第39話:ピトの成果/思い付きと覚悟
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――俺が研究室で文化祭の発表内容を提案する前、ピトがそう言えばと言った様子で言った――遺物を一つ再現したぞ、と。
「これがボイスレコーダーを元に作った録音機だ」
「……なんかすごく軽いノリで言ってるけど、これってかなりすごいことだよな」
「そうかもしれん」
「そして念願がついに叶った……んだよな?」
「うむ、青春を捧げ、研究者としてのキャリアも捨てようやくたどり着いた一つのゴールだな」
ピトはそう言う割にいつもと変わらない。 むしろダンジョンを調査している時の方がテンションが高いというのはさすがに可笑しい。
俺がいないところで喜びきったということもあるかもしれないが、それにしても申し越し誇らしげでにしてても罰は当たらないと思う。
「……正直言うと、思ったより達成感はなかったんだ。 嬉しかったけど、まあ出来たなって感じで」
「現実感が湧いていないだけだろ?」
「そうかもな。 とにかく確かめてみてくれ」
もしも俺が魔改造した遺物を見せすぎて、感覚がマヒしていたのだとしたらなんだか申し訳ない。
とはいえさすがに俺が録音機の性能を確かめる間は、緊張しているのか強張った表情をしていた。
「見た目はラジカセみたいかな?」
「ああ、エクリオが持っていたラジオの形を参考したんだ。 ここに魔方陣が刻まれてて、このボタンを押すことにより――」
「つまり要約すると?」
「魔量を貯めておくことができる。 後は録音した音に対応したボタンを押せば音が流れる仕組みになっている」
学園に通っているとはいえ俺に細かい構造の説明を聞いて理解することは無理だ。 語りたかったのか寂し気なピトに申し訳ないが、それは頭の良い連中で存分に語り合って欲しいと思う。
使い方は直感的で分かりやすそうだ。
俺はさっそくボタンを押した。
『エクリオのばーか』
――ぽち。
『エクリオのあーほ』
――ぽち。
「おい」
「ははは、ただのテストだ。 深い意味はない」
テストをすることは理解できるが、なんでわざわざ俺をけなすセリフを吹き込むのか。 それを聞かせることに悪意しか感じない。
「ここを押すと、消去か? ここが録音か……ああ、あー、ピトの――」
「おい、何を言おうとしている。 たとえテストであろうと人の悪口を言うのは感心しないな」
「どの口が言ってる?!」
そんな茶番もありつつ、音声はしっかり録音されていることを確認した。
「これは魔石の大きさによって録音時間が変わる。 今セットしてある分だとそれぞれ最長五分ってところか。 魔石の数さえあればずっと音を流し続けることが出来る」
「充分じゃないか? ノイズも少ないし、すごいな」
それだけの時間録音できるなら色々な用途に使えそうだ。
音楽を録音して流すも良し、口約束の取り決めの際に証拠として使うもよし、講義を録音しておくのもいいだろう。
遺物一つを再現しただけで、これだけ出来ることがあるのだ。 もしも発表されれば人々はピトを素晴らしい研究者として認識を改め、そして遺物はゴミではなく世の中を便利にするヒントのある素晴らしいモノであると気づかれることだろう。
「学会とかの発表はいつするんだ?」
「大々的に発表はしない――いや出来ないという方が正しいか」
「へ? なんで?! こんな素晴らしい研究なのに?!」
「……研究の世界はお前の思っているほど実力や実績が重要視されているわけじゃないってことだ。 私がこの研究を発表しても、広める場がない。 誰も耳を貸さないだろうよ」
ピトは平然としているように見えるが、悲しそうにも見えた。
彼女が手放しで喜ばない理由が分かった気がする。
俺はピトの研究に付き合わされていた部分がるとはいえ、あんなに熱心に頑張っていた人の努力が正しく評価されないのは許せなかった。
「ならそれはどうするんだよ?」
「……さあ、どうしたもんかな」
「ピト、一つお願いがあるんだ――
――その録音機、学園の文化祭で使わせてくれないか?」
俺はにやりと笑ってピトに考えを話すのであった。
「遺物を使った演劇、か……それを見ていた観客や研究者が録音機の有用性に気づいたところで、研究の成果として技術を公開するということか」
学会という研究者にとっての晴れ舞台にピトは上がれないが、その代わりに彼女の研究は世に広まるだろう。
最善ではないし、ピトが納得しなければこの話はなしになる。 ピトにとって遺物の研究は人生をかけた研究だ。 そんな大事な成果が自分の思いもよらぬ方法で世に広まるのが受け入れられない、と言われても可笑しくない――そう、思ってた。
「いいぞ。 これはエクリオに託そう」
しかし予想外に即答で了承されて、俺は驚いた。
「いいのか?」
「ああ、技術は公開することに意味がある。 そしてその技術が多くの人の手によってさらに進化を遂げる、そんな光景を私は見ていたいんだ」
ピトはひどく澄んだ瞳で言った。
無理をしているわけでも、諦めたわけでもない。
それはまるで自身の生み出した技術の巣立ちを見守る、親心のように思えた。
「分かった。 なら任せとけ!」
これは思っていた以上にプレッシャーである。
俺は焦りつつもピトの抱えている問題を解決してあげたいという気持ちを強く感じながら、覚悟と共に録音機を受け取るのであった。
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