第五話・身震い

「特典映像、見る?」


 相変わらず正面を向いたままの芙蓉が、口元を小さく動かして私に問いかける。


「うん、せっかくだし」


 本当は、どっちでもいい。だけどここでその提案を断ることに、なんだか違和感を覚えた。


 私の答えを聞くや否や、彼女の素早い操作でさっそく流れ始めたメイキング映像。この速度、きっと芙蓉も見たかったんだ、同意して良かった。


「…………」

「…………」


 まだ始まって5分程度なのに飽きてしまったんだろうか。触れている芙蓉の手のひらが、さっきから悪戯いたずらに動いている。


「…………」

「…………」


 ちらりとあちらを見やれば、彼女もこちらを見つめていた。芙蓉が微笑みを浮かべると、私は何故か顔を逸らしてしまった。モニターに映る俳優さん達は、劇中とは打って変わって楽しげだ。


「見ないの?」


 だんだん大胆になって私の手を這い回る彼女の指先のせいで映像に集中できなくなり、遠回しに制止の呼びかけをするも、芙蓉はどこか嬉しそうに聞き流す。


「私はもっと素敵なもの、見ることにしたから」

「……なにそれ」


 手首から肘へ、肘から二の腕へ、そして脇へ、脇腹へ。その微かな感触に耐えきれなくなった私は、降参の意志を照れ笑いに込めて芙蓉と向かい合った。


「くすぐりは禁止」

「ふふっ、やっと構ってくれたね、澄河ちゃん」


 言われて、ハッとした。確かにお家映画ってこう、あーだのこーだの言いながら観る方が楽しかったかもしれないし、それを芙蓉が期待していたなら寂しい思いをさせていたかもしれない。


「どのシーンが好きだった?」


 これまでの自分に反省し、取り繕うように質問をしてみるも芙蓉はしばらく悩んだあと、結局答えを諦めて返した。


「ん〜……澄河ちゃんは?」

「私は……全部。強いて言うなら、何でもないシーンのカメラワークが好きだったかな。ヒロインヒュージアがぼぅっと海を眺めてるシーンとかさ。ずっと見てたくなるくらい綺麗だった」


 質問のパスが回って来てからの私は、後々自分で引くほど饒舌になり、聞かれてもないことをベラベラ語り聞かせてしまった。思っていた以上に思っていたことがあり、しかもそれを言語化したかったらしい。


「ふぅん」


 ようやく私が語り終え興奮気味だった呼吸を整えていると、芙蓉は丸みを無くした表情のまま静かに暗い声音を溢した。彼女がたまに見せるthe・不機嫌オーラを完全に纏っている。


「ごめんごめん、誰かと映画観ることあんまりないから……つい語っちゃった」

「んーん、いいの。でも……」


 芙蓉はこれまで遊ばせていた自分の手のひらを、私の頬に添えた。晩秋の北風に撫でられたように冷たくて。なのに蕩けるように柔らかくって。不思議な感触。


「澄河ちゃんが『ずっと見ていたくなる』なんて言うから……嫉妬しちゃうな」


 ヒロインの女優がメイキング用のインタビューを受けている場面でBD自体の再生を停止すると、更にテレビの電源も落としてからこちらへずぃと迫り、ぎこちなく浮かべた微笑みで声に凄みを込めて言う。


「浮気はダメだよ?」

「ごめん……私一応……映画の感想話しただけなんだけど……」


 怒ってる……きっと私の話がつまらなくてめっっっちゃ怒ってる……!!


「……澄河ちゃん、ずっと同じ態勢で疲れたでしょう? 向こうの部屋にお布団敷いてるの。ちょっと休も?」

「えっ、うん。いや大丈夫だよ? 全然そんな……」

「いいからいいから、ちょっとだけだから。ちょっと休むだけ。本当だよ? 変なこと絶対しないし、澄河ちゃんが嫌がることも絶対にしない。いいよね? 一緒に休むだけだもん、変なことなんて起こりようがないよ。でも絶対は絶対にないって言うし、そう言われてしまうと確かに私も絶対を確約できないのだけど、そんなトンチみたいな理論あってないようなものだものね、大丈夫だよ安心して。澄河ちゃんは私を信頼して天井のシミでも数えていればあっという間に――「ん、わかったから。行こう行こう」


 めちゃくちゃ早口な芙蓉に捲し立てられ脳が混乱しそうになったため、遮ってソファから立ち上がる。言ってる意味は殆どわからなかったけど、まぁ普通に翻訳すればちょっとお昼寝して脳をリフレッシュしようってことだろう。


 何故か鼻息荒く、その表情や一挙手一投足からハイテンションが垣間見える芙蓉に手を引かれ、豪奢なシアタールームを後にする。


「ふふ」

「ど、どうしたの澄河ちゃん!?」

「んーん。芙蓉って二人きりだとあんなに喋るんだね」


 壊れたロボットみたいに一定の速度で喋る彼女の姿を思い出し、なんだか可笑しくなってしまった。


「き、き、気持ち、悪かった?」

「そんなわけないじゃん。今まで知らなかった芙蓉を見られて嬉しいよ」

「よ……良かったぁ」


 もちろん本心だ。これだけ長く一緒にいる幼馴染の新しい一面が見られるなんて、嬉しくないわけがない。これからも私の知らない彼女の一面が、こういう、ふとしたタイミングで見られるのかな。

 ……あれ、なんで今身震いしたんだろ。楽しみ、なはず、だよね……?


「はい、ここだよ」


 芙蓉が引き戸を開ける。そこは先程のシアタールームとはガラリと変わって和室だった。美しい木目を基調として落ち着いた和の彩りがあり、古風な縁側から陽光が差し込んでいる。体感ではかなり広く感じるけど、実際は十畳くらいだろうか。

 そして部屋の真ん中には――


「お日様出てて……気持ちよさそうだね、澄河ちゃん」


 ――布団が一組、敷いてある。


「え、あー……うん、そうだね」


 ……………………一組……?

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