第36話:現れた日本都市







「なんでこんなものがここに……?」


 思わず呟いた俺をマロが不思議そうにのぞき込んだ。


「ここが何か知ってるの?」

「ここは――」


 言いかけて俺は口をつぐんだ。


 前世の記憶があるとか、異世界の町に酷似してるとか、説明するにしても色々面倒だ。 しかし言い淀んでいるうちに俺たちは街に降り立った。


「言いたくないなら別に構わない。 ただギルドには報告できる程度に情報を提供してもらえたら嬉しい」

「……分かった。 とりあえず探索しよう。 分からないことがまだ多すぎる」


 俺たちは一旦、探索することにして町を歩く。


『2022年11月完成予定』


 見慣れた住宅街、工事中の看板を見る限り俺が生きていた日本と同じころの年代の日本都市であることは分かった。


「……だとすると色々と良くないかもね」


 都心ではない、東京の郊外だと思われる。


 駅前に行けば携帯ショップはあるだろうし、それぞれの家にも家主の使用していたスマホがあるかもしれない。


 あれは電気式で、魔改造スキル抜きで使うことはできないし、あのでたらめ機能になることはないから気にする必要はない。 が念のためを思えば存在を知られない方がいいのは確かだ。


「ひどい臭いだ」


 一軒の家に入ると腐った臭いが鼻をついた。


 準備された夕ご飯がテーブルに、そのままの状態で放置されたような状態だ。


 しかしもちろん中身は腐っている。


「時間が経っている……でも中身は形がまだある。 肉じゃがかな?」


 中身が残っているということは長い長い時が経っているわけでもなさそうだ。


 そしてこの臭さの原因は冷蔵庫からきているらしい。


「人はいないみたいだ」


 全ての部屋を確認して、俺は安堵の息を吐いた。


 全体的にほこりがつもっていて、最近まで人が生活していた痕跡はない。


「一体なんなんだ、これは……」


 どこの家を見ても、店を見ても同じ状況だ。


 小さな山の上にある神社。


 人気のない市役所。


 街の果ては空間が断絶したように、建物が分断されて終わっている。


「転移……? 転生があるんだし、転移スキルもあるからなくもない……のかな? うーん」


 色々考えた結果、


「それでどう? 分かりそう?」


 俺は勇者マロに正直に答えることにした。


「全っ然! 何も分からないや、ごめんね」


 だって俺は物知りでもないし、魔法の知識も豊富ではない。


 俺に分かるのはこの街が日本のどのあたりで、たくさんの遺物がどういう用途であるかということくらいだ。


「遺物に詳しいからどうかと思ったんだけど」

「まあ近そうで遠い専門外って感じかな?」

「そっか、分かった。 今日はありがとう」


 勇者マロは特に残念そうでもなく淡々と言った。


「ちなみにこの都市はこれからどうなると思う?」

「危険性はなさそうだし、このまま放置なんじゃないかな? 遺跡のような研究対象として扱われることもあるかもしれない。 あとは冒険者によって遺物は持ってかれるかもね」


 冒険者に持ってかれた遺物はどうなるのか。


 コレクターに買われ、家のインテリアになるだけだ。


 それが悪いことだとは思わない。

 けれどどうせならピトのような未来のために有用に役立てる研究者に渡る方がよっぽど良い。


 最近助手としての働きもしていない、というか口も利いていなかったので、仲直りのきっかけには丁度良いかもしれないと思った。


「俺には分からなかったけど、俺よりも遺物に熱心な研究者なら紹介できるよ」

「うん、それならぜひ紹介してもらいたい。 その方はどんな人なの?」

「俺が助手をしている人、住んでいる村の変わり者だよ」


 俺は収納袋からカメラを取り出し、写真を何枚かとって日本都市を後にするのであった。





「いつも通りに、普通に声をかければいい。 だって俺たちは喧嘩してるわけでもないし……」


 俺はピトの家の前で立ちすくんでいた。


 ノックをして普通に入ればいい。


 だけど時間が経ちすぎて、どんな風に声をかければいいのか。 初めに何と言えば良いのか分からなくなってしまった。


「うーん、うーん……」


――はあ


 中からかすかにため息のような音が聞えてきて、扉が開いた。


「そこで一人で何をぶつぶつ言っている。 うるさくて集中できん」

「あっと……」

「用事があるならさっさと言え。 ん? なんだ、黙り込んで……?」


 色々と考えていたことがピトを見た瞬間全て吹き飛んだ。


 口を利かなくなって二年。

 長くはないが、人間の容姿が変わるには十分な時間だったらしい。


 ピトは前より背も伸びて、表情も大人っぽくなった。


「見た目が……」

「二年も経てば、女は変わる。 ぎりぎり成長期だったしな。 私よりも変わったのはお前の方だろう」


 彼女は一瞬眉間にしわを寄せ、しかしかつてのとげとげしさが薄れた様子で、可笑しそうに笑った。


「久しぶりだな、助手」

「……久しぶり、ピト」


 仲直りの言葉なんてない。

 ただそれだけで意地だったり、俺が勝手にあると思い込んでいた溝が埋まった気がした。


 どうしてもっと早くこうしなかったのか。


 この二年で楽しかったこと。 ピトとも共有したかった。


 そんな後悔を俺は胸に押し込んで、久しぶりにピトの家へと入っていくのであった。







3章終

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これにて3章は区切りとさせていただきます。

次回より4章を投稿していきます。


いつもお読みいただきありがとうございます!

感想ありがたく読ませていただいております。

評価も大変参考になります、ありがございます!


10月25日までにもう一区切りまで書けるよう頑張りますので、評価やフォローで応援していただけますと大変嬉しいです。


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