生ものの鮮度が保てるなんてすごく便利な袋じゃないか。しかも冷蔵施設がない炎天下の砂漠環境でも問題ないなんて、文句言えるはずがない。

 薬草や非常食がこの不思議な採取袋に保管されていた理由がよくわかったよ。

 枚数はともかくサイズは一律なので大きな獲物は解体カットする必要はあるだろうけど、それでも食料保管の悩みがぐんと解消された。大切に使おう。


「『浄化』機能付きならもしかして…。」


 さらに俺は実験も兼ねて、食べた後の焼き串とコップも採取袋に入れてみた。

 3分で浄化を繰り返してくれるなら、もしかしたら使用済みの食器類も入れておけば綺麗になるのではないか。

 水筒の水は大量には使えないから、できれば食器洗いのような用途に使いたくない。でも、当然食中毒は怖い。


 俺は期待を込めて、袋を見つめながら待ってみた。


 やがて、焼き串とコップを入れた採取袋がパーッと光り始めて、袋の中が何やら黒い煙や固形物のようなものが現れてきた。

 そしてそのままジッと見つめていると、今度はその黒いものが袋の中で徐々に透き通って、最後にふわっと消滅した。


「…これが『浄化』なのか?」


 袋を開けてみると、串もコップも綺麗になっている。

 念のため《鑑定》スキルで確認して、どちらも汚れなしと判定された。

 やったね、俺の期待した通りの結果となったんだ。


「すごいな、あの黒いものは汚れだったのかな?でも『洗浄』じゃあないんだよね?

 そうすると、この採取袋の『浄化』機能は『有害なもの』を除去して消滅させるという働きになるのかなぁ?

 …ちょっと有害指定の認識範囲がよくわからないけど、この使い方ができるなら、めちゃ助かる!」 


 ちなみに薬草や非常食などが保存されていた袋も一緒に見ていたが、同じように『浄化』していた。

 なるほど、だから1年間の鮮度保証付きなんだな。


 いやいや、まったく俺の持ち物がスーパー過ぎて言葉も出ないわ。 

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