SS 日常報告

 俺は見習い冒険者になったばかりのピチピチの5歳児だ。

 5歳児なのにこの口調は何だって突っ込まれそうなんで予め自己紹介しておこう。俺はいわゆるあれだ、「体は子供、頭脳は大人」な、訳ありな子供だ。身寄りのない異国人いこくびとで、しかも記憶喪失というおまけつき。以上。



 えっ、全然説明になってない、ちゃんと説明しろって?

 …そんなの、俺が説明してほしいくらいなんだよ。…ほんっとにもう、自分の状況には泣きたくなるよ。


 わかっているのは、気づいたら見知らぬ砂漠に「飛ばされて」いたということだけ。

 どうやら呪詛により魔力を奪われ、その影響で記憶も喪失し、子供の姿まで逆行させられての放置だ。だからこれ以上の詳しいことはわからないんだ。

 とりあえず、苦労して砂漠から森を通り抜けて、転移魔法のポータルを見つけた。ポータルの抜け先がこの街の河の上流で、そこに放出されて溺れているところを救出されたんだ。

 その時俺を救出してくれたのが、今俺の目の前に座っているエドガーだ。



 ───── ◇◇◇


 俺たちは今、市街門に近くにあるエドガー御用達の居酒屋兼大衆食堂にいる。

 夕飯時だから随分と喧騒としているが、ここは庶民価格の割に色々な種類の酒と料理があって人気の店なんだ。

 俺は余程の理由がない限り、夕飯はエドガーと一緒に食べることになっている。なので、今晩も漏れなくそういう状況だ。


 エドガーは異国人いこくびとで身寄りのない俺の後見人だ。

 本当は同居まで申し出てくれたエドガーの好意を辞退する代わりに、毎夕状況報告という名目で顔を見せるようにと言われた。そして、なぜかその「ついでに」食事に誘われるのがいつもの流れだ。

 …エドガー、いい大人なんだし、毎日俺なんかと夕飯食べるだけの寂しい夜を過ごすより彼女作ってデートする時間にした方がいいぞ。せっかくのイケメンなんだからさ。



 まあ何はともあれ、そういうわけで、今晩もエドガーに食事をおごってもらいながらの報告会だ。


 俺が見習い冒険者になってから約一ヶ月が経った。

 エドガーの開口一番は、お決まりのこの質問からだ。

「で、今日はどんな調子だったんだ?」




「昨日と同じだよ、エドガーさん。…っていうか、毎日会っているんだ、そんなに変わるわけないじゃないか。」

 俺は肩をすくめるようにして、少し唇を尖らせて抗議する。


「俺はまだ見習いだから市街門より外に出れるような依頼は受けれないからね。試用期間とあまり変わらない、お使いとギルドの手伝いがメインだよ。

 本当は薬草摘みに興味あるんだけどさ。

 でも市内で採取できるような場所は、仲間内でつるんでいる見習い連中が場所を占有して退いてくれないから無駄に時間がかかるんだ。だから一回受けたっきり。」


 エドガーは少しため息をつきながら、

「相変わらず他の見習いの子供たちとは距離をおいてるのか?困ったヤツだな。

 で、今日の依頼は?」と、ビールジョッキを片手に話を促す。


「んー、今日は、買い出しの手伝いと、ギルドで解体の手伝いをしたよ。」

 俺も目の前のオークの端肉と野菜の切れ端を雑穀と一緒に煮込んだスープを啜りながら答える。

 ────俺は野菜が好きだ。しかしこの街ではとにかく野菜が高いので、大衆食堂でたくさんの野菜を食べたいなら、こういう屑野菜を使ったメニューくらいしかないんだよな。ま、俺はこういうシチューみたいな料理も好きだからいいんだけどね。


「先週階段から転げちゃって足を痛めた奥さんがいたって話をしたでしょ?

