第5話 自立の手段
広場の重い鐘の音が響き渡った。市街門まで戻る約束の時間だ。
「エドガーさん♪」
俺は市街門で門番として立っているエドガーを見つけ、ひょいと顔を出した。エドガーはちょっとびっくりした顔をしてからすぐに俺に微笑み返してくれた。
「おっ、キール、ちゃんと約束を守って帰ってきたな。いきなり広場へ走り出すから心配したぞ。」
「ごめん。じっとしていられなくて、皆について行っちゃった。」
ちょっと子供っぽかったかな?まぁいい、不自然なくらいに子供のふりをしていた方が、それっぽいだろう。
現実の記憶を失ったせいか、今の俺は前世の思考スタイルが強く出てきてしまいがちだ。会社勤めまで経験していた俺の行動や思考は、どうしても大人寄りになってしまう。5歳児がどんな行動していたかなんてもう覚えているもんか。
エドガーは疑うこともなくまたしても俺の頭をくしゃくしゃと撫でて、「ちょっと待ってろ。夜番と交代して着替えてくるから。」
と声をかけてから一旦門処に戻っていった。
俺は脚元の小石を蹴りながら、素直にその場で待っていた。
家路を急ぐ人々が、皆足早に俺の前を過ぎて去っていく。どこからか夕飯のスープの良い匂いが漂ってくる…。
いいな、こういう何気ない日常生活って。この街が好きになれそうだ。
門兵の警備服から私服に着替えたエドガーは随分若く見えた。二十歳と聞いていたがまだ十代後半の若者のように見える。そうか、前髪を下ろすとちょっと童顔になるんだな。
夕日に煌めく銀髪と澄んだ深みのある青色の瞳が綺麗だ。背も高くてバランスよく鍛えた体で、いわゆる細マッチョな体形だ。これならきっと女にモテるだろうに、しゃれっ気がないのはちょっともったいないぞ。
俺に近づいたエドガーがまた俺を抱きかかえて行こうとしたので俺はそれを制し、「エドガーさん、俺、自分で歩いていくから」と伝えた。
エドガーは思わずポリポリと頬を掻くようにして、「すまんすまん。昔、よく弟を抱っこしてやっていたからな」と謝ってくれた。どうやらエドガーが子供好きなのは兄弟がいるからなのかな?
「いいよ、気にするな…しないで。それより、これからどこに連れて行ってくれるの?」
「そうだな。お前、この街に住み続けたいんだろう?であれば、今手に入る金だけじゃなくて、これからも金を稼ぐ方法を考えなくてはいけない。あと住む場所もな。救済い…」
「教会の
俺はエドガーの言葉を遮るようにして自分の希望を述べた。
「そっか…。そうするとやっぱり冒険者かな。本当はこんなに小さいお前を危ない目にあわしたくないんだけど、自活するなら一番手っ取り早い手段ではあることは認めるよ。」
…俺は年齢相応のサイズなはずだ。決して背が低いとか小柄とかじゃないぞ!
妙に琴線に触れるキーワードに思わず反応してしまった俺の内心の抗議の声はしまっておいて、できるだけエドガーから重要な情報を引き出さないと。
「エドガーさん、俺くらい子供でも冒険者になることはできるのか…できるの?」
「ああ、子供のうちは『見習い冒険者』という扱いだが、なることは可能だ。
ただし、みすみす危ない目にあわすことなんてできないから危険の少ない仕事しか回せない。勿論、その分報酬も少ないけどな。
主な依頼は、市内でできる採取や配送、個人主ならお使いや掃除のような手伝いみたいなことだな。市内の『何でも屋』だと思ってくれればいいだろう。」
「なるほど?いいよ、俺、『見習い冒険者』になる。そうすればいつかは冒険者になったり他の仕事に就くこともできるんだ…でしょ?」
俺はなりたいものがあるからな。冒険者限定でない方がありがたいので、この点は予め確認しておきたい。
「もちろん。見習い冒険者だからって必ずしも冒険者になる必要はないよ。金を貯めて学校に行くやつもいるしな。」
エドガーに手を引かれながら、さっきまでいた広場に向かって歩き続ける。
手つなぎなんてちょっと恥ずかしいんだけど、エドガーがしっかり手を握って離してくれない。
「これからギルドに行くが、俺はお前の後見人としてついていく。…えっと、後見人は、お前になにかあったら俺がお前の親代わりとして対応する、大人のことだ。
エドガーは、これだけは譲れないという感じで俺の目を見つめながら、しっかり言い含めるに言ってきた。
「えっ?、エドガーさん、何言ってるんだ?俺のこと何も知らないのに、そんな簡単に親代わりになっちゃだめだろ?危ないぞ?
