第十七話・規制

 私達にとっては高校生活で三度しか無い文化祭、されどたかだか高校の文化祭。こんなことになるなんて誰が想像できただろう。

 アイドル衣装を纏って無表情でピースをしている芙蓉と安喰さんの写真がSNSでバズりにバズり、拡散が拡散を生み、来客が来客を呼び、校内は大混雑でしっちゃかめっちゃか。

 最初は『伝説になるね~』なんて気楽に笑っていた運営&学校側も事態の深刻さに青ざめ、二日目は入場規制と警備員の導入が行われていた。


 全ては――


「おはよう、澄河ちゃん」


 私の幼馴染――恋人が、こんなに可愛いのがいけない。


「おはよ」


 文化祭二日目の朝、秋晴れの肌寒い空気を切り裂きながら足取り軽くこちらへ駆け寄ってきた芙蓉は、私の右手をさりげなく包み込んで体温を分け与えてくれた。


「うぅ……冷たい。澄河ちゃん、手袋しないの?」

「してもいいけど……」


 してもいいけど。しなくてもいい。こうして手を繋ぐ時にいちいち付け外しするのも億劫だし。なんて、別にどうってこともないはずなのに、恥ずかしくて言えなくて。


「この前探してみたんだけどさ、可愛いのなかったんだよね」


 なんて、白々しく誤魔化ごまかす自分にちょっと呆れた。


「澄河ちゃんならどんなものだって似合うよ」

「どんなものでも?」

「どんな柄でも! どんな色でも! どんな素材でも!」

「そうかな~?」

「もう絶対! 保証する!」


 そっか。

 それならやっぱり、今のままでいいかな。

 きっと私の右手には、芙蓉の左手が一番似合ってるはずだから。


×


「さて、気張っていきますか~」


 私達が起案した【(メイドがお出迎えしてくれてアイドルが見送ってくれる)お化け屋敷】の規模は今や、開校以来最大規模になっていた。

 本格飲茶ヤムチャカフェを運営していたA組、写真展示&記念撮影を行っていたC組が『ただ負けるくらいなら軍門に下り分け前をもらいたい』と志願したことによって、二つのクラスを吸収合併してチェキと軽食の販売も始めたからだ。


 学校側も既に大幅なイレギュラーに見舞われているため、『もう好きにやっちゃえ~』といった具合で許可してくれたらしい。


 まさか他のクラスの人とも協力プレイできるなんて思っても見なかったからすごく楽しい。けれど、


「佐依子ちゃん……」

「なにさ澄河」


 楽しさだけで忙しさや疲労を忘れられるかと言えば、それは別問題だ。


「なんだかとんでもないことになっちゃったね……」

「うん、舐めてたね、てか慣れすぎてたね、あの二人の存在に……」


 二日目のメイド担当を任された私と佐依子ちゃんは、目まぐるしく訪れるお客さんに精一杯の営業スマイルで応対し、午前十一時、ようやく交代&休憩の時間を迎えた。


「さて、私は漫研の方に顔出してくるね。澄河は?」

「今日は芙蓉と回る約束してるんだ~」

「りょーかい。それじゃまた十四時に」

「午後も頑張ろうね!」

「うい~」


 三時間しかない休憩時間。今度はこっちがお客さん側として文化祭を楽しみ尽くしてやる~!


×


 メイド服から制服に着替えた後、廊下に出た恋人を待つ。

 芙蓉の次にアイドルを担当する子が諸事情で遅れているらしく、十分程時間が浮きそうだ。


 窓から校庭を見下ろすと、太陽光と人集ひとだかりの活気に満ち満ちている。こっちの風景も好きだけど、私はやっぱり、準備期間の頃の――期待と活気と気怠げと不安が織り混じっていた――景色が好きかもしれない。


