第4話 ジレンマ

 ※この章はキールとエドガー視点の話が交互に進みます。

 4.1 [From Kiel's point of view]


 (────俺のスキルや魔法は「見かけの年齢」とかけ離れているだろうからあまり知られたくないんだよな。まぁ、そういう「一般的」との線引きを知るためにも街で情報収集したいんだけど。)


 俺としては、街に入るための身分証明書を持っていないため、市街門の門処でこうして聴取の記録を残されることは予想していた。むしろそうなることを期待していた。

 最初に怪しまれておいて身の潔白を証明することで、後々の面倒ごとをより少なくするつもりだった。

 だからこそ、ナイフとポーチ以外の荷物は装着せず、服もボロボロのままでいた。浮浪児のような外見で現れれば、いくら子供でも状況を確認するだろうと考えた。

 いくつか知っている言葉既知のサンプルデータとこの国の言葉が合致せずに最初会話が成立しなかったのは、単なる偶然だ。


 市街門のオーブは供述の真偽を判定する謎のアーティファクトらしい。そのオーブが赤い光を発光しなかったことで、俺に問題なしと判定してくれた。これで今後何か面倒なことがあっても、「審議のオーブネクサスフィア」で問題なかったという記録が残っている限りたいていのことは何とかなるだろう。

 門番兵であるエドガーはどうやら俺を、過酷な体験から記憶喪失になった迷子の子供と整理したようだ。

 俺は嘘をついていないことが証明されたため、仮で街にはいることが許可された。


「お前の所在確認が必要な件については門番仲間にも周知しておくから、を外すまでは忘れずに毎日必ずここに来るんだぞ。」

 と、エドガーは俺の足首に取り付けたアンクルを指さしながら伝えた。

 俺も、「忘れないですよ」と言わんばかりに軽くアンクルを回して見せて頷き返した。


 通常身分証を持たない人間の市街への仮滞在は、10日以内に身分証を得ることを条件に、保証金と逃亡防止兼所在確認のための追跡アンクル────GPSみたいなもんだな────をつけることで許可されるそうだ。

 しかしエドガーは、俺については記憶をなくした身寄りのない子供という事情を考慮して、保証金の免除の代わりにエドガーとの同居という代替案を提示してきた。

 …同居とは監視目的なのかな?


 だが俺はし、縛りのある生活は御免蒙ごめんこうむりたいので、

「門番さ…エドガーさん、色々と考えてくれてありがとう。

 その保証金ってどれくらいの金額が必要なのか教えてもらえる…もらえますか?」

 と訊いた。エドガーは怪訝そうな顔をして、

「大人なら20ゲイルドだから子供なら10ゲイルドだ。」

 と説明してくれた。


 感覚的に高いのか安いのかはよくわからないが、とりあえずそれくらいあればいいらしい。

 金額がわかったところで安心してしまい、俺はここで少し判断を誤って普通ならとんでもないとだったらしいことを口にしてしまった。


 ────────── ◇◇◇


「実は俺、記憶ない間もこの腰ベルトのポーチだけはずっと肌身離さずに持っていたんだ。このポーチはちょっと不思議で、見た目よりたくさんの物が入るんだよ。

 俺、迷子になった時に、この中に森の中で拾ったものを入れておいたんだ。

 だからこの中の物を売れば補償金分のお金ができるんじゃないかって思うんだ。

 そうすれば、あとはこのアンクルGPSだけで済むんだろ…よね?」

 俺はちょっと自慢気にポーチからいくつかの魔石を取り出して見せる。


「!!おい、それはマジックポーチじゃないか!

 無暗にそんな貴重なものを見せびらかしてはダメだ、悪いやつらに狙われるぞっ。」

 エドガーは慌てて俺の掌の上の魔石を自分の手で覆い隠すようにし、俺の身体を自分の身体で遮る形に向いて、通行人から見えないようにしてくれた。


(────これがそれなりに貴重品だろうことは想像していたけど…、知られちゃいけないようなもんだったのか?)

