第十六話・観測
「
「ほいほい」
メイド服を作るというメインミッションを終え、教室でお化け屋敷班を手伝っているフリをしてソシャゲをしていると、倉橋ちゃんに肩を叩かれた。
「澄河ちゃんと芙蓉ちゃん知らない? 探しても見つからないしラインも既読付かないんだよね」
「あーうん。心当たりはある、かも」
「そう? じゃあ呼んできてもらえるかな。そろそろ八時だし」
「ほーい」
我がクラスのまとめ役に頼まれてしまったので、心当たりのある家庭科室へと向かう。
文化祭準備期間に限り夜八時まで開放されている校舎は、始業前とも放課後とも異質な空気を孕んでいて、なんだかソワソワしてしまう。
正直、足取りは重い。
だって絶対イチャコラしてるじゃん~。私が作ったメイド服を纏った澄河を前にあの芙蓉ちゃんが理性を保てるわけないし。
ちょうどその最中だったらどうしよう……めっちゃ気まずいよ……。てか倉橋ちゃん、ほぼわかってて頼んできたよね? ほんと策士だよあの子……。
いやぁ〜、しかし。
倉橋ちゃんが倉橋ちゃんなら、澄河は澄河で罪な人だよねぇ。
あれだけ芙蓉ちゃんに愛されてるのに、当人はまるで知らぬ存ぜぬ。頭良いのに恋愛関係の勘が
というか確か……神田、一年の時から澄河のこと好きだったよね……? もし。もし本当に告白が行われたとして、それを神田が断ったから話が噂程度で留まってるとしたら……。苦渋の決断を下したあいつに心の中で拍手くらいはしてやるか……。
ぼんやりと。漠然と思考を巡らしつつ、薄暗闇に染まる町を窓から眺めて歩いていれば――
「あっ、佐依子ちゃん」
――曲がり角の先で、腕を組み、べったりと引っ付きながらこちらへ歩いて来る二人に、ばったり遭遇した。
×
「ちょうど呼びに行こうと思ってたんだ。もう時間だよ、みんなも帰る支度してる」
二人とも文化祭用の衣装からは既に着替えており、見慣れた紺のカーディガンを纏っていた。
「ありがとう。私達もそろそろ時間だねって話してたんだ。ね、芙蓉」
「……。え? う、うん」
おかしい。
私が想像していた景色と……180度違う!
「お化け屋敷班の進捗はどう?」
「まぁボチボチかなぁ。男子が妙に張り切っちゃってさ。ちゃんと怖い所とギャグみたいな所があってちぐはぐって感じ」
「あはは。うちのクラスらしくていいじゃん」
「そう言われるとそうなんだけど」
なんで澄河がこんなシャキッとしてんの? ツヤツヤでニマニマでるんるんで凛々なの!?
そんで芙蓉ちゃんは何があったの!? 腕組んでると言うかしがみついてるって感じだし、なんか表情ぽわぽわしてるし、足元フラフラで生まれたての子鹿みたいじゃん!
「ね、ね、澄河ちゃん」
「なぁに?」
会話を断つように自己主張した芙蓉ちゃんは、澄河の袖をクイと引き、大きな瞳を上目遣いで潤ませて、か細い声で甘えた。
「……他の人と喋っちゃやだ……」
「よしよし。ちゃんと自分の気持ち言えて偉いね。でも佐依子ちゃんは大事な友達だからそんなこと言わないで。我慢できたら後でご褒美あげるからね」
「はぁい……えへへ……」
完全に……主従が逆転してる……! 密かに愛の暴君と称されている芙蓉ちゃんがとろとろに懐柔されてる……!!
どうして……今さっきのあのほんのちょっとの時間で……!?
まさか……澄河が芙蓉ちゃんに仕掛けたの……? ちょっと待って。つまりそれは……私が一年以上かけて作ったメイド服が……大量生産安かろう悪かろうのアイドル服に魅力で負けたってこと……!?
「そんなッ……」
全く想定していなかった角度からボディブローを決められたような衝撃が体に走る。
「佐依子ちゃん!?」
「大丈夫!」
足の力が抜け膝から崩れ落ちそうになった私へ駆け寄ってくる澄河を、震える右手で制止した。
「……」
ほら、ほら! 芙蓉ちゃんがエグいくらい鋭い視線でこっち見てるんだもん! 今まで以上に独占欲を包み隠さなくても良くなった芙蓉ちゃん怖すぎるんだけど!?
「来年は……」
「来年?」
ともかく。二人のことはもういい。今私の脳内を占めているのは――
「来年は絶対負けないから! 絶対もう一回逆転させてやるんだからぁ〜!!」
――悔しさと、今作を超える素晴らしいメイド服を作りたいという熱意!
お化け屋敷なんて知るか! 今すぐ帰って新作の構想練ってやる!
「何!? 何の勝負をしてたの!?」
「教えない! お幸せに!!」
「え、うん、ありがとう」
当たり前のように困惑する二人を置いて廊下を駆ける。
大丈夫、まだ終わってない。まだ私の文化祭は終わってない。
そもそも私の第一目標は、芙蓉ちゃん&安喰さんペアよりも澄河を(私の服を着させることで)輝かせること!
そればっかりは文化祭当日にならないとわからないんだから!
×
「佐依子ちゃん……」
「なにさ澄河」
文化祭、二日目。
【(メイドがお出迎えしてくれてアイドルが見送ってくれる)お化け屋敷】の受付にて、私達は同時にため息を
「なんだかとんでもないことになっちゃったね……」
「うん、舐めてたね、てか慣れすぎてたね、あの二人の存在に……」
言ってからお互いに、作り笑顔の大安売りのせいでぴくぴくと表情筋が痙攣する顔を見合わせた。
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