第十二話・神対応★

 安喰さんの背中を見送ったあと、少し遠回りをして教室に戻ることにした。校内散歩という名の敵情視察という名の気分転換。

 クラスのみんなが頑張ってお化け屋敷のセットを作っていたり接客の練習をしている最中なので若干の申し訳無さはあるけれど、私も慣れないご奉仕頑張ったしこれくらい良いよね……?


 あちらこちらから楽しげだったり気怠げだったり喧騒が聞こえてくる。どの教室を覗いても、「うちのクラスが一番目立つんじゃい!」という気迫が伝わってきて、メイド役をなんとなく軽く考えていた自分を恥じる。こりゃもっともっと本気でやらんと……私が足引っ張っちゃうな……。


『高校二年生の文化祭は人生で一度しかないんだぞ……?』

 先生の言葉が突然思い浮かんで、なんだか急に、心が少しざわついた。そうだ、今はこんなに楽しい文化祭も、当たり前のように終わる。終われば二度と同じ体験はできない。

 わかってるのに、こんな時間がずっと続くと思ってしまうのは、私が子供過ぎるからなのかな。


 芙蓉は。

 私なんかよりもよっぽど頭の回転が早くて気の利く芙蓉は、こんな焦りを、任命された一週間前には既に覚えていたんだろうか。

 なんでも卒なくこなす彼女と言えど、全く知らない世界と真剣に立ち向かうんだから、とんでもなく重いプレッシャーを抱えているかもしれない。


『芙蓉なら大丈夫。ありのままでも十分素敵だよ。あんまり緊張しないでファイト!』


 スマホを取り出してラインを起動し、うざったくならないよう注意して作った文をを送る。

 休憩中にでも見て少しでもリラックスしてくれたら嬉しい。なんて思っていると、即座に既読がついた。あれ、ちょうど休憩中だったかな。


 返ってきたのは感謝の意を伝えるスタンプ一個。けれどこれはいつものことで、別段冷たいとか素っ気ないとかそういうわけでもない。

 芙蓉曰く、『澄河ちゃんにメッセージを送ってから既読が付くまでの間、スマホに張り付いていないと不安になる』

 さらに、『送りたい内容がとめどなく湧いてきて文章を作っているだけで一日が終わってしまう』

 また、『作った文章に変なところがないか確認していると次々に出てきてキリがなく、結局『送信』をタップできない』

 以上の内容を真剣な表情で相談されたとき、「じゃあ私への返信はデフォルトのスタンプでいいよ」と回答して今に至るからだ。


「さて」


 お散歩効果は思いの外高く、無意識に胸の前で両手を握ってしまうくらいには体がやる気で満ち満ちていた。

 燃えたぎる熱意をそのまま推進力に変え、早足で教室に向かう。


×


「えぇ……」


 そんなこんなで我がクラスに戻ってみれば、もはやお化け屋敷制作班が作業できない程、大勢の人でごった返していた。


 他のクラスどころか他学年の生徒までいる。お目当てはもちろん、アイドル衣装の芙蓉と安喰さんだろう。

 どこから情報が漏れたのか。予行演習のお客さん役として、二人のファンが押し寄せているに違いない。


 ふむ。お客さんは芙蓉→安喰さんの順番で挨拶をして帰る流れらしい。一応男子が黒服を着て役として後方に構えていて結構本格的に見える。


 人混みの隙間からちらりと垣間見えたのは、猫耳をつけた安喰さんが白黒のシックなコスチュームを纏い微笑を浮かべてお話している姿。美しい。

 と、なると俄然気になって背伸びをして芙蓉をなんとか視認すると、彼女は犬耳をつけてもふもふの暖色な衣装を纏っている。かっっっっっわいい……!!


 早速私も列に並んで、順番を待つ。最中、耳を澄ませて芙蓉がどんな対応をしているのか聞いてみた。


「怖かったよ芙蓉ちゃ〜ん」


 お化け屋敷から出てきたお客さんを想定しているのだろう。芝居がかった素振りで近づくクラスメイトを――


「そっか。お疲れ様」


 ――の、一言で切り捨てる芙蓉。これ……もしかして……


「な、何か一言もらえませんか……?」

「はぁ。……生きてればもっと怖いことたくさんあるよ。強く生きて」


 塩過ぎるでしょ!!


「つ、強く生きましゅ……!」


 芙蓉のファンだったのかな……強く……強く生きて……!!

