第6話 冒険者ギルド - Forging Destiny
ようやく右端の長い列を並んでいた俺たちの順番となり、エドガーがその男性職員に「よぉ、ハインリヒ!」と声を掛けた。
ハインリヒと呼ばれた職員が顔をあげて、相手がエドガーだと気づくとこやかな笑顔で、
「こんばんはエドガー。君がこんなところに来るとは珍しいね。どういった用件で?」と訊いてきた。
エドガーが俺を指さながら「あぁ、用事があるのは俺じゃない、この子だ。」と言ってくれたので、俺は緊張しながらすぐ、
「初めまして。おれ…私は、キールと言います。」
と答えた。
俺の背はカウンターより少し頭が出るくらいの高さだ。
そんな子供の俺が、カウンターに背伸びして摑まり立ちしながら上目遣いで受付職員のハインリヒにそう挨拶すると、彼は一瞬目を見開いて驚きの表情を浮かべたがすぐに真面目な顔に戻った。エドガーも口を軽く口を開けてちょっと驚いた顔をしている。
俺は、子供っぽさと礼儀正しさを兼ね備えた口調を意識してみる。これはなかなか難しいバランスだが、俺の素性を全て正直に話すわけにはいかないので頑張るしかない。
「この街に暫く過ごしたいので、身分証が欲しいです。でもお金がなくて。
エドガーさんから『冒険者ギルド』で相談すればいいと教わっ…教わりました。
早く冒険者になって身分証をもらうことは、できますか?
エドガーさんがこの手紙を渡せぱ、大丈夫って。」
と横目でエドガーを見ながら、俺は先ほど門処でエドガーから渡された調書の控えをハインリヒに手渡した。
それと同時に、俺は興味津々な様子で他の職員が耳を傾けているのを察して、「遮音」で会話を聞き取りにくくした。俺の事情を無暗に聞かれるのは避けたいからな。
「あ、あと、ハインリヒ、もう一つ重要な問題が…。」とエドガーがそういって、ハインリヒの耳元で何かをささやた。ハインリヒはエドガーの言葉を聞き、俺から手渡された調書を再度一読すると、少し考え込んだ。
「…なるほど、状況が呑み込めたよ。ではあちらの
ハインリヒは受付を他の職員と代わって欲しいと伝えてから、俺とエドガーを受付カウンター前からドア付きの部屋に移動するように誘導した。
俺たちが指定されたブースに足を踏み入れると、ハインリヒも後ろから続いて入ってきてドアを閉めた。中には小さな長机と椅子がある。
エドガーと俺はドア側の椅子に座り、ハインリヒが俺たちの向かい側の椅子に座った。
「さてさて…。渡された調書控えを読むと、きみ、キールくんはちょっと特殊な事情があるようだね。
念のため本人確認も兼ねて、この
ハインリヒが指すものは市街門にある
俺は併せて
願ったり叶ったりだな。まさか市街門の門処だけでなくギルドでも証明してもらえるとは思わなかった。これで何があっても問題ないだろう。
「…どうもありがとう。これできみが偽証していないことはオーブが証明してくれたよ。」
ハインリヒが、もうオーブから手を離していいと伝えながら俺に微笑んでくれた。
────────── ◇◇◇
「最初に、私はハインリヒと言う。今後はキールくんの担当となるので、私の名前を覚えておくように。」
と、丁寧な口調ながら少し上から目線な物言いで俺に向かって簡単な自己紹介を終えた。
「では本題に入ろう。
状況を整理すると、キールくん、きみは事情を考慮されて街への仮入門を許可された。だが今後もこの街で生活するためにはお金と身分証の取得が必要だ。ただし現時点ではお金を持っていない。ここまで合ってるね?」
俺は頷くことでその通りだと表明した。
「身分証は世界共通の仕様で常時携帯必須のアイテムだ。私たち平民は、市民証か組合証…はつまりギルドカードのことだが、どちらかを所持して身分を証明する必要がある。
市民証は各都市ごとに発行されるものだ。ギルドカードより少し安い発行料だが、市街門を跨ぐ移動に制限がある。
一方、ギルドカードは組合が発行する身分証で、冒険者、商業、錬金術、鍛治など業種別に色々とある。
同じ職種のギルドでも準公的組合から通称組合まであるが、国際的な身分証として認められるのは準公的の組合までだ。そして冒険者や商業ギルドのように通行料が免除される優遇措置を含むものもある。
そして当然のことながら、組合員の恩恵を受けるためには所属するギルドが求める一定の貢献が必要となる。」
ちょっと待ってくれ!
