第3話 俺都合
※[From Kiel's point of view]
(────うーん、どこまで話したらいいんだろうか…。)
机の上の
◇
『砂漠と森』からの脱出口がまさかチャーチャコンの河底とは思わなかった。危うくおぼれ死ぬところだった。
目覚めたら視界には見知らぬ大人の顔が3人、俺の顔を心配そうに覗き込んでいた。
ぼんやりしているとそのうちの一人が何か俺に話をしているのはわかったので、「ここはどこ?」と言ったのだが全然通じなかった。さらに質問されたようなので「俺の名前はキール」と答えたのだがやはり通じなくて。
俺の目の前にいるエドガーという人は、随分と生真面目な人みたいだ。少し森で出会った知人と雰囲気が似ている。
だからこの人にはできるだけ嘘はつきたくはないが、だからといって本当のことを全部話しても信じてもらえるかわからないんだよな…。
ぼろ服を着た俺にも優しく接してくれて、「5歳の子供」にこんな
◇
河から救出されたのはいいが、どうしたら無難に街へ入れてもらえるか悩んでいた俺は、このエドガーに抱えられて市街門の門処に連れてこられた。そして、今、
俺はこの機会を利用させてもらうことに決めた。
少し休憩を挟んでから、エドガーが改めて俺にこう言った。
「さてと…。キール、この魔導具の前に座ってもらえるか。
これからこの機械に向かって俺とお前が宣誓した後、お前自身についてとお前が河で溺れた理由を話してほしい。
さっきも言ったが、一度この機械に話を覚えさせたら改ざんすることはできないし、何かあった時には証拠として扱われることも忘れないで。
ここまで言ったこと、わかるか?」
俺は「もちろん、大丈夫。」と言いながら頷き返した。
よし、俺もそろそろヒアリングだけではなくスピーキングの方もイケそうだ。
────────── ◇◇◇
そして俺に向かって、「これから君が話す内容は、この
俺はエドガーに続いて、「はい、俺、キールは、この会話が記録されることと証拠として扱われることの説明を受けた。そして問題ないと答えた…ました。」と声を吹き込んだ。
エドガーはぽかんとした表情をして一瞬言葉を忘れているようだ。あれ?、なんか俺、変なことを言ったか?
すぐに気を取り直したエドガーが、急いで言葉を続けた。
「了承してくれてありがとう。それではこれからキールにいくつか質問させてもらうから、答えをこの
まず最初に、君の名前を教えてほしい。」
さあ、ここからが本番だ。慎重に回答しないと。
「俺の名前はキール。でも本当の名前はわからない。だから、キールはニックネーム。」
ふと思い出したような顔をして、エドガーが俺に問い直した。
「そういえば、きみが救出された後に気づいた時も同じようなことを言っていたな。どう意味なんだ、その『にくねーむ』というのは?」
(────あれ?、「ニックネーム」ってこっちでは通じない言葉だったかな?)
「…ん-と、『通称』、『あだ名』?。これで通じる?」
「なるほど、通称のことか。それでなんでお前は自分の名前がわからないだ?」
「記憶ソウシツ?…だから。自分のこと、わからない。名前もトシも、何にも覚えてない。」
「!なんだって?なんでまた記憶喪失だなんて。」
「…気づいたら俺一人だった。理由なんて知るわけない。」
「なるほど、確かにお前の言うとおりだな。
それにしても、いきなり随分と生意気な口調をし始めたな。」
エドガーは少し不満そうに眉を寄せた。
「俺、この国の言葉、まだ慣れてない。会話は、今まで聞いていた言葉からルイスイ?して話してる。
俺が今話している話し方は、お前とさっきの男との話し方を参考にしている。
もし話し方、オカシイなら、教えてくれ。そうすれば大体、同じように話せるようになる。」
俺のスキルには分析の元となるデータが必要だ。さすがに
「会話の参考が必要と言うのか。やはりどうも《通訳》スキルとは違うみたいだな…。」
「…お前が違うというのなら違うのだろう。でもスキル名、教えない。」
エドガーの探るような視線を無視し、俺はこの件については黙秘を決めた。
先ほどのエドガーの様子から、この国では他人のスキルや魔法について聴き出すことはご法度らしい。ならば不必要に俺のスキルを永久記録されることは避けたい。
エドガーは俺が自分のスキルについて話す気がないことを察知して諦めて真顔で、
「…了解した。だがさすがにお前くらいの子供から『お前』呼ばわりされるのは違和感感じるし、お前にとっても後々のことを考えるとまずいだろう。
とりあえず俺のことは『エドガーさん』と呼んでくれ。『さん』は敬称の意味だから、ちゃんと付けるんだぞ?」
と教えてくれた。
「オッケー、ルールさえわかればそれに従って話すよ、エドガーサン。」
「…お前、かわいい見かけに反して意外と図太いんだな。
その生意気口調もどうも気になるんだが。慣れないうちは目上の人にはなるべく口を閉じるようにしとけよ?無用な争いを避けるためにもな。」
「…わかった、アンタの指示に従うよ。」
エドガーがまた苦虫を潰したような顔をして「今度は『アンタ』かよ…」と深くため息をつく。
なぜだ?俺は言われた通りに「いい子」な対応をしているのに。実に解せぬ。
「じゃぁ改めて聞こう。記憶喪失ということは、名前だけでなく、年齢や出身地、親兄弟の名前も覚えてないということか?