 その後も……


「来世では知り合いになれるといいね」

「今世では他人止まりなんだ……」


「楽しい人生を送ってね。ここ以外のどこかで、私以外の誰かと」

「関わることすら許されないなんて……」


「回れ右って言葉知ってる? 知っていたらお願いね」

「まわれーみぎっ!」


 私の番が近づくにつれ、次々と捌かれていくお客さん達……。にべもなく終わり過ぎて剥がし役が全く機能してない……超暇そう……!


 あと五人くらいで私の順番が回ってくる……! ダメだ。誰も注意しないというならば、幼馴染の責任として私が……!


『あんな塩対応しちゃお客さん可哀想でしょ。本番ではちゃんと対応しなきゃダメ。でもそれはそれとしてこの衣装の芙蓉さいこうに可愛いよ~!!!』


 今気づくことはなくても、どこかのタイミングで見るだろうと思い、ちょっとお説教臭いラインをしてみる。こっそり写真も撮って添付。これは戒めなので! 私が欲しくて撮ったわけではないのでセーフ!


「「「!」」」


 すると特大の通知音が教室に響き、芙蓉は机に置いていたスマホを素早く手にとって、次の瞬間には蕩けそうな笑顔を浮かべていた。

 ねぇ今接客中だよね!? 可愛いけども! その格好での満面の笑みめちゃめちゃめちゃめちゃ可愛いけども! でも今じゃない! ちゃんと目の前のお客さんの対応してあげて!


「あの~」

「ふへへ……」

「芙蓉ちゃん……?」

「…………はぁ~……好き……」

「……スマホ握りしめながら幸せそうにしてる推しの姿貴重だしこれはこれで僥倖……!」


 良いんだ……? みんな優しすぎない……? いやでも確かに……捌かれたお客さんの顔そんなに悪くないし、意外と満足度高かったりする……?

 ! そっか、きっとこれも倉橋さんの策略。あえての塩対応で芙蓉のファン&出し物のリピーターを増やす作戦なんだ!

 芙蓉もやりたくてあんな態度をとっているわけじゃなくて、練習で渋々なんだよね!?


 そうと分かれば懸念はない。良いタイミングで私の順番も回ってきた。さぁて、塩対応な芙蓉の一面、間近で見せてもらいましょうか!


「あっ澄河ちゃん!」

「っ、うん、お疲れ様、芙蓉」


 あれ? なんか思ってたのと違う……!


「澄河ちゃん、さっきは写真ありがとうね。今度私のうちにある澄河ちゃんの写真も見せてあげるねっ」

「えっ? あ、うん」


 ……なんだろう今の悪寒。というか塩対応、どこにいきました?


「事前に来てくれるって言われてたから、楽しみな半面ものすごく緊張しちゃったよ」

「そっか、ごめんね」

「謝らないで。澄河ちゃんと会えるってご褒美のおかげで退屈な時間もすぐに過ぎていったから」


 今言ったねぇ!? 退屈な時間ってちゃんと口に出して言ったねぇ!? 良くないよ!? 素直なのは良いことだけどさぁ!


「……。あっ、さっきは大事な練習中にラインしてごめんね」

「えへへ、澄河ちゃん以外の人は全部通知オフにしてるから、鳴ったらすぐ澄河ちゃんからの連絡だってわかるんだよ。いつ何時でも」

「ふーん……」


 そんな設定あるんだ……。というかまた微妙に話噛み合ってない……。


「この服もね、とっても恥ずかしかったんだけど澄河ちゃんが可愛いって言ってくれて本当に嬉しい。本当に本当に嬉しくてドキドキしちゃうよ。ねぇほら、心臓、すごく早いでしょう?」


 突然、私の手をとって自身の胸元に押し当てた芙蓉。呼応するように私の心拍数も高まる。

 なんで……なんで急に……こんな神対応……!! 不意打ちだった分破壊力がすんごい……!!


「澄河ちゃん? どうしたの?」


 前までの私なら、こんなスキンシップで動揺することなんてなかった。だけど今は、些細な触れ合いで……押し入れでの時間を思い出してしまって……。


「んーん、なんでもない……!」


 未だ治まることのない彼女の鼓動を手のひらで感じつつ、『これをみんなにやったら余裕で覇権獲れるな』という確信と、『でもあんまりやって欲しくないな』という曖昧な心配が、胸中に渦巻いた。

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