唐突にハインリヒは職員モードに入ったようだが、俺はこの流れるような説明をずっと聞くことになるかと思うと少し焦った。
そんな俺の様子に気づかないのか、ハインリヒの説明はさらに続く。
「身分証の発行には手数料がかかる。市民証は30ゲイルド、冒険者ギルドのギルドカードなら50ゲイルドが必要だ。
参考までに、このエーヴィハイト────はアウスローゲン王国の第二の都市だが────、この街の物価と比較すると…。」
ハインリヒは何度も話している内容なので流れるように説明しているようだが、聞く方の俺にとってはいきなり結構な情報量を聞かされている。俺、仮にも5歳児なんだけどなぁ。
…おっと、長い説明に危うく意識が飛んでしまうところだった。聞き漏らすことはできない。
ハインリヒが具体例を挙げてくれたが、例えば、食事代わり市民がよく食べる肉の串焼きが200ルドで青銅貨2枚、1泊の宿泊費はピンキリで1ゲイルドから7ゲイルド。銀貨1枚から7枚だ。
ちなみにルドやゲイルドとはこの国の通貨単位で、1ゲイルドは1,000ルドなんだって。
ギルドカードの発行手数料の50ゲイルドは50,000ルド。銀貨なら50枚、大銀貨なら5枚にあたる。
感覚的にわかるように前世換算すると、宿代は一泊1~7千円、ギルドカードは5万円といったところか。カード発行料が相当額であることがわかる。
ちなみに、大銀貨の上は金貨、大金貨までが一般市場にて流通されており、大金貨は1,000ゲイルド、つまり100万円相当にあたるそうだ。
本当はさらにその上の白金貨や大白金貨もあるそうだが、一気に価値が跳ね上がるため、庶民が目にする機会はまずない。
「冒険者見習いは、8歳未満の子供の冒険者を対象とした仕組みだよ。
見習い冒険者の適正が認められれば、通称ワンデーカードと呼ばれる見習い冒険者証が発行される。失効や紛失をしなければ、最初の銀貨3枚だけで取得できる。」
なるほど、8歳未満の子供にとって3千円が安いかどうかは別として、5万円に比べれば破格の価格設定だな。
「ワンデーカードという名前がついている通りこの見習い冒険者証は日々単位で更新が必要な身分証なんだけど、その理由は見習い冒険者たちの実存確認と依頼状況の把握のためなんだ。」
これも8歳未満という年齢を考慮し、日々職員が子供たちの状態を確認するための仕組みのようだ。
「ところでキールくんは
「キールの後見人は俺だ。」
エドガーが口を挟むが、ハインリヒがそれを窘める。
「エドガー。君の気持ちはよくわかるが、それでも長い目をみたら彼に自立の手段を与える必要があることはわかっているだろう?
それに私は今、キールくんと話をしているんだ。邪魔をしないように。」
ハインリヒは視線を俺に戻した。
────────── ◇◇◇
「後で詳しい説明をするが、最短での最初の見習い冒険証の取得審査日は、審査試験開始から一週間目の日だ。審査以外にも一般教養を受けてもらう必要はあるけどね。以上が簡単な説明になるけど、きみはどうしたいのかい?」
ハインリヒが俺に最終確認を聞いてきた。
「一つ質問があります。見習い冒険者になるためには、必ずその審査を受けなければダメですか?
