第2話 事情聴取
市街門に戻り、エドガーは市街門の担当兵に事情を説明して門処の詰め所の1室を利用することにした。
その部屋には小さなぼろい木の机と一対の椅子があるだけだ。灯りは部屋の小さな窓から差し込む自然光だけで全体的に薄暗い。元々取り調べ室として使用されているため、実に殺風景な部屋だ。
エドガーはキールと名乗った少年の前に温めたミルクとクッキーを置いて勧め、自分も温かい薬草茶を啜った。
「すまない、甘い子供向きの飲み物がないのでそれで我慢してくれ。とにかく飲んで体を温めろ。話はそれからだ。」
キールはこくんと頷き、小さな両手でマグカップを包み込むようにして持って、少しずつゆっくりとミルクを飲み始めた。
エドガーは、キールの飲食する様子を見て、ガツガツと飲み食いしない点から見てもやはりスラム育ちの子供とは思えない────と、分析した。
それからエドガーは思い出したように、
「そういえばさっき聞き損ねたんだけど、お前、俺の言葉の意味、わかっているのか?」
キールがこくんと頷く。
「目覚めた直後は通じてなかったじゃないか。
つまりきみはこの国の人間ではないのだろう?それなのにどうして急に話が通じ始めたんだ?お前、《通訳》のスキル持ちか?」
首を横に振っている。────違うのか?
「《通訳》スキルじゃないとしたらなんでいきなり話が分かるようになったんだ?
…無暗に他人のスキルを聞くのはマナー違反だとわかっているが、可能なら教えてくれないか?」
キールは一度首をコテっと曲げた後に横に振って、「言わ…ない。」と一言言った。
「えっ、この話の流れで教えてくれないのか?お前、案外とケチだな。
…っとまぁ冗談はともかく、とりあえず俺はお前との間に会話が成立さえすればなんとかなるからいいんだけどさ。話す方はどうなんだ?《通訳》持ちは必要か?」
「通訳、要らない。会話、できる。でも、まだ下手。」
(────なるほど、なんらかのスキル持ちではあるがそれは明かせないのか。
エドガーはそう考え、キールが飲み物を飲んでいる間に奥に行って、ある魔導具を持って再び部屋に戻ってきた。
キールが飲食を終えると、エドガーは机の中央に置いた見慣れぬ物体、──大人の掌に収まる程度の大きさで珍しい金属の質感の箱形の魔導具──を手に取りながら話し始めた。
「子供と話す機会はあまりないので、もしわからないことがあればいつでも聞いてくれ。
まず、この道具の説明からだ。これは『クラトゥーセン』という名前の『音声記録器』の魔導具だ。魔導具、わかるか?」
キールは黙って頷く。エドガーはそれを見て話を続ける。
「
エドガーは
(────子供にもわかりやすく説明するって案外難しいもんだよなぁ。
…だめだ、わからん。わからないことは質問してもらうしかないな。)
とちょっと開き直り、それでも可能な限りわかりやすい言葉を選んで話を続けた。
キールは机の上にある
「この魔導具に一度声を記録すると、記録した内容を消したり変更したりすることはできない。つまり難しい言葉でいうと、改ざんできないようになっている。
会話を始める前にこの上の部分に見える窪みに指を触れて、宣誓…は自分の名前と『嘘をつきません』という誓いだ、そう言いながら魔力を流すんだ。そうすると
あ、しまった。また難しい言葉を使ってしまっただろうか。
キールはすでに
理解しているかはわからないが耳を傾けてくれているようなので、一呼吸入れてエドガーが説明を続ける。
「えっと、声紋っていうのは、…そうだな、魔法のペンが見えないはずの声を形にしてお絵描きしてくれたもの、みたいなものかな。人が話す時の声を、波みたいな形にして見せてくれるんだ。
例えば、元気な時は大きな声が出せるのと同じように声紋も波が大きくて元気な波の形になるし、静かな時は小さな波の形になるんだよ。