 俺の不完全に封印された記憶が疑問を提示した。元の俺の感覚ではそんなに高いものではないと思っていたのだから。


 俺はエドガーに疑念を持たせずに自分がポーチを持っていることを認識させたかっただけだ。マジックポーチを持っていることを明示しておけば多少変わったものを持っていたとしても元からその中にあったものと誤魔化すことができるだろうと、軽く考えていた。


 俺は無邪気なふりをしながら、

「ごめん、このポーチがそんなに重要なものだと思わなかったんだ。これは俺が迷子になった時から持っていたものだから。

 たくさん入るっていってもこのポーチのサイズより多少大きいものがいくつか入るくらいだから、そんなにすごいものでもないと思ってたんだけど。

 みんなはこういうの、持っていないの?」


「持ってるわけないだろ!お前の話を聞く限りマジックポーチでも小さなサイズみたいだが、それでも手に入れるには大金を払う必要があるんだぞ。

 俺も詳しいことを知らないが、道具屋で売っているマジックポーチは最低でも大金貨がないと買えないと聞いたことがあるぞ。つまりとても高価な品ってことなんだ。わかるか?」

 エドガーは俺がマジックポーチを所持していることに驚いている様子だ。


(────そうか、ここではマジックポーチはそんなに高いのか。まだこの街の物価はよくわからないが、大金貨というくらいだから相当高いのだろう。

 失敗したな、ちょっとこれを見せるのは時期尚早だったか…。)


「そうなんだ。エドガーさん、教えてくれてありがとう。

 これは俺の唯一の持ち物だから他の人にはあげないよ。大丈夫、大丈夫。」

 わざとちょっととぼけた返事をする。

「でも俺、森で拾った石やきれいな葉っぱや羽を売る以外にお金を用意する手段がないんだけどなぁ。」


「…うっ、確かにそうだな。金さえあれば市民証をすぐにでも発行してもらえるんだがな。

 身分証さえあればどこかの店に雇ってもらうのもできるし、もし手に職があれば商業者ギルドや他の職人ギルドという選択もあるが、…さすがにまだそんな年齢じゃないだろうし。

 うーん、冒険者ギルドが手っ取り早いのはわかっているが、できればあんな危険な職業は薦めたくはない…。」


 エドガーも、俺が今後この街で生活を続けるためには何らかの手段が必要なことを理解している。なので妥当な提案をしてくれた。

「そもそも街に滞在するなら宿泊費もかかるし食費だって当然必要だしな。もっともお前の年齢なら教会に頼めば救済院孤児院で受け入れてもらえるえると思うぞ。それではダメなのか?」

「うーん、せっかく教えてもらったのになんだけど、俺、できれば救済院教会関係は避けたいんだ。」

「なら俺と同居すれば問題ないじゃないか?俺と一緒じゃ嫌なのか?」


 エドガーが少ししょげた顔になったので俺は慌てて、

「そういうわけじゃないけど、今日会ったばかりの俺がそこまで迷惑を掛けたくないってことなんだ…です。ご好意には感謝してますよ。ただ、俺はできるだけ早く自立したいんだ。」


 エドガーは不本意な様子だがそれでも妥協して、

「同居したくないなら仕方ないが、代わりに、毎夕俺のところに顔出しすること。

 もし俺がちゃんと生活できてないようだと判断したら、お前が嫌がっても同居させるからな。」

と言ってくれた。そして本気で心配そうに真顔で、

「とにかく、金を捻出するために身寄りのない子供のお前が無暗にマジックポーチを見せびらかしたり魔石を売ったりするのはダメだ。かえって危険だ。

 お前はしっかりしているように見えてどこか危なっかしくっていかんな…。

 仕方がない、こうなったら乗り掛かった舟だ。俺がつきあってやるよ。

 もうあと少しで上がりの時間になるんだが、お前、この近くで待っていることはできるか?」


(────えっ、付き合ってくれるって、何を?)



 ────────── ◇◇◇

 4.2 [From Edgar's point of view]


 本当はいくら気になると言っても、俺としてもいつまでも一人の子供にかまうつもりはなかった。そんなことばかりしていたら門番の仕事は子供の迷子センターか難民相談窓口のようになってしまう。

 だが、さすがにキールという子供に関してはそのまま放置はだめだろう。


(────こいつ、物の価値感がまるでわかってないじゃないか。マジックポーチや魔石などの貴重なものを所かまわず見せるなんてしていたら、せっかく助けた命なのにまた誰かに簡単に奪われてしまうかもしれない。

 当面は誰か面倒を見てやるべきだろう。であれば、俺がその役を買って出てもいい。どうしてもほっておけない。)