俺は、今はお金を持ってないけど、お金を取得するための手段がある。」
俺はハインリヒの目を見て質問した。
ハインリヒは頷きながら、
「先ほどエドガーから秘匿事項として聞いている。君は小さいながらもマジックポーチを持っていて、森で遭難した際にいくつかの魔石以外にも珍しいものを拾って持って帰ってきているということだね。」
と言った。俺は頷いた。エドガーがこの職員に話したということは、彼は信用に値する人物なのであろう。
「ギルドでは、勿論、魔物の素材や魔石、薬草といったものを売買できる。が、それはあくまでもギルドの所属が認められてからの話だ。最低限でも見習い冒険者であることが必要となるね。
それ以外でももちろん直接街のお店に売るなども可能だけど、君の年齢であれば相当安く買いたたかれると思うよ。それに必ずしもきみの売り物だと信じてもらえる保証もないしね。」
先ほどエドガーが話してくれた内容と同じだな。子供が高額商品を売ろうとしても、足元を見られて買いたたかれるか、最悪の場合、盗品と思われるだろう、と。
「なので私の提案としては、その素材を売るのはもう少し待って、まずは見習い冒険者の適性試験を受けてみることから始めてみたらどうか、というものだ。どのみち冒険者になるのであれば適性試験は避けて通れない道だしね。」
「でもそうすると、10日以内に間に合うのかわからないじゃないか…。」
俺が一番気にしているのはそこだ。どんな試験かわからないが、ほぼ一発勝負で受かるほど甘くはないんだよな?
「そこは気にするな。10日以内はあくまで大人に向けた制限で、子供はもっと日数がかかっても問題ない。」
エドガーがそうフォローして言ってくれた。ハインリヒも頷く。
「エドガーの言う通りだね。実存証明の為に毎日市街門に顔を出す必要はあるだろうけど、身分証の取得に関する日数については融通が利くはずだ。」
「であれば、見習い冒険者の適性試験を受けることでお願いしたいです。」
俺はぺこりと頭を下げてそう言った。これ以上、無理に我を通す必要はない。
「ハインリヒ、俺からも頼む。しっかりしているようで、こいつはあまり常識がないところがあるから心配なんだ。お前なら安心して頼める。面倒を見てやってほしい。」
エドガーも一緒に頭を下げる様子に、ハインリヒは「よしてくれよ」と手を振りながら笑う。
「まぁ確かにマジックポーチや魔石の話だけでなくても、この年齢、
キールくん、これから何かしたいと思った場合は、必ずエドガーか私に相談してからにするんだよ。」
いきなり難しい言葉でつらつらと長い説明をした理由はそういう意図があったのか。この職員は切れ者なんだな、一本取られた気がするよ。
なにはともあれ、この街に溶け込むまでは誰かに判断を仰ぐことは必要だ。俺は「はい、そうします」と答えた。
…それにしても解せぬ。俺はそんなに危なっかしい子供に見えるのか?
「では明日、朝の9の時になったら私のカウンターのところに来てくるように。今後の細かいことを相談しないとね。
で、今晩はどうするんだ、エドガー?」
ハインリヒは自分の手帳に明日の予定を書き込こみながらエドガーに向かって確認した。
「そうだな、これから急いで当面必要そうな服とかこいつに必要そうなものを買ったら、一緒に夕飯を食べて、それから俺の家に連れて行くつもりだ。」
エドガーは決定事項のようにそう言ったが、俺は初耳だぞ?
「エドガーさん、俺、…」
「ささ、そうと決まったら、今日はもう帰ろう。ハインリヒ、明日からこいつをよろしく頼む。」
エドガーはどこか嬉しそうにそう言って、そそくさと帰り支度を始めた。ハインリヒも少し苦笑いを浮かべている。
どうやら俺は従うしかなさそうだ。
長かった砂漠や森の放浪生活も終わり、こうして街での平穏な生活に戻ってこれたんだ。
今はこのことに素直に感謝しよう。
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※次の章を、過去編にするか、このままの時系列の話にするかを悩み中…。
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