君はロボットだけど

水玉ひよこ

同志よ、走れ

俺には心残りがある。


『劉選手の記録に挑め!』


帰り道、ふとポスターに目をやると真剣な表情の劉選手の写真が載っていた。俺のライバルは25歳で天に召された。交通事故らしい。大会会場に向かっている途中だったそうだ。有名人の死は一般人の精神に負荷を与えすぎるので、今では原因まで知ることができない。俺は偶然劉の家族の話を聞いてしまったため分かったが、今度こそ負けないと意気込んでいた時の急な訃報。心はぽっかりと穴があいてしまった。


「零士、頼みたいことがある」


友人のマークに呼ばれて彼の職場である研究所を訪れた。モチベーションが上がらない俺を心配してくれたのは分かるが、彼の仕事はロボット製造だ。ペット用ロボットでも薦めるかもと身構えていたが、現実は違った。


「何だよこれ」


「やあ、零士。久しぶり、と言っても分かるかな」


サイコロサイズのブラックボックスが人型ロボットの中心に入っており、音声は劉の声そっくりだった。スラスラと話す様子は本当にそこに劉がいると錯覚させる。


「劉選手の脳は無事だったからチップ化し箱に入れて繋いだ。支援プログラムに参加していたからロボットに生まれ変わってもらったよ」


臓器提供システムだけでなく、医療技術の進歩のため研究支援プログラムも作られている。死んだ後も無駄にしない。3Rもゴミ以外を指すようになった。


「本当に劉だとして、俺にどうして」


「そこだよ!劉選手の記憶があるとはいえ、新たな身体を動かすのは大変でね。零士に手伝ってほしいわけ。暇だろ〜どうせ」


「プログラムとかでちょちょいと」


「出来ることは既にしている。頭の記憶はあっても肉体に刻まれた記憶が足りない」


「頼む、零士。俺はもう一度走りたいんだ。コーチになってほしい」


ライバルのコーチになるなんて青天の霹靂で、正直戸惑っているが、またあの走りを見られるならと右手を出した。劉の手は冷たいが、力強かった。


★★★★★


「劉の昔の映像をAIに読み込ませてるんだよな」


「バッチリ!足は動かせるし走れるんだけど、コーナーを曲がる時にブレーキがかかりがちなんだよね」


マークから劉の走りを撮影した映像を送ってもらい昨日の内に目を通した。昔より確かにぎこちなさがあり、直線は世間で使われている運搬ロボットや運動ロボットと変わらない。だが、曲がり角や障害物があると劣っている。明らかに回避する動作が遅く、施設の中での練習が原因だと考えた。


「外でランニングするぞ」


「え?できるのか?」


「零士の付き添いならね。家事代行ロボットで許可を得たから質問されたら口裏合わせて。あ、それと喫煙、飲酒も止めて」


「マーク⁈チッ、余計なことを」


「君が?今は走ってないのか?」


聞かれたくないことを質問され目線を逸らす。マークは当たり前だという顔をするから余計に苛立つ。


「禁煙、禁酒システムを薦めても駄目だった。陸上選手をやめてからそれらがお友達さ」


やれやれといった態度を取られるのは慣れているが、劉の視線は絶対零度のように思われた。ロボットの普及により、スポーツ選手も人間よりロボットの方が多い。リレーは混合チームとなっている。疲れない、故障してもパーツを変えれば元通り。使えなければ破壊され別製品に生まれ変わる。無慈悲な経営者によって使い勝手のいいロボットが零士の職を奪ったのだ。

「零士、煙草出して」


「マジか」


「大マジメ。僕のコーチなんだから当然」


煙草はリサイクルボックスに入れられてしまった。仕方ないと一緒に外へ出た。歩けばロボットばかりが働いており、持ち主の人間の笑い声が聞こえる。ロボットを買える人とそうでない人の貧富の差は激しい。人は自ら動くことをやめ享受する側に進んだ。そのため、身体を動かす気持ちよさも知らない。近くの店に行くために機械を使い、買い出しもネットで済む。サプリメントやマッサージで体型を維持し、足腰も悪くなれば支える機械を買う。お金に余裕がなければ、身体は金を稼ぐための道具となる。

「久しぶりに人と走った」

「マークは?」

「僕の後ろを機械に乗って追いかけたり、撮影したり?」

「そりゃ、寂しいな」

「一緒に走る相手はいないのか?」

「余計なお世話だ。俺みたいに陸上から離れた奴は多いよ。ただ早く走りたいっていう気持ちを持つ奴の方が珍しいさ」

「今は?」

「少ししんどい」

「身体動かすのは久しぶり?」

「俺は貧乏だから動いてるっての」

「禁煙禁酒したら楽に走れるよ」

ライバルだった奴と並んで走っているという感覚はなかった。同じように前を向き、がむしゃらに走っていた同志といったところか。

「走る以外はできんのか?」

「まだ激しい動きは出来ないから、これから次第だね」

「そっか。そりゃ楽しみだ」


「僕が出来るようになるまでコーチしてくれるわけ?」


「うーん、コーチはどうかな。ただ、走るのは悪くねえかも」


「僕は親が陸上選手だったから憧れて陸上部に入って陸上選手になった。それ自体後悔してないけど、次は別のこともしたい」


「他のスポーツってことか?」


「もっと自由に動かせたら、人間の時以上に身体を動かしたい。崖登ったり、空からダイブしたり、バイク乗ったり」


「それ、どれも競技になってるぞ」


「そうなんだ」


「ふっ、結局はスポーツ大好き男ってわけか。変わんねえ」


「別にいいだろ」


「よし!決めた。目標決めたぞ」


俺はまっすぐ前を向いて走る劉に遠くのポスターを見るよう言った。劉は生前から目がいいから読めるだろう。


「昔のお前の記録を抜く!ずっとこの記録が一番なんてつまんねえからな!」


「へぇ〜簡単に更新できるタイムじゃないんだけどな。でも、いいね。新しい自分を楽しむにはいい目標だ」


ある男が言っていた。スポーツとは名誉を得ることだけじゃない。勝利の美酒を味わうだけでもない。自分の体力の限界に挑み、がむしゃらに行い、生を感じることも出来るんだ、と。

そして、俺はその言葉の後、同志を得ることもできると付け加えた。

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