「あの~すみません」

「へっ? 私?」

「いきなりすいません」


 ノスタルジーに耽っていた私の背中へ腰の低い声が掛けられ、まさかの不意打ちなこともありオーバーな反応をしてしまった。

 相手は大学生っぽい男の人で、嫌な言い方をすればヘラヘラした笑みを浮かべている。


「妹のクラスを探してるんですけど」

「はぁ」

「一年三組ってどこですかね?」

「えぇと……」


 事情と目的は理解した。ので、一応協力の姿勢を見せる。


「あっちの校舎なんですよ。ここからまっすぐ行って突き当りを右に曲がると見える階段を上って、すぐ左側に渡り廊下があるので、まずはそこを目指してもらって……」

「渡り廊下……? いやーすみません、どうにも方向音痴で。お時間あったら一緒に連れてってもらえませんか?」


 頭の中で地図を展開しながら説明をしてみるも流石に無理があったらしい。

 一年生の出し物も気になってたし、芙蓉と歩く際の下見と考えれば……いっか。


「わかりました。じゃあ「あの!!!!!!」

「「!」」


 突然の怒声に体が竦んだ私と男の人。

 発生源に視線をやると、そこには瞳孔をギンギンに開いて激昂している芙蓉がいた。


「警備員呼びますよ?」

「えっいや俺は道案内をしてもらおうと……」

「校門からすぐの場所に案内所ありましたよね? まずはそこに行ってください。というかパンフレット見てください。その程度の思考力も無い人がこういう場に来ないでください」

「ちょ、ちょっと芙蓉」

「澄河ちゃんは静かにしててね?」


 私に対して顔を向けると同時に穏やかな笑みを浮かべている……ように見えるだけで目が全然笑ってない……。思わず生唾を飲み込んでしまうくらいには……怖い……。


「階段を降りて一階をうろちょろしてれば昇降口が見つかります。そこから校門まで行けないなんて言いませんよね?」

「…………どうも」


 男の人も何かを言いたげだったが、女子高生相手にムキになるのもダサいと思ったのか、たぶんいろいろ抑えて小さく礼を吐き捨て歩いていく。


「わっ」


 視界から彼が消えた途端、芙蓉は私の胸に飛び込み、両腕を背中に回して強く、強く抱きしめた。


「はぁ……急いで来て良かった……危なかった……」

「危ないって……ここ学校だし、あの人もただ……」

「ただ?」


 ただ、道案内を求めていただけ――そう答える寸前、『』と、この間芙蓉に言われたばかりのことが、ここぞとばかりにリフレインした。


「どう見たってナンパだったよ? 困った人を装ったタチの悪い! 澄河ちゃんみたいに優しい人を狙ったタチの悪い!!」


 私服で駅を歩けばそこかしこから声を掛けられてる芙蓉がそう言うならそうなんだろうな……。


「ごめん」


 心配、かけさせちゃったよね。私はこれから、こういう浅い考え方を変えていかなくちゃいけないんだろうなぁ。


「っ。違うの。澄河ちゃんが謝る必要なんてどこにもないの。私の方こそ大きい声出してごめんね。悪いのは非常識なあの人だから」


「……」

「……」


 私を抱きしめたまま、ひたすらに胸元で呼吸を繰り返すだけの芙蓉。こちらからは動きづらいなぁ、なんて思っていると、彼女は大きく深く息を吸ってからようやく離れた。


「来て」


 そして私を見上げるその瞳は、どこか怒りが滲んでいて、拗ねているようにも見える。


「どこ行くの?」

「二人きりに、なれる場所」

「……えっと、ほら、お腹すいてない? 美味しそうな出し物やってるクラス調べておいたんだ「後で」


 重くなってしまった空気を変えようと提案をしてみるも、にべもなく言い伏せられてしまった。

 更に芙蓉はぼそぼそと、小さく重い声音で圧を刷り込むように紡いでいく。


「クレープもたこ焼きもスイートポテトも唐揚げもあんみつも全部、後で。今は誰にも澄河ちゃん見られたくない。見せたくない。私に澄河ちゃんを……独占させて?」


 ……独占されるのは別に構わないけど……なんで行こうとしてたお店全部バレてるの……?

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