まあもっと色々な条件や形があるんだけど、そんな感じで声紋を『見える化』することで話した人の声の特徴を知ることができるんだ。そして、
魔力紋も似たようなもんだけど…。」
エドガーは説明しながらだんだん目が天井を向いていく。
「魔力紋も声紋と同じで、やっぱり見えないはずの波動とかオーラとかなんで…。俺もうまく説明できないんだけど、もう一つの魔法のペンも見えない魔力をお絵描きして見せてくれるんだ。」
最後の方は一気にまくしたてるように話してしまったエドガーは、自分の頭を掻きむしりながら説明の難しさに下を向いて長い溜息を吐いてしまった。
(────つ、疲れた…。)
「魔法のお絵描きペンね!『せいもん』は波の形とか渦の形?、『まほうもん』も、ぐにゅぐにゅ、いろんな色や匂いもあるね。
大丈夫、わかるよ。
俺、まだ話すの、下手だけど、会話、理解できる。気にしないで。俺、子供じゃ、ないから。」
キールはわかっているのかわかっていないのか、少し興奮気味にエドガーの説明に反応して、なにやらしきりに親指だけ上に突き出して他の指を握り込んだ
(────なんか途中気になる言葉もあったが、まぁ一応説明は通じたということだろうか?)
エドガーは一瞬、小さい頃に弟が笑いながら同じようによくわからないリアクションを返してくれたことを思い出したが、すぐにそのことを頭から振り払った。
とりあえず、額面通りに受け取ってよいかはわからないが一応本人も話を理解することは問題ないと言っている。
(────それにしても「子供じゃない」って、お前、見た目も言動も子供だからな。)
と声に出して突っ込んでやりたかったが、さすがにやめた。
エドガーは気を取り直して、
「まぁとにかく、『声紋』はその人の声の特徴を示すもので、『魔力紋』はその人特有の魔力の波動を表すもののことだ。
つまり
…細かい仕組みについては俺もよくわからないのであまり聞かないでくれよな。」
キールは大きく頷いて、
「うん、わかった。最初にこの『
と答えた。
(────なんと、あの下手な俺の説明を完璧に要約してくれたのか?!!
…それにしても、最初に比べて随分とすらすらと話し始めてないか?)
エドガーはせっかく一息ついて整えた鼓動が再度跳ね上が上がるくらいの驚きを感じた。
「お、おう、お前、本当に意味がわかっていて言ってるとしたらそれはそれで驚くんだが…。まあいい。じゃあ説明を続けるぞ。
ここからが重要なんだが、この魔導具は一度記録した内容は改ざんだけなく消すこともできない。また、発言者の名前と声紋、それから魔力紋まで記録することから、何かあった場合は──例えば裁判等の証拠として──、提出されることもあらかじめ承知してほしい。
裁判所は、…例えば喧嘩した時にどちらかが嘘をついてないかを調べるところな。証拠は…意味わかるか?」
キールは再度こくんと頷いたが、本当にわかってるのかな?どうもみても子供向きの話じゃないんだが。
話が一旦終わったこと察したのか、キールが再び興味深げな目を向けながら
「おいおい。それは貴重な
────────── ◇◇◇
※用語補足:音声記録器
通称『クラトゥーセン』。正式名称は、『クラングトゥルースセンチネル』。
世界を跨ぐ「グッドマン商会」の商品。現在製作者が行方不明中のため製造中止となり、在庫販売されている彼の魔導具はいずれも急激な価格高騰に見舞われている。
この製品は可能な限り低価格に抑えながらも基本機能を備えた魔導具である。
機能は音声録音のみで、録音した内容を永久保管する。(永久保管のみの仕様とする。)
ちなみにこの記録器には上位互換機があるが、乱用されると話が進まなくなるため、作中での登場予定はない。
…………こういう設定を考えている間が一番楽しいデス…。
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