 それは、外見は髪の色以外は全く似てないのだがどことなく遠い昔行方不明になってしまった弟を思い出させるからかもしれない。俺は自分の気持ちをそう分析した。


「大丈夫、俺、待てるよ。時間になったらここに戻ってくればいいの、エドガーさん?」

 キールは予想外の俺の反応にあまりよく状況が呑み込めていない顔をしながら、そう訊いてきた。


 俺はキールの頭をくしゃくしゃと撫でながら、

「あぁ、あと少しで町の広場にある時計塔の鐘が鳴る。それが俺の仕事の終わりの合図だ。だから鐘の音が聞こえたらここに戻ってこい。

 それから、一人で待っている間は絶対このポーチの中身を出しちゃだめだぞ。」

 と言い含めた。


 キールはにっこり笑いながら、

「うん、わかった。じゃ、俺少しこの辺をぶらぶらしてくるから。」

 と言い捨てて、俺が引き止める間もなく足取りも軽やかに大通りに向かって駆けて行ってしまった。


 ────────── ◇◇◇

 4.3 [From Kiel's point of view]


 市街門でエドガーと別れた後、俺はしばらくの間、人々の波に溶け込むように歩いて行った。門から市内へ流れていく人がほとんどで、今から市街門に向かう人はほとんどいない。


 街は市街門と頑丈そうな外壁にぐるっと囲まれている。

 この街は特に門に近い部分は高く盛土されていたが、広場に近づくにつれてさらに勾配が高くなっていくようだ。

 土がむき出しな部分が見えずにほぼ石畳で敷き詰められている様子を鑑みると、随分と水害対策に力を入れているのだろう。その割には道路沿いの家は石造りのものや木造のものが混在している。再建できる家の資金力の違いなのかもしれない。


 街を観察しながらぶらぶらと歩いて道に従って進んでいたが、どうやら広場のような場所に出たみたいだ。


 広場には頑丈な時計塔以外は目立つ建物はない。小さな店舗が広場の周囲に並び、路上には移動式の出店が何台か見られるだけだ。

 それにしても、広場だというのに花や観葉植物、ベンチなどが一切ない、本当に石畳だけが広がるだけの殺風景の景色だ。これも水害の被害を最小限に抑えるための方針かもしれないが、随分と寂しい広場に見えるな。


 ここから見える時計塔の針は1本だけで、円形の時計版は12等分されている。針の位置から、現在の時刻は夕方の「6の時」前って感じだ。

 まだ外は明るいが広場を歩く人々の姿はまばらで、中には出店で買った飲み物を手にしながら歩いている人もいる。


 俺は広場の端に寄り、マジックポーチの偽装用として新たに腰につけた革袋から串焼きを2本取り出して食べて、水を飲んだ。もちろん食料はあたかも革袋から取り出したかのように見せかけているわけだが、実際は腰のマジックポーチから取り出したものだ。


(────考えてみたら河から救出されてからコップ1杯のミルクとクッキー少々以外口にしていない。どうりでとてもおなかがすいていたわけだ。)


 俺としては本当はこのまますぐにでもギルドもうでと参りたいところだ。でもあと少しでエドガーとの待ち合わせ時間なんだよな。我慢、我慢だ。


 ◇


 じゃあ特にすることもないし、少しぼんやりと広場の眺めながらこれからのことを考えてみるか。


(────ギルドと教会のどちらに行くべきかって言ったらやっぱりギルドだよな。

 救済院なんてとんでもない。そもそもいくら俺が魔法やスキルを「偽装」しているとは言え、教会という特殊な場所では何があるかわからない。

 君子危うきに近寄らずってね。)


 俺はふと、エドガーの人のよさそうな顔を思い浮かべた。

(────あのエドガーという若い衛兵は、どうやら俺の「無知ぶり」を心配して付き添いをしてくれるみたいだ。

 いくら街での生活の為に金が必要だとはいえ、いきなり汚れた服を着た身寄りのない俺が魔石や薬草を売ろうとしても信じてもらえなかっただろう。もしかしたら泥棒と疑われるかもしれない。

 俺もちょっと考えが浅かったようだ。エドガーの配慮に感謝しないとな。)


(────本当は、金を稼ぐ手段なんてけど何事も最初が肝心だ。

 どうも今の俺は思っていたより常識とか知識がずれている、というか不足しているようだ。エドガーが気にかけてくれるのも無理はない。

 無難に生き抜くためには暫くの間は彼の言うことに従ってみよう。)


 つまりだ。現実的に5歳児の子供が取れる手段は案外と少ないってことだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る