第42話:知らなかった音/配役決定






「これは素晴らしい!!」


 録音機を使って見せると音楽隊の面々は興奮した様子で騒ぎ立てた。


「音もクリアですし、これが世界で広まれば音楽界隈は驚異的に発展しますよ!」


 そうなればピトとしては一番嬉しい結果だろう。

 売れていないとはいえ、音楽を生業にしている人から言われるとこの録音機の有用性を俺はさらに実感できた。


「そこまで言っていただけたら開発者も喜ぶでしょうね」

「ぜひ一度お会いしてみたいです!」


 ピトが誰かに称賛されるところを見たことがないので、どんな反応をするのか俺としても気になるので機会があれば引き合わせてみたい。


 録音機がどんなものか音楽隊見せたところで、さっそく音楽の選定と録音作業に入っていく。


「私たちの持ち曲は全部で六つです」


――明るい曲。


――ゆったりと壮大な曲。


――物悲しげな曲。


――踊りたくなる激しい曲。


――暖かく終わりを感じるどこか切ない曲。


――愛を感じるロマンティックな曲。


「どれも演劇にぴったりでいいね。 さっそく録音して聞いてみたいところだけど」

「は、はい! 只今!! 楽器は持ってきているのですぐに致します!!」


 感心したようなツナオの言葉に、音楽隊は背筋を伸ばした。

 ツナオたちのオーラに少し慣れた音楽隊だが、緊張を完全に取ることは難しいようだ。


「じゃあさっそくやってもらおうか?」


 ツナオに俺は苦笑いしながら頷いた。


 すると彼らは先ほどまで強張っていた表情が嘘のように、楽し気に時に切なく音を奏でていく。


――――


――


――


 六曲を弾いてもらった。

 拍手が止んだところで、さっそく録音した音を全員で確認する。


「素晴らしい出来だね」

「うん、演奏会で聞いた音楽みたい。 むしろ私はこっちの方が好きかも」


 ツナオやフブキが賞賛する。


「いえ……もう一度録音させてもらえませんか?」


 研究会のメンバーは全員文句なしの出来であったが、音楽隊は渋い顔でそう言った。


 自分たちが奏でる音と、客観的に聞く音での違いに違和感を感じているのかもしれない。



「もう一回お願いします!」



「あのもう一回!」



「あと一回! もう一回だけ!」



 俺たちはそれから何度も、音楽隊が満足するまで録音に付き合うのであった。





「さてバックミュージックが決まったところで、お楽しみの発表といこうか」


 音を取り終えると、ツナオが嫌らしい笑みを浮かべて言った。


 傭兵と王女の恋愛物語となると、傭兵をマロに演じてもらってダイナミックな剣舞を演じてもらえばとても映えるだろう。


 王女の配役はシイラ、フブキ、マロ、誰が演じても素晴らしい王女となるだろう。


 ツナオは脇役の宰相でも、王様を演じてもいいだろう。


 一方俺はといえば元貴族だったにも関わらず、人を引き付けるオーラも特別恵まれた容姿でもない。


――まあ通行人Aとか敵役Bとか、その変がお似合いだろう。 もしくは裏方で音声さんとかでいい。


「絶対裏方絶対裏方」


 隣で手を合わせて祈っているシイラの姿には共感しかない。


「まず監督脚本は僕ツナオが務めさせていただきます」


 まあそこは順当だろう。


 ツナオが配役をするのだから、彼の性格上自分をメインにすることはない気がしていた。


「そして王女役……マロさん」


 これはちょっと意外だ。


 しかしマロが勇者であることを知らずにいれば、ちょっとダウナーな美少女でしかないため、演技次第で役にハマるだろう。


「敵役……フブキ!」

「演じるのは初めてですが、武器を振るうのはお任せください」


 フブキは敵役と言われて機嫌を損ねるどころか、むしろやる気満々だ。

 彼女の太刀を受ける相手の傭兵役には同情を禁じ得ない。


 シイラと俺の二択。

 ここで選ばれるのは当然――


「傭兵役はエクリオにお願いするよ」

「なんでだよ?!」

「君がぴったりだと思うし、それに言い出しっぺが裏方じゃ締まらないだろ――


――(それにこうするのが一番面白いからね)」


 そう言われると俺としては反対できなくなる。

 ツナオの心の声は完全に声に出ていて、表情を見ても彼が俺と勇者という最も似合わないカップリングを楽しんでいるのがよく分かった。


「じゃあ私は裏方かな?」

「うん、よろしく頼むよ」

「よし! よし!」


 シイラは普段割と大人しいが、今はまるで試合で勝利したスポーツ選手のように激しいガッツポーズを決めていた。


 ツナオに配役を任せた時に感じた嫌な予感は、これだったかと俺はため息を吐いた。


「それじゃあさっそく演技練習していこうか」


 まさか自分がやるとは思っていなかったので、今になって俺は恋愛ものを選んだことを激しく後悔した。


「……お手柔らかに頼むよ」

「いい劇にしようね」


 ツナオは全く手加減してくれなさそうである。


 むしろこれからが本番である、と言わんばかりのツナオの笑みに俺は思わず頬が引きつるのであった。








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