第十話・指南役♡

 出し物が決定してから一週間が経ち、最近は放課後も倦怠感ではなく熱気や陽気に満ちていて……緊張感も生まれつつある。


「ガムテープもうないっけ?」

「ない! B組から拝借してこよう」

「任せとけ!」


「誰だ? こんなところに絵の具放置したの!」

「ごめん俺だ~」

「神田ぁー!」


「今日買い出し行く人誰だっけ?」

「うちらだよ~。なんか追加で買ってくる?」

「急でごめんね、実は……」


 と、教室の大半を占めている『お化け屋敷制作班』は大忙し。こういう場にいると、何かできることはないかとウズウズしてしまう。そんな私に――


「こらっ余所見しちゃダメでしょ、澄河ちゃん」

「あっ、ごめん」


 ――芙蓉は優しく釘を打つ。頬に添えられた手のひらの暖かさに、少しだけ心拍数が高まる。


「ごめん……じゃ、ないでしょう?」

「う、うん。……失礼いたしました、お嬢様」

「~~~~っ!!!!! はぁ……はぁ……な、なんて威力なの……最高です……百点満点です非の打ち所がないです……!」

「本当? じゃあ今日はもうこっち終わりで、あっち手伝って来ていい?」

「ダメ! 澄河ちゃんのポテンシャルはまだまだ凄いもん!」

「さっきと言ってること違う……」

「よし、じゃあ次は『お帰りなさいませ、お嬢様』と『行ってらっしゃいませ、お嬢様』をもう五パターンずつ……」

「スパルタ過ぎる~~~!!!」


 現在、教室は三つのエリアに区分けされている。最も広いのが『お化け屋敷制作所』、余ったスペースを二等分にしてあるのが『アイドル養成所』と、『メイド指南所』だ。


 何かを演じることが酷く下手くそな私にとって、任命されたメイド役は誰がどう見てもぎこちないらしい。

 芙蓉は『そこがいいのに!』と鼻息荒くしていたけれど、クラスメイトの同意は得られず、ならばと振り切って指南役を買って出てくれた。

 ちなみに、一緒にメイドとして受付を担当する高瀬たかせ佐依子さえこちゃんは、衣装作成の為に家庭科室に閉じ籠もっているので指南を受けているのは私だけ。佐依子ちゃん曰く、『接客は大丈夫。週三でクラシカルメイド喫茶に通ってるから。』とのこと。


「おつかれ~! やってる~?」


 クラスをまとめている倉橋さんがひょっこりと顔を覗かせた。頬や指先は絵の具やマジックでまばらに汚れていて、彼女も率先して作業していることがわかる。


「やってるやってる。お嬢様めちゃめちゃ厳しいよ~」

「あはは。メイドさんこんなこと言ってるよ、いいの? お嬢様」

「良いも悪いもないよ。澄河ちゃんの全てが正しくて素晴らしいんだから。それよりも倉橋さん、私の提言はどうなったかな? もしも澄河ちゃんに触れたり盗撮するような輩が出た場合即刻逮捕もしくは私刑に処せるように警察か警備員を受付のすぐ傍に配置させようっていうアイディア。もう学校側に話は通してくれた?」

「あーうん、前向きに検討しておくって……」


 それ絶対検討されてないやつ……!


「そっか! こんなに可憐でお淑やかで従順な澄河ちゃんが目の前にいたら誰だっておかしくなっちゃう可能性を学校側もきちんとわかってくれてたんだね、良かった!」

「あはは……良かった良かった……」


 満面の笑みを浮かべて胸をなでおろす芙蓉の目を盗み、倉橋さんはこっそりと私に耳打ちをした。


「芙蓉ちゃん、澄河ちゃんのこと好き過ぎるよね……」

「ありがたいけど申し訳ないよ……煩わせてごめんね、倉橋さん」

「んーん。澄河ちゃんには大恩があるから。大変だと思うけど、よろしくね」

「はいよ。任されたからには精一杯頑張る」

「んふ、私も澄河ちゃんのそういうところ大好きだよ」


 微笑み混じりのそんなセリフに、おべんちゃらだとわかっていても嬉しくなる。彼女は人をまとめたり乗せるのが本当に上手だ。


「なぁ~にをお話してるのかなぁ~?」


 ずずいと身を乗り出し、顔を寄せ合っていた私達の間へ強引に割り込んできた芙蓉は、笑顔の奥から隠しきれない怒気が滲み出ている。いや怖いて……。


「んーん、澄河ちゃんどんどんメイドさんらしくなってきて凄いねって。それもきっと、澄河ちゃんの魅力を一番知ってる芙蓉ちゃんが指南役だからなんだろうね!」

「っ!」

「お客さんが何度でも足を運びたくなるようなメイドさん目指して、二人でファイト! 私にできることがあったら言ってね、力になるから!」


 そう言いながら手を振り教室を出ていく倉橋さん。『絶対』とか『必ず』とか言わない辺り、立ち回りの手堅さが窺える。


 そして彼女の背中を軽く目で追いながら、芙蓉が沁み沁みと呟いた。「倉橋さん……慧眼だなぁ……」


 これ……倉橋さんが凄いというよりか私達がチョロすぎるだけなのでは……? それかその両方、か……。


「ねぇ芙蓉、」

「なぁに? 澄河ちゃん」

「今日は芙蓉と安喰さん揃って『アイドルの握手会っぽい雰囲気出す』練習するんでしょ?」

「えと、なんかそんなこと言われたような……」

「言われてたよ! 私も、お客さん役で参加するから!」

「う、うん。……うぅ~緊張するなぁ……」


 さっきまでのハキハキしていた指南役から一転、ちょっと勇気がいる役割にはちゃんと緊張する乙女チックな芙蓉が可愛い。

 幼馴染の私ですら想像もできないアイドルモードの芙蓉が見られるなら……このスパルタメイド指南も乗り越えてみせる……!!

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