 今日はあの一家の一週間分食事を、渡された買い出しリストを見ながら俺が買ってきてあげたんだよ。

 やっぱり肉が一番多かったかな。あとピートンもね。食べ盛りの子供が3人もいるから大変だよね。」

「ピートンか。あれは比較的安くてたくさん買えるし、腹持ちがいい根野菜だからな。」

 エドガーも相槌を打つ。


「買い物の手伝いの依頼は、なま物がある場合が多いかな。

 俺が小さくてもマジックポーチを持っているのを知ってるから、そういう案件を優先的に廻してくれるのかな?報酬も他よりちょっといいしね。

 生肉をポーチに入れて、他のものは買うたびに店の人に背負子に入れてもらって、運ぶの。

 あと他には日持ちがするトンネギやカーロン、それから少しだけパンも買ったな。

 普通はなかなか買えない野菜やパンが買えるなんて、あの家の旦那さんも随分と仕事頑張ってるんだね。」


 俺は隣の皿の鶏肉料理に手を伸ばす。

 小口切りされて余分な脂を落とすように焼かれた肉は皮がパリパリだ。この皮の歯ごたえがたまらない。

 貴重品である調味料をほとんど使わずにシンプルにコーコー鳥を焼いているだけなのだが、うまく肉の旨味を引き出している。俺のお気に入りの一品だ。


 エドガーも頷いて俺の食べる様子を見ながら、茹でチャボトをつまんで口に放り込んで頷いた。

「さすがに消化器官が未発達な子供に魔物の肉ばかり食べさせるわけにはいかないからな。この街の食料事情はかなり厳しいから育ち盛りの子供を持つ家庭は大変だろう。ダンナは頑張りどころだな。」


 コーコー鳥肉をもう一口頬張りながら、俺はもう一つの依頼の報告をする。

「ギルドの解体ではね、今日はホーンラビットの皮剥ぎのやり方を教えてもらったよ。肉を傷めないように丁寧に皮を剥ぐんだ。初めてとは思えないくらい上手いって誉められたよ。」


 するとそれを聞いたエドガーが、整った眉を寄せて訊き返してきた。

「なんだって?そんな事も無げに言うけど…、皮剥ぎなんて気持ち悪くなかったか?」


「別に。今更だよ。俺、見習いでも冒険者だよ?グロ耐性はちゃんとあるって。

 それに、前にもうゴブリンなら俺一人で魔石回収と討伐数報告を任せられているって報告したじゃないか。

 あれはゴブリンの心臓部分に手を突っ込んで魔石を抜きとって討伐証拠の右耳を切るだけのお仕事なんだけどね。それでもぬちゃっとした体の中に手を突っ込むんだから相当グロいことやってるんだよ。だからこういうこと慣れているんだ。

 それに、そもそも俺が一人で森の中を生き延びてきたこと、忘れたの?」


 だがエドガーはあまり納得がいかなかったようで、さらにきつく眉をしかめながら、

「けろっとした顔でそんなこと言うなよ。

 …ていうか、魔石回収の話も、俺は単に取り出された魔石を拾い集めるだけだと思っていたぞ。お前の今日の手伝いは、もう少し経験を積んだ見習いにさせる仕事だと記憶している。

 お前はまだ見習いを始めたばかりなんだぞ?最初のうちは、床掃除とかせいぜい解体台の拭き掃除だろう?なんだったらあとで解体担当に申し入れを…」

 エドガーの言葉を途中で遮るように、俺が口を挟んだ。


「エドガー、変なこと考えてませんか?

 俺は自分の依頼は自分で選んでるし、指示された内容を受けるかどうかも自分で決めている。

 俺の仕事内容や依頼人に余計なことを言うようなら、この『日常報告』もやめますよ?これ、必須じゃないんでしょ?」

 俺は、目を細めて他人行儀にエドガーに向かってそう言い放った。


「お、お前なぁ…。俺と一回り以上離れているのに、大人の俺を脅すのか?はぁ、本当になんて5歳児なんだよ、ったく。

 …わかったよ。余計な口出しはしないから、これからも毎夕俺に会いに来てきみの顔を見せて安心させてくれないか。」

 と、苦笑しながらエドガーが締めくくったので、俺も笑って許すことにした。


 だが俺は、エドガーがそんな俺を見ながら、

 ──——『この、ちょっと生意気な子供といると、まだ弟がいた頃の昔に戻ったみたいで心が安らぐんだ。

 だから、お願いだからお前まで俺の目の前からいなくならないでくれよ…。』——──

 彼がそう心の中で願っていたことまでは察することはできなかった。





 ───────────────

 ※いきなり挿入話から始まりましたが、一番最初にできたのが実はこの短編だったりします。(八月の暑い車中移動の最中、2時間くらいでパッと書き上げた^^;)


 街の様子とか主人公の最初のうちの仕事の様子とか雰囲気が伝わればいいなと思ってます。

 多分、今書き掛け中の本編とそんなに主人公のイメージは変わらないと思うのだけど、もしまるっきり変わったりしたらごめんなさいです。

 本編は話の進行はすごくゆっくりとなりそうです。(余計な話を盛り込みすぎるタチなので。)

(2023/09/末現在)

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