俺はそんなに子供じゃない。心配しなくても大丈夫だ。」
俺は驚いてうっかり素の言葉でエドガーを諭すように言ってしまった。
いくらエドガーが親切な人だからと言っても、ろくに素性も知らない俺がそこまで迷惑かけるわけにはいかないだろう。俺の主張は間違えてないはずだ。
「だめだ。しっかりしているように見えるがお前はあぶなかっしい。一人にしておけない。」
そう言いながら、エドガーは俺の手をさらにぎゅっと握りしめた。
「…わかったよ、エドガーさん。どうもありがとう。なら、頼りにさせてもらうよ。」
「俺の提案を受け入れてくれてありがとう。
それにしてもお前、やっぱり元々の口調も生意気だったんじゃないか?ほんっとに年齢がわからないけど、本当に5歳児?」
エドガーは少し呆れたようにそう言った。
◇
(────逆にマジで俺が知りたいくらいだからな。俺は何歳まで逆行させられているんだろう?)
「うーん、俺こそ自分の年齢が知りたいんだけど。そういった便利な方法は何かないの?」
「…悪い、あまりにもお前が平然としているんで、つい記憶喪失だってことを忘れていたよ。
そうだな、もしかしたらギルドにある鑑定のオーブなら詳しいことがわかるかもしれないぞ。ギルド登録する際に犯罪歴などを確認するものなんだけど、年齢も確認できるんだ。」
(────やばい、やはり鑑定のアーティファクトがあるのか。そのオーブはどこまで鑑定できるんだ?)
「『鑑定のオーブ』って何?」
「
出た、エドガー必殺「魔法の」のパワーワード。どうやらまた説明が面倒になったみたいだな。
「ギルドで冒険者登録する時に必要な情報は、名前と年齢、出身地に、ギルドで公開してもよいスキル名だけだ。
名前は通称で登録することも可能だから普段はチェックすることはないけど、たまに貴族がお忍びで登録したいと申し出てきた場合に、身分詐称でないことを確認する為に使うんだ。
年齢確認も本来は必須ではないけど、子供の申請の場合、冒険者年齢未達の疑義がある場合、確認するよ。
スキルは登録申請する場合に限り保有確認をするだけだ。冒険者にとっての重要な手段であり情報でもあるスキルを勝手に確認することは禁止されているからね。」
エドガーの説明は俺が聞きたいことがほぼ網羅されている。事前に確認できてよかった。
「子供は冒険者になれないの?」
「年齢制限があって、8歳以上しか冒険者としては登録できないんだよ。だからそれまでは見習い扱いな。
だけど報酬額が全然違うんで、たまに体が大きな子供が嘘ついていきなり冒険者から始めようとすることがあるんだ。それを防止するために確認する場合がある。」
「ふーん、なるほどね。で、申請スキルを確認する理由は?」
「冒険者は、
そこで、知り合いがいなくてもパーティが組みやすいように、自分の特技をアピールできる仕組みがあるんだ。それが『公開スキル』だ。
で、その公開スキルについての真偽を確認するために、本人が申請したスキルを持っているかをオーブで確認するんだ。
スキルを持ってると嘘を言ってパーティに加えてもらってから実はそのスキルは使えませんでしたなんていったら詐欺だろ?
もしその嘘のせいでパーティが全滅しましたなんてことになったらシャレにならないからな。」
なるほど、いずれも納得できる理由だ。少なくとも、
もっとも人が運用する限りは
────────── ◇◇◇
そんな話をしながら広場の中心まで着いた。
この広場を中心として太い十字路の道が展開されており、エドガーは道を右に曲がった。冒険者ギルドはこの少し奥に位置にあるらしい。
広場から少し進んだだけなのに、ギルドは思ったよりひっそりとした場所にあった。外観は3階建のかなりがっしりとした石造りの建物だ。
扉はウエスタン式で、背が低い俺でもかろうじて手が届く。
エドガーが開けようとしたが、俺が自分で開けてみると言った。今後のことを考えたら当然だろう?
俺は「うーん」と小さく唸りながら扉を開けて中に入った。
扉の先には守衛が立っていた。その目つきや体格からきっと元冒険者か傭兵だろう。
エドガーと一緒にさらに中に入ると、正面に受付カウンター、両壁は掲示板という、ある意味定番の設えが目に入ってきた。
ただしこの世界では紙が貴重らしく、掲示板にぶら下がっているのは木の札だ。何度か使いまわしているのだろう、文字が消えかかっているものもある。
こういうことがわかると受付が必要なのも納得できるな。…もっとも見目良い受付嬢を餌に冒険者を
◇
受付の左端先は小さなブースに分かれて、いずれもカーテンか扉で仕切られている。さらにその先には納品カウンターの札も見える。
夕方の時間帯のせいか、受付周辺にはたくさんの冒険者でごった返していた。
大きなガタイをした冒険者諸先輩方は、視界に俺が目に入るとぎろりと一瞥するが、すぐ隣のエドガーの姿を認めると納得するように頷き、そして俺から興味を失っていく。どうやらみんな、エドガーと顔見知りのようだ。
そんな荒々しい冒険者たちの波をかき分けて、エドガーは俺を連れて悩むことなく一番右端のカウンターに並んだ。
カウンターの先には眼鏡をかけて髪を丁寧に撫で付けた理知的な男性職員が座っていた。
────────── ◇◇◇
※用語補足:「鑑定のオーブ」
正式名称は『ディサーコン・オーブ』。ギルドや街役場が使う
「鑑定のオーブ」自体の説明はいらないですね…。
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