身分証がなかったので何かきみの身元がわかるようなことを知りたかったのだが。」
「覚えてない。全く。」と、俺は悪びれることなく即答した。
エドガーは「はーっ。」とため息をつきながら立ち上がり、
「そうなると、俺一人ではきみの供述内容について判断することができないな。少しそこで待っててくれ。」
と言って立ち上がり、ドアの向こうへ姿を消してしまった。誰か連れてくるのかな?
◇
この後の展開をどうしようかと思案していたところ、すぐにエドガーが俺の目の前に戻ってきた。彼の手には何か光る小さな珠がのせられている。
「これは『
(────あ、さては説明が面倒になってきたな。パワーワード「魔法の」で逃げようとしている…。)
コホンと軽く咳ばらいをして、エドガーが説明を続ける。
「すまんが、お前が記憶喪失ということであれば、俺にはその真偽判定できない。
これから先話す内容を『
「問題ない。俺も、自分の発言の証拠を出せと言われても困るから。その『
難しい名前のアーティファクトだな。舌を噛みそうだ。
「…『問題ありません』と『助かります』だ。ちょっとずつでも丁寧語を覚えてもらえると助かるんだけどな…。」
エドガーが諦観の面持ちで教えてくれた。
◇
「これをこの
オーブは嘘をついくとそのことを感じ取ってくれるんだ。嘘をついたと判断すると、この魔法のオーブが真っ赤に光り出すんだ。本当に不気味なくらい赤い色になるんだぞ。」
エドガーはそういうと、
(────これって貴重なアーティファクトなんじゃないのか?素性の知れない俺みたいなやつの前に無暗に置いて大丈夫なのか?)
そんな俺の気持ちがまるで伝わったかのように、エドガーは
「もしこれを盗んだり壊したりしたら、俺はお前を犯罪人として捕らえるからな。変なことはするなよ。」と、注意を促した。
もちろん、俺はぶんぶんと頭を縦に振ってわかったと頷く。
「では話を続けてくれ。」
ちょっと疲れた様子のエドガーを見つめながら、俺は話を再開する。
「はい。気づいたら俺は全然知らない場所に一人でいた。そして、俺は自分が記憶喪失であることに気が付いた。」
オーブは淡い乳白色の優しい光を放ち、その輝きが部屋全体を淡く照らす。
「本当にひとりで?お父さんやお母さんと一緒だったけど迷子になった、のではなくて?」
エドガーが訊ねる。
「はい、本当にひとりだった。周りに誰もいなかった。
だから俺は、本当に長い間、一人で知らいない場所を歩き回った。何日かはわからない。
俺は弱かったから、強そうな魔物からとにかく逃げた。森の中では湖の水を飲んだり、食べられそうな木の実も採って食べた。
湖の奥に不思議な形をした綺麗に光るものを見つけた。その上に立ったら、気づいたら川で溺れていた。
そのあとは、目が覚めたらアンタた…エドガーさんたちの顔が俺の目の前に並んでいた。本当だよ!」
嘘はついてない。全部本当のことだ。ただし、すべてのことを話したわけでもないがな。
(────さあ、
オーブは少し光が揺らいだように見えたが、相変わらず穏やかな光を放ち続けている。
だがエドガーから、たとえオーブは反応しなくてもそのまま話を鵜呑みにすることができないという感じが伝わってくる。彼は少し混乱した表情で口を開いた。
「それがもし本当の話となると、キールは一人で何日も森の中で過ごしていたってことか?地面の光るものって魔法陣のことか??
…というか、森の中の湖ってどこのことだよ?!
まさかきみは、リーキ山か麓のシーラスの森の未踏の地にいたのか?」
よくわからないが、エドガーも混乱してきたようで両手で自分の頭を抱えこんでしまった。
そんなエドガーの様子を見ながら、俺は本当に地名などは知らないのでそのまま素直に答えることにした。
「えっと、ごめん。俺は、その山も森の名前も知らない。だからわからない。」
エドガーは横目でオーブの色が何も変わらない様子を確認しながら頭を掻く。
「そうだな、キールは最初に自分が記憶喪失であることと、見知らぬところにいたと言っていたな。…すまなかった。」
そのあとはそれほど重要ではない形式的な質問が続き、やがて確認作業が終わったようだ。
「
エドガーは、大変だろうが何とか頑張れよ、と言ってくれた。
────────── ◇◇◇
※用語補足:審議のオーブ
審議のオーブには人工的に作られたものと古代由来のアーティファクトに属するものがある。
人工的に作られたものといっても過去の偉人、大魔法士ウィシュフィーの遺品であり、現代では同じものを再生することは到底かなわない。
オーブの真偽判定能力とその希少性は比例する。
市街門<ギルド<裁判所<中央教会の順で、より高度の真偽判定が行える。
本来は、判定レベルの能力別に4つの名前があるが、全て通称「審議のオーブ」と呼ばれている。
市街門とギルドに配布のオーブはウィシュフィー作の人工オーブで、「ネクサスフィア」と「ヴェリデセプトリクス」が正式名称である。
…魔法の名前は考えられないけど、魔導具やアーティファクトの名前は意味づけしながら